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第6話 守護王の右腕となりて

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「綾芽様、お下がりください」

 私は綾芽様を守るように膝を立てる。
 右手で綾芽様を囲うようにしながら、神経を研ぎ澄ませて気配を探った。

「綾芽様、結界への反応はございますか?」
「わずかに。妖魔は大きくはないわ」
「かしこまりました」

 綾芽様はその身を媒介にして、屋敷全体を守る結界を張っている。
 その結界に触れたということは、この屋敷にすでに侵入したということ。
 妖魔は大きさが大きいほど強い妖気を纏っている。
 だが、この中で一番やっかいなのが姿形、大きさを自由に変化することができる「妖術使い」。
 彼らは妖魔の中でもトップクラスの知能を誇り、私達を苦しめてきた。

「──っ!」

 私はそのあまりの鋭い気配に守護刀に手を当てる。

 確実にそこにいる──。

 思わず息を止めながら、ゆっくりと部屋のふすまに手をかける。
 目で綾芽様には後ろに下がるようにお願いをして、私は一気にふすまを開けた。

「──っ!!」

 その瞬間、私の首に手をかけられ、部屋の奥の壁まで一気に押さえつけられた。

「凛っ!!」

 なんとか相手のもう一方の手の攻撃を守護刀で防ぎ、相手と交戦する。
 妖魔は人型をしており、少年のような姿をしていた。

「なーんだ、止めちゃったのか」
「んぐっ……」
「凛っ!」

 綾芽様から光が放たれる。
 その光の槍を妖魔は交わすと、部屋の外へと飛び退いて私達と距離を取る。

「会いたかった、桜華姫」

 にやりと笑った彼は一気に狙いを綾芽様に絞って、距離を詰めようとした。
 素早い動きで綾芽様へと詰め寄る彼と綾芽様の間に、私は勢いよく飛び込む。

「邪魔するなよ」
「綾芽様には指一本触れさせない」

 私は守護刀を相手の首元目がけて突き刺すが、それをひらりと交わす。
 相手も妖力によって作り出した脇差ほどの刀で、こちらに攻撃を仕掛けてきた。

 普段稽古で見ているような刀の振りとは違い、彼はむやみやたらに振り回している。
 しかし、人間の体の動きや構造と異なるため、不規則かつ予想しづらい攻撃でこちらを翻弄してきた。

「ほらほらほら! 避けないと死んじゃうよっ!?」
「──っ!」

 彼の縦横無尽に展開される攻撃で、私は体にいくつかの切り傷を作ってしまう。

「凛っ!」
「綾芽様、自らのまわりに最大強度の結界をお願いします」
「でも、凛が!」
「私は大丈夫ですから!」

 綾芽様が結界を張れるのは二つのみ。
 屋敷の結界と、自身の半径5m程度の範囲の結界の二つだ。
 しかし、結界を二つ張ってしまうとそれ以外の攻撃はできなくなる。
 ──つまり、防御に徹することになってしまう。

 それでも問題ない。
 攻撃の者がいる限り、綾芽様を第一に守ることができる。

 私は守護刀を横に振って、敵との距離を保った後、助走をつけて飛んだ。
 上から振り下ろした守護刀は相手の真上から、彼に襲い掛かる。

「うっざ……! んだよ、お前みたいなんがいるなんて聞いてねえよ。隠し里へ守護王向かわせたら手薄になるんじゃなかったのか!?」
「──っ! まさか、そのために里を……」
「まあ、あっちにはすでに僕の分身の魔狐斗が行ってるけどね。どうせ、里も滅ぼし……っ!!」

 私は彼の言葉を待たずしてもう一度切りつける。
 相手の右腕を切り落とし、すかさず二段突きで追撃した。

「──っ! なんだよ、あんた」
「絶対に綾芽様を守る。それが私の役目」

 私は真正面から相手に切りかかる。

「ぐあっ!」

 仰け反った相手の視線は、私から逸らされて綾芽様に向けられた。
 相手は左手をかざして綾芽様へ攻撃を放とうとする。

 私は重心を下にすると、一気にその腕を蹴り上げた。

 綾芽様から照準がずれた相手の攻撃は、部屋の天井を突き抜ける。

「邪魔するなあああー!」
「それはできない」

 私には零様から授かった、綾芽様を守るという使命がある。
 絶対に、誰であっても彼女を傷つけることは許さない。

 私は蹴り上げた足の勢いのまま体を一回転させ、相手の心臓目掛けて一気に守護刀を突き立てた。

「ぐあああああーー!」

 苦しい声をあげた後、彼は一気に脱力してその場に倒れる。
 わずかに動かした腕も虚しく、そのまま息絶えた。
 動かなくなった彼は、そのまま煙のように消えていく。


 息を整えながら、脅威が去ったことを確認すると、私は守護刀を鞘に収める。
 その瞬間、結界を解いた綾芽様が私に駆け寄った。

「よかった……凛……」
「お怪我はございませんか?」
「あなたが守ってくれたから、大丈夫。それより、急いで手当てをしましょう」
「ご心配には及びません」

 私は胸元から貝殻を取り出す。
 手の平に収まるそれを開けると、中に塗り薬が入っている。

「それ、まだ持っていたの?」
「はい」

 この貝殻に入れられた塗り薬は、稽古で怪我が絶えなかった私に綾芽様が昔くださったもの。
 まだ成長しきっていない私は自分の体をうまく扱いきれず、怪我ばかりしていた。

『凛、これを』

 そう言って優しく差し出してくださった。
 光の反射によって色を変えるその貝殻は、綺麗でなんだか自分にはもったいなくて……。
 お守りのように大事に持っていた。

「でも、使っていないわね?」
「え……?」

 そう言って綾芽様は私からその薬を奪うと、指で取ってそれを私の頬に塗る。

「いけません、御手が汚れます!」
「怪我しているあなたに触れられない手なんて、いらないわ」

 綾芽様自らの治療をありがたく受け、零様のお戻りを待った。


 夕刻に戻られた零様を、私と綾芽様が迎えた。

「おかえりなさいませ」
「ああ」

 私は早馬で零様へ先刻の襲撃を報告したが、零様自身もすでに把握されていたようだった。

「ご無事で何よりでございます」
「里は無事だ。着いた時には屋敷を襲撃した奴の分身とやらと朱里が交戦していた」

 零様によると、やはり零様を綾芽様から引き離して襲撃をするのが目的だったそう。
 こちらの敵が言っていた情報と差異はなく、恐らくそうなのだろう。

「凛」
「はい」

 零様の呼びかけに、私は頭を下げて答える。

「隊長をやれ」
「……え?」

 予想もしなかった事を言われて、私は思わず顔をあげる。
 すると、零様は何か企みがうまくいったような、そんな顔をしていた。

「これより、霜月凛を妖魔専門護衛隊の隊長、ならび守護王の補佐役に任ずる」
「えっ!!」

 その言葉を聞いた護衛隊の皆が私と零様に向かって膝をつく。
 もう一度零様の方を見ると、なんとも満足そうな顔をなさっていた。

 その顔を見て私は全てを理解した。
 最初からこれをするために、私を隊長と守護王補佐役にするために自らが里に向かったのだ。
 功績を私にあげさせ、皆を納得させる。
 桜華姫を守った実力を以って、私に位を授けた。
 私は零様の手のひらで踊らされたというわけだ……。


 こうして綾芽様を守り、妖魔を倒した私は、守護王の右腕と呼ばれるようになった──。
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