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塔の上から_1

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 ギガンの病室を訪れたのは、ディメンション・パトロール・ブルーだった。
 相変わらず涼し気で何を考えているのか分からない顔つきだったが、それまであった近寄りがたい雰囲気はもう纏っていない。
 暖馬は慌てて敬礼をしようと椅子から腰を浮かせかけたが、ブルーはそれを手で制した。
「楽にしてくれ。本来なら、君もまだ寝ているべきだろう」
「いや、まあ、はい……」
 ミイラ男の仮装を途中で投げ出してきたかのような暖馬の恰好を見て、ブルーは小さく釘を刺す。
「見舞いに手ぶらでくるとは、ディメンション・パトロールは揃いも揃って常識ねえんだな」
 ベッドの上で毒を吐くギガンをブルーは殊更冷たい眼で見下ろした。
「なら今度から花でも持ってこよう。それと、今日ここに来たのは見舞いではなく、通達だ」
 ブルーは二人の隊員の顔を網膜に焼き付けるように、強い眼差しで見つめる。
「通達、ですか」
「ああ。これからヒーロー基地がとる施策や、ディメンション・パトロールの今後について話しておこう。君達にはそれを知る権利、いや、我々が君達に話す義務がある」
 堅苦しくまどろっこしい言い回しにしびれを切らしたギガンは、寝転がったまま呆れ顔で口を開いた。
「何でもいい、とっと言え」

「君達も理解をしているだろうが、増殖したアンゴルモアはいまだこの星に留まっている」
 その言葉に暖馬の眼を窓の外へ向けさせた。
 曇天の一角に広がっていた赤黒い染みはもう無い。
 きっと地上に降りたのだろう。
 どの基地が担当する地域なのかは測りかねるが、恐らく現場へ急行せよと命令が飛んでいるはずだ。
「いい加減、お前らの力でなんとかしろよ」
 ギガンはブルーを睨み上げる。
 もはや魔法と呼んで差し支えないほどの、超科学力を有したディメンション・パトロールに出来ないことは無いだろう、との皮肉に、ブルーは静かに首を振った。
「すまないが、それは出来ない」
「まあ、出来たらやってるだろうな。その言い訳を聞かせてくれよ」
「ギガン……」
 ギガンの胸中には、怒りの炎が燻っているようだ。
 その思いも分からないでもない暖馬は、ギガンに態度を改めるようハッキリ注意するまでの気持ちにはなれず、困惑した面持ちで彼の名前を呼ぶ程度にとどまってしまった。
「ああ。完全なる言い訳だが、最後まで聞いてもらえると有難い。まず一つ、アンゴルモアを即座に根絶させられるような方法は、無い」
「本当に何も無いんですか?」
 食い下がる暖馬に、ブルーは僅かに眉尻を下げる。
「申し訳ないが、無い。あれには我々の種も手を焼いてきた。気象現象化する星の癌だと思ってほしい。患部を切り離しても、その残滓が粒子となって漂えば、時間とともに復活する。一気に滅ぼしたいのであれば、地上も空も焼け野原にする必要がある。我々の銀河では、星系エネルギーを餌に老星へ奴らをおびき寄せ、星の終わりを利用して爆殺処理を行って来た」
「そんな……」
 超新星爆発に巻き込んで殺すというスケールが違い過ぎる話に、暖馬は眩暈を覚えそうになった。
「よくもそんなもん持ち込んだな、お前らのリーダーは」
 ギガンは自分の言葉に、ふとある光景を思い出す。
「そういや、レッドも俺の前で似たようなこと言ってたな」
 星の寄生虫。あらゆる生命体の敵。共に巨大な敵に立ち向かおう。
『勿論ディメンション・パトロールも戦うぞ!』
 ギガンの眉根に深い皺が刻まれる。
 倒されたがり、という渾名の製造主が一時的でもレッドに加担したことが、ようやく呑み込めた。
 彼らは演出やらせの中にも、紛い物ではない緊張感を求めていた。
 ニンゲンと怪人のやり取りに飽いた監視者が、本物の死と恐怖を引っ提げて自ら舞台に立つことを画策した末路がこれだ。
 世のすべては娯楽のために。
「私も仲間も、レッドと帝王を無力化するために、残りの星系エネルギーを殆ど使用してしまった。今はしらみつぶしにアンゴルモアの核を潰して回ってもらうしかない。幸いにも、この星は思考が異なる生命体に溢れ、アンゴルモアが肥大化するような巨大生命体は居ない。どのくらいかかるかは分からないが、駆除スピードを上げれば、いつかはこの星に侵入したアンゴルモアも絶滅するだろう」
 ギガンと暖馬は無言で顔を見合わせた。
 異星人の時間感覚と地球産生命体の時間感覚とが、必ずしも同じではないことを、二人は十分理解している。
 特に直接レッドから冥途の土産話を手渡されたギガンはそうだった。
「アンゴルモアの駆除が完了したならば、私は仲間と共に地球から去ろうと思う。母星に戻り、仲間に星系エネルギーを充填してやりたい。無論、あの二人のキューブも、完全に破壊しなくてはならない」
「……そうですか」
「その前にここに居る奴らは全員くたばってそうだけどな。勝手にしろよ、ままごと劇団員」
 


 災厄を撒いた二人が封じられてから約一カ月、まだ治りかけの暖馬とは対照的に、怪人ギガンは驚異的な回復力をみせ、完全に骨が砕かれる前と同様の動きができるようになっていた。
 すっかり冬の気配がする基地内の敷地をウォーキングする暖馬の後ろを、あくびをしながらギガンが付いて回る。
 ギガンが片耳に嵌めた無線イヤフォンからは、基地発信のアンゴルモア予報が流れていた。
『今日のアンゴルモア降下確率は10%、キャンプ場や海岸など開けた場所に行かれる方は、念のため避難先指定建造物の位置をチェックしておきましょう』
 今日は面白みのない植え込みの間をぐるぐる散歩させても問題ないようだ。
「……暇なら無理についてこなくてもいいんだぞ」
 足を止め、むっとした顔つきの暖馬がギガンの方へ振り返る。
 どうやら大あくびの音が癇に障ったようだ。
「あ? しょうがねえだろ、相棒バディ制とやらを作った上に言えよ。ひ弱なニンゲンのリハビリに付き合ってやってる俺の身にもなれ」
「別に一人で大丈夫だ。他の怪人と訓練とか」
「相棒と連携訓練してるとこに混ぜてくれよーって行けんのか、お前は」
「じゃ、じゃあオクトールとでも話を」
「あぁ? 冗談じゃねえ、あの陰険タコ野郎と俺がいつ茶飲み友達になったんだよ」
「自主練」
「病み上がりの相棒はどうした薄情だ面倒見ろってうるせえんだよ、ここの奴らは。わかったか?」
 すっかり葉の落ちた木々と、刑務所のように分厚く高い壁との間を二人は歩いていく。
 乾燥した空気が暖馬の鼻先や指先から熱を奪い、氷のように冷やしてゆく。
 寒波はアンゴルモアも嫌うのか、ここ最近は都内で赤黒い雲の出現率も激減していた。
 空を見上げれば、淡い水色に千切られた綿のような薄い雲がちらほら浮いているだけだった。
「おい、足止めんな。あと一周だぞ」
 ギガンが運動メニューの残りを口にするが、暖馬は上を向いたまま上の空でその場に留まっている。
「……歩くのがしんどいなら先に言え」
 暖馬の身体に降り注ぐ陽光を大きな影が遮る。
 真横を歩いていたギガンが正面に回り、やや背を丸めて暖馬の顔を覗き込んできたのだ。
 上下に連なった異形の眼が僅かに細められ、眉根も若干寄っている。
 他人の眼からすれば微かな表情の変化だが、暖馬にはギガンが自分をどう見ているのか、それなりに分かるような気がしていた。
「いや、身体が辛いわけじゃない。ただ」
「何だ」
「怪我が治ったら、行きたいところがあるんだ」
「んん?」
「一緒に来てくれるか?」
 静かに見つめ返してくる暖馬から眼を逸らしたギガンは、その背後に回り込むと片手で軽く尻を叩いた。
「痛って!」
「うるせえ。外出してえならとっととメニューをこなせ」

 つづく
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