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第15話 真夜中の王宮夜会~SIDEアンリ~
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馬車は夜会を終えた二人を乗せて夜道を走っていた。
王都からどんどん離れていくについて見慣れた田舎の風景に変わっていく。
わずかに舗装が甘いこの道は少しばかり乗せている者の身体を揺らし、ガタンと馬車も縦によく跳ねた。
アンリは隣とウトウトと目を閉じかけているエリーヌをちらりと横目で見る。
(ああ……なんて可愛らしい……必死に眠気に耐えようとしているが、どうしても耐え切れずに瞬きを何度もして起こそうとしている)
エリーヌがなんとか意識を保とうとしているのを見て、何度も何度も心の中で可愛いという。
「……可愛い……」
ついに思わず口をついて出てしまった言葉にハッとして、アンリは口元に手をやる。
そーっと彼女のほうに視線を向けるも、彼女はこくこくとして彼の言葉を聞いていないようだった。
(よかった……聞かれていたら終わった……)
そう思ってふうと一息ついたのだが、そこで一つ自分の考えに疑問が湧いてきた。
(いや、夫婦なのだから愛を囁いてよいのではないか?)
そう思い立ったのだが、どうしても彼女を真っ直ぐに見つめて言える自信はない。
『愛している』
そんな風に伝えてみた自分を想像するも、恐ろしいほどに速いスピードで顔を赤くしてしまう。
意識して愛の言葉を囁こうとすると、激しい動悸に襲われて今にも倒れてしまいそうになる。
(でも、触れたい……)
愛しい想いと恥ずかしさが交錯する中でアンリは一人、頭を抱えた。
そうした想いに馳せているとふと、エマニュエル邸を出るときに言われたディルヴァールの言葉を思い出した。
『あなた様はもう縛られなくて良いのです』
その言葉が脳内に響いた時、アンリの表情はふと真剣な面持ちに変化した。
(久々に王宮に行った──)
あの屋敷を自ら出て王宮に向かったのはおよそ5年ぶりだった。
遠征先で早馬によりロザリアからエリーヌが王宮夜会に向かうと聞いたアンリは、すぐさま仕事をディルヴァールに任せてエマニュエル邸へと戻った。
待っていたとばかりにロザリアが迎え入れ、急ぎ着替えを済ませてその足で王宮へとむかった。
(あいつにはやはり少々きつめのお仕置きが必要か)
アンリは自らの右手を眺めて思う。
ゼシフィードに手をあげられる瞬間を見て、アンリの中の血がぶわっと沸き立った。
王宮衛兵の話を頼りにゼシフィードがエリーヌを自室へ連れ込んだことを知った彼は、今までに感じたことのないほどの嫉妬と怒りに駆られていた。
その右手はゼシフィードを殴りつけ、そうして牽制も含めて彼の顔の真横の壁を右手の拳で叩きつけた。
滴り落ちる血を見てエリーヌはそっと優しい手つきで自らのハンカチを彼の手に巻き付けたのだ。
(彼女の綺麗なハンカチを、汚してしまった)
真っ白い布に少し赤の指し色で刺繍の入ったハンカチは、血で汚れている。
彼女の純真無垢な心を汚してしまったように思えて、罪悪感に襲われた。
「──?」
何かコツンとぶつかるような音がして、音のしたほうを見る。
エリーヌがついに眠気に負けて窓に頭をくっつけて、身体を揺らして寝ていた。
眠っている顔を初めて見て、彼は軽く心臓の音を速めた。
(エリーヌが、寝てる!! え、可愛い……少し口が開いてる……え……可愛い……)
そんな凄まじい溺愛の言葉はなんとか彼の心に押しとどめられたのだが、顔にはしっかりと彼女が好きすぎてたまらないという表情が現れている。
目の前にディルヴァールとロザリアがいたとしたら、からかわれていただろう。
──いや、二人ならばすでに気づいて目配せのみで会話をして面白がっている頃だ。
(こんな可愛い奥さんがいて、俺は、幸せなのかもしれない。でも……)
そっと彼は彼女の頭を自分の肩に寄せてひと撫でして微笑んだ。
「もう、俺の心は君が好きすぎてドロドロなんだ。そんなところを見られたら、嫌われるかな……」
呟いたアンリの手に何か温かいものが触れる。
「──っ!!」
眠りの中をさまよう彼女は無意識で彼の手を握った。
そうしてアンリの胸に自分の顔を摺り寄せて気持ちよさそうにすやすやと寝息を立てる。
(君は、どれだけ俺の心をかき乱すの)
エリーヌの手をそっと握り返したアンリは、自分の肩で眠る彼女の額にちゅっと唇をつけた。
(他の男になんかやらない。絶対……)
まもなく日が昇ろうと、薄明るくなってきていた──
王都からどんどん離れていくについて見慣れた田舎の風景に変わっていく。
わずかに舗装が甘いこの道は少しばかり乗せている者の身体を揺らし、ガタンと馬車も縦によく跳ねた。
アンリは隣とウトウトと目を閉じかけているエリーヌをちらりと横目で見る。
(ああ……なんて可愛らしい……必死に眠気に耐えようとしているが、どうしても耐え切れずに瞬きを何度もして起こそうとしている)
エリーヌがなんとか意識を保とうとしているのを見て、何度も何度も心の中で可愛いという。
「……可愛い……」
ついに思わず口をついて出てしまった言葉にハッとして、アンリは口元に手をやる。
そーっと彼女のほうに視線を向けるも、彼女はこくこくとして彼の言葉を聞いていないようだった。
(よかった……聞かれていたら終わった……)
そう思ってふうと一息ついたのだが、そこで一つ自分の考えに疑問が湧いてきた。
(いや、夫婦なのだから愛を囁いてよいのではないか?)
そう思い立ったのだが、どうしても彼女を真っ直ぐに見つめて言える自信はない。
『愛している』
そんな風に伝えてみた自分を想像するも、恐ろしいほどに速いスピードで顔を赤くしてしまう。
意識して愛の言葉を囁こうとすると、激しい動悸に襲われて今にも倒れてしまいそうになる。
(でも、触れたい……)
愛しい想いと恥ずかしさが交錯する中でアンリは一人、頭を抱えた。
そうした想いに馳せているとふと、エマニュエル邸を出るときに言われたディルヴァールの言葉を思い出した。
『あなた様はもう縛られなくて良いのです』
その言葉が脳内に響いた時、アンリの表情はふと真剣な面持ちに変化した。
(久々に王宮に行った──)
あの屋敷を自ら出て王宮に向かったのはおよそ5年ぶりだった。
遠征先で早馬によりロザリアからエリーヌが王宮夜会に向かうと聞いたアンリは、すぐさま仕事をディルヴァールに任せてエマニュエル邸へと戻った。
待っていたとばかりにロザリアが迎え入れ、急ぎ着替えを済ませてその足で王宮へとむかった。
(あいつにはやはり少々きつめのお仕置きが必要か)
アンリは自らの右手を眺めて思う。
ゼシフィードに手をあげられる瞬間を見て、アンリの中の血がぶわっと沸き立った。
王宮衛兵の話を頼りにゼシフィードがエリーヌを自室へ連れ込んだことを知った彼は、今までに感じたことのないほどの嫉妬と怒りに駆られていた。
その右手はゼシフィードを殴りつけ、そうして牽制も含めて彼の顔の真横の壁を右手の拳で叩きつけた。
滴り落ちる血を見てエリーヌはそっと優しい手つきで自らのハンカチを彼の手に巻き付けたのだ。
(彼女の綺麗なハンカチを、汚してしまった)
真っ白い布に少し赤の指し色で刺繍の入ったハンカチは、血で汚れている。
彼女の純真無垢な心を汚してしまったように思えて、罪悪感に襲われた。
「──?」
何かコツンとぶつかるような音がして、音のしたほうを見る。
エリーヌがついに眠気に負けて窓に頭をくっつけて、身体を揺らして寝ていた。
眠っている顔を初めて見て、彼は軽く心臓の音を速めた。
(エリーヌが、寝てる!! え、可愛い……少し口が開いてる……え……可愛い……)
そんな凄まじい溺愛の言葉はなんとか彼の心に押しとどめられたのだが、顔にはしっかりと彼女が好きすぎてたまらないという表情が現れている。
目の前にディルヴァールとロザリアがいたとしたら、からかわれていただろう。
──いや、二人ならばすでに気づいて目配せのみで会話をして面白がっている頃だ。
(こんな可愛い奥さんがいて、俺は、幸せなのかもしれない。でも……)
そっと彼は彼女の頭を自分の肩に寄せてひと撫でして微笑んだ。
「もう、俺の心は君が好きすぎてドロドロなんだ。そんなところを見られたら、嫌われるかな……」
呟いたアンリの手に何か温かいものが触れる。
「──っ!!」
眠りの中をさまよう彼女は無意識で彼の手を握った。
そうしてアンリの胸に自分の顔を摺り寄せて気持ちよさそうにすやすやと寝息を立てる。
(君は、どれだけ俺の心をかき乱すの)
エリーヌの手をそっと握り返したアンリは、自分の肩で眠る彼女の額にちゅっと唇をつけた。
(他の男になんかやらない。絶対……)
まもなく日が昇ろうと、薄明るくなってきていた──
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