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十九 三の縁・序
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お前を殺めに来た。
そう言われても深観は眉一つ動かさない。
それがどうしたと言わんばかりに顎をしゃくりあげる。
六玄が刀の柄に手をかけ、さらに一歩踏み込んだ。
こんなところで刃傷沙汰を起こす気か、それも村の者が居る前で!
大嵐の予感を察知した長治郎はあたふたしながら深観の横から前に出ようとした。
だが、それを目にした深観は先ほどまでのふてぶてしい態度を引っ込め、思わぬ行動に出た。
六玄を制止しようとする長治郎の背に両手をかけ、大きな背を丸めてひっついたのだ。
「僧を手にかけようなど、鬼のような御仁じゃあ。恐ろしいのう」
長治郎の身体では大柄で筋肉質な深観など隠れられるはずもない。
もはや長治郎は深観の盾であった。
「……今すぐ離れよ」
へし折れそうなほど柄を握り込んだ六玄が、地の底から響いてくるような低い声で唸る。
今にも変化が解けそうなほど顔を顰めた六玄の形相は、まさに鬼としか例えようもないものであった。
「見たか、この面を。これこそ鬼の本性じゃ。かような者と付き合うてはいかんぞ長治郎殿。気に入らぬものは皆嬲り殺しじゃ」
「黙れ。舌先三寸の天狗めが。東国の木っ端共と同じ所へ逝くがよい」
六玄は流れるような動作で太刀を抜いた。
一点の曇りもない白刃の切っ先が長治郎の頭上、深観の顔へと突き付けられる。
「ひっ!?」
刃が己の方に向いたことで長治郎の喉から悲鳴が漏れた。
「案ずるな長治郎、そなたに憑りつく畜生の首だけ綺麗に落として見せよう」
六玄はすくみ上る長治郎を安心させるためか、形ばかりの笑みを口の端に浮かべる。
目に殺気を宿らせたままのそれはとても歪で、長治郎はさらに寒気を覚えた。
「出来るかのう? 矢傷も癒えぬ身体にソレは不釣り合いじゃな。父御に頼んで金棒でも貸してもらったらどうじゃ? 棒っ切れを振り回すくらいなら小鬼でもできるからのう」
深観は六玄を鼻で笑って挑発的な言葉を投げ返した。
六玄の口元から笑みが消える。
「なあ、もう、もうやめろ……こ、こんなとこで、なあ!?」
二人の間に挟まっている長治郎は六玄の顔と頭上の深観の顔を交互に見ながら、なんとか流血沙汰を回避しようともがく。
だが、気が動転していてうまく言葉が出てこなかった。
長治郎の心臓はどくどくと早鐘を打ち、嫌な熱を帯びた身体が脂汗を滲ませる。
自分の背にひっついているのも十中八九物の怪──六玄の言う通りなら天狗だ。
六玄の正体を知っており、鬼にも物怖じしない態度を見るに、それなりに力のある妖なのだろう。
鬼が天狗の首を落とすか、それとも天狗がやり返すのか。下手したら自分も巻き添えになるかもしれない。
どう転んでも誰かの生首がここに転がる未来しか見えない。
長治郎の脳裏に凄惨な光景が浮かび上がろうとしたその時だった。
「誰かっ、誰か来てぇっ!」
絹を引き裂くような叫びが朝の村外れにこだまする。
大男共の諍いに怯えていたニンゲンは何も長治郎だけではない。
恐怖が臨界点に達していたはるが、耐え切れず叫んだのだ。
日頃大騒ぎするような娘ではなく、その声にはるの肩を抱いて気遣いの出来る男を演じていた助信も固まっている。
互いに仇敵しか眼に入っていなかった六玄と深観も呆気に取られていた。
そして農村の朝は早い。
大声を聞いて遠くの家々から人が顔を覗かせ、何事かと辺りを見回している姿が見えるではないか。
次にはるか長治郎が大声を上げたら流石に村のニンゲンも駆けつけてきそうだ。
「ム……」
「……」
こうなると喧嘩どころではない。
此処はヒトの世だ。
互いにやらかしている六玄と深観は、また大騒ぎを起こすと身内から突き上げられる不都合を察して、渋々喧嘩腰の表情を引っ込めた。
六玄が咳払いをしながら刀を収めると、深観は長治郎の肩から手を退けた。
その様子を茂みの中で様子を伺う蛇の如く助信が眺めている。
半べそをかきそうな顔で荒い息をしているのは長治郎とはるだけであった。
「……某は物の怪ではござらん。この助信もな。次に無礼な事を申せば切って捨てるが、此度ははる殿に免じて許してやろう。この村から疾く去ぬるがよい」
「拙僧の見立てに間違いはないと思うが……まあ、殺生は仏の教えに反するからのう。調伏は別の機会にとっておくとしよう」
六玄と深観は互いに負け惜しみにも似た捨て台詞を吐きあっている。
「長治郎、また会おうぞ」
「長治郎殿、またな」
二人同時に長治郎に声をかけ、一瞬視線がぶつかり火花が散ったが、六玄は助信を連れて街に続く土の路を、深観は藪を掻き分けて村の森へと去っていった。
後に残されたのは、半ば放心状態の長治郎とはるだけであった。
➵
「あよ」
「何だ」
朝から疲れ切った長治郎とはるが連れ立って村の中に戻る途中、先に口を開いたのは長治郎だった。
「あのお武家様と一緒になる気か」
「……なれたらな。あんなおっかねぇ兄様がいるとは思わねかったけど」
自分との関係が兄の知るところとなり、もう自由に通えなくなると言われたのはつい最近のことだという。
今朝初めて件の兄を見たとき、この村に尋ねて来た鷹狩のお武家様だったことが分かり、はるは助信との出逢いが運命だとさえ思ったという。
「わけ分かんねことで喧嘩おっぱじめたのには肝が冷えたけっどよ、おらぁの気は変んねえ」
「そうか」
その男がヒトでなくてもか。
少し前には、旦那はヒトがいいと、そう言っていたはずだ。
長治郎は助信が蛇であるとはるに告げるか迷った。
偽兄弟は引き上げており、袖に糸を付けて辿るどころではない。
ついでに余所者の山伏も去った。
妖を妖と証明する手立てはもう失われているのだ。
「あのよ」
「ん?」
「もし、もしだど。もし、あのお武家様らがよ、深観の言う通り物の怪だったら、どうする?」
長治郎の言葉にはるは足を止め、踏み固められた土の路をじっと見下ろした。
「そんでもいい」
「もう二度と来ねぇかもしんねえど」
「分かってる。でもいい」
はるは長治郎の顔を見ずに、前を向いてずんずん歩き出す。
やられた。
六玄は正体を見破られる前に、助信を綺麗な思い出にしたのだ。
嫌い合って別れたわけでもないだけに厄介だ。
この先はるが別の男に嫁ぐ日が来ても、助信を上回る男はそうそう現れないだろう。
はるの眼から見た長治郎といえば、人並外れた体躯の男二人の間でまごついていただけである。
そもそも長治郎とはるが好きあったとして、はるの父親が許すはずもないだけに、もうはるの中で一緒になる男の候補内に長治郎の名前は含まれなくなった。
特別な力が無くとも分かる。
はるが自分の方へ向くことは、もうない。
長治郎はどこかで糸がぷつりと途絶えた音を聞いた気がした。
「なあ、も一個聞いていいか?」
「何を」
「その、助信、様のどこが良がったんだ」
やっぱし面か。
「え? まあ、優しいし、話面白れぇし。色んなこと知ってんだ。村ん男と全然違げえ」
「野郎の考えてっことなんて大して変わんねぇど」
「助信様はそんなお人でねえ。その辺のと一緒にすんな」
「そうか。悪りかったよ」
はるにとってみれば村の男など石ころ同然なのだろう。
正直自分が女だったらアレに騙されていない自信もない。
鬼め。鬼畜が。
長治郎は首謀者の六玄を呪いながら家路についた。
➵
夜。
深観のいない家が広々と見えるなと思いながら、長治郎は囲炉裏の前に座している。
悪いことに、そろそろ六玄の元へ尋ねなければいけない頃合いだ。
今朝がた六玄がまた会おうと言ったのはそれの合図だろう。
概ね想像している通りだろうが、今回の企みを一から十まで洗いざらい問い詰めてやりたい気分だった。
長治郎はよっこらせ、と呟くと寝床にしている筵の下に手を入れる。
そこにはいつものように天狗の羽があった。
それを摘まむと、長治郎は数日つきまとって、ここで飯まで食っていった深観の顔を思い出す。
あの野郎、やっぱし六玄に復讐しようとしてたのか?
長治郎は随分居丈高に六玄を蔑んでいた深観を思い出し、少し背筋が寒くなった。
しかしそれも当然といえば当然かもしれない。
裏切りの代償とはいえ、同族を殺され、このように道具にまでされているのだから。
長治郎は手にした羽をぼんやりと見つめる。
考え事をしていなければ、その羽がいつもより大きく立派なことに気が付けただろう。
だが、夜更けの眠気も手伝って、長治郎はついにそれに気が付かないまま外へ出た。
長治郎が家の裏手でいつもの手順通り羽を振ると、身を浮かす旋風に包まれた。
「んっ!?」
だが、それは普段とは異なる逆巻きの風で、長治郎が違和感を覚えたときには、既に木の葉のようになっていずこかにその身を飛ばされていた。
➵
「痛ってぇ!」
着地に失敗した長治郎は尻から着地し、強かに臀部を地面に打ち付けた。
勝手がわかってきたので庭にしっかりと降り立つことができたのに、今日に限って身体の傾きが制御できない。
「おー痛、畜生……」
尻を擦り愚痴をこぼしながら長治郎が立ちあがると、周囲が見慣れぬ景色で囲まれていることに初めて気が付いた。
恐ろしいまでに大きな満月が辺りを照らしているものの、大きく葉を広げた木々が覆いのように月光を遮っている。
そして、目の前には見たこともない破れ寺があった。
本堂の入り口に付けられた階段に、ひときわ大きな何かが居る。
ソレは静まり返った夜には似つかわしくない朗らかな声で話しかけてきた。
「今朝方ぶりじゃな、長治郎殿」
段木に片足胡坐で座していたのは、大きな翼を持った山伏姿の男であった。
つづく
そう言われても深観は眉一つ動かさない。
それがどうしたと言わんばかりに顎をしゃくりあげる。
六玄が刀の柄に手をかけ、さらに一歩踏み込んだ。
こんなところで刃傷沙汰を起こす気か、それも村の者が居る前で!
大嵐の予感を察知した長治郎はあたふたしながら深観の横から前に出ようとした。
だが、それを目にした深観は先ほどまでのふてぶてしい態度を引っ込め、思わぬ行動に出た。
六玄を制止しようとする長治郎の背に両手をかけ、大きな背を丸めてひっついたのだ。
「僧を手にかけようなど、鬼のような御仁じゃあ。恐ろしいのう」
長治郎の身体では大柄で筋肉質な深観など隠れられるはずもない。
もはや長治郎は深観の盾であった。
「……今すぐ離れよ」
へし折れそうなほど柄を握り込んだ六玄が、地の底から響いてくるような低い声で唸る。
今にも変化が解けそうなほど顔を顰めた六玄の形相は、まさに鬼としか例えようもないものであった。
「見たか、この面を。これこそ鬼の本性じゃ。かような者と付き合うてはいかんぞ長治郎殿。気に入らぬものは皆嬲り殺しじゃ」
「黙れ。舌先三寸の天狗めが。東国の木っ端共と同じ所へ逝くがよい」
六玄は流れるような動作で太刀を抜いた。
一点の曇りもない白刃の切っ先が長治郎の頭上、深観の顔へと突き付けられる。
「ひっ!?」
刃が己の方に向いたことで長治郎の喉から悲鳴が漏れた。
「案ずるな長治郎、そなたに憑りつく畜生の首だけ綺麗に落として見せよう」
六玄はすくみ上る長治郎を安心させるためか、形ばかりの笑みを口の端に浮かべる。
目に殺気を宿らせたままのそれはとても歪で、長治郎はさらに寒気を覚えた。
「出来るかのう? 矢傷も癒えぬ身体にソレは不釣り合いじゃな。父御に頼んで金棒でも貸してもらったらどうじゃ? 棒っ切れを振り回すくらいなら小鬼でもできるからのう」
深観は六玄を鼻で笑って挑発的な言葉を投げ返した。
六玄の口元から笑みが消える。
「なあ、もう、もうやめろ……こ、こんなとこで、なあ!?」
二人の間に挟まっている長治郎は六玄の顔と頭上の深観の顔を交互に見ながら、なんとか流血沙汰を回避しようともがく。
だが、気が動転していてうまく言葉が出てこなかった。
長治郎の心臓はどくどくと早鐘を打ち、嫌な熱を帯びた身体が脂汗を滲ませる。
自分の背にひっついているのも十中八九物の怪──六玄の言う通りなら天狗だ。
六玄の正体を知っており、鬼にも物怖じしない態度を見るに、それなりに力のある妖なのだろう。
鬼が天狗の首を落とすか、それとも天狗がやり返すのか。下手したら自分も巻き添えになるかもしれない。
どう転んでも誰かの生首がここに転がる未来しか見えない。
長治郎の脳裏に凄惨な光景が浮かび上がろうとしたその時だった。
「誰かっ、誰か来てぇっ!」
絹を引き裂くような叫びが朝の村外れにこだまする。
大男共の諍いに怯えていたニンゲンは何も長治郎だけではない。
恐怖が臨界点に達していたはるが、耐え切れず叫んだのだ。
日頃大騒ぎするような娘ではなく、その声にはるの肩を抱いて気遣いの出来る男を演じていた助信も固まっている。
互いに仇敵しか眼に入っていなかった六玄と深観も呆気に取られていた。
そして農村の朝は早い。
大声を聞いて遠くの家々から人が顔を覗かせ、何事かと辺りを見回している姿が見えるではないか。
次にはるか長治郎が大声を上げたら流石に村のニンゲンも駆けつけてきそうだ。
「ム……」
「……」
こうなると喧嘩どころではない。
此処はヒトの世だ。
互いにやらかしている六玄と深観は、また大騒ぎを起こすと身内から突き上げられる不都合を察して、渋々喧嘩腰の表情を引っ込めた。
六玄が咳払いをしながら刀を収めると、深観は長治郎の肩から手を退けた。
その様子を茂みの中で様子を伺う蛇の如く助信が眺めている。
半べそをかきそうな顔で荒い息をしているのは長治郎とはるだけであった。
「……某は物の怪ではござらん。この助信もな。次に無礼な事を申せば切って捨てるが、此度ははる殿に免じて許してやろう。この村から疾く去ぬるがよい」
「拙僧の見立てに間違いはないと思うが……まあ、殺生は仏の教えに反するからのう。調伏は別の機会にとっておくとしよう」
六玄と深観は互いに負け惜しみにも似た捨て台詞を吐きあっている。
「長治郎、また会おうぞ」
「長治郎殿、またな」
二人同時に長治郎に声をかけ、一瞬視線がぶつかり火花が散ったが、六玄は助信を連れて街に続く土の路を、深観は藪を掻き分けて村の森へと去っていった。
後に残されたのは、半ば放心状態の長治郎とはるだけであった。
➵
「あよ」
「何だ」
朝から疲れ切った長治郎とはるが連れ立って村の中に戻る途中、先に口を開いたのは長治郎だった。
「あのお武家様と一緒になる気か」
「……なれたらな。あんなおっかねぇ兄様がいるとは思わねかったけど」
自分との関係が兄の知るところとなり、もう自由に通えなくなると言われたのはつい最近のことだという。
今朝初めて件の兄を見たとき、この村に尋ねて来た鷹狩のお武家様だったことが分かり、はるは助信との出逢いが運命だとさえ思ったという。
「わけ分かんねことで喧嘩おっぱじめたのには肝が冷えたけっどよ、おらぁの気は変んねえ」
「そうか」
その男がヒトでなくてもか。
少し前には、旦那はヒトがいいと、そう言っていたはずだ。
長治郎は助信が蛇であるとはるに告げるか迷った。
偽兄弟は引き上げており、袖に糸を付けて辿るどころではない。
ついでに余所者の山伏も去った。
妖を妖と証明する手立てはもう失われているのだ。
「あのよ」
「ん?」
「もし、もしだど。もし、あのお武家様らがよ、深観の言う通り物の怪だったら、どうする?」
長治郎の言葉にはるは足を止め、踏み固められた土の路をじっと見下ろした。
「そんでもいい」
「もう二度と来ねぇかもしんねえど」
「分かってる。でもいい」
はるは長治郎の顔を見ずに、前を向いてずんずん歩き出す。
やられた。
六玄は正体を見破られる前に、助信を綺麗な思い出にしたのだ。
嫌い合って別れたわけでもないだけに厄介だ。
この先はるが別の男に嫁ぐ日が来ても、助信を上回る男はそうそう現れないだろう。
はるの眼から見た長治郎といえば、人並外れた体躯の男二人の間でまごついていただけである。
そもそも長治郎とはるが好きあったとして、はるの父親が許すはずもないだけに、もうはるの中で一緒になる男の候補内に長治郎の名前は含まれなくなった。
特別な力が無くとも分かる。
はるが自分の方へ向くことは、もうない。
長治郎はどこかで糸がぷつりと途絶えた音を聞いた気がした。
「なあ、も一個聞いていいか?」
「何を」
「その、助信、様のどこが良がったんだ」
やっぱし面か。
「え? まあ、優しいし、話面白れぇし。色んなこと知ってんだ。村ん男と全然違げえ」
「野郎の考えてっことなんて大して変わんねぇど」
「助信様はそんなお人でねえ。その辺のと一緒にすんな」
「そうか。悪りかったよ」
はるにとってみれば村の男など石ころ同然なのだろう。
正直自分が女だったらアレに騙されていない自信もない。
鬼め。鬼畜が。
長治郎は首謀者の六玄を呪いながら家路についた。
➵
夜。
深観のいない家が広々と見えるなと思いながら、長治郎は囲炉裏の前に座している。
悪いことに、そろそろ六玄の元へ尋ねなければいけない頃合いだ。
今朝がた六玄がまた会おうと言ったのはそれの合図だろう。
概ね想像している通りだろうが、今回の企みを一から十まで洗いざらい問い詰めてやりたい気分だった。
長治郎はよっこらせ、と呟くと寝床にしている筵の下に手を入れる。
そこにはいつものように天狗の羽があった。
それを摘まむと、長治郎は数日つきまとって、ここで飯まで食っていった深観の顔を思い出す。
あの野郎、やっぱし六玄に復讐しようとしてたのか?
長治郎は随分居丈高に六玄を蔑んでいた深観を思い出し、少し背筋が寒くなった。
しかしそれも当然といえば当然かもしれない。
裏切りの代償とはいえ、同族を殺され、このように道具にまでされているのだから。
長治郎は手にした羽をぼんやりと見つめる。
考え事をしていなければ、その羽がいつもより大きく立派なことに気が付けただろう。
だが、夜更けの眠気も手伝って、長治郎はついにそれに気が付かないまま外へ出た。
長治郎が家の裏手でいつもの手順通り羽を振ると、身を浮かす旋風に包まれた。
「んっ!?」
だが、それは普段とは異なる逆巻きの風で、長治郎が違和感を覚えたときには、既に木の葉のようになっていずこかにその身を飛ばされていた。
➵
「痛ってぇ!」
着地に失敗した長治郎は尻から着地し、強かに臀部を地面に打ち付けた。
勝手がわかってきたので庭にしっかりと降り立つことができたのに、今日に限って身体の傾きが制御できない。
「おー痛、畜生……」
尻を擦り愚痴をこぼしながら長治郎が立ちあがると、周囲が見慣れぬ景色で囲まれていることに初めて気が付いた。
恐ろしいまでに大きな満月が辺りを照らしているものの、大きく葉を広げた木々が覆いのように月光を遮っている。
そして、目の前には見たこともない破れ寺があった。
本堂の入り口に付けられた階段に、ひときわ大きな何かが居る。
ソレは静まり返った夜には似つかわしくない朗らかな声で話しかけてきた。
「今朝方ぶりじゃな、長治郎殿」
段木に片足胡坐で座していたのは、大きな翼を持った山伏姿の男であった。
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