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第一章 胎動編
怨ノ詩 ~在りし日の記憶~
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ピチョン……ピチョン……
闇すら及ばぬ隠世の深淵……そこは何かの儀式をする場所なのかとても開けており、広間の床は黒い液体に沈み大人の腰の高さまで満たされている。
たった今ここで激しい戦闘があったのだろう。広間の太い柱は無惨にも細切れに両断され、内装と呼べる物は全て破壊されている。そして広間の中心……インテリアの如く積み上げられた数多の亡骸……その頂上に日本刀を肩に担ぎ、白髪を総髪に結いお手製であろう不格好な狐面をした██が座っている。彼女が腰掛けた亡骸の山からは絶え間なく黒い液体が流れ出し広場を満たしている。黒い液体は亡骸から流れる穢れた血液だった。
「ふぅ……」
██は大きなため息を漏らし、黒い血液を掻き分けこちらに進んでくる存在を見下ろしている。
それはゆっくりと何度も躓き顔を黒い液体に沈めながら亡骸の山に向かってくる。
彼女にとって自分に向かってくる存在は特に気にすら留めないただこんな深層にも人間が迷い込むことがあるんだな、と少し意外に思う程度の事だった。迷い込んだ人間ならほっとけば勝手に死ぬし、敵なら肩に担いだ日本刀で切り捨てればいい。
そして程なく向かってくる存在の全貌が見え██は目を見開く。
「明美ちゃん……?」
向かってきたのは明美……いや明美によく似た存在だった
██は肉塊の山から飛び降りる。少女はその音に反応し数歩後退りした後に身を翻す。おそらく既に目は見えていないのだろう。ここは暗闇とはいえここには光源となりうる燈籠もある。
明美と思しき少女はバシャバシャと黒い水を掻き分け逃げようとするも既に体を黄泉の穢れに蝕まれているのかたどたどしい。██はいとも容易く追いつき肩を掴み優しく話しかける。
「ねぇ……君……誰?」
振り返った少女は案の定、瞳が白く濁り、露出された表皮にはおびただしい数の赤黒い文字が蠢いている。おそらく衣類の下も同様だろう。このレベルの霊障で生きている事すら奇跡の状態だ。
少女は██の声を聞き安心したのだろう。少し驚いた表情を浮かべ、安心感からか、疲労からか、気を失い力なく██に寄りかかる。██は優しく受け止める
「大丈夫!?」
少女は虫の息であるが微かに呼吸をしている。██は胸を撫で下ろし少女の頭に触れ、記憶を読み取る。
「…………君は神山 夜見……明美の妹か……」
██は夜見を肩に担ぎ通路の先に広がる純闇に消える。
[総本部 地下大監獄]
カツン……カツン……
薄暗い監獄内に足音が響く。黒い軍服に先端が黄緑がかった白髪をなびかせ、首に御札を貼られた注連縄を巻いた少女……彼女の足取りは軽く、鼻先で監獄に似つかわしくない楽しげなメロディーを奏でている。
ふと腰のPHSがけたたましく鳴る。少女は少し嫌な顔をしながらPHSを手に取り着信に出る。
「こちら地下大監獄、所長華寅~なんか用か総司令。」
華寅はPHS越しの話を聞きニタァと笑う。
「今の話は本当か?総司令、もし本当ならば私は行くぞ。なんせ1000年振りの旧友との再会じゃ!」
返答を聞くや否や華寅はPHSを切り、ヘリポートへ走る。そしてヘリに乗り込むなりパイロットへ行先を告げる。
「紀伊の厄災まで全速力で!」
飛び立ったヘリの中で華寅は右手に巻かれた包帯を解き顕になった黒い手を眺め昔を思い返していた。
青空の下、見渡す限りの緑に囲まれた小さな村。村から少し山を登った場所に村唯一の神社があった。本殿の階段に座り、仲良く神社に供えられたマクワウリを食べる三人の少女……まだ神様となって間もない華寅と霧恵、そして二人の間に座るもう一人。
「ねぇ華寅、霧恵せっかく三人ともこの土地の地神になったんだし誓いと役割を決めようよ」
長い白髪をしめ縄で結い総髪に整え、白装束に木の皮で作られた不格好な狐面をした少女が両端の二人に話しかける。二人は狐面の少女の方を向き少し驚いた顔を浮かべる。
「お姉さんが言うなら私はどんな誓いでもいいと思う……かな……私の役割は……分からない……。」
霧恵が自信なさげに呟く姿を見て華寅は腹を抱え笑う。
「キャハハハハ」
「笑わないでよ華寅……わ……グスッ……私……だって……」
すかさず霧恵は泣きそうな顔をしながら反論しようとする。
「ごめんごめん霧恵は頑張ったもんね。はい私のマクワウリあげる。これ食べて機嫌直してね」
「うん……」
華寅は立ち上がり霧恵の前まで来ると既に皮だけになった霧恵が持つマクワウリと自分の半分程残っているマクワウリを交換し、霧恵の頭を撫でる。それを狐面の少女は幼子を見るような目で眺めている。ふと華寅は狐面の少女の方を向き
「お姉ちゃんがそう言うなら私も賛成。私達の誓いと役割は今後の村の存亡も意味するからいいのを決めよう」
三人はあれやこれやと考える内に、いつの間にか日は傾き周りは紅い陽光に照らされている。狐面の少女は手をパンッと叩き
「ある程度考えはまとまったね。それじゃあ出雲の国に宣誓しよう。」
「わ……私、霧恵ノ神命はこの地愛宕村の産土神として」
「私、華寅ノ神命はこの地愛宕村の田の神として」
「私█████はこの地愛宕村の氏神として三神手を取り合いこの地を守護する事を誓います。」
「誓います」
「誓います」
狐面の少女はさらに続ける。
「もしも一柱が道を踏み外した場合残り二柱が責任をもって対処します」
狐面の少女が言い終わると同時に白い光が空に打ち上がる。そして出雲の国の方角に向けて夜空を飛んで行き見えなくなる。
「ふぅ……お疲れ様です華寅、霧恵もう夜ですね。もう休みましょう、明日から忙しいですよ」
「はい!」
二人が元気よく返事をすると狐面の少女は二人の頭を撫で三人で本殿へ入る。
それから三人はそれぞれの役目を必死にこなし数多の四季を越え迎えた何度目かの神無月の二日前……
華寅はふと目を覚ました。周りを見渡すと本殿の南側がやけに明るい……もう昼かと思い華寅は北側の窓を開け愕然とする。
「え?」
窓の外には星空が広がっている。
ギィィ……バタン……
背後から本殿の扉が開く音がして振り返ると狐面の少女が立っている。少女の白装束は所々黒く煤けており只事ではない事が見て取れた。
狐面の少女は華寅を確認するとまだ寝息を立てている霧恵に歩み寄り体を揺する
「うわ!お……おはようございます。」
霧恵は驚いた様子で挨拶をする。
「おはようございます霧恵、華寅」
狐面の少女は優しく二人を一瞥し
「華寅こちらへ」
と華寅を目の前に座らせると自分の親指を噛み、流れる血で2人の額に何かを描く。
「█████の名において命ずるこの二神を出雲へ旅立たせん。」
二人の身体が白い光に包まれフワッと浮き上がる。
「霧恵、華寅、私はまだやる事があるから出雲の国でまた会いましょう。」
少女の狐面の左眼孔から一筋の涙が流れる。そして狐面を外した少女は右目から黒い涙を流していた。おそらく涙と煤が混ざったのだろう。少女の口が少し動く。
━━今までありがとう━━
その言葉は二人には届かなかった。二人の意識は程なくして途切れる。
いつの間にか二人は信州国と美濃国の境まで歩いていたのだ。
「華寅、戻ろうよ……お姉さんあんなにボロボロになってた。ただ事じゃないよ……」
華寅は少し考え村へ戻ろうと振り返り異質なものを見た。空にヒビが入っている。そこから黒い雲が溢れ出し紫色の稲妻が駆け巡っている。華寅は自分に続いて振り返ろうとする霧恵の手を掴み駆け出す。
「いや出雲の国へ行こう。お姉ちゃんは出雲の国で再会しようと言った。それに今戻っては行けない気がする。」
「分かった……」
数刻走った頃に二人は立ち止まり少し休憩する。いつの間にか二人の背負っていた風呂敷には握り飯が入っており、二人はそれを平らげ、華寅は霧恵と手を繋ぎ歩き始める。
出雲の国へは難なく到着し、二人は狐面の少女を待った。しかし待てども待てども時間だけがすぎてゆく。神無月の最終日の夜華寅は夢を見た。
[???]
もう何度繰り返しただろう……
一体何度繰り返すのだろう……
もう何体悪霊を滅しただろう……
時間も何も、分からない……
血と泥で前がよく見えない……
ふと左の瞳に映った丸い球状のもの。それは紐のようなもので繋がり自分から伸びている。
あれ?私の右目どうなって……
「ゴポッ……オェッ……ゲホゴホ……」
口や鼻、既に眼球が収まっていない右の眼孔から黒い液体が流れ出る。その姿を嘲笑うかの如く白い軍服を着こなした男が目の前でしゃがみこちらの前髪を引っ張り上を向かせる。
「苦しかろう……辛かろう……大禍津姫……自身の使命を思い出せ……」
まだ動ける……
華寅……霧恵……
出雲の国で待ってる……
行かないと……
腕が無くなっても……
両眼が抉られても……
両脚が砕けても……
はらわたが千切れても……
ああ……全てが黒く染ってゆく……
各細胞にまで闇が染み込んでくる……
私はなんだったんだろう……
分からない……
でもただ一つ覚えてことがある……
あの時村を襲った奴らは……
確かに朝廷直属の……
霊能力者……陰陽師……式神……
人間……神々……生きとし生けるもの……
私から全てを奪った者全て等しく……
末代……縁……悉く皆殺しにしてやる……
そしてその多くの感情の中でひときわ小さく今にも消えそうな感情
華寅……霧恵……私行けそうにないや……
「うわぁぁぁ!」
華寅は叫びながら飛び起き、それにつられ霧恵が飛び起きる。
「どうしたの!?華寅」
「いや悪夢を見ただけ」
結局神無月の期間中、狐面の少女は姿を表さなかった。
[美濃の国]
二人は帰路を急いだ。そして二人して膝から崩れ落ちる。
信州国と美濃国の境、愛宕村へ向かう唯一の道……それが途切れている。一瞬道を間違えたのかと二人で顔を見合わせるもそんな訳はない。狐面の少女と共に毎年神無月には出雲の国へと赴き帰路に着く慣れ親しんだ道だ。しかも道の途切れ方がおかしい。土砂崩れや崩落ならまだ分かる。しかし二人の目の前に広がるのは数多の木々。まるではるか昔からここには道がなかった、ここは昔から森だったと言いたげに木々の枝は風に揺れている。
その日から霧恵は笑わなくなった。
それから霧恵と華寅は狐面の少女が愛宕村を作ったように、強い霊能力者をかき集め捜索隊を組織した。組織を知ったら戻ってきてくれると信じて。
一度だけ京の都にて大厄災が起こった際、二人は狐面の少女の特徴と酷似した悪霊……いや禍神を見た。ソレはただ都の中心地に立っていた。二人は声を掛けようとするもその瞬間本能、全ての細胞が叫ぶ。
(あれは自分達の知る存在ではないと)
しかし霧恵は再会できた事の方が恐怖に勝ったのかフラフラと禍神に近づこうとする。華寅は霧恵の口を抑えて小脇に抱えその場を離れる。
(ごめんなさい。ごめんなさい。今の私達じゃ貴方を救えません)
と心の中で何度も何度も謝罪をしながら。
京の都はその日の内に陥落し、魔京と呼ばれ魑魅魍魎の跋扈する忌土地と化した。その日から霧恵と華寅は狐面の禍神を探し続けていた。
「華寅様!華寅様!大丈夫ですか?そろそろ降下ポイントです。」
「あぁ悪い。昔を思い出してた。急ぎでこんな場所まで飛んでもらって悪かったね。」
華寅はパイロットを労い、大きく深呼吸をしてからボソッと
「今度こそあの時の誓いに基づいて大禍津姫……いやお姉ちゃんを……」
最後の部分はヘリの音にかき消される。華寅は勢いよくヘリのドアを開け飛び降りる。そして刀を抜き陣地の結界の亀裂から湧き出す怪異や悪霊を切り伏せながら
「愛宕神地 残花一閃」
結界を斬り裂いた。
闇すら及ばぬ隠世の深淵……そこは何かの儀式をする場所なのかとても開けており、広間の床は黒い液体に沈み大人の腰の高さまで満たされている。
たった今ここで激しい戦闘があったのだろう。広間の太い柱は無惨にも細切れに両断され、内装と呼べる物は全て破壊されている。そして広間の中心……インテリアの如く積み上げられた数多の亡骸……その頂上に日本刀を肩に担ぎ、白髪を総髪に結いお手製であろう不格好な狐面をした██が座っている。彼女が腰掛けた亡骸の山からは絶え間なく黒い液体が流れ出し広場を満たしている。黒い液体は亡骸から流れる穢れた血液だった。
「ふぅ……」
██は大きなため息を漏らし、黒い血液を掻き分けこちらに進んでくる存在を見下ろしている。
それはゆっくりと何度も躓き顔を黒い液体に沈めながら亡骸の山に向かってくる。
彼女にとって自分に向かってくる存在は特に気にすら留めないただこんな深層にも人間が迷い込むことがあるんだな、と少し意外に思う程度の事だった。迷い込んだ人間ならほっとけば勝手に死ぬし、敵なら肩に担いだ日本刀で切り捨てればいい。
そして程なく向かってくる存在の全貌が見え██は目を見開く。
「明美ちゃん……?」
向かってきたのは明美……いや明美によく似た存在だった
██は肉塊の山から飛び降りる。少女はその音に反応し数歩後退りした後に身を翻す。おそらく既に目は見えていないのだろう。ここは暗闇とはいえここには光源となりうる燈籠もある。
明美と思しき少女はバシャバシャと黒い水を掻き分け逃げようとするも既に体を黄泉の穢れに蝕まれているのかたどたどしい。██はいとも容易く追いつき肩を掴み優しく話しかける。
「ねぇ……君……誰?」
振り返った少女は案の定、瞳が白く濁り、露出された表皮にはおびただしい数の赤黒い文字が蠢いている。おそらく衣類の下も同様だろう。このレベルの霊障で生きている事すら奇跡の状態だ。
少女は██の声を聞き安心したのだろう。少し驚いた表情を浮かべ、安心感からか、疲労からか、気を失い力なく██に寄りかかる。██は優しく受け止める
「大丈夫!?」
少女は虫の息であるが微かに呼吸をしている。██は胸を撫で下ろし少女の頭に触れ、記憶を読み取る。
「…………君は神山 夜見……明美の妹か……」
██は夜見を肩に担ぎ通路の先に広がる純闇に消える。
[総本部 地下大監獄]
カツン……カツン……
薄暗い監獄内に足音が響く。黒い軍服に先端が黄緑がかった白髪をなびかせ、首に御札を貼られた注連縄を巻いた少女……彼女の足取りは軽く、鼻先で監獄に似つかわしくない楽しげなメロディーを奏でている。
ふと腰のPHSがけたたましく鳴る。少女は少し嫌な顔をしながらPHSを手に取り着信に出る。
「こちら地下大監獄、所長華寅~なんか用か総司令。」
華寅はPHS越しの話を聞きニタァと笑う。
「今の話は本当か?総司令、もし本当ならば私は行くぞ。なんせ1000年振りの旧友との再会じゃ!」
返答を聞くや否や華寅はPHSを切り、ヘリポートへ走る。そしてヘリに乗り込むなりパイロットへ行先を告げる。
「紀伊の厄災まで全速力で!」
飛び立ったヘリの中で華寅は右手に巻かれた包帯を解き顕になった黒い手を眺め昔を思い返していた。
青空の下、見渡す限りの緑に囲まれた小さな村。村から少し山を登った場所に村唯一の神社があった。本殿の階段に座り、仲良く神社に供えられたマクワウリを食べる三人の少女……まだ神様となって間もない華寅と霧恵、そして二人の間に座るもう一人。
「ねぇ華寅、霧恵せっかく三人ともこの土地の地神になったんだし誓いと役割を決めようよ」
長い白髪をしめ縄で結い総髪に整え、白装束に木の皮で作られた不格好な狐面をした少女が両端の二人に話しかける。二人は狐面の少女の方を向き少し驚いた顔を浮かべる。
「お姉さんが言うなら私はどんな誓いでもいいと思う……かな……私の役割は……分からない……。」
霧恵が自信なさげに呟く姿を見て華寅は腹を抱え笑う。
「キャハハハハ」
「笑わないでよ華寅……わ……グスッ……私……だって……」
すかさず霧恵は泣きそうな顔をしながら反論しようとする。
「ごめんごめん霧恵は頑張ったもんね。はい私のマクワウリあげる。これ食べて機嫌直してね」
「うん……」
華寅は立ち上がり霧恵の前まで来ると既に皮だけになった霧恵が持つマクワウリと自分の半分程残っているマクワウリを交換し、霧恵の頭を撫でる。それを狐面の少女は幼子を見るような目で眺めている。ふと華寅は狐面の少女の方を向き
「お姉ちゃんがそう言うなら私も賛成。私達の誓いと役割は今後の村の存亡も意味するからいいのを決めよう」
三人はあれやこれやと考える内に、いつの間にか日は傾き周りは紅い陽光に照らされている。狐面の少女は手をパンッと叩き
「ある程度考えはまとまったね。それじゃあ出雲の国に宣誓しよう。」
「わ……私、霧恵ノ神命はこの地愛宕村の産土神として」
「私、華寅ノ神命はこの地愛宕村の田の神として」
「私█████はこの地愛宕村の氏神として三神手を取り合いこの地を守護する事を誓います。」
「誓います」
「誓います」
狐面の少女はさらに続ける。
「もしも一柱が道を踏み外した場合残り二柱が責任をもって対処します」
狐面の少女が言い終わると同時に白い光が空に打ち上がる。そして出雲の国の方角に向けて夜空を飛んで行き見えなくなる。
「ふぅ……お疲れ様です華寅、霧恵もう夜ですね。もう休みましょう、明日から忙しいですよ」
「はい!」
二人が元気よく返事をすると狐面の少女は二人の頭を撫で三人で本殿へ入る。
それから三人はそれぞれの役目を必死にこなし数多の四季を越え迎えた何度目かの神無月の二日前……
華寅はふと目を覚ました。周りを見渡すと本殿の南側がやけに明るい……もう昼かと思い華寅は北側の窓を開け愕然とする。
「え?」
窓の外には星空が広がっている。
ギィィ……バタン……
背後から本殿の扉が開く音がして振り返ると狐面の少女が立っている。少女の白装束は所々黒く煤けており只事ではない事が見て取れた。
狐面の少女は華寅を確認するとまだ寝息を立てている霧恵に歩み寄り体を揺する
「うわ!お……おはようございます。」
霧恵は驚いた様子で挨拶をする。
「おはようございます霧恵、華寅」
狐面の少女は優しく二人を一瞥し
「華寅こちらへ」
と華寅を目の前に座らせると自分の親指を噛み、流れる血で2人の額に何かを描く。
「█████の名において命ずるこの二神を出雲へ旅立たせん。」
二人の身体が白い光に包まれフワッと浮き上がる。
「霧恵、華寅、私はまだやる事があるから出雲の国でまた会いましょう。」
少女の狐面の左眼孔から一筋の涙が流れる。そして狐面を外した少女は右目から黒い涙を流していた。おそらく涙と煤が混ざったのだろう。少女の口が少し動く。
━━今までありがとう━━
その言葉は二人には届かなかった。二人の意識は程なくして途切れる。
いつの間にか二人は信州国と美濃国の境まで歩いていたのだ。
「華寅、戻ろうよ……お姉さんあんなにボロボロになってた。ただ事じゃないよ……」
華寅は少し考え村へ戻ろうと振り返り異質なものを見た。空にヒビが入っている。そこから黒い雲が溢れ出し紫色の稲妻が駆け巡っている。華寅は自分に続いて振り返ろうとする霧恵の手を掴み駆け出す。
「いや出雲の国へ行こう。お姉ちゃんは出雲の国で再会しようと言った。それに今戻っては行けない気がする。」
「分かった……」
数刻走った頃に二人は立ち止まり少し休憩する。いつの間にか二人の背負っていた風呂敷には握り飯が入っており、二人はそれを平らげ、華寅は霧恵と手を繋ぎ歩き始める。
出雲の国へは難なく到着し、二人は狐面の少女を待った。しかし待てども待てども時間だけがすぎてゆく。神無月の最終日の夜華寅は夢を見た。
[???]
もう何度繰り返しただろう……
一体何度繰り返すのだろう……
もう何体悪霊を滅しただろう……
時間も何も、分からない……
血と泥で前がよく見えない……
ふと左の瞳に映った丸い球状のもの。それは紐のようなもので繋がり自分から伸びている。
あれ?私の右目どうなって……
「ゴポッ……オェッ……ゲホゴホ……」
口や鼻、既に眼球が収まっていない右の眼孔から黒い液体が流れ出る。その姿を嘲笑うかの如く白い軍服を着こなした男が目の前でしゃがみこちらの前髪を引っ張り上を向かせる。
「苦しかろう……辛かろう……大禍津姫……自身の使命を思い出せ……」
まだ動ける……
華寅……霧恵……
出雲の国で待ってる……
行かないと……
腕が無くなっても……
両眼が抉られても……
両脚が砕けても……
はらわたが千切れても……
ああ……全てが黒く染ってゆく……
各細胞にまで闇が染み込んでくる……
私はなんだったんだろう……
分からない……
でもただ一つ覚えてことがある……
あの時村を襲った奴らは……
確かに朝廷直属の……
霊能力者……陰陽師……式神……
人間……神々……生きとし生けるもの……
私から全てを奪った者全て等しく……
末代……縁……悉く皆殺しにしてやる……
そしてその多くの感情の中でひときわ小さく今にも消えそうな感情
華寅……霧恵……私行けそうにないや……
「うわぁぁぁ!」
華寅は叫びながら飛び起き、それにつられ霧恵が飛び起きる。
「どうしたの!?華寅」
「いや悪夢を見ただけ」
結局神無月の期間中、狐面の少女は姿を表さなかった。
[美濃の国]
二人は帰路を急いだ。そして二人して膝から崩れ落ちる。
信州国と美濃国の境、愛宕村へ向かう唯一の道……それが途切れている。一瞬道を間違えたのかと二人で顔を見合わせるもそんな訳はない。狐面の少女と共に毎年神無月には出雲の国へと赴き帰路に着く慣れ親しんだ道だ。しかも道の途切れ方がおかしい。土砂崩れや崩落ならまだ分かる。しかし二人の目の前に広がるのは数多の木々。まるではるか昔からここには道がなかった、ここは昔から森だったと言いたげに木々の枝は風に揺れている。
その日から霧恵は笑わなくなった。
それから霧恵と華寅は狐面の少女が愛宕村を作ったように、強い霊能力者をかき集め捜索隊を組織した。組織を知ったら戻ってきてくれると信じて。
一度だけ京の都にて大厄災が起こった際、二人は狐面の少女の特徴と酷似した悪霊……いや禍神を見た。ソレはただ都の中心地に立っていた。二人は声を掛けようとするもその瞬間本能、全ての細胞が叫ぶ。
(あれは自分達の知る存在ではないと)
しかし霧恵は再会できた事の方が恐怖に勝ったのかフラフラと禍神に近づこうとする。華寅は霧恵の口を抑えて小脇に抱えその場を離れる。
(ごめんなさい。ごめんなさい。今の私達じゃ貴方を救えません)
と心の中で何度も何度も謝罪をしながら。
京の都はその日の内に陥落し、魔京と呼ばれ魑魅魍魎の跋扈する忌土地と化した。その日から霧恵と華寅は狐面の禍神を探し続けていた。
「華寅様!華寅様!大丈夫ですか?そろそろ降下ポイントです。」
「あぁ悪い。昔を思い出してた。急ぎでこんな場所まで飛んでもらって悪かったね。」
華寅はパイロットを労い、大きく深呼吸をしてからボソッと
「今度こそあの時の誓いに基づいて大禍津姫……いやお姉ちゃんを……」
最後の部分はヘリの音にかき消される。華寅は勢いよくヘリのドアを開け飛び降りる。そして刀を抜き陣地の結界の亀裂から湧き出す怪異や悪霊を切り伏せながら
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