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押しかけポニーボーイ

悪魔の手助け

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 ──魔界・ダンダリアンの館
「……それで、彼とはどうなったのですか?」
 ことのあらましを聞いたダンダリアンは、狂った賠償の提示をされたザガムの返答が気になっていた。
「どうなるも何もない。ひとまず賠償についての話は保留にし、帰ってもらった」
 ザガムの背がさらに丸まる。
「きっとあのニンゲンも同様しているのだろう。私のような魔族を前にして気が動転するのも無理はないが」
「ふーむ」
 ダンダリアンの四つ頭がなんともすっきりしないといった様子で片眉を上げたり口をすぼめたりしている。
「彼はまた話をしに訪ねてくるという。変に突っぱねてニンゲンの噂の的になるのも沢山だ。ダンダリアン、どうか力を貸してくれないだろうか」
「僕にどうしろと」
「何、簡単なことだ。君の力をもって彼を心変わりさせてくれればいいだけの話だ。勿論礼は弾む」
「そうですね……お力になりたいのは山々ですが、契約なくニンゲンに力を振るうのは少々危険ですね。そのニンゲンを良く見極めないといけません」
「勿論だ。ぜひ上の城に来てくれ。明日でも構わない。君が好みそうな地上の肉と酒を揃えて待っているよ」

 ザガムが帰った後、ダンダリアンは四つの頭を使って独り芝居を始める。
 なまじ頭が多いだけに、たまにこのようにして会話をしないと頭の働きが鈍ることがあった。
「どうするんだ、ダンダリアン。ザガム様のいう通りにするのか」
「いやだわ、ダンダリアン。地上うえで天使に目を付けられるのはごめんよ」
「ねえ、ダンダリアン。ザガム様を困らせるニンゲンの頭を覗いてみましょうよ」
「そうじゃそうじゃ。ダンダリアンはダンダリアンの意見に従うぞい」
 智の悪魔ダンダリアンの方針は最初から決まっていたようだった。



 ザガムが魔界から帰ると、予想通り城門前に剣術学校帰りのエーリックが待ち構えていた。
 何やら長細い木箱を抱え、かしこまった様子で立ち尽くしている。
「お待ちしておりましたッ! お時間頂いてもよろしいでしょうか!?」
「構わないが、それは?」
「この土地の酒です! 父上が是非にと。勿論これが賠償の品というわけではございません!」
「私はモノを受け取れないと言ったはずだが……。そうだ、今日は紛争解決の専門家を呼んでいる。彼に振舞ってやってくれ」
「はッ!」
 自分の提案が一部受け入れられたことへの喜びにエーリックが大きく返事をした。

「は、はじめまし、て」
 再び応接間に通されたエーリックは、専門家の姿に目を丸くした。
 いくら恐れ知らずのダリク剣術学生といえど、一つの身体に四つの頭が乗った魔物を見るのは初めてで、いつもの威勢も萎みかけている。
「初めまして。僕はダン、おっと、召喚されたわけではありませんでしたね。ダンとお呼びください」
 若い男の頭が苦笑を浮かべると、周りの頭がくすくすを笑いだす。
 常人なら椅子から腰を浮かせて逃げ出すかもしれないが、エーリックは慄きつつもじっとダンダリアンを見つめて相槌を打っていた。
から伺いました。貴方はどうしてもお詫びがしたいそうですね」
「は、はい!」
「なぜですか? 我々にとってはあまりに些末な問題。詫びを受け取るほどのものでもありません」
「いえ! そうはいきません! その、何もしないで帰ったとなると、不義理者として家名に傷がつきます。魔族の皆さまには理解し難いかもしれませんが、ここはそういう土地なのです!」
 嘘は言っていない。
 ダンダリアンはエーリックの力強い眼差しの奥を探る。
 ここまで食い下がるには他に強い理由があるのだろう。
 ダンダリアンがエーリックの胸の内に見つけた時、四つの顔は同時に満面の笑みを浮かべた。
「ど、どうしたダン?」
 ザガムが巨体を揺らして真横を見やると、ダンダリアンはすぐにいつものすまし顔に切り替えていた。
「いえ。ザガー様。僕が思うに、ザガー様は彼の謝罪をお受けするべきかと」
「何!?」
「ヒトの成体なれどまだ学徒の身。地元で悪評を立てられては将来に暗雲が立ちます。ヒトの寿命は我々が瞬きをするほどに短い。若者の未来を我々が摘んでしまってよいのでしょうか?」
「ぐ、ぬぅ……」
 なぜ悪魔がニンゲン如きの一生を案じてやらねばならんのだと考えたザガムであったが、己がまるで弱いもの虐めをしている俗物のように見られることも悔しく、ザガムは歯噛みするほかない。
 そして感涙を零しそうなほど感じ入っているエーリックを前に強く突っぱねることも憚られる気がした。
「良いではないですか。たまにはヒトの遊戯に付き合ってやっても」
「約束が違うぞ」
「力を使うとは一言も申し上げておりません」
 なにやら目の前で揉めだした魔物を前に、エーリックが気まずそうに出された紅茶を啜っている。
「こ、ここは噂蔓延る土地だろう! そのような」
「何を言っているのです。城の中で起きたことはニンゲン程度には見通せません。彼が漏らさない限りは」
 ダンダリアンの流し目を受けたエーリックは、ひらめきに瞳を輝かせて立ち上がる。
「つまり、二人だけの秘密ということですねッ!?」
 うんうん、と四つの頭が頷き、巨大な雄牛悪魔はがっくりと頭を垂れた。

 これ以上邪魔をしてはいけませんので、という言葉を残し、木箱を抱えたダンダリアンは煙のように消えていった。
 地上ではまず見られない高度魔法に固まっていたエーリックの膝の上には、丸まった猫ほどの大きさの紙包みが置かれている。
 それはダンダリアンが用意した手土産であり、彼はそれをザガムではなくエーリックに渡して帰っていったのだった。
「一体どういうつもりだ……また同族に裏切りを……」
 長椅子に腰を掛けたまま頭を抱えるザガムを見て、紙包み片手にエーリックが心配そうな顔で近寄る。
「あの、大丈夫ですか」
 弱き者ニンゲンに心配された恥ずかしさからザガムが顔を上げると、エーリックが手にしていた紙包みが目に入った。
「ああ……それは?」
「これはダン様が自分に、と」
「貸したまえ」
 ザガムはエーリックの荷物を奪い取ると、遠慮なしに包みを破いていく。
 そして中から現れたのは、黒い馬の轡ビットギャグであった。しかもご丁寧に手綱も一緒に入っている。
「わぁ!」
「ダンダリアン、貴様最初から……!」
 歓喜に目を輝かせるニンゲンの横で、雄牛悪魔の拳が強く強く握られた。
 いつか貴様の家のワインすべてを水に変えてやる。流れる血潮もだ。
 ザガムは心の中でここにいないダンダリアンへ呪詛を送った。

「それで、私はどうすればいい。君が私の馬になるとは、何をすればいいのだね」
 魂が半ば宙に浮きかけた気怠い様子で、長椅子にどっしり背を付けたザガムがエーリックに尋ねる。
 轡と手綱を胸の前で抱きながら立つエーリックは顔をほころばせていた。
「と、特別なことは何もありません! 自分を馬として扱ってくださればそれで良いのです」
「……」
「体力には自信があります! やれと言われれば町まで馬車の荷台を曳きましょう」
「私に最悪の噂が流れるではないか」
「でしたら、その、馬として貴方様を背に乗せたいと思います」
 嬉し恥ずかしといった様子で頬を上気させるエーリックにザガムは理解が追い付かなかった。
 自ら辱しめられることを望み、悦びに打ち震える者がこの世にいるということが驚きでもあった。
「ヒトならまだしも、この私を乗せて歩くことが出来るのか?」
 ザガムはエーリックの二倍ほどの背丈を持ち、体のすべてをむっちりとした筋肉の鎧の上に毛皮をまとった巨漢である。
「お任せください、伊達に鍛えておりません!」
 エーリックはおもむろに外套を締めるベルトを外し始める。
「待て! ここで脱ぐな! そのようなことは寝室でやるのだ!」
 大窓からさんさんと日の光が注ぐ応接間にザガムの声が響き渡る。
「寝室……!」
「おかしな想像をするな、この駄馬めが」
 ザガムの罵りに、エーリックは口元を緩ませて頬を掻いている。
 こ奴は何をしても悦ぶのか……?
 ザガムは心の中で白旗を上げた。
 そうして虚ろな目をした雄牛悪魔とニンゲンの男は連れだって寝室がある上階へと登っていった。

 つづく
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