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赤星との生活

燃えるヘビとヒト

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「で、どんなシツレイ働いたら王様に絡まれるようなことになるんすか」
「何でそっちがインタビュアーなんだよ。俺が聞きたいよ。郵便取ってたら、後ろからいきなり」
「ニンゲン相手に気配消すとか雑魚くね? 血統負けくせーなソイツ」
 向かいの座席に座った白間は、肘をついて楽しそうに健人の話へ好き勝手感想を述べている。
「その、ずっと前だけど、毒も全然効かない無敵の蛇人がいるってのは赤星から聞いてる。白間君がきちんと解説してくれたらよかったんだけど」
「え? そうでしたっけ。ま、無敵ではないっすかね。俺達も上は殆どヒトだし、異種交配の結果ってやつ。その辺はいいとして、多分ソイツ王様ん中でもクソ雑魚、耐性も頭も無いタイプっすね」
「えーと、それは一体」 
「赤星先輩にお前の毒なんか効かねーってオラついたんすよね?」
「うん。無駄だって」
 健人の言葉を聞いた途端、白間はへっと鼻で笑った。
「それがもうビビってる証拠。それに、赤星先輩が本当に毒蛇かどうかも怪しいのに」
「えっ?」
 人柄はともかく、見るからに危険ですと言いたげな柄の身体が無毒には思えない。
「あのさ、こっち来るなら少しは蛇人おれらのことオベンキョしてから来てくださいよ。原始型……人間あんたらが言うとこのフツーの蛇でも、毒蛇そっくりの柄になってる無毒のヤツっているんすよ」
「へー」
「はあ……。とにかく、見てくれだけで毒蛇って決めつけるヤツはバカだし、半祖が王様の血ってだけで何でも通ると思ってるのもバカだし、威嚇するってことはボクは力じゃ勝てませーんってバラしてるようなもんだしな。とにかくすげえバカ、バカのSSRってこと」
 王様・・が毒耐性はあっても無毒の蛇ということは周知の事実であるらしく、白間はとにかく無様を晒したために赤星に対処されたことをこれでもかと語った。
「ま、どうせ島の端っこでイキってた地域専だろ。中央デビューでニンゲンとマイナー蛇に敗北とか、地元帰れんのかな? 死んでたほうがマシかもな。本物の王様達の顔にも泥塗ったし」
「どういう事?」
 怪訝そうな顔をする健人を前に、白間は頭の後ろで手を組んで明後日の方向を見つめた。
 何をどこから説明すべきか、少し迷ったようだ。
「あー……。そうだ、絡んできた雑魚、自分のことを警察だって言ったんすよね?」
「そうだけど」
「それ本当だと思います?」
「え?」
「だから、一応・・公僕のオマワリが、他種族とわざわざ揉め事起こすような真似すると思いますか? ただでさえ蛇人おれらは厄介モンで種族ごと島流しされてるようなもんなのに」
「うーん……」
「アホの一般蛇が一般ニンゲン狩ろうが、世間はどーでもいいじゃないっすか。でも、どっちかが公なら、いつかバレた時大事っすよ。またこっちの立場が悪くなる」
「まあ、そうかも知れないけど。それで本物の王様とか、顔に泥塗るって、どう繋がるんだ?」
「先にクソ雑魚がオマワリじゃないって仮定しますけど、じゃあこの島でオマワリになるような蛇ってどんな奴らだと思います?」
「どんな奴らって、そりゃあ、こう、正義感があるっていうか、島を守りたい的な? 安定してるってのもあるかもだけど……」
 広告業界で華々しい活躍を夢見ていた健人には、警察官になりたいという人間の気持ちはよく分からない。だが、恐らく少しは善の意識があるのだろう、と信じている。
「ふーん。ニンゲンはそうなんだ。立派っすねー」
 白間はどこか人を小馬鹿にしたような含みのある調子で笑っている。
「蛇人は違うのかよ」
「違いますねー。オマワリになるようなのは、本当に上澄みのサド野郎ばっかっすよ」
「なんだそれ」
「何だも何も、そうとしか言えないんで。もう体験してると思うけど、とりあえず強かったら強請りたかりも普通に通るじゃないっすか。そんな奴を何の能力もないイトミミズみたいな警官が逮捕できると思います?」
「それは……」
「だから結局試験を通過できるのは、一定の種族になりがち。ま、縁故採用酷いって聞くけど、そりゃ無毒のヒョロガリ採るなら、ちょっとバカでも身内のヤバい毒とかデカいのとか採るだろーなー」
「ってことはつまり」
「そ。大体オマワリさんしてるのは、誇りある王様の血統。気性は荒いしプライド高いし、背広組でもこいつらがふんぞり返ってるって噂。で、頭に消火器ブチ当てられたくらいで寝るような末端の雑魚が、格下の他種族に絡んでその辺の蛇に負けたってのは逆鱗モノなわけ」
「メンツとか大事なんだな」
「そういう事っすね。しかも俺達一応メディアっすよ? 警察官を名乗る蛇人がニンゲンに暴行……炎上して俺らの住処が地球上から消えっかも」
 ニヒルな笑みを見せる白間だが、その瞳には剣呑な光が宿っている。
 権威的で威圧的な警察機構への恨みなのか、それとも迫害とも言える蛇人への仕打ちに対しての怒りなのか、健人は暗く強い思いをその肌に感じるようだった。
「だから死んでた方がマシって言ったじゃないすか。これから一生マークされますよ。蛇は執念深いんで。良かったっすね、先輩。あれ? 嬉しくないんすか?」
「俺はお巡りさんより君の方が怖いよ」
「えー、あいつらには負けますよ」
 尚もヘラヘラしている白間に薄気味悪さを覚えた健人は、一旦小便と嘘をついて仕事場から離れようかと思い始めた。
 その時、微かにセキュリティが解除された電子音が鳴る。赤星が帰ってきたようだ。
 ──良かった……。
 白間の積年の恨みが乗った蛇人警察解説を聞くのも精神には良くないだろう。健人は心の底からほっとした。 
「緑茶粉末無かったから、ほうじ茶でいいかな」
 のそのそと入ってきた赤星は、パンパンに膨らんだ買い物袋を三つも腕に提げている。
「うん、俺何でも大丈夫だから」
「自分は飲まないんで別に」
 どこか遠い目をしている赤星に、健人も白間もついに荷物の中身について問うことは出来なかった。

 ʘ

 深夜、健人は妙な空腹感で目が覚めた。
 昼は襲撃の余韻でろくに物が入らなかったせいだろう。
 ──カップ麺とか、パンとか、戸棚にあったよな。
 普段は赤星の城と化している給湯室に行こうと、健人は廊下に出た。

 ──いい匂いがする。
 古いガス検知器ライトがぼうっと光るだけの薄暗いフロア、仕切られた簡易扉の向こうから、うっすらと灯りが漏れている。
 廊下を挟んですぐ隣の赤星の部屋から、何やら香ばしい匂いがする。
 この時間帯に夜食を貪ろうとしているのは健人だけではないようだ。
 食欲と興味にそそられ、思わず健人は扉の方へ足を向けてしまう。
 ぱた、とスリッパがつるつるとした床に音を立てた。
「……生島君?」
 扉の向こうから、健人を呼ぶ声がする。
 健人はなぜ分かった、と言おうとして口をつぐんだ。
 ここで足音・・を立てるのは、健人しかいないからだ。

 酒池肉林、いや、暴飲暴食というべきだろうか。
 カーペットが敷かれた上に乗せられたローテーブルには、ピザ、寿司、揚げ物詰め合わせ、乾物、ナッツ類。そして卓の上にも床の上にも大量の缶チューハイや焼酎、日本酒、ビール瓶が乗せられている。
 扉を開いて出て来た赤星に無言で巻き取られ、健人はとぐろを巻く尾の上に座らされてしまった。
 大きな上半身と向き合うような格好になり、健人が自ら赤星の上に跨ったかのようで尻の座りが悪かった。
「俺がさ……もうちょっと……」
 俯きながら健人の肩を掴んでぼやく赤星の呂律が怪しい。
 よく見れば耳まで赤く染まっている。
 普段はすっきりと後ろに流している髪も乱れがちだ。
「大丈夫か? そのー、蛇人でも酔うんだな!」
 健人は努めて明るく言ってみせたが、その言葉に赤星は勢いよく顔を上げた。
「そうだよ……俺は蛇人のくせに酒にも弱いし、毒なんか無いし、見掛け倒しだし、生島君も守れない駄目蛇なんだよおぉ」
 普段は男臭くも柔和な顔をくしゃくしゃにして、赤星は目尻に涙をためながら健人に抱き着いた。
 ──泣き上戸だ……。
 健人は筋肉質な広い背中に手を回し、ゆっくりと摩ってやった。
「そんな事ないよ。ちゃんと助けてくれたし、駄目なんかじゃないって」
 健人の肩口に乗った頭から、嗚咽と鼻をすする音がする。
「でもさ……帰りたくなったろ? なったよな? 外も中も、ろくに歩けないとこ、嫌だよな?」
 健人の身体に回された腕に力が籠る。
 言葉とは裏腹に、健人にしがみついて離れる様子は感じられない。
 酒のせいなのか、蛇人に似つかわしくない温度が服の上から伝わってくる。
「まあ、正直不便だけどさ」
「そうだよな……やっぱり本島にい゛……」
 嗚咽交じりで、最後の方は良く聞こえなかった。
 摩っている背中が震えている。
 ──帰ったって、すぐ仕事が見つかるわけでもないし……。
 それに、健人は今やネット上で知らぬ者のいない最低最悪の差別企業の一員という烙印を押されている。
 誰が流したのか、過去に携わったCMの資料まで流出し、本名まで晒されていた。
 同じ業界に戻れるとは思えない。
 それに、他の生物の眼が怖かった。
 ヒトでもヒトではなくても、本島で生きる真っ当な・・・・社会の眼が怖かった。
 今や話が膨らんで、健人は後輩に圧をかけて言語道断CMを作らせた黒幕のような扱いだ。
 健人が左遷されたという内部情報暴露に、SNSで恐ろしい数の”GOOD”が付けられたことを、うっかり開いたWEBニュースサイトから知ったのはいつだったか。
 ある意味暴力的なだけの蛇人のほうがまだマシだった。
 そう言えるのも赤星の助けがあってこそ、だが。
「戻りたくは、ないかな。君が傍にいてくれたら、の話だけど」
 その言葉に、ぴくりと逞しい背中が揺れた。
「……本当に?」
 鼻にかかった、低い声が健人の耳朶を震わせる。
「ああ、うん、だって──」
 人間おれ一人じゃ、出歩く勇気が出ない。
 健人はそう言うつもりだった。
 だが、それより先に、抱き着いていた赤星が身を起こした。
 涙と鼻水を袖口で拭い、大きな手で健人の両頬を包み込む。
「良かった……俺達、同じ気持ちだったんだな」
「えっ?」

 つづく。
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