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尋問_2

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 暖馬はギガンに引っ立てられ、薄暗い廊下を逆戻りし、私室から研究棟のある一室へと連れ込まれていた。
 つるりとした白い壁が四方を囲むその部屋の中央には、歯科治療チェアーユニットのような椅子と機器類のセットがある。
 背もたれの辺りからは長いアームが伸び、無影灯の代わりに薄型のモニタが取り付けられている。
 丸いヘッドレストのついた薄青のチェアーにはひじ掛けがあり、大の男でもゆったりと腰掛けられそうだ。ただし、ひじ掛けに拘束バンドが付いていなければの話だが。
 チェアーの横に寄り添うように置かれている白色のワゴンの上には、オープンフェイスヘルメットにヘッドフォンとVRゴーグルを合体させたような銀色のヘッドギアが乗せられている。
「博士、これは何ですか?」
「知りたいか? ならとっととそこに腰掛けろ」
 ギガンは機械の腕で暖馬の背中を押す。
 少しよろけながらも暖馬は渋々チェアーに腰を下ろす。
「あの、拷問が無くても博士の質問には何でも答えますが」
「そうか。犬としては百点満点の回答だ、褒めてやる」
 少し誇らしげにはにかんだ暖馬を見て、洗脳バトルスーツの精神浸食具合にギガンは内心ほくそ笑んだ。大成功と言ってもいいだろう。
「安心しろ、これは拷問じゃない。お前が見聞きしたものを直接映し出すだけだ」
「そんなことが出来るんですか? でも俺、隠し事なんかしないのに」
 どうやら自分の忠誠心を疑われたと認識している暖馬は傷ついたとでも言いたげな表情を見せた。
 めんどくせえニンゲンだな。
 それに対してギガンは小突いてやりたくなる気持ちをぐっと抑える。
 この装置は精神が安定していることを前提に作られている。記憶ではなく心象風景が入り交じった妄想動画を見せられても無益だ。
 ギガンは出来るだけ穏やかな表情を作りながら、チェアーの上で不安そうに見上げてくる暖馬の頬にそっと生身の手を添える。
「お前のことがもっと知りたいんだ。いいだろ?」
「そ、そういうことなら……」
 こんな所、他の怪人やつらに見られたら死ねる。
 ギガンは一つ咳払いをすると、ヘッドギアを持ち上げて暖馬の胸元へ押し付けた。
「早く被れ」
「はい」
 すっかり上機嫌になった暖馬は、何のためらいも無く怪しげなヘッドギアを装着した。

 暖馬の視界は真っ暗だった。
 新たなバトルスーツに身を包んだ時と同じだ。
 主の姿が視えない。声も聞こえない。早く次の命令が欲しい。
 ずしりと重たいヘッドギアに包まれた頭を動かすと、暖馬の肩に何者かの大きな手が乗せられた。
 硬く冷たい感触と、体温を持った肉厚な生物の感触。紛れもない、の手。
「落ち着け。俺はここに居る。お前はリラックスして、シルバーだった時のお前を思い返すだけでいい」
「はい」
「少しぬるっとするかもしれんが、害はない。ヘッドマッサージとでも思っておけ」
「はい……はい?」
 暖馬が質問を口にする前に、それは始まった。
 ヘッドフォンが内蔵されているかのように膨らんでいたその内部から、小指ほどの太さを持つ触手が何本も這い出て、暖馬の耳を絡め取っていく。
「ひぃっ!?」
 粘液で濡れた肉の蔦が、ぬちょぬちょと音を立てて耳輪や耳たぶをねぶる。
 暖馬が生暖かい感触に身震いすると、触手が左右の耳穴に一本ずつ侵入を開始した。
「あっ待っ……!」
 ぐちゅ、ぬぷっ、と湿った音がダイレクトに暖馬の鼓膜に優しく響く。
 触手の侵攻は生きた耳かき棒が外耳道を舐めるようで、暖馬は擽ったいような快感の波に、もぞもぞと両腕や太腿を揺らして身動ぎした。そして繊細な耳の穴の肉にへばりついた触手から、マインドハック波が放たれる。
「あ……え……」
 全身を温かな肉触手に包まれる幻覚が暖馬の脳内に広がっていく。
 だらしなく口を半開きにし、時折身体をひくつかせて声を漏らす暖馬を見下ろしながら、ギガンはその頭上にあったモニタの角度を調節する。
 こいつの頭に使える情報が眠ってればいいが。
 断片でもいい、ディメンション・パトロールが只のニンゲンにもたらした力の手がかりがあれば、は最強に近づく。
 ギガンはブラックアウトしていた画面にぼんやりと何かの形が映し出されていくのを、真剣な眼差しで見つめていた。
 
 ❖

 会議室だろうか。
 楕円形の大テーブルに若い男女四人が向かい合って座り、その中央に制服姿の老年が腰掛けている。
 四人は硬い表情でこちら側、つまり暖馬を見ており、中央の老いてはいるが溌剌としていそうなニンゲンは寛いだ様子で長椅子に腰をかけている。
 コイツが前野か。作戦報告書で名前だけは知っている。
 オクトールが基地乗っ取りのために内部情報とニンゲンの脳をいじくって追い出したホンモノの司令官だ。
 そして集まっているニンゲン共は、スーツを脱いだ生身のヒーロー隊員のはずだ。
『グリーンがまだよくならなくてな。ま、寝てりゃ治るだろうが。ああ、勘違いするなよ、お前さんはグリーンの代打じゃねえ。正式にスーツに選ばれた新戦力だ。六人体勢になりゃあ、怪人なんてちょちょいのちょい』
 おどけて笑う老司令をよそに、他の面子は渋い顔をしている。その内の一人、黒髪で左目を前髪で隠した男が冷淡にもこう口にした。
『フン、俺は認めない。怪人との闘いは訓練とは違う。先輩方を復帰させるならともかく、燻っていた繰り上げ訓練生と組むのは御免だ』
 こいつは……何とかブルーだ。名前は忘れた。直接やりあってないヒーローの名前なんかいちいち覚えてられるか。
 暖馬に鋭い視線を浴びせかけながら席を立った男をギガンは白けた様子で眺める。
『おいッ! なんてこと言うんだ!』
『水無瀬くん、今は新しい仲間にケチつけてる場合じゃないでしょう?』
 暑苦しい態度の顔の濃い男と、髪を後ろで結った気の強そうな女が一斉に対面に座っていた前髪男へ厳しい言葉を浴びせる。
『オレは事実を言ったまでだ。それとも、お前らも草間くさまのように眠りたいのか? これ以上足手まといは不要だ』
『何だと!?』
『貴方って人は……!』
 立ち上がってにらみ合う三人をよそに、一人座っていたツインテールの女が机に突っ伏す。
『くーちゃんが居ないとまとまんないよぉ』
 こいつら、まんまとオクトールに洗脳されるだけのことはあるな。
 ギガンは画面内の前野司令と全く同じ表情をしていることに気が付かなかった。
 
 そして画面が暗転し、今度は一瞬だけ青空が映し出された。
 暖馬の視点カメラが激しく揺れ、ひび割れたアスファルトに鈍色のバトルスーツに包まれた両ひざが崩れ落ちていく。
 喉元を押さえつけられたかのようなうめき声。
 バトルスーツの腹部から滲む鮮血が、白い手袋を染めてゆく。
 どうやら暖馬は腹に凄まじい一撃を喰らい、地面に膝を付いたようだ。
『鉛! お前っ、どうして俺を庇った!?』
 取り乱した男の声が左上から響いてくる。
 あのいけ好かない野郎か。しっかしギャンギャンうるせえな。
『ウッシッシ! 追加戦力とやらも大したこと無いでギュ、ヒーローはみーんなミンチでギュー!』
 随分IQが低そうな声がしやがる。誰だこんなの造ったやつは。製造責任者出て来い。いや、もうくたばってるか。
『そこまでだ!』
『おっお前は!?』
『グリーン!』
 物凄く盛り上がっているが、暖馬はそれどころではないようだ。
 深く荒い呼吸が繰り返され、視界が段々と滲んでゆく。鮮血に染まっていない部分はもう地面なのか足なのか分からない。どす黒い赤だけが画面を支配する。
 そして瞼は閉じられた。
 
 次に映し出されたのは、どうやら病室のようだった。
 なるほど。腹の傷が出来た原因は分かった。だが不可解だ。
 自分で言うのも情けないが、いくら生物兵器をけしかけても、そいつらを巨大化させても、ヒーロー隊員に致命傷を負わせることはまず出来なかった。
 こいつらの代が特別弱いのか? グリーンとやらも戦線離脱をしていたことを考えても、中々に個々の力は強くないのかもしれない。
 結局ヒーロー基地を潰せていないのだから、こちらの負けではあるが。
 ベッドの上で呆けているらしい暖馬の視点を介して、ギガンは考えに耽る。
 しかし、それはすぐに病室への来訪者によって破られた。
『おはよう、鉛隊員』
 スライドドアの隙間から影のようにするりと部屋の中に足を踏み入れた男。
 モニタ内に出現したそれ・・を見た瞬間、ギガンの身体に寒気が走る。
 ──何だこの化物コイツは。
 染み一つない純白の詰襟姿の男が、暖馬の横たわるベッドへと近づいてくる。
 その男にはヒトの眼鼻口がついていない。
 代わりにあるのは、暗闇だった。
 顔にぽっかりと開いた暗黒の穴は、よく見ると微かな光を湛えて渦巻いている。
 星々を呑み込むブラックホールが、顔の字の代わりに映し出されていた。
『お、おはよう、ございますっ』
 暖馬が言葉を詰まらせながら挨拶をする。
 顔面コズミック男が現れたにもかかわらず、暖馬の声は緊張と嬉しさで弾んでいるようだ。
『短い期間とはいえ、よく戦ってくれたね』
『とんでもございません! その、あまり力になれなくて』
 よく普通に会話できるな。こんな姿のやつは俺達の中にもそうそういない。
 不気味な男を観察しつつ、ギガンは二人の会話を見守る。
『いいんだ。君のせいではない。。気に病む必要は一切ないからね』
『はい……』
『僕個人としては、いぶし銀を投入した六人体制のほうが見応えがあると思ったのだが……やはり不完全な五人が成長していく話がいいと決まってしまってね。本来は君に姿を見せることも協定に反するが、せめてもの罪滅ぼしだ』
『ええと』
 白い手袋に包まれた男の手が掛布団をめくり、水色の患者衣に包まれた腹部へ掌を当てる。
『あの……あ……』
『これですぐに良くなる。だが、痕は残そう。君が戦った事実まで消えるのは勿体ない。この傷がある限り、それを第三者が観測する限り、君の存在が上書きされることはない。繰り返すが、僕は今季のヒーロー隊にエレメント・シルバーが必要だと今でも信じているよ。……お疲れ様』

 ❖

 謎の男の言葉を最後に、何も映さなくなった画面をギガンはしかめっ面で見つめている。
 馬鹿馬鹿しくもおぞましい何かを
 そんな気がしてならない。
 深く考えずとも、アレがディメンション・パトロールの一員であることは察せられる。
 だが、あのような姿だっただろうか。
 異次元の超技術を持ちながらも、あくまでもヒトであったからこの世のニンゲンもディメンション・パトロールを受け入れたはずだ。
 異なる世界線からの侵略を阻止するために駆けつけてくれたヒト。
 有象無象のニンゲン共がヒーローを崇め奉る理由がそれだろう。
 いくら化物が「我々はニンゲンの味方」と言っても、にわかには信じられないだろう。
 帝王サマならアレが何なのか、理解しているのだろうか。
 ギガンは初代・怪人教団メンバーがこの地で製造した者であり、彼自身もまた人造生物兵器であることに変わりが無かった。
 次元を超える前のことは、何も知らされていない。
 たまたま出来が良かったから幹部としての地位を与えられて動いている、それだけだった。
 それはオクトールもネトルーゼも、その他の怪人も皆同じだ。
 ギガンの頭の中には様々なものが渦巻いていたが、とりあえず未だ触手に耳穴を犯されて悦んでいる犬を起こすことにした。

 つづく
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