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第21話 コーンパーティ

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 もう時間が時間なので食堂は誰もいなくて、明かりも減らされていて薄暗い。
 食べ物こそは提供されていないが、いつでも飲めるコーンスープやジュースが置いてある。

 私も夜たまに眠れない時にスープを貰いに来たりジュースを頂きにくることがある。その時に私の他にも生徒がスープやジュースを取りに来てたり、食堂の椅子に座りながら話す生徒たちを見かけることもあったけど……今夜の食堂は明日が課外授業だからか私たち以外に誰もいなかった。

 我々のスープをすする音が夜の薄暗い食堂に響く。いつもならいくつも並んでいる柱に掛かってるシャンデリア風の照明が点いているけど、今はもう食堂の真ん中の柱のシャンデリア一つだけが淡く我々を照らしている。

「うん、美味しい。」

「うんそうね」

 今宵のタライさんはちょっとおセンチだ。このおセンチという表現、PCに入ってるドラマチャンネルでヒロインが川岸で愛しい人を思い出してると、その友達が彼女に放ったセリフだった。私は皆に比べて知らないことが多い分、そうやってドラマなどから知識を吸収しなければならないのだ。

「なあ、それやると可愛いと思われるからするんやろ?」

 ニヤニヤしながら彼が私の手元を見てきたので何かと思い、私の手元を見るとスープの入ったマグカップを両手で包むように持っているだけだった。これのことを言ってるのかな?

「えー別に?これ可愛いですか?」

「いや、まあ……どうなんやろね。冗談やん!それにしても食堂暗いわ~」

 目の前に座っているタライさんは少し照れたような仕草で首を掻いた。まだちょっと彼の冗談についていけないところがある。今度は勉強のためにバラエティチャンネルを観てみようかな。

「そうですね、食堂のシャンデリアが中央のだけしか光ってない。」

「うん、節約してるんかな。」

 タライさんは後ろにある柱を振り返りながら言った。

「タライさんは今度いつ地上に戻るんですか?」

 私が唐突に質問すると少し驚いたように先輩が振り返った。だっておセンチになる理由って愛しい人のことを考えてるからでしょ?

「う、うーんそうやねぇ。まだ考えてないけど今度の夏休みかなー。」

「へ~夏休みに帰るんですね。」

「まあまだ決まってへんけどねー。」

 タライさんはスプーンで一口スープを飲んでから聞いてきた。

「ヒイロは……夏休み実家帰るん?」

「え」

 突然痛いところを付いてきたので固まってしまった。実家も何も自分がどこから来たか分からないもの。どうしよ。まあ適当に返すことにした。

「いや、多分どこにも行かないと思います。寮にいます。」

「えっ!そうなん?帰ったらー?お母さんとか喜ぶよ?」

「お母さんはちょっと…はは。タライさんは実家に帰るんですか?」

 さらに質問される前にこちらから質問しちゃおうと思って聞いた。

「実家は帰らへんね。地上の彼女にだけ会おうと思ってる。俺実家嫌いなんや。」

「そうなんですか?」

 実家が嫌い?ということは家族が嫌いということ?何か理由がありそうだけどどうしたのだろう。私はスープを飲みながら彼が話すのを待った。

「まあ、実家帰るとさー、まだ24やのに早よ結婚しろ言われるやん?もうそれがたるいし。俺兄貴いるんやけどそれがめっちゃ優秀やねん!比べられんねん。もう疲れんねん!」

 徐々にタライさんの声が大きくなるし、彼の体全体から疲労感が溢れ出てくるのが分かった。なるほどなるほど。

「もう帰りたくないねん!比べられるの嫌やねん!もううんざりやねん!」

 わかったわかった、とヒートアップするタライさんに手のひらを向けてジェスチャーした。そうだったんだ。

「それは帰りたい気持ちにならないかも。」

「せやろ?もう嫌や。帰らへん。」

 そう言って泣き真似をするタライさんを私は少し笑った。笑われたことが嬉しかったのか彼も笑顔になってくれた。確かにその状況なら帰りたいと思えなくなるかもと思いながらスープをすすると、タライさんが話し始めた。

「俺な、地上にいた頃は彼女と同棲しててん。」

「へぇーすごい!」

「すごくはないよ別に。なんとなーく同じ職場で知り合って、なんとなーく付き合いだして気づいたら俺んちに彼女がいた。」

「彼女さんと一緒の職場だったんですか。」

「うん。俺が店長で彼女がスタッフやった。向こうから俺に声かけて来たんやで?」

 ニヤッとした彼は結構嬉しそうだった。そっか、何も男性ばかりが積極的じゃなくても良いんだ。それは勉強になった。

「最初向こうからデート誘われて何回かのデートの後に……まあ可愛かったしそこは俺から告ったよ?それで付き合ったんやけど、同棲始めて半年くらいかな。俺が21の時にたまたま行きつけのパチ屋で地下世界の人と知り合って、こういう世界があるって紹介してもらって。もう速攻興味持ったね。」

「それで今ここにいるわけですね……もう3年もですか、長い」

「せやな。彼女は最初泣いてたけど、まめに連絡取る約束で了承してくれた。でも今となっては半年に1回電話するかしないかやな……ヒッヒッヒ」

 ええ!?最後の方を笑いながら話すタライさんの肩を私は叩きながら言った。

「えー!?彼女さん待ちくたびれてますよ?」

「そう思うー?」

「タライさん21の時に来てそれから3年?じゃあ今は24歳?失礼ですが彼女さんはおいくつなの?」

「俺より5つ上やから29歳やね」

「え。」

 タライさんは大口を開けたままバツが悪そうな表情をして固まっている。何だろう……うまく言えないし考える事も出来ない。私は記憶がないから人生の仕組みがよく分からない。でもちょっと待たせすぎな気がする。

「ちょっと……待たせすぎかもですよ?」

「そうよねー。年齢を考えるとねー。うんうん。」

 タライさんはとぼけたように言う。この人だめかもしれないと私は苦笑を漏らした。

「でもね聞いてヒイロちゃん。久しぶりに声聞きたい思って必死こいて街行って電話するやん?ほら街の電話でしか地上に通じないから。」

 うんうんとジト目のまま私は先輩の話を聞く。

「電話すると必ず怒るんやで?久しぶりの彼氏やで?」

「久しぶりの彼氏やで?じゃないですよ!そりゃあ好きな人と中々会えないまま3年も待っててイライラしない訳がないと思いますけど……」

「えー!?」

「そりゃあ、タライさんはいつまでも気楽に人と恋愛出来るでしょうけど……もしかしたら彼女さん結婚を考えてるかもしれないですよ?」

「でもさー、そうやって久しぶりの電話でやで?頑張ってシュリントンの許可とって街行って電話してんねんでー?ちょっとくらい何かちゃんと食べてる?とか風邪ひいてない?とかあってもええやん!そりゃ一人にさして悪い思ってるよ。でも……地下世界にいることも内緒やから言えんし、でもここでの勉強続けたいもん。」

 うーん……まあうーん、私は何度もうーんと声を漏らしていると、タライさんが口を尖らせたまま私の発言を待っているのが分かった。

「まあ、一人でここにいる訳ですからちょっとくらいは気遣って欲しいかもしれないけど……」

 私の同調に素早く先輩は「せやろ?」と言った。

「でも、なら……もう決断したほうがいいかもしれませんよ?」

「決断?」

「うん。よく分からないけど、地下世界にいるならいるで一度別れてお互い自由な関係になるとか、彼女さんと一緒にいたいなら一度地上に戻ってこれからどうしていくか考えるとかした方が、いいのかもと思って……。」

「何や、あんた見かけによらず的確なこと言ってくるな。うーん。確かにそうやねー。」

 彼は口を尖らせたまま私を見つめて考え始めた。私はちょっと笑いを漏らしながら言った。

「タラタラしちゃだめですよ。いくらタライさんだからと言って……。」

 言ってからやっぱりちょっと後悔した。私が苦笑しているとタライさんがあははっ!と笑い出した。

「なるほどね~まあ今のはあんたにしてはよかったよ……ふふっ、せやな。もうゆっくり出来へんもんな。ヒイロちゃんがそう言うなら、俺ももっと真面目に考えてみるわ。話聞いてくれてありがとね。ここまで誰かに話したんはヒーちゃんが初めてやで。」

 タライさんは微笑んでくれた。あと新しいニックネームで呼んでくれたのがちょっと嬉しかった。ヒーちゃんか。

 そして笑顔のまま席を立った彼は自分のカップと私のカップを取り、スープのおかわりを取りに行ったのだ。

 ……あれ?もうお話は終わったんじゃないのと思い、私はタライさんに向かって聞いた。

「もうタライさんのおセンチ終わったんじゃないの?」

 タライさんは笑いながらこっちを振り向いた。

「おセンチっていつの時代の言葉やねん!懐かし過ぎやろ!今宵はスープパーティーやで~!フゥ~~!」

 私はエッという顔をした。

 先輩が席に戻ってスープが満杯に入ったカップを渡してきたので、私はありがとうございます……と言って受け取るしかなかった。まだ帰れないのか。まあお話は楽しいからいいけど。

「次はヒーちゃんの恋の話をしよ!」

「なんですかそれ!何も無いですよ!」

 タライさんはニヤニヤしながら疑うように私のことを見てくる。そんなこと言われても恋なんか全然……何も無い。かもしれない。

「何を隠してんねんあるやろー?ヒント教えたろか?ブルークラス、有機魔法学、光魔法「家森先生でしょ?」

 先輩が何を言いたいのかは分かった私は、半ば呆れながらクイズの答えを言ったのだった。先輩はヒッヒッと楽しげに笑う。

「どうなん?」

「どうなんって本当に何もないですよ!普通に授業受けてます。それだけです!」

「専攻で通常実戦魔法とったんやろ?」

 なんで知っているんだ?私の表情を察したのか先輩は答えてくれた。

「ケビンに聞いた。」

 なるほどケビンとよく話すんだ……タライさんの何気に幅広い交友関係が彼に不必要な情報を与えてしまう。

「ところでヒーちゃん何歳?」

 唐突の質問に更にあきれ顔になってしまった。入学の時に身体検査を受けた時のデータを最近ベラ先生からもらったけど、そこに推定年齢も書かれていた。リュウが当たっているすげー!と言っていたので多分私もその年齢なのだろう。

「23です。」

「えぇー!まじで!?俺の一個下なんや!見えへんよ!もっと自信持ったほうがいいって!」

 はあ!?何その励まし!私は思いっきりタライさんの肩をどついた。

「イタタ!冗談やん!なんやじゃあ家森先生も犯罪にならへんやん。俺より4つ上やからあの人28やで。ヒッヒッヒ!」

 自分で話して自分でお腹を抱えて笑ってる……。そうか。そうは言っても家森先生は28には見えない。彼は顔や体は若々しいけど、落ち着いた雰囲気が若者と思えなくて年齢不詳に感じてしまうのだ。

「なあ、ほんでさ。家森先生のことをレッドクラスのマリーも狙ってるぽいやん!わかる?」

 先輩がヒッヒヒッヒ笑いながら言う。もうこの頃になると我々はスプーンを使わずにコップでそのままグビグビとコーンスープを飲み始めた。

「”も”ってなんですか!?私は別に家森先生を狙ってないです!でもマリーが先生を好きなのは分かりますよ。最初のラボの試験の時でマリーの真っ赤な顔見て、こりゃ惚れてるなって思ったし……そのあと別の日に彼女が家森先生の部屋に行くの見ましたもん。」

「えぇ!?マリーが家森先生の部屋行ったん!?」

 先輩は面白くなる話に興奮が止まらない様子だ。仕方ない、あの時の話をして差し上げよう。

「え?なんで知ってるん!?」

「私はその日、家森先生にメールで裏門に呼び出されたんです。まあ結局その件はナシになったんですけど偶然ベラ先生に会って、ベラ先生が私に携帯を支給するの忘れたみたいで職員寮のベラ先生の部屋に受け取りに行ったんです。」

 ウンウン!とタライさんはにやけた顔で身を乗り出して聞く。

「そしたら後からマリーがやって来て可愛いっていうかなんだろ……露出のある服装で。そのまま家森先生の部屋をピンポンして入って行きましたよ。」

「えー!家森先生、新入生のマリーをもう自分の部屋に誘うとはやるわー!ワオ!」

 彼は興奮した様子で私の肩をベシベシと叩いてきた。痛いんですけど!

「……ほんならマリーとやってるな。」

「何を?」

 私の質問にタライさんはため息をついた。

「なんや姉さん、成人してるやろ?それくらい分かるやろ?男と女が密室で二人きりになってやること言ったらアレしかないやろ!」

 げ……まじで分からないけど、みんな知ってて当たり前のことっぽい。男女が二人きりで?なんだろう……ヤバい浮かばない。

 でも前にアニメチャンネルで仲良しな男女二人が一緒に暮らして楽しげにゲームをしていたことを思い出した!多分それに違いない!私はまだゲームをしたことないけど、ここはゲーマーのジョン達から聞いた話を元に同調する作戦を取ろう!よし!

「そりゃもう知ってますよ!もうその手に関して私の右に出るものはいませんよ!もうどんなジャンルでも出来ますし、それはもうすごいテクニックで相手の弱点を狙い撃ち出来ますからね!」

 私の言葉を聞いたタライさんが、それはもうお腹を抱えて顔を真っ赤にして笑い始めた。

「あ、あんたどんだけやねん……ヒッヒッヒ!なんやピュアやと思っとったら、結構イケイケやったんやな!そんな明け透けに言わんでもええのにヒッヒッヒ!」

 ゲームやったらピュアじゃないのかな?まあいいや、私はさっきの話題に戻すことにした。

「でもマリーが部屋に入ったからと言って、すぐにそれをする訳でもないでしょ?それに別にしてたっていいじゃないですか。それくらい。」

 私の言葉に更に先輩が咳き込みながら笑っている。今そんな要素あった?

「ちょっ、ちょっと待って、あんたは結構大物やったんやな。ヒッヒッヒ!待って……ハアハア笑い疲れた。まあね。でも……マリーは20歳らしいから先生の8つ下か。ギリギリ犯罪ちゃうけどな~」

「20歳だったのか……若いですね。」

「まあ成人の生徒に手を出してもこの学園何も言わんからなぁ。所帯持ちだとそりゃ話は別やけど。それに魔法が使える人は魔法が使える人としかパートナーになってはいけないというこの世界の決まりがあるからね。それが守られてたら生徒と先生でも別にいいんやろ。」

 あれ?そうだ。そうだよ。私は気付いた。

「タライさん!じゃあ彼女さん……。」

「ええってそんなん内緒にしとけば。」

 もう一口とちょびっとスープを飲むタライさんを見つめながら、もっとタライさんのことを考えればよかったと後悔した。

「私も内緒にします。きっと何か方法がありますって。だから大丈夫です。」

 タライさんは微笑んでくれた。

「ヒーちゃんええ子やな。もし彼女おらんかったらヒーちゃんと付き合ってたかもな。」

 優しく見つめてくる彼に対して私は言った。

「……みんなにバラしますよ。」

「待ってーな!うそうそ!うそですー!」

 我々は笑うと、またスープをお代わりした。
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