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第10話 その心は、まるで浮雲のように
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都の外れ、畑や田んぼも多く広がるようなそんな田舎町。
屋敷から一里ほど離れたこの場所にある小さな一軒家が、私のもう一つの家だった。
ほとんど屋敷に住み込みでいるようなものだから、ここに帰って来ることはほとんどない。
久々に帰ってきたら、町のみんなが私に嬉しそうに駆け寄ってきてくれた。
今日採れたばかりの新鮮な野菜や果物、それにちょうど新米の時期だそうでお米もと、私の腕の中にはたくさんの貰い物。
「よいしょ……」
なんとかそれを家へ持って帰り、ひとまず台所に貰い物を並べる。
今日はご飯とお味噌汁かな。
そんな風に考えながら、私は埃を払いながら掃除をしていった。
掃除を終えた時にはもう、夕刻近くになっていた。
先程炊いて置いた玄米を塩おむすびにしていく。
「あつっ!」
ほかほかのお米の感触が懐かしい。
昔、隠し里にいた時にもこの玄米のおむすびと野菜のお漬物が定番だった。
なかなかうまく握ることができなくて、何度も料理番の美代様に教えていただいたものだ。
そうして握ったおむすびをその場でかぷりとかじる。
「美味しい……」
どんな時もお腹は空くもので、この温かさが身に染みる。
白湯を一口飲むと、より体がほかほかになった。
「凛ちゃん、いるかい?」
「大家さん!」
向かいに住む大家さんが来たようで、私は急いで手を洗って戸を開けた。
「元気だったかい、凛ちゃん」
「はい。大家さんもお元気そうでなによりです」
大家さんは早くに奥様を亡くされて、一人で生活をしていた。
元々私の家には息子さん夫婦がいらっしゃったが、都に移り住むことになった時にちょうど私が家を探していたため、破格の値で貸してくださっている。
少し見ないうちにまた腰が曲がってしまったようで、大家さんがとても小さく見えた。
「田んぼの裏手にある梅がね、昨日から咲いているんだ。よかったら見に行っておいで」
「咲いたんだ、あの梅」
「ああ、五年ぶりに咲いたよ。今年は何かいい事があるんじゃないかね」
「はい、この町にとってもいい事がきっと起きますよ」
そんな会話をしていると、大家さんがじっと私の事を見て微笑んだ。
「何かあったかい、凛ちゃん」
「──っ! ううん、なんでもないよ」
大家さんは私の祖父のような人。
本当の家族と接したことがない私をいつも見守ってくれる優しい人。
そっか、なんでもお見通しだな……。
「大丈夫だ。この国は守護王と桜華姫が守ってくださる。1000年も続くこの国の安寧はお二方のおかげじゃ。きっとこの先も零様と綾芽様が守ってくださる」
「……そうだね。きっとそうだと思う」
そう言って大家さんは私の頭を一つ撫でて、去って行った。
『きっとこの先も零様と綾芽様が守ってくださる』
そうだ、私に何ができるっていうの。
目を覚ましなさい、凛。
私は目をつぶって胸に手を当てる。
零様と私は結ばれない、私の想いが届くことはない。
だからこそ、せめて大好きな彼の役に立つことをしたかった。
なのに……。
『なぜ判断を誤った?』
鋭い視線に加えて冷たい声。
きっと彼を失望させてしまったに違いない。
私はもう、あなたの役に立つ事さえも、許されないのかもしれない……。
「ふえ……ふ……ひくっ……」
私は胸を押さえながらその場にうずくまる。
「ひくっ……」
涙が止まらない──。
苦しくて苦しくて、あなたを想うたびにこの胸がぎゅっと握りつぶされるような感覚に陥る。
どうして出会ってしまったのだろうか。
どうして傍にいることを願ってしまったのだろうか。
どんどん苦しくなるこの想いは、どうしたら消えてくれますか?
あなたに会うたび嬉しくて、去っていく後ろ姿を見るのは寂しくて、そうしてもう一度会いたくなって……。
もうあなたの隣にはあの人がいるのに。
だから諦めて楽になりたいのに、どうして、どうしてこんなにも求めてしまうの。
もう、忘れよう。
この想いを断ち切って、そしてあの人の元を去ろう。
そう決意して戸を開けた。
「──っ! ……なんで……」
そこには長い黒髪と、青紫の瞳のその人が立っていた──。
屋敷から一里ほど離れたこの場所にある小さな一軒家が、私のもう一つの家だった。
ほとんど屋敷に住み込みでいるようなものだから、ここに帰って来ることはほとんどない。
久々に帰ってきたら、町のみんなが私に嬉しそうに駆け寄ってきてくれた。
今日採れたばかりの新鮮な野菜や果物、それにちょうど新米の時期だそうでお米もと、私の腕の中にはたくさんの貰い物。
「よいしょ……」
なんとかそれを家へ持って帰り、ひとまず台所に貰い物を並べる。
今日はご飯とお味噌汁かな。
そんな風に考えながら、私は埃を払いながら掃除をしていった。
掃除を終えた時にはもう、夕刻近くになっていた。
先程炊いて置いた玄米を塩おむすびにしていく。
「あつっ!」
ほかほかのお米の感触が懐かしい。
昔、隠し里にいた時にもこの玄米のおむすびと野菜のお漬物が定番だった。
なかなかうまく握ることができなくて、何度も料理番の美代様に教えていただいたものだ。
そうして握ったおむすびをその場でかぷりとかじる。
「美味しい……」
どんな時もお腹は空くもので、この温かさが身に染みる。
白湯を一口飲むと、より体がほかほかになった。
「凛ちゃん、いるかい?」
「大家さん!」
向かいに住む大家さんが来たようで、私は急いで手を洗って戸を開けた。
「元気だったかい、凛ちゃん」
「はい。大家さんもお元気そうでなによりです」
大家さんは早くに奥様を亡くされて、一人で生活をしていた。
元々私の家には息子さん夫婦がいらっしゃったが、都に移り住むことになった時にちょうど私が家を探していたため、破格の値で貸してくださっている。
少し見ないうちにまた腰が曲がってしまったようで、大家さんがとても小さく見えた。
「田んぼの裏手にある梅がね、昨日から咲いているんだ。よかったら見に行っておいで」
「咲いたんだ、あの梅」
「ああ、五年ぶりに咲いたよ。今年は何かいい事があるんじゃないかね」
「はい、この町にとってもいい事がきっと起きますよ」
そんな会話をしていると、大家さんがじっと私の事を見て微笑んだ。
「何かあったかい、凛ちゃん」
「──っ! ううん、なんでもないよ」
大家さんは私の祖父のような人。
本当の家族と接したことがない私をいつも見守ってくれる優しい人。
そっか、なんでもお見通しだな……。
「大丈夫だ。この国は守護王と桜華姫が守ってくださる。1000年も続くこの国の安寧はお二方のおかげじゃ。きっとこの先も零様と綾芽様が守ってくださる」
「……そうだね。きっとそうだと思う」
そう言って大家さんは私の頭を一つ撫でて、去って行った。
『きっとこの先も零様と綾芽様が守ってくださる』
そうだ、私に何ができるっていうの。
目を覚ましなさい、凛。
私は目をつぶって胸に手を当てる。
零様と私は結ばれない、私の想いが届くことはない。
だからこそ、せめて大好きな彼の役に立つことをしたかった。
なのに……。
『なぜ判断を誤った?』
鋭い視線に加えて冷たい声。
きっと彼を失望させてしまったに違いない。
私はもう、あなたの役に立つ事さえも、許されないのかもしれない……。
「ふえ……ふ……ひくっ……」
私は胸を押さえながらその場にうずくまる。
「ひくっ……」
涙が止まらない──。
苦しくて苦しくて、あなたを想うたびにこの胸がぎゅっと握りつぶされるような感覚に陥る。
どうして出会ってしまったのだろうか。
どうして傍にいることを願ってしまったのだろうか。
どんどん苦しくなるこの想いは、どうしたら消えてくれますか?
あなたに会うたび嬉しくて、去っていく後ろ姿を見るのは寂しくて、そうしてもう一度会いたくなって……。
もうあなたの隣にはあの人がいるのに。
だから諦めて楽になりたいのに、どうして、どうしてこんなにも求めてしまうの。
もう、忘れよう。
この想いを断ち切って、そしてあの人の元を去ろう。
そう決意して戸を開けた。
「──っ! ……なんで……」
そこには長い黒髪と、青紫の瞳のその人が立っていた──。
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