1 / 2
第一章
しおりを挟む
彼との出会いは、昼下がりの晴れた空の下だった。
似たようなものがたくさんある中で、彼は僕を一目見て、すっかり気に入ったようだった。
ターコイズブルーがいいね!と言っていた。
ひょろっとして、真面目そうな黒縁眼鏡の彼。
乗せてみても軽すぎて余裕だった。
それから、僕たちはその足で海に行った。
彼は僕が初めてだと言った。
だから彼の運転はどこかぎこちなくて、荒っぽくて、なのに心配性みたい慎重だった。
海沿いを走りながら流行りのJ POPを聴く。
窓から心地よい風が走り抜ける。
彼は最高にノリノリだ。
ひとしきり走って、小さな丘に出た。
目の前に広大な海景色がら広がる。
彼は僕から降りて、海の匂いを思いっきりすった。
僕を見て、海を見て、海を見て、僕を見て。
満足するまで何回も同じことをして、
やっぱりターコイズブルーがいい!
と顔がはち切れるくらいに笑って言った。
彼と僕は色んなところへ行った。
海も山も街も、いつも一緒だ。
彼はたまに友達も連れてきた。
友達が3人乗ると、重くて僕は一苦労だった。
後部座席の友達がポテチをバリバリ食べて僕のシートにこぼすものなら、彼は本気で怒っていた。
彼は乗る時も降りる時も、いつも僕に不調がないか、汚れてるところがないか、気にかけてくれたのだ。
だけど、やっぱり友達は楽しくて、みんなでガンガンに音楽をかけて騒いで歌って、あっという間に時が過ぎた。
いつしか、彼はたまにしか僕に乗らなくなった。
玄関の外で、スーツ姿の彼を見送る。
朝早くから、夜遅くまで。彼は帰って来なかった。
天然パーマでくるくるだった彼の髪は、いつしかキリッと固められていた。
そんな彼が、肌寒い風にぶるっと震えながら、久しぶりに僕に乗って、そわそわしながらどこかへ向かっている。
知らない道だ。
いつもより慎重で、明らかに緊張している。
彼の小刻みな震えは寒さのせいだけではないみたいだ。
しばらくして、彼は道路の端に寄って止まった。
左から女性が助手席に乗ってくる。
待った?と彼が聞くと、女性は、ううん、ありがとう、と応えた。
長いストレートの黒髪が艶やかで、白いファーのコートがよく似合う上品な女性だ。
2人とも黙って前を向いている。
これじゃ暗いだろうと、僕は少し跳ねてみる。
わぁっと2人とも声が出て、顔を見合わせて、あははと笑った。
それから、2人のおしゃべりは止まらなくて、あっという間におしゃれな洋食屋さんに着いた。
それから僕は何度も彼女を乗せた。
イルミネーションや遊園地、スキー旅行。
彼女はいつも優しい香りがした。
彼と彼女と僕と。
一緒になると、優しい香りに包まれて、陽だまりのような心地になった。
僕の中がとても騒がしくなる日もあった。
彼と彼女が怒鳴り合って、彼女が急に僕から降りて去って行ってしまった。
彼は待ってと叫んだけど、彼女は振り返らずスタスタ行ってしまった。
彼はハンドルに顔を埋めて、しばらく起き上がれなかった。
そんな時は、ながい溜め息をつきながら、のろのろと一緒に帰宅したのだった。
でも彼と彼女はすぐ仲直りした。
一緒に僕に乗って、何時間でもおしゃべりするし、何時間でも音楽を聴いたり眠ったりして静かな時を過ごした。
ある日、遊園地の帰り道、暗い僕の中で、彼女の薬指に何かがキラキラと輝いていた。
それから季節が一周したある真夜中、彼はそわそわしていた。
何かを待っているようだ。
すると、電話が鳴った。
彼は飛びつくように出ると、すぐ切って、僕に飛び込んだ。
バタンとドアを閉めると、あの慎重な彼が真っ暗闇の道をずんずん突き進んでいった。
大きな駐車場に止めると、また転がるように降りて、それから何時間も帰って来なかった。
柔らかな温かい陽の光が僕を包んだ頃、彼が戻ってきた。
にやけを抑えられないほど、最高潮の彼だった。
ゆっくり僕のドアを開け、パタンと優しく閉めると、目をつむって、ふぅーっと上に息を吐いた。
それから彼は何本も電話をかけては、ありがとう、ありがとうと言っていた。
桜並木がピンクの絨毯になった頃、僕と彼はまた、あの駐車場に向かっていた。
何度も通った道だ。
いつもと違うのは、僕に小さなイスが取り付けられたこと。
取り付ける時の彼は、本当に嬉しそうだった。
しばらくすると、彼女が大きな布を抱えて出てきた。
その中には、新しい仲間がいた。
彼は小さな彼をそっと特等席に乗せた。
それから、彼は僕をよく使うようになった。
公園へ行ったり、桜や紅葉を観たり。
夜中に小さな彼を寝かしつけるために、ドライブにもよく行った。
毎日のように、保育園の送り迎えもした。
ターコイズブルーは人気者で、僕は鼻が高かった。
新しい仲間はワンパクで、びしょびしょだったり泥んこだったりしたけれど、彼も彼女もいつも僕をキレイに掃除してくれた。
だから僕のシートは擦り減り一つなく、いつもピカピカだった。
似たようなものがたくさんある中で、彼は僕を一目見て、すっかり気に入ったようだった。
ターコイズブルーがいいね!と言っていた。
ひょろっとして、真面目そうな黒縁眼鏡の彼。
乗せてみても軽すぎて余裕だった。
それから、僕たちはその足で海に行った。
彼は僕が初めてだと言った。
だから彼の運転はどこかぎこちなくて、荒っぽくて、なのに心配性みたい慎重だった。
海沿いを走りながら流行りのJ POPを聴く。
窓から心地よい風が走り抜ける。
彼は最高にノリノリだ。
ひとしきり走って、小さな丘に出た。
目の前に広大な海景色がら広がる。
彼は僕から降りて、海の匂いを思いっきりすった。
僕を見て、海を見て、海を見て、僕を見て。
満足するまで何回も同じことをして、
やっぱりターコイズブルーがいい!
と顔がはち切れるくらいに笑って言った。
彼と僕は色んなところへ行った。
海も山も街も、いつも一緒だ。
彼はたまに友達も連れてきた。
友達が3人乗ると、重くて僕は一苦労だった。
後部座席の友達がポテチをバリバリ食べて僕のシートにこぼすものなら、彼は本気で怒っていた。
彼は乗る時も降りる時も、いつも僕に不調がないか、汚れてるところがないか、気にかけてくれたのだ。
だけど、やっぱり友達は楽しくて、みんなでガンガンに音楽をかけて騒いで歌って、あっという間に時が過ぎた。
いつしか、彼はたまにしか僕に乗らなくなった。
玄関の外で、スーツ姿の彼を見送る。
朝早くから、夜遅くまで。彼は帰って来なかった。
天然パーマでくるくるだった彼の髪は、いつしかキリッと固められていた。
そんな彼が、肌寒い風にぶるっと震えながら、久しぶりに僕に乗って、そわそわしながらどこかへ向かっている。
知らない道だ。
いつもより慎重で、明らかに緊張している。
彼の小刻みな震えは寒さのせいだけではないみたいだ。
しばらくして、彼は道路の端に寄って止まった。
左から女性が助手席に乗ってくる。
待った?と彼が聞くと、女性は、ううん、ありがとう、と応えた。
長いストレートの黒髪が艶やかで、白いファーのコートがよく似合う上品な女性だ。
2人とも黙って前を向いている。
これじゃ暗いだろうと、僕は少し跳ねてみる。
わぁっと2人とも声が出て、顔を見合わせて、あははと笑った。
それから、2人のおしゃべりは止まらなくて、あっという間におしゃれな洋食屋さんに着いた。
それから僕は何度も彼女を乗せた。
イルミネーションや遊園地、スキー旅行。
彼女はいつも優しい香りがした。
彼と彼女と僕と。
一緒になると、優しい香りに包まれて、陽だまりのような心地になった。
僕の中がとても騒がしくなる日もあった。
彼と彼女が怒鳴り合って、彼女が急に僕から降りて去って行ってしまった。
彼は待ってと叫んだけど、彼女は振り返らずスタスタ行ってしまった。
彼はハンドルに顔を埋めて、しばらく起き上がれなかった。
そんな時は、ながい溜め息をつきながら、のろのろと一緒に帰宅したのだった。
でも彼と彼女はすぐ仲直りした。
一緒に僕に乗って、何時間でもおしゃべりするし、何時間でも音楽を聴いたり眠ったりして静かな時を過ごした。
ある日、遊園地の帰り道、暗い僕の中で、彼女の薬指に何かがキラキラと輝いていた。
それから季節が一周したある真夜中、彼はそわそわしていた。
何かを待っているようだ。
すると、電話が鳴った。
彼は飛びつくように出ると、すぐ切って、僕に飛び込んだ。
バタンとドアを閉めると、あの慎重な彼が真っ暗闇の道をずんずん突き進んでいった。
大きな駐車場に止めると、また転がるように降りて、それから何時間も帰って来なかった。
柔らかな温かい陽の光が僕を包んだ頃、彼が戻ってきた。
にやけを抑えられないほど、最高潮の彼だった。
ゆっくり僕のドアを開け、パタンと優しく閉めると、目をつむって、ふぅーっと上に息を吐いた。
それから彼は何本も電話をかけては、ありがとう、ありがとうと言っていた。
桜並木がピンクの絨毯になった頃、僕と彼はまた、あの駐車場に向かっていた。
何度も通った道だ。
いつもと違うのは、僕に小さなイスが取り付けられたこと。
取り付ける時の彼は、本当に嬉しそうだった。
しばらくすると、彼女が大きな布を抱えて出てきた。
その中には、新しい仲間がいた。
彼は小さな彼をそっと特等席に乗せた。
それから、彼は僕をよく使うようになった。
公園へ行ったり、桜や紅葉を観たり。
夜中に小さな彼を寝かしつけるために、ドライブにもよく行った。
毎日のように、保育園の送り迎えもした。
ターコイズブルーは人気者で、僕は鼻が高かった。
新しい仲間はワンパクで、びしょびしょだったり泥んこだったりしたけれど、彼も彼女もいつも僕をキレイに掃除してくれた。
だから僕のシートは擦り減り一つなく、いつもピカピカだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お隣の犯罪
原口源太郎
ライト文芸
マンションの隣の部屋から言い争うような声が聞こえてきた。お隣は仲のいい夫婦のようだったが・・・ やがて言い争いはドスンドスンという音に代わり、すぐに静かになった。お隣で一体何があったのだろう。
記憶味屋
花結まる
ライト文芸
あなたの大切な記憶を味わいに行きませんか。
ふと入った飲み屋に、何故か自分の予約席がある。
メニューもないし、頼んでもないのに、女店主はせっせと何かを作っている。
「お客様への一品はご用意しております。」
不思議に思ったが、出された一品を食べた瞬間、
忘れられない記憶たちが一気に蘇りはじめた。
コント:通信販売
藍染 迅
ライト文芸
ステイホームあるある?
届いてみたら、思ってたのと違う。そんな時、あなたならどうする?
通販オペレーターとお客さんとの不毛な会話。
非日常的な日常をお楽しみください。
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
My Angel -マイ・エンジェル-
甲斐てつろう
青春
逃げて、向き合って、そして始まる。
いくら頑張っても認めてもらえず全てを投げ出して現実逃避の旅に出る事を選んだ丈二。
道中で同じく現実に嫌気がさした麗奈と共に行く事になるが彼女は親に無断で家出をした未成年だった。
世間では誘拐事件と言われてしまい現実逃避の旅は過酷となって行く。
旅の果てに彼らの導く答えとは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる