上 下
23 / 37

記憶_3

しおりを挟む
 暖馬が人間に扮したオクトールに連れてこられた地下エリアは、怪人基地よりも無機質だった。
 塗装の無いコンクリートの壁に、申し訳程度に張られたリノリウムの床はどこかの古い倉庫を連想させる。
 切れかけの蛍光灯が一定間隔で弱弱しく通路を照らしている。
 ただ空気だけが異様に冷たい。
 研究のため、検体となった怪人達の一部分を保管するために適した温度にされていることは、暖馬には知りえないことだった。
「まさか二部屋隣だったとは。騒いで教えてくれてもよかったのだがね」
 長細い廊下を少し進み、鉄格子の嵌められた覗き窓がある銀色の扉の前でオクトールは足を止めた。
「何ですか、この部屋……」
「さあ? 君達の方が詳しいんじゃないか」
 この部屋が誰に何をするために作られたのかなど、わざわざ口にするほどの話でもないだろう。
 冷ややかな目で暖馬を見下ろしたオクトールは、ドクターコートのポケットから扉の脇にある黒いボックス型のセンサーへ顔写真付きの身分証カードを翳す。
 ガチリ、と重たい錠の音が鳴った。

「随分いい恰好だな、ギガン博士」
 電灯が完全に切れている薄暗い一室にソレは居た。
 オクトールが前に立っていても、ヒトの二倍近いその巨体はハッキリと見える。
 中にいた怪人の両腕は高く伸ばされ、頭上にある手首は手錠で一纏めにされていた。
 彼は天井から垂らされた鎖で手首を吊られ、肩幅に開いた脚には電子錠の掛かった足輪が填められている。
 恐らくこの巨体でも足を上げるのが億劫なほどの重量がかけられているだろう。
 彼の衣服はすべてはぎ取られ、青緑色をした肌と機械製の手足は剥きだしにされていた。
 だが、筋肉で膨れ上がった肢体のおかげか、暖馬の眼には惨めな捕虜というよりやっとの思いで捕獲した猛獣のように映った。
 腹部には大きな創傷を雑に縫合した痛々しい傷跡が、稲妻となって素肌の表面に奔っている。
 短い銀髪、顔の半分を覆う金属面、上下に並んだ巨大な黒い眼。
 初めて見たはずなのに、その面構えは暖馬に強烈な既視感を抱かせた。
「怪、人です、よね?」
「彼がニンゲンに見えるのかい?」
 巨体の怪人は黒い猿ぐつわを噛まされており、勝手に入ってきたニンゲンらしき二人を異形の眼を歪ませて睨みつけた。
「どうして、こんな……」
 怪人への非人道的な扱いに暖馬は眩暈を覚えた。
 硬い床がふにゃりと曲がり、そのまま足を掬い上げられて転びそうな錯覚が脳を揺らす。
 どういう経緯かはまだ正確に知らされていないが、これからヒーローと怪人は手を取り合って新たな敵と戦うのではなかったのか。
 陰茎から何から全てを晒された屈辱的な姿で拘束する必要がどこにあるのか。
 この基地のニンゲンは基地の外にいるニンゲンよりも善性があるものと、これまで信じて疑わなかった暖馬の脳は目の前の光景を現実と受け入れることを未だ拒んでいる。
「博士は私と違って短気で粗暴で体格が良い。ニンゲンが恐れるのも無理はない。噛みつかれたくもないだろう。」
 ずい、と巨人の下へ一歩進み出たオクトールは、今まで被っていたニンゲンの皮を脱ぎ捨てた。
「ひっ!?」
「ウヴッ!」
 辛うじて人型に保った触手の群れが、白いドクターコートから無数に這い出る。
 茶と黒の縞模様の蛸脚がにちゅにちゅと湿った音をさせながら蠢いていた。
 暖馬は短い悲鳴を、巨人はくぐもったうめき声をあげ、奇怪なメタモルフォーゼに目を剥く。
「哀れな同志諸君。このまま異星人のままごと人形にされたくなければ、僅かでも記憶を取り戻すことだ」
 オクトールはコートの裾から太い触手を幾本も飛び出させた。
 自由自在に収縮する触手の先端は、巨人の手首を繋ぐ原始的な手錠の鍵穴に潜り込み、いともたやすく錠を解いていく。
 手枷が緩んだことを察知した身体が、反射的に腕を広げ、強引に手首と手首を結ぶ鎖を引きちぎった。
 金属片が床に散らばり、硬い音を立てる。
 機械化した右腕はいまだ宙から伸びる太い鎖に吊られたままだが、生身の左腕は自由になった。
 そして触手は呆然と立ちすくんでいた暖馬の背中を後ろから容赦なく突き飛ばした。
 しなる筋肉質の肉鞭がいともたやすく男の身体を押し出す。
 暖馬は声を上げる暇もない。
 身体が強い衝撃と共に体が数ミリ宙に浮き、そのまま弾丸のように前へと倒れる。
 ドッヂボールの球のように弾かれた暖馬を、巨人は咄嗟に自由になった右腕で抱き留めた。
 考える暇もない、一瞬のうちの行動。
 ヒトの戦闘員よりも何倍も逞しい腕が、暖馬の後頭部を支える。
 山のように隆起した弾力の胸板に暖馬の顔面が埋まる。
 分厚い胸板はエアバッグのようにしっかりと暖馬の身体を受け止めた。
 倒れそうな身体を支えるため、暖馬は無意識のうちに巨人の腰に手を回してしがみついていた。
 じゃらり、と天井の鎖がたわんで音を鳴らす。
「あ……その……」
 二人は互いを跳ねのけること無く、不格好にくっついたまま制止した。
 冷えた巨体に生き物の柔らかい熱が重なる。
 繋がれていた巨人はその生き物から患者衣から香る微かな洗剤の匂いと、緊張から微かに浮かんでいた汗の匂いを感じ取る。
 暖馬もまた、雄々しい肉の壁から僅かながら古びた油と草いきれが混じったような男の匂いを嗅ぎ取っていた。
 
 巨人に支えられたままの暖馬が顔を上げると、直ぐ近くに黒い強膜に赤い虹彩の巨大な瞳が揺れていた。
 こいつは何だ。
 こんなヤツは知らない。
 会ったこともない。
 二人の思考がシンクロする。
 それは身体も同じく、互いに離れようと思っても姿勢を崩せずにいた。
 初めて見る異種族の男に激しい既視感を覚えた二人の頭は大いに混乱する。
 そして巨人の二の腕にずしりとした重みが幻のようによみがえる。
 
 朝起きると、生身の腕に黒髪の頭が乗っている。
 ソイツは飼い犬の分際で主人の腕を枕にして寝るのが癖になっていた。
 ニンゲン如きの重みで疲弊するような身体に造られてはいないが、好きにさせるのも飼い主の沽券に関わる。
 ──昔から寝相が悪くて。あと、枕がないと寝られないんです。
 いつの夜だったか、はそう言った。
 生意気なやつめ。床で寝かせてやろうか。だが、ニンゲンの身体は驚くほど脆い。
 雑魚犬。俺に感謝しろ。

 腕の中にいるニンゲンとそっくりの男が笑顔を浮かべる、在りもしないはずの記憶が頭の奥から流れてくる。
「ウグッ……!」
 巨人は脳味噌をマドラーでかき回されているかのような強烈な眩暈と吐き気に襲われた。
 頭を金輪で締めあげられるような鈍痛が巨人を襲う。
 彼は顔をしかめ、その額にはじわりと脂汗が浮いた。
 痛みから逃れるように巨体が前後に揺れ、その動きで暖馬も我に返り、彼から離れて二、三歩後退った。
 藻掻く巨人に思わず手を伸ばしかけた暖馬だったが、その襟首を掴む者がいた。
「面会時間は終了だ」
 再度ヒトに化けたオクトールが暖馬の行動を阻む。
「そろそろ退散しないと感づかれる。行くぞ」
 暖馬は半ば放心状態のまま、独房から引っ張り出された。

 ◆
 
 飯の味がしない。
 病院食は薄味だと聞いていたが、暖馬は何を口に入れても水のゼリーでも口に入れているかのような感覚に陥っていた。
 あれからどう病室に戻ってきたのさえあやふやだ。
 記憶が抜け落ち、入れ違い、今が何年何月でどこにいるのかさえ見失いそうになる。
 ベッドに腰掛け、鈍痛のする額を押さえつけて瞼を閉じる。
 暗闇の中に浮かび上がるのは、苦しみ悶える怪人の姿。
 ──博士。
 あの触手男がそう呼んでいた。
 その言葉は何故か耳なじみがある。
 自分が何度も口にした言葉だ。
 そう思った途端、暖馬の頭痛はより一層酷くなる。
 病室の灯りが眼を刺すようだ。
 暖馬は苦み走った顔で病室の灯りを落とし、シーツの上へ四肢を投げ出した。
 どうして一人なんだろう。
 少し前まで、**が隣にいたはずなのに。
 
 混濁する記憶に意識を塗りつぶされながら、暖馬は深い眠りへと落ちていった。

 つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

少年はメスにもなる

碧碧
BL
「少年はオスになる」の続編です。単体でも読めます。 監禁された少年が前立腺と尿道の開発をされるお話。 フラット貞操帯、媚薬、焦らし(ほんのり)、小スカ、大スカ(ほんのり)、腸内洗浄、メスイキ、エネマグラ、連続絶頂、前立腺責め、尿道責め、亀頭責め(ほんのり)、プロステートチップ、攻めに媚薬、攻めの射精我慢、攻め喘ぎ(押し殺し系)、見られながらの性行為などがあります。 挿入ありです。本編では調教師×ショタ、調教師×ショタ×モブショタの3Pもありますので閲覧ご注意ください。 番外編では全て小スカでの絶頂があり、とにかくラブラブ甘々恋人セックスしています。堅物おじさん調教師がすっかり溺愛攻めとなりました。 早熟→恋人セックス。受けに煽られる攻め。受けが飲精します。 成熟→調教プレイ。乳首責めや射精我慢、オナホ腰振り、オナホに入れながらセックスなど。攻めが受けの前で自慰、飲精、攻めフェラもあります。 完熟(前編)→3年後と10年後の話。乳首責め、甘イキ、攻めが受けの中で潮吹き、攻めに手コキ、飲精など。 完熟(後編)→ほぼエロのみ。15年後の話。調教プレイ。乳首責め、射精我慢、甘イキ、脳イキ、キスイキ、亀頭責め、ローションガーゼ、オナホ、オナホコキ、潮吹き、睡姦、連続絶頂、メスイキなど。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

【R18】奴隷に堕ちた騎士

蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。 ※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。 誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。 ※無事に完結しました!

犬用オ●ホ工場~兄アナル凌辱雌穴化計画~

雷音
BL
全12話 本編完結済み  雄っパイ●リ/モブ姦/獣姦/フィスト●ァック/スパンキング/ギ●チン/玩具責め/イ●マ/飲●ー/スカ/搾乳/雄母乳/複数/乳合わせ/リバ/NTR/♡喘ぎ/汚喘ぎ 一文無しとなったオジ兄(陸郎)が金銭目的で実家の工場に忍び込むと、レーン上で後転開脚状態の男が泣き喚きながら●姦されている姿を目撃する。工場の残酷な裏業務を知った陸郎に忍び寄る魔の手。義父や弟から容赦なく責められるR18。甚振られ続ける陸郎は、やがて快楽に溺れていき――。 ※闇堕ち、♂♂寄りとなります※ 単話ごとのプレイ内容を12本全てに記載致しました。 (登場人物は全員成人済みです)

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

尻穴開発されたヒーローがおねだり調教される話

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 正義のヒーローが敵組織の幹部に乳首やお尻の穴を調教されておねだりさせられる話です。

【完結】聖アベニール学園

野咲
BL
[注意!]エロばっかしです。イマラチオ、陵辱、拘束、スパンキング、射精禁止、鞭打ちなど。設定もエグいので、ダメな人は開かないでください。また、これがエロに特化した創作であり、現実ではあり得ないことが理解できない人は読まないでください。 学校の寄付金集めのために偉いさんの夜のお相手をさせられる特殊奨学生のお話。

敗北騎士団絶頂地獄に堕ちる

彩月野生
BL
傭兵達と組んだオーク、ゴブリン共になぶられ、快楽を叩き込まれ、堕落する騎士達。 Pixivフォロワー様1500人突破お礼作品。 完結後は同人誌にします。

処理中です...