千年夜行

真澄鏡月

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第一章 胎動編

弐ノ詩 ~壊れゆく日常~ [前] 神山明美

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「うぅ…………ん………」

 僅かに開いた瞳に外からの陽光が飛び込んでくる。

 朝……さっきのは夢……?でも確かめないと……

 私は体をガバッと起こし、胸いっぱいに空気を取り込み……そして……


夜見よみィィ!!!!」


 力いっぱい叫んでみる。

 声は家中に響き反響し、しばらくするとドタドタと廊下を走る足音が聞こえ私の部屋の扉がガンッと凄い音をたてて開かれる。

「今何時だと思ってんじゃ!!バカ姉貴!!まだ朝の4時やぞ!!」

「良かった~夜見居なくなったのかと思った~」

 妹に怒鳴られながらもほっと胸を撫で下ろす、少し抜けた少女。名を神山かみやま明美あけみという。

 明美をバカ姉貴と呼んだ少女は暫く哀れな目で見つめてくる。この子は明美の双子の妹である─神山 かみやま夜見よみ─全てが私と正反対だけどなんやかんや仲のいい自慢の妹。


「明美姉ちゃん……頭大丈夫か?病院行く?」


 そして心配される。私は笑顔を浮かべ、


「大丈夫だよ。夜見びっくりさせたね。」


と言うと夜見は大きな溜息をつき、部屋の扉を開ける。


「━━━━━━」


下の階から母の声が聞こえる。


「お母さんもう朝ごはん作ってくれてるってさ。明美姉ちゃんも行こう」


━━本当にリアルな夢だったな。


 明美はまだ少し眠い身体を起こし、部屋を後にする。

 短い廊下を歩き、階段を一段一段下ってゆく。途中の踊り場の小窓から外を覗くとまだ薄暗い。しかし外からは小鳥がさえずこえが聞こえる。


「鳥さん達は早起きなんだね……」


と思い巡らせているのも束の間、下層階から夜見の声が聞こえる。


「明美姉ちゃん早く来ないと朝ご飯なくなってまうで。」

「はいはい 今行くよ。……ん?」


 明美は背を向けた小窓から視線を感じて振り返る。しかし夜明け前の暗がりが広がっているだけである。

━━気の所為かな

 明美は階段を駆け下りる。



 ペタッ……



 外側から真っ白い手が小窓に張り付く。程なくして2つの赤く光るものが明美の後を追うように窓を隔てて動く。


「…………やっと……見つけた……」


 弱々しくも冷たい少女の声


 明美はソレの存在には気付かず台所の扉のドアノブに手をかける。カチャ……台所の扉を開けると同時に美味しそうな朝ご飯の匂いが私な鼻をつく。

「明美、夜見、食器を居間に運んで準備して」

 母が二人に背を向け、朝ご飯を作っている。私達は食器棚から色んな食器を取り出し台所の隣に位置する居間に運び並べる。

──コップ…よし、お皿…よし、ジュース…よし……

 二人は一つ一つ確認していく。

「お母さん準備出来たよ。」

「はぁい2人とも席に着いてね」

 いつの間にか夜見は自分の場所に座り、イチゴジャムが塗られた食パンを咥えて目を光らせている。

 犬か……

 実の妹に対して犬の印象を受け、苦笑いを浮かべる明美も自分の場所に座ると母がフライパンを持って居間に入ってくる。

 そして空いたお皿にスクランブルエッグとシャウエッセンを焼いたものを入れる。   

「美味しそう……」

 口の端からヨダレが垂れる。

 母は空になったフライパンを流し台に置き、居間のテレビをつけて座る。

「じゃあ明美、夜見食べよっか」

「頂きます!」
「頂きます」

「これ私が先に取ったおかず!」
「いいじゃん姉ちゃん!」

 私達はいつもの様に朝食を取り合いながら食べる姿を母は微笑みながら見ている。

 暫くして私達が食べ終わると、それぞれ食器を流し台に食器を置き、テレビの前に二人して座り、リモコンを取り合いながらチャンネルを変え、それぞれ好きな番組を見ていると、母が声をかけてくる。

「今日せっかく早く起きたんだし、外出しよか?」

「行く!」
「行きたい」

 二人は即答する。

「じゃあ行こっか。」

 二人はそそくさと準備をして玄関で靴を履く。タッタッタッと音を立てて母が玄関に来る。

「流石に早すぎるわ!!おバカさん2人衆!まだ朝の7時!」

 二人は再び居間でゴロゴロしながら漫画誌を読んで時間を潰す。


[午前9時]


 母の車に乗り出発する。

それからショッピングモールに行き、私達はヘトヘトになるまで遊ぶ。


既に日が傾きそとは薄暗くなりつつある。

「はぁ…疲れたね……夜見……?」

「スー……スー……」

 明美が隣を見ると夜見が寝息を立てて眠っている。

──頑張り屋さんでいつも気を張ってて……疲れるよね……こうしていると妹は可愛いものだ……

 明美は夜見の寝顔を覗き込み、頭を撫でる。


 暫く車に揺られているうちに自宅に着き、明美は夜見の肩をポンポンと叩く。

「夜見、起きて、家に着いたよ」

「んん……お姉ちゃん…大好き…………」

寝惚ねぼけているのか素で明美に甘えてくる。

 気の強い夜見が普段、見せない姿である。明美は少し目を細め、優しく頭を撫でる。

「可愛い……よしよし……」

「……ん?……え……」

 夜見の顔がみるみる赤くなってゆく。

「忘れろ!!!」

「おっと危ない夜見」

 明美は車を降りて家に逃げ込む。

「まて!明美!」

 すかさず夜見が追いかけてくる。

「あ、おかえり明美」

 父親が居間でくつろいでいる

「バカ姉貴待ちやがれ!!」

「夜見もおかえり……ってどうした!?」

「お父さん……助けて」

 明美は父に助けを求める。

「まあまあ夜見、落ち着いて……ね……」

「わかった……」

 母親が買い物袋を大量に持って台所に入ってくる。

「夜見、明美、今から2人でお風呂に入っておいで。」

「はぁい!」
「分かった」

 二人が肌着とパジャマを用意していると

 ピンポーン……

 呼び鈴が鳴る。

「はぁい。お待ちください。」

 母が玄関に向かって廊下を歩く。その間も

ピンポーン……ピンポーン……

 と短い周期で呼び鈴が鳴っている。明美と夜見は影から覗く。玄関の扉のすりガラスには白い人影が揺らめいている。
ガチャ…ガチャ…と母が玄関の鍵を開け、扉を開ける

「はいどちら様でしょうか?……あれ?」

 母が辺りを見渡す。

「こんばんは……」

 母が下を見ると私達より少しだけ年上に見える少女が立っている。その少女は長く綺麗な白髪に白装束の姿をしており全身ベチョベチョに濡れている。

「どうしたの!?」

「私をここに泊めて下さい。帰る場所がないの……」

 少女の赤く輝く瞳から涙が流れており、ことの深刻さが子供である私達にも伝わってくる。

「ねぇお母さん泊めてあげようよ。」
「いいでしょ?」

 母は私達の言葉を

「分かったお嬢ちゃん。今日はこの家に泊まって明日警察に行こっか。」

「いいのですか!?ありがとうございます。」

少女は靴と靴下を脱ぎ、廊下を母の後ろを歩いていく。

「貴方お名前は?」

「私はしの……」

 母の質問に答えかけ、少女は少し黙り混む。

「どうしたの?」

夜見が少女に聞く。

「いえ……私は紗季……星村紗季と言います。」

「紗季ちゃんっていうんだね。よろしくね紗季ちゃん。」

 明美が笑顔で話しかけると紗季さんも微笑み

「よろしくお願いします。神山明美さん」

 私達は紗季さんと一緒にお風呂に入る

「紗季ちゃんの髪も肌も真っ白で綺麗いいな」

「あんまりいいものでは無いですよ病気ですし。」

 紗季さんは夜見の質問に少し声のトーンを落とし答える。

「そうなんだ」

紗季さんは何かを閃いた様に手をぽんと叩く。


「あ、せっかく泊めて頂くんですし背中流しますよ。」

「ありがとう」
「え、いいの?ありがとうございます」


 紗季さんは手馴れている様に私達の全身を洗ってくれる。とても気持ちよくて眠ってしまいそうだった。

 お風呂で温もり、脱衣所で着替え、自分達の部屋に戻ると布団が三組敷かれている。

 私達は布団の上でトランプをしたり、ゲーム機で遊んだりしているうちにいつの間にか夜の11時になっていた。

「スー…スー…」

 いつの間にか夜見は寝息をたてている。

「私も眠くなってきた。」

「おやすみ明美さんいい夢を」

 紗季が微笑みながらこちらを見ている。

「紗季さんは寝ないの?」

「もう少し夜空を眺めてから寝るとします。」

「おやすみなさい明美さん」

 明美は横になり日中の疲れもあり意識が遠くなる。





[深夜二時 丑三つ時]

 明美はふと目が醒める。

 隣を見ると相変わらず寝息を立てて夜見が眠っている。

 ふと周りを見渡すと紗季さんが居ない。

 トイレにでも行っているのだろうか……?

 さっき水分を飲み過ぎたのかな?

 私もトイレしたくなってきちゃった。

 この歳で漏らすのも嫌だけどトイレは1階だし暗闇は何かがいそうで怖い……でも漏らすよりはマシだ。

 明美は廊下を走り階段を駆け下りトイレに飛び込む。

 用を済ませてふと玄関の方を見ると灯りが着いている。

 玄関の扉も少し開いており、外から微かに人の声が聞こえる。

 明美は玄関までそっと歩き外を覗くと家の前に紗季さんが立っている。

「古より伝わりし闇の掟に従い血の契約をもって愚者共を生贄に捧げよ。大いなる闇の加護を……」

 紗季さんは明美に気付いたようで振り返る。そして紗季さんの紅く光る瞳と目が合うと口角が釣り上がりニタァと悪意の籠った笑顔を浮かべる。そして印を結び一言……

陣地じんち  血濡ちぬレノみや

こうして忘れられない悲劇が幕を開けた。


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