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第23話 繋がっていく過去と未来

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 研究に時間を多く費やすようになり、公務や仕事で忙しくしている時期を乗り越え、少々落ち着いた二人──
 それでも毎日朝早くから夜遅くまで研究をしているが、なるべく食事はきちっとダイニングで取ろうと決めて食べている。
 最初は眠たい目をこすりながら時間をかけて起きていたエリーヌも、少しずつ朝に強くなってきていた。

 淡い色合いの涼し気な青のドレスを着て、エリーヌはダイニングへと向かった。

「おはようございます!」
「おはよ……──っ!!」

 すでに席についていたアンリは目を丸くしながら、硬直している。
 その横隣の席に座って、置いてあった水を一口飲んだ時にふと熱い視線を感じて夫のほうを見た。

「どうかしましたか? アンリ様」
「い、いや……そのドレス……」
「ああ、涼やかな色合いでいいですよね! 紫陽花のような雰囲気でグラデーションが綺麗です!」
「あ、ああ。そうだね……素敵だと思う」
「──?」

 そのドレスはおおよそ彼女が幼い頃、そして自分も少年だった頃に会った記憶の中のドレスとそっくりだった。
 アンリは10歳程の少年であったが、彼女は覚えているのだろうか。
 あんな小さくてたどたどしく話すような年齢だと覚えていないのではないか。
 そう感じて彼はエリーヌに過去のことを話さずにすることにしてみた。

(あれから両親の遺品を整理したら、母からフェリシー夫人へ送った手紙も出てきた。改めてみてもやはりフェリシー夫人はエリーヌの母親で間違いない)

「アンリ様?」

 気がつくと朝食が自分の前に並べられていて、食べ始めないアンリを不思議に思ってエリーヌが見ていた。

「ああ、ごめん。食べようか」
「はい! いただきます!」

 彼女に気づかれないようにちらっと覗き見る。
 ここへ来たときよりも表情も明るく思えるし、なんとなく感情がよく出ているように思う。
 そんな風にアンリは心の中で思いながら、サラダをほおばる。

(う……これは、なんか香草が入っていたのか……)

 アンリはあまり匂いのきつい食材は得意ではない。
 いや、元々子供の頃は偏食で野菜自体を食べなかったが、シェフたちの努力のおかげで徐々に食べるようになった。
 先代エマニュエル公爵と夫人は、そんな息子を心配してなんとか野菜を食べさせようとする……が、少し方法が変わっていたのだ。

(そういえば、昔野菜嫌いだった俺に、野菜を作らせて食べさせようとしたな、父上と母上は)

 よく育てるところから自分ですると愛情を持てるようになったり、愛着がわいて食べられるようになったりするというが。
 それをこの豊かな土壌を生かして実践したのが、アンリの両親だった。

 先代公爵自ら土を耕して裏庭に作って育て、肥料や水やりを親子でおこなった。
 天候悪化が厳しかった時期には、仕事を早く切り上げて野菜の畑を大きな布で覆って風の対策をしたほど。

(泥だらけになって、母上に叱られていたな。父上は……)

「どうしたんですか? なんだか楽しそうですね」
「ん? ああ、昔のことを思い出してね」
「昔?」
「ああ、俺は野菜嫌いだったんだけど、それを解消しようと両親が裏庭に畑を作ってね」
「まさか……作るところからなさったんですか!?」
「その、まさか」
「すごいです! 私、実はお花を育てるのが興味があったんですが、お野菜も育ててみたいなと思いまして」

 なんとも無邪気に嬉しそうに、それはもう子供のように目を光らせる妻の様子にアンリは思わず笑みが零れる。
 幸いにも毒の研究──弟の目の治療について研究を進めている最中に、植物のことについて知識を深めることができた。

(もしかしたらもう一度育ててみてもいいかもな)

 子供の頃に泥まみれになって野菜の種を植えたことを思い出す。
 段々興味のなかった野菜作りも、芽が出て大きく成長する姿を見ると愛おしさが溢れていった。
 それにアンリにとって、仕事で忙しい父親と話ができて一緒に遊べる嬉しさもあったのだ。

「やってみようか、野菜」
「え?」
「野菜、育ててみようか。俺たちも」

 その瞬間、彼女は嬉しさのあまり立ち上がって希望に満ちた瞳を見せた。


「何を育てるんですか?」

 ダイニングに響いた”彼”の声に思わず皆振り返った。

「「──っ!!」」

 立ち上がっていたエリーヌはお口をぽかんとして目をぱちくりさせ、アンリは飲んでいた水が口の端から零れ落ちている。
 仕事の整理をダイニングでしていたディルヴァールも、そして給仕をしていたロザリアですらも驚き、手が止まった。

「ル、ルイス……!」

 アンリの零した声を合図にエリーヌは駆け寄る。

「ルイスさん!」

 少し冷たくて震えている彼の手を掬いあげて、エリーヌは歓迎した。

「一緒に食べましょうか、朝食を」
「はい、お姉様!」

 ディルヴァールとロザリアは目を合わせて、珍しく微笑んで頷いた──



◆◇◆



 冷たい地下室の牢屋では、意識をもうろうとさせたロラの姿があった。
 小さな小窓から差し込むわずかな光を見つめているが、その瞳は酷く濁っている。

『お前の嫉妬深さは普通じゃない! お前は私にふさわしくない』
『ゼシフィード様っ!!! お願いです! 出してください!!』
『知らん! 私はエリーヌだけを愛しているんだ、お前なんぞ本当に愛すか!』

 ロラにとって絶望の言葉だけが降り注いだ。
 ゼシフィードに殴られて蹴られて血の滲んだ頬や腕──
 健康的だった身体もここでの牢屋生活のせいで一気に生気を失った。

「助けて……誰か……」

 彼女の脳内にふと親友であったエリーヌの笑顔がよみがえった。
 自分が裏切ったのだから、彼女が来るわけない。
 そう思い、涙を流した。

 彼女の嗚咽が誰かの耳に届くことはない──
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