愛車

花結まる

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第一章

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彼との出会いは、昼下がりの晴れた空の下だった。
似たようなものがたくさんある中で、彼は僕を一目見て、すっかり気に入ったようだった。
ターコイズブルーがいいね!と言っていた。
ひょろっとして、真面目そうな黒縁眼鏡の彼。
乗せてみても軽すぎて余裕だった。

それから、僕たちはその足で海に行った。
彼は僕が初めてだと言った。
だから彼の運転はどこかぎこちなくて、荒っぽくて、なのに心配性みたい慎重だった。
海沿いを走りながら流行りのJ POPを聴く。
窓から心地よい風が走り抜ける。
彼は最高にノリノリだ。
ひとしきり走って、小さな丘に出た。
目の前に広大な海景色がら広がる。
彼は僕から降りて、海の匂いを思いっきりすった。
僕を見て、海を見て、海を見て、僕を見て。
満足するまで何回も同じことをして、
やっぱりターコイズブルーがいい!
と顔がはち切れるくらいに笑って言った。

彼と僕は色んなところへ行った。
海も山も街も、いつも一緒だ。
彼はたまに友達も連れてきた。
友達が3人乗ると、重くて僕は一苦労だった。
後部座席の友達がポテチをバリバリ食べて僕のシートにこぼすものなら、彼は本気で怒っていた。
彼は乗る時も降りる時も、いつも僕に不調がないか、汚れてるところがないか、気にかけてくれたのだ。
だけど、やっぱり友達は楽しくて、みんなでガンガンに音楽をかけて騒いで歌って、あっという間に時が過ぎた。

いつしか、彼はたまにしか僕に乗らなくなった。
玄関の外で、スーツ姿の彼を見送る。
朝早くから、夜遅くまで。彼は帰って来なかった。
天然パーマでくるくるだった彼の髪は、いつしかキリッと固められていた。

そんな彼が、肌寒い風にぶるっと震えながら、久しぶりに僕に乗って、そわそわしながらどこかへ向かっている。
知らない道だ。
いつもより慎重で、明らかに緊張している。
彼の小刻みな震えは寒さのせいだけではないみたいだ。
しばらくして、彼は道路の端に寄って止まった。
左から女性が助手席に乗ってくる。
待った?と彼が聞くと、女性は、ううん、ありがとう、と応えた。
長いストレートの黒髪が艶やかで、白いファーのコートがよく似合う上品な女性だ。
2人とも黙って前を向いている。
これじゃ暗いだろうと、僕は少し跳ねてみる。
わぁっと2人とも声が出て、顔を見合わせて、あははと笑った。
それから、2人のおしゃべりは止まらなくて、あっという間におしゃれな洋食屋さんに着いた。

それから僕は何度も彼女を乗せた。
イルミネーションや遊園地、スキー旅行。
彼女はいつも優しい香りがした。
彼と彼女と僕と。
一緒になると、優しい香りに包まれて、陽だまりのような心地になった。

僕の中がとても騒がしくなる日もあった。
彼と彼女が怒鳴り合って、彼女が急に僕から降りて去って行ってしまった。
彼は待ってと叫んだけど、彼女は振り返らずスタスタ行ってしまった。
彼はハンドルに顔を埋めて、しばらく起き上がれなかった。
そんな時は、ながい溜め息をつきながら、のろのろと一緒に帰宅したのだった。

でも彼と彼女はすぐ仲直りした。
一緒に僕に乗って、何時間でもおしゃべりするし、何時間でも音楽を聴いたり眠ったりして静かな時を過ごした。
ある日、遊園地の帰り道、暗い僕の中で、彼女の薬指に何かがキラキラと輝いていた。

それから季節が一周したある真夜中、彼はそわそわしていた。
何かを待っているようだ。
すると、電話が鳴った。
彼は飛びつくように出ると、すぐ切って、僕に飛び込んだ。
バタンとドアを閉めると、あの慎重な彼が真っ暗闇の道をずんずん突き進んでいった。
大きな駐車場に止めると、また転がるように降りて、それから何時間も帰って来なかった。

柔らかな温かい陽の光が僕を包んだ頃、彼が戻ってきた。
にやけを抑えられないほど、最高潮の彼だった。
ゆっくり僕のドアを開け、パタンと優しく閉めると、目をつむって、ふぅーっと上に息を吐いた。
それから彼は何本も電話をかけては、ありがとう、ありがとうと言っていた。

桜並木がピンクの絨毯になった頃、僕と彼はまた、あの駐車場に向かっていた。
何度も通った道だ。
いつもと違うのは、僕に小さなイスが取り付けられたこと。
取り付ける時の彼は、本当に嬉しそうだった。
しばらくすると、彼女が大きな布を抱えて出てきた。
その中には、新しい仲間がいた。
彼は小さな彼をそっと特等席に乗せた。

それから、彼は僕をよく使うようになった。
公園へ行ったり、桜や紅葉を観たり。
夜中に小さな彼を寝かしつけるために、ドライブにもよく行った。
毎日のように、保育園の送り迎えもした。
ターコイズブルーは人気者で、僕は鼻が高かった。
新しい仲間はワンパクで、びしょびしょだったり泥んこだったりしたけれど、彼も彼女もいつも僕をキレイに掃除してくれた。
だから僕のシートは擦り減り一つなく、いつもピカピカだった。
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