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第18話 屋敷の監視人(2)
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エリーヌは目の前にいる彼にどこか既視感を覚えていた。
(シルバーの髪、瞳の色は違うけれど、端正なその顔)
髪の長さは違うがその色味もよく似ており、顔立ちも見覚えがある。
左耳に光るダイヤのピアスは薄暗いこの部屋でよく光っている。
エリーヌはそのピアスに見覚えがあり、その”彼”を顔を思い浮かべた。
「アンリ様と同じ……」
よく見ると彼女の夫であるアンリの左耳と同じようにピアスが光っており、そこで先程聞いた目の前の彼の言葉と繋がる。
「お姉様って、まさか」
そうしたら彼はゆっくりと微笑んでエリーヌに近づいて跪く。
彼はエリーヌの手を掬いあげるとそのままちゅっと唇をつけた。
「──っ!」
「僕からの深愛の証です。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございませんでした」
跪いたまま上目遣いでエリーヌを見つめる彼に目を奪われてしまう。
あまりに美しく自然な所作に思わず時が止まったかのように感じた。
立ち上がって軽く会釈をすると彼は名乗った。
「ルイス・エマニュエルでございます。アンリの弟でございます」
「ご兄弟……!」
兄弟がいる可能性を考えなかったというよりも、話題に出なかったため思い至らなかった。
エリーヌは両手を揃えて深々をお辞儀をする。
「大変申し遅れました。わたくしはエリーヌ・ブランシェ……いえ、エリーヌ・エマニュエルでございます」
「ふふ、ディルヴァールから聞いてる。それにロザリアからも」
彼が座っていた書斎の机と椅子の少し離れたところにはソファがあり、お茶ができるスペースがあった。
ソファに後ろにある大きな時計の前を通り過ぎて、そのさらに奥にある小さなサイドテーブルに彼は向かう。
「お姉様、よかったらそこのソファにおかけください」
「あ、はい! では……」
彼の言葉に甘えて触り心地の良い高品質なソファに腰を掛けると、緊張で肩が少し上がって膝の上に両手をおとなしく並べてしまう。
そんな様子を見て笑いながら彼は近づいて来る。
「緊張しないでください、よかったらどうぞ」
「あ、ありがとうございます。──っ! 冷たい!」
ルイスが差し出したお茶は冷たく、エリーヌの喉を潤し暑さで火照った身体を冷やしていく。
「冷茶というんです。この地方ではよく飲まれています。貴族の間ではあまり広まっていませんが、庶民の方々はよく飲むそうです」
「すごい……! なんだかまた違った味わいがしますね。それに飲みやすいです!」
「ふふ、お口にあったようでよかった」
ようやくエリーヌは少し落ち着いて心に余裕が出てきたようで、部屋を改めて見渡してみる。
濃いブラウン基調で家具は統一されており、この部屋自体はそこまで広くはない。
しかし、洗練された美術品や家具がおかれており、絵画がよく見受けられた。
「珍しいですか?」
「ええ、アンリ様のお部屋と少し似ていますが、美術品が多いですね。お好きなのですか?」
「はい、元々絵が好きで……ですが、その夢は諦めました」
「え……」
少し冷たく言い放たれた言葉とは裏腹に、彼の表情は曇ることなく笑顔のまま。
なんとなく聞きづらい雰囲気ではあったが、エリーヌは慎重に事情を伺ってみた。
「ご事情が、何かあったのですか……?」
「色が見えなくなったのです」
「え?」
「子供の頃に兄と遊んでいた時に、毒草に触れてしまいそのまま目をこすってしまったのです。その時から私は色が正しく視えなくなりました」
エリーヌも医学書の一部で見たことがあったが、実際にその人と会うのは初めてだった。
(絵が好きだったのに、色が……見えない……)
それはきっと自分の想像よりもはるかに苦しいことだったのだろう。
目の前の彼は明るく話してはいるが、きっと苦悩して絶望したのではないだろうか。
エリーヌはなんと声をかけてよいかわからずに、聞いてしまって申し訳ない感じて唇を噛んだ。
「お姉様、心配しないでください。僕は平気です」
「もう一つ、伺ってもいいですか?」
「ええ、いいですよ。なんでもどうぞ」
「もしかして、ここにいらっしゃるのは……」
「ご想像の通りです。僕は子供の時からこの部屋で過ごしています。もう十数年外の景色を見ていません。両親も兄さんも心配してここに足を運んでくれました。5年前までは……」
先程までとは打って変わって彼の表情は一気に曇った。
触ったら壊れてしまいそうなほど弱々しく、ゆっくりと語り始める。
「『聖騎士オーギュスト反逆事件』をご存じですか?」
「あの、王宮の夜会での反乱事件のことですか?」
「ええ」
当時の聖騎士と呼ばれる王宮騎士の中の名誉騎士として君臨していた、オーギュストが王族に対して反乱を起こした事件。
その反乱はすぐに鎮圧されたものの、夜会に奇襲がおこなわれたため、多くの貴族が命を落とした。
その後、オーギュストは処刑され、協力者たちも牢獄に入れられたり、永久追放となった。
「その犠牲となった中に、私達の両親はいました」
「──っ!!」
エリーヌは絶句してそのまま口元を抑えながら、思わず手が震えてしまう。
彼自身も思い出したのか、顔を歪めながら目を閉じて涙を堪えるように語った。
「元々は、その夜会には兄さんが行く予定だったのです」
「アンリ様が……」
「兄さんは両親が巻き込まれて亡くなったことを知ると、自分を責めました」
彼の心情を慮ってエリーヌも言葉が出ない。
どれだけ辛かったろうか、自分の代わりに犠牲になってしまった。
それも両親を死なせてしまったという罪の意識は計り知れない──
「兄さんはその一か月後、裏庭に両親の墓を建てたそうです」
「あ……」
エリーヌは以前裏庭に迷い込んだときに見かけた墓石を思い出す。
(あれは、お二人の両親のもの……)
合致した情報と今しがた聞いた過去を脳内が駆け巡る。
アンリの声が、顔がエリーヌの頭の中に思い浮かんで、そしてたまらなく彼を抱きしめたくなった。
ルイスは深々とエリーヌに頭を下げると、悔しさを滲ませて頼む。
「どうか、どうか兄さんを救ってください。あの人は、僕の目が見えなくなったことも、両親を失ったことも自分のせいだと感じています。あの日から兄さんはこの部屋に来なくなりました。きっと、きっと僕から両親を奪ったと思っているのだと思います」
彼ならそう考えるかもしれない、彼ならそう自分を責めても不思議でないとエリーヌも感じた。
「でも、私がどうやって」
「兄さんがこの場所に、家族よりも執着を見せたのは初めてだと思います。きっとあなたなら、兄さんを変えられる。彼の心を解き放って自由にしてあげられるはずです」
彼はぎゅっと膝の上にある手を握り締めた。
エリーヌは立ち上がって彼の横に座ると、そっと背中を撫でる。
「アンリ様と話してみます。彼はどう思っているのか、私にできることはないか、探ってみます」
「──っ!! ありがとうございます!」
(過去を知りたい。アンリ様がどんな想いなのか、教えてください)
エリーヌは目を閉じて彼を想ったあと、その瞳を開いた。
彼女は覚悟を決めた──
(シルバーの髪、瞳の色は違うけれど、端正なその顔)
髪の長さは違うがその色味もよく似ており、顔立ちも見覚えがある。
左耳に光るダイヤのピアスは薄暗いこの部屋でよく光っている。
エリーヌはそのピアスに見覚えがあり、その”彼”を顔を思い浮かべた。
「アンリ様と同じ……」
よく見ると彼女の夫であるアンリの左耳と同じようにピアスが光っており、そこで先程聞いた目の前の彼の言葉と繋がる。
「お姉様って、まさか」
そうしたら彼はゆっくりと微笑んでエリーヌに近づいて跪く。
彼はエリーヌの手を掬いあげるとそのままちゅっと唇をつけた。
「──っ!」
「僕からの深愛の証です。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございませんでした」
跪いたまま上目遣いでエリーヌを見つめる彼に目を奪われてしまう。
あまりに美しく自然な所作に思わず時が止まったかのように感じた。
立ち上がって軽く会釈をすると彼は名乗った。
「ルイス・エマニュエルでございます。アンリの弟でございます」
「ご兄弟……!」
兄弟がいる可能性を考えなかったというよりも、話題に出なかったため思い至らなかった。
エリーヌは両手を揃えて深々をお辞儀をする。
「大変申し遅れました。わたくしはエリーヌ・ブランシェ……いえ、エリーヌ・エマニュエルでございます」
「ふふ、ディルヴァールから聞いてる。それにロザリアからも」
彼が座っていた書斎の机と椅子の少し離れたところにはソファがあり、お茶ができるスペースがあった。
ソファに後ろにある大きな時計の前を通り過ぎて、そのさらに奥にある小さなサイドテーブルに彼は向かう。
「お姉様、よかったらそこのソファにおかけください」
「あ、はい! では……」
彼の言葉に甘えて触り心地の良い高品質なソファに腰を掛けると、緊張で肩が少し上がって膝の上に両手をおとなしく並べてしまう。
そんな様子を見て笑いながら彼は近づいて来る。
「緊張しないでください、よかったらどうぞ」
「あ、ありがとうございます。──っ! 冷たい!」
ルイスが差し出したお茶は冷たく、エリーヌの喉を潤し暑さで火照った身体を冷やしていく。
「冷茶というんです。この地方ではよく飲まれています。貴族の間ではあまり広まっていませんが、庶民の方々はよく飲むそうです」
「すごい……! なんだかまた違った味わいがしますね。それに飲みやすいです!」
「ふふ、お口にあったようでよかった」
ようやくエリーヌは少し落ち着いて心に余裕が出てきたようで、部屋を改めて見渡してみる。
濃いブラウン基調で家具は統一されており、この部屋自体はそこまで広くはない。
しかし、洗練された美術品や家具がおかれており、絵画がよく見受けられた。
「珍しいですか?」
「ええ、アンリ様のお部屋と少し似ていますが、美術品が多いですね。お好きなのですか?」
「はい、元々絵が好きで……ですが、その夢は諦めました」
「え……」
少し冷たく言い放たれた言葉とは裏腹に、彼の表情は曇ることなく笑顔のまま。
なんとなく聞きづらい雰囲気ではあったが、エリーヌは慎重に事情を伺ってみた。
「ご事情が、何かあったのですか……?」
「色が見えなくなったのです」
「え?」
「子供の頃に兄と遊んでいた時に、毒草に触れてしまいそのまま目をこすってしまったのです。その時から私は色が正しく視えなくなりました」
エリーヌも医学書の一部で見たことがあったが、実際にその人と会うのは初めてだった。
(絵が好きだったのに、色が……見えない……)
それはきっと自分の想像よりもはるかに苦しいことだったのだろう。
目の前の彼は明るく話してはいるが、きっと苦悩して絶望したのではないだろうか。
エリーヌはなんと声をかけてよいかわからずに、聞いてしまって申し訳ない感じて唇を噛んだ。
「お姉様、心配しないでください。僕は平気です」
「もう一つ、伺ってもいいですか?」
「ええ、いいですよ。なんでもどうぞ」
「もしかして、ここにいらっしゃるのは……」
「ご想像の通りです。僕は子供の時からこの部屋で過ごしています。もう十数年外の景色を見ていません。両親も兄さんも心配してここに足を運んでくれました。5年前までは……」
先程までとは打って変わって彼の表情は一気に曇った。
触ったら壊れてしまいそうなほど弱々しく、ゆっくりと語り始める。
「『聖騎士オーギュスト反逆事件』をご存じですか?」
「あの、王宮の夜会での反乱事件のことですか?」
「ええ」
当時の聖騎士と呼ばれる王宮騎士の中の名誉騎士として君臨していた、オーギュストが王族に対して反乱を起こした事件。
その反乱はすぐに鎮圧されたものの、夜会に奇襲がおこなわれたため、多くの貴族が命を落とした。
その後、オーギュストは処刑され、協力者たちも牢獄に入れられたり、永久追放となった。
「その犠牲となった中に、私達の両親はいました」
「──っ!!」
エリーヌは絶句してそのまま口元を抑えながら、思わず手が震えてしまう。
彼自身も思い出したのか、顔を歪めながら目を閉じて涙を堪えるように語った。
「元々は、その夜会には兄さんが行く予定だったのです」
「アンリ様が……」
「兄さんは両親が巻き込まれて亡くなったことを知ると、自分を責めました」
彼の心情を慮ってエリーヌも言葉が出ない。
どれだけ辛かったろうか、自分の代わりに犠牲になってしまった。
それも両親を死なせてしまったという罪の意識は計り知れない──
「兄さんはその一か月後、裏庭に両親の墓を建てたそうです」
「あ……」
エリーヌは以前裏庭に迷い込んだときに見かけた墓石を思い出す。
(あれは、お二人の両親のもの……)
合致した情報と今しがた聞いた過去を脳内が駆け巡る。
アンリの声が、顔がエリーヌの頭の中に思い浮かんで、そしてたまらなく彼を抱きしめたくなった。
ルイスは深々とエリーヌに頭を下げると、悔しさを滲ませて頼む。
「どうか、どうか兄さんを救ってください。あの人は、僕の目が見えなくなったことも、両親を失ったことも自分のせいだと感じています。あの日から兄さんはこの部屋に来なくなりました。きっと、きっと僕から両親を奪ったと思っているのだと思います」
彼ならそう考えるかもしれない、彼ならそう自分を責めても不思議でないとエリーヌも感じた。
「でも、私がどうやって」
「兄さんがこの場所に、家族よりも執着を見せたのは初めてだと思います。きっとあなたなら、兄さんを変えられる。彼の心を解き放って自由にしてあげられるはずです」
彼はぎゅっと膝の上にある手を握り締めた。
エリーヌは立ち上がって彼の横に座ると、そっと背中を撫でる。
「アンリ様と話してみます。彼はどう思っているのか、私にできることはないか、探ってみます」
「──っ!! ありがとうございます!」
(過去を知りたい。アンリ様がどんな想いなのか、教えてください)
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彼女は覚悟を決めた──
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