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二十五 湯治

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 恐ろしいほど回り道をしたが、六玄の策略と熱望により、長治郎と六玄は酒飲み友達から恋仲になった。
 共に暮らせないこと、正式な伴侶でないこと、六玄にとっては何もかもが思い通りになったとは言い難い。
 それでも長治郎が己と共にあるとはっきり口にしたことは、六玄にとってこの上ない喜びであった。
 そうして秋から冬に移り変わるまで、六玄は少しずつ触れ合いを増やしていった。
 下っ腹に渦巻く情欲のままに振舞うこともできたが、六玄は今まで親兄弟に浴びせかけられてきた言葉を今になって思い出している。
 そろそろ物事に折り合いというものをつけて考えてみよ。
 長治郎にも似たようなことを言われた気がする。
 どこか己の一部が萎んでいくような気さえしたが、それが餓鬼ではなく一端の鬼になるということなら、多少は我慢ができると六玄は考えた。
 邪魔な縁を全て切って得た長治郎との縁を、むざむざ手放す気はない。
 こうして六玄は真に元服を迎えたような心持になっていた。

 ➸
 
 しばらく火鉢にあたっていた二人だったが、長治郎の身体から冷えが抜けると、火鉢は座敷の隅へと追いやられた。
 二人は少量の酒と肴で胃の腑を満たす。
 器を下げたあとも、長治郎は六玄の胸板を背にしながら、その膝の上にいた。
 長治郎には六玄から離れるちょうどいい理由が思いつかず、そもそも見つける気にもならなかった。
 ほどよく酒も回り、長治郎の手足の先も両頬もじんわりと熱を持って火照っている。
 いい気分のまま畳へ寝転がりたくなった長治郎だが、背にした肉厚の支えがそれを許さない。
 長治郎の腹回りを覆う腕は逞しく、その体をどこにもいかせんと言わんばかりに抱き止めていた。
 二人の間に会話は無い。
 ただ、刻だけがゆっくりと過ぎていく。
 長治郎の腹にまわされていた腕が動き、胡座を組んでいる足の付根や太腿を布越しに擦り始めた。
 その手つきは、懐いて寝転がる猫の腹を撫でるようでもあり、粗末な布越しに引き締まった男の体を探るようでもあり、どちらにせよ長治郎には焦れったくこそばゆい動きをしている。
 長治郎は無言で蠢く手の甲を摘み上げた。
 無論、痛みなど感じぬ程度の力加減で。
 悪戯を窘められた六玄は、次に空いている方の腕で長治郎の懐へと手を滑らせた。
 六玄には到底及ばないが、それでも日々の野良仕事で蓄えられた丈夫な男の胸板がそこにあった。
 大きな手が右の胸板を覆いつくすように触れ、肌の上をゆっくりと滑っていく。
「おめぇよぉ……」
 くすぐったいのか、気恥ずかしいのか、長治郎は呆れ交じりに顎をねじるようにして斜め上を向き、狼藉を働く後ろの鬼を見上げた。
 すると何を勘違いしたのか、六玄はそのまま長治郎の顔を覗き込むようにして首を傾ける。
 長治郎が咄嗟に目を瞑ると、案の定六玄はそのまま長治郎の口に吸い付いてきた。
 六玄は食むような口吸いを繰り返す。
 最初はされるがままだった長治郎も、六玄に呼応するように口元を動かした。
 合わさりあった間からは、どちらのものともいえぬ吐息が漏れている。
 より一層貪欲になり、押し付けるような口吸を始めた六玄のお陰で息苦しさを覚えた長治郎は、結構な力で六玄の腕をつかんだ。
 そのくらいの力で丁度いいのだと学んだのは、つい最近のことである。
いぎができねぇ」
「そ、そうか」
 長治郎は半分文句を言っているのだが、六玄の耳にはとても激しくてよかったと言っているように聞こえているらしい。
 妙にうれしそうで落ち着きのない声が頭の上から降ってきたが、長治郎には訂正を入れるだけの気力が残っていなかった。
 そのまま六玄の胸板に全身を預けている長治郎の耳へ、六玄が顔を寄せる。
「今宵は、泊まっていかぬか」
「なんだ、いきなし」
「そういえば、湯に浸かっていなかっただろう? 寒さも疲れも取れるゆえ、その、共にだな」
 どうも落ち着きがなく浮ついた様子で、六玄は長治郎を抱きとめている。
 長治郎も立派な男である。
 六玄が期待で大きく膨らませているのは何も胸だけではあるまい。
 どのみち断ろうが、泣きついた上に着ているものをひん剥かれて外湯に投げ込まれるのが関の山だ。
 鬼が真にヒトの言うままになるなど、未来永劫ないだろう。
 長治郎は了承の意を込めて、こう口にした。
「分かったよ。自慢の拝んでやらぁ」
「長治郎! あまりにも風情がないではないか!」

 取るに足らないやりとりを続けながら、長治郎は屋敷の裏手にある飛び石の道を進む。
 六玄の斜め後ろには青白い鬼火が浮かび、周囲を煌々と照らしてくれるため歩くのに不自由はしなかった。
 すっかり妖の存在に慣れた長治郎は、火の玉がその辺に一つ二つ浮かんだくらいで一々腰を抜かすこともなくなっていた。
 塀に囲まれ、門番のような東屋が見えた先には、もうもうと白い湯気が空に昇っていくのが見える。
 青鬼が確保している温泉はなかなかに大きそうだ。
 東屋もここを使う者の着替えに使っていることは明白だった。
「なあ、俺がすぐ茹っちまうくらい熱いとか、ねえよな」
「まさか。地獄の溶岩風呂ではないのだぞ」
 明かりの少ない東屋で帯を解きながら心配事を訪ねてみると、六玄はおかしそうに笑っている。
「地獄さ堕ちたくはねぇなあ」
「案ずるな。儂がついておる。牛頭馬頭とも渡り合ってみせようぞ」
「頼もしいなあ。野郎の着替えに鼻の下伸ばしてなきゃあよ」
「な、なにを言う。そのようなみっともない顔はしておらん。長治郎、そなたこそ儂の褌ばかり見ておるではないか!」
「……だってよお」
 長治郎は褌一枚で腰に手を当て憤る鬼を恨めしそうに見上げる。
 鬼の身体が恐ろしいほどに逞しいことなど、十分に理解しているつもりではあった。
 片隅でおとなしく燃える鬼火に照らされた六玄の身体は、長治郎が今まで見たことがないほど肉厚で雄々しい。
 長治郎が指を目一杯広げて掴んでもはみ出そうなほど盛り上がった胸板は、その中央に深い溝を走らせており、もはや山と呼んでもいいほどだ。
 腹回りもしっかりと六つに割れ、よく引き締まっている。
 長い手足もむっちりとした肉の鎧に覆われており、金棒など使わずとも腕の一振り、足の一蹴りで城門などたやすく破れてしまいそうだ。
 そしてなにより眼を引くのが、まっさらな褌に包まれた膨らみだった。
 ずっしりとした玉袋を包み込み、長く太い竿を収めた前袋の盛り上がりようといったらない。
 窮屈そうに収まった右曲がりのそれが布越しに浮き出ていた。
 長治郎は先ほど六玄の一物を茶化したことを後悔し始めている。
 もちろん体躯の大きい鬼のことだから、股にぶら下がっているものもそれなりだろうとは思っていた。
 だが、六玄の金棒はそれを差し引いても立派だった。
「ちっとばし立派だからよ。あ、おかしな術でいがくしてるとか」
「そのような虚しき見栄など張るものか」
 六玄は褌の後ろをいじくり、履いていたそれを取っ払った。
 ぶるん、と特大の肉棒と陰嚢が垂れ下がる。
 子供の腕ほどありそうな青灰の肉棒は凶悪で、萎えたそれが勃ち上がったとき、どれほど膨れてみせるのか長治郎は今から恐ろしくなった。
「どうだ、長治郎。何の細工もしとらんぞ」
「見せつけてくんなよ自慢気によお」
「なぜそうむくれる。ム、安心せい。ヒトと竿比べなど子供じみたことはせん」
「……先入ってろよ」
「そなたが脱ぐまでここを動かんぞ」
 そうして鬼は戸の前で腕を組んでふんぞり返った。
 相手は丸腰どころか裸である。それなのに勝てる気がしない。
 長治郎は歯噛みしながら袖から腕を抜くほかなかった。

 ➸

 池のように広い温泉の中、鬼火と月明かりに照らされた二人は並んで湯の中に浸かっていた。
 といっても、ヒトの背には深すぎるため、長治郎は岩肌に背をつけるようにして立ち湯を楽しんでいる。
 それでも肩口まで温かな湯に入ったことは生まれて初めてのことで、長治郎はその心地よさに今なら何でも許せてしまいそうな心持になっていた。
 極楽とはこのようなことを言うのだ。
 白濁し、どこかツンとした香りの湯に蕩けそうになる長治郎がふと左隣に視線を向けると、矢傷のついた骨太の身体がめについた。
 抉れたような痕が残っている。
 武士には誉なのだろうが、長治郎にとっては痛々しい傷跡そのものであった。
 己の身体のあちこちに残る病の痕と同じにも見え、どうにも心苦しい。
「塞がんねぇのか、これ」
 長治郎が六玄の肩に手を置くと、山のような身体がびくりと震えた。
 どうも長治郎から手を出されるとは思っていなかったようだ。
「うむ。まあ、いずれこの湯が癒してくれよう。傷によく効くのだ」
 六玄は掌に溜めた湯を己の肩へ流して見せる。
「俺の痘痕にも効けばいいんだけっどな」
「そう気にするようなものでもあるまい。病に打ち勝った証ではないか。儂は好ましいとすら思うておる」
 六玄は湯の中から手を伸ばすと、長治郎の目元を指の腹で擦ってみせる。
「物は言いようだな」
「照れずともよいぞ」
 六玄の手が顔から滑り落ち、肩口に触れてくる。
「……立っておるのも疲れるだろう。また、儂の上に乗るといい」
「好きだよなあ、ソレよぉ」
 長治郎の了解を待たずして、六玄は長治郎の身体を引き寄せた。

 つづく
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