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6.魔法の習得と武器の調達

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 灰色のレンガを積んで作られたダンジョンの壁を、魔石を利用した灯りが照らしている。
 リザードマンとの戦闘でさらに自信をつけた俺は、さらに奥へと進んだ。
 どうやら地下2階に現れるのはリザードマンとコボルトのみらしい。

 魔物を見つけたら迷わず先制攻撃。
 コボルトなら最初の投石だけで倒せた。
 投げる動作にも慣れ、命中率も上がってきている。

 リザードマンはもう少しだけ手強く、盾で防ぎながら投石をかいくぐり、剣を繰り出してくる。
 間合いを詰められるとやりにくいな。
 なんせこちらは丸腰である。

 接近された時は、魔力を込めた突きで倒すことになる。
 時折もみ合いになったり、と泥試合を展開しながらも、俺はリザードマンを3体、コボルトを5体も撃破した。
 俺の全身が薄っすらと光を放つ。

「お、これってもしかして」
「魔法を習得したみたいね。どれどれ【鑑定】」

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 レン

 レベル:25
 体力:600
 魔力:700
 攻撃:500
 防御:400
 敏捷:300
 魔法:鑑定・攻撃強化Lv.1
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 おっ! 鑑定が使えるようになってる。
 俺は目の前に浮かび上がった光る文字を食い入るように見た。
 もうひとつは【攻撃強化】か。
 ちょっと地味だけど有用そうな魔法じゃないか。

「へえ~、良い魔法を手に入れたのね。ちょっと使ってみなよ」
「えーっと……【攻撃強化】」

 言い終わるのと同時に、俺の全身が赤い光に覆われた。
 光は時折ゆらめきながら、オーラのように立ち昇っている。
 なんだコレ、かっこいいじゃねえか!

 空中に浮かび上がった文字が入れ替わっていく。
 攻撃が500から550にアップしていた。

「すげえ! ちょっと強くなってる」
「悪くないじゃない。使っていくことで魔法のレベルが上がって、効果もアップしていくわよ」

 Lv.1だから効果も一割増ってことか。
 きっと魔法レベルが上がるたびに10%ずつ効果が増していくんだな。

 いいぞ、ついに魔法が使えるようになった。
 なんだか不思議な気分だ。
 どん底スタートだったが、できることが増えていくのは楽しい。

 今なら地下3階も行けるんじゃないか?
 強くなった実感を噛みしめていたら、体の光がゆっくりと消えていった。

「あー、コレってずっと効果があるわけじゃないのか」
「魔法レベルが上がれば持続時間も長くなるわ。地道に使っていくことね」

 気を良くした俺はずんずんと突き進んでいった。
 何度か角を曲がった先にあったのは、またしても下層に続く階段だ。
 俺は迷わず階段をおりていった。

「止まって。この先になにかいるわ」

 地下3階を少し歩いたところで、エトナに呼び止められた。
 俺には何の気配も感じられない。

 しかし耳を澄ますと、かすかに何かを引きずるような音が聞こえる。
 俺は背負い袋を地面におろすと、石を握りしめた。

 やがて音の主が、薄暗いダンジョンの奥から姿を現した。
 アリのような姿をした魔物だ。
 ただ、俺よりもややデカイ。
 体が金属のような黒い甲殻に覆われている。
 口元には巨大なハサミのような顎。
 長い触覚が素早く動き、俺の気配を探っていた。

「デスアントか。今のあんたにはきついかもね。下がってなさい」
「いや、やらせてくれ」

 俺は【攻撃強化】を使い、持っていた石をデスアントの胴体めがけて投げた。
 硬いもの同士がぶつかり合う音がする。
【攻撃強化】によってより速度を増した石は、胸部のあたりに直撃して砕けた。

 ギギギ、と顎から鳴き声らしきものを漏らしながら、デスアントはのけぞった。
 複眼がじっとりと俺をとらえる。
 鎧のような甲殻を貫くことはできなかったが、【攻撃強化】によって投石の威力が上がっているのを感じる。

「硬いな。石じゃ倒しきれないか」

 俺は拳を握りしめ、ダッシュで間合いを詰めた。
 しかし、同時にデスアントの長い前足が繰り出される。
 とっさに手で頭を防御しながら、横に跳んでかわした。

 間合いが遠い。
 懐に飛び込もうにも、あの長い前足が邪魔で入れない。
 デスアントは俺の攻撃が届かない中距離から、一方的に尖った前足で突いてくる。
 まいったな、防戦一方だ。

「レン! これを使って」

 見かねたエトナが俺に短剣を投げてよこした。
 柄に青い宝石がはめこまれた、美しい短剣だ。
 鞘から解き放たれた刃は、青白く光を反射していた。

 剣は持ったことすらないが、短剣ならなんとか使えそうだ。
 サイズ自体は包丁と変わらない。

 俺は試しに、突き出されたデスアントの前足を短剣で払った。
 それほど力を入れていないにも関わらず、黒い甲殻に覆われた前足がちぎれ飛ぶ。
 切断面からどろりとした黒い液体が噴き出した。

「すごい切れ味だな。これならイケる!」

 俺は左手に短剣を持ち替えると背負い袋から石を取り出し、複眼に向かって投げつけた。
 がきん、と鈍い音が鳴る。
 ひるんだデスアントに向かって俺は一気に間合いを詰め、エトナの短剣で斜めに斬り上げた。

 巨大なデスアントの首が胴体から離れ、黒い飛沫をあげる。
【攻撃強化】によって俺の斬撃はさらに強化されていた。
 力を失ったデスアントの体がぐらりと傾き、紫色の霧になって消えていく。

「あ、あっぶねえ~。エトナありがとう、助かったよ」

 礼を言いながら、俺はあらためて短剣を見た。
 あんなに硬い甲殻を斬ったというのに、刃こぼれひとつ起こしていない。

「はいはい。もういいでしょ。早く返してよソレ」

 エトナは短剣を受け取ると、刀身を布で丁寧に拭き上げていた。
 その扱いから大切にしているのだということが伝わってくる。

「大事にしてるんだな、その短剣。なんか特別な思い出があるとか?」
「まあ……別に。何だっていいじゃない」

 短剣を腰に提げた鞘に戻すと、エトナはそっぽを向いてしまった。
 なになに、その感じ。
 昔、大切な人に貰ったとか?
 気になるなぁ。

「あんた見てるとヒヤヒヤするわ」
「おっ。それって俺のこと心配してくれてるってこと?」

「はあ!? 別にあんたがどうなろうと知ったことじゃないわよ。ただ、約束は守ってもらわないとね」
「うんうん。そういうことにしておこう」

 俺は満面の笑みでエトナを見つめる。
 ウザっとつぶやきながらも、エトナの口角はちょっとだけ上がっていた。

 安心してくれたのだろう。
 早く心配をかけないぐらいに強くなりたいモンだ。

 ちなみにデスアントはレベル30前後なんだそうだ。
 ちょっと格上だったのか。
 今の力だとちょっと厳しいな。
 俺は無理をせず、街に戻ることにした。



 しかし真っすぐに宿屋には戻らない。
 店主が『イニティで一番の品揃え』と豪語する道具店に立ち寄る。
 魔石を売却したいのもあったが、武器を調達したい。

 今回の戦いで攻撃範囲の短さを痛感したからだ。
 徒手での戦いにも限界がある。
 遠距離は投石、近距離は格闘でもよいとして、中距離で戦う方法を用意すべきだな。

「ほう、なかなか良い魔石だな。数もある。これならそうだな。7万ゴルドで買い取るよ」

 てかりのあるスキンヘッド。
 口と顎に生えたヒゲはつながっていた。
 道具店の主ロダンはごつい体格に似つかわしくない、丁寧な手つきで魔石をじっくりと品定めしている。

 7万ゴルドは俺が元いた世界で言うところの7万円とほぼ同等の価値があるようだ。
 命がけとはいえ、タダで手に入った魔石が金色のコイン7枚になった。

「おやっさん、予算内で買える初心者にもおすすめの武器ってないかな?」
「ん? そうだな、扱いやすいのは棍棒だな」

 ロダンは壁にかかっている褐色の棒を指さした。
 持ち手と反対側の先端には、重たそうな金属製のパーツが付いている。

 なるほど。
 これで力任せにぶん殴るのか。
 シンプルだけど威力はありそうだ。

「棍棒だとちょっと短いんじゃないの」

 エトナは壁にかかった槍を見ている。
 棍棒の長さは70センチぐらいだろうか。
 確かにもう少しリーチが欲しい。

「その短槍も扱いやすいぜ。突いてよし、投げてよしだ」

 ロダンがエトナの視線を追いながら言った。
 壁にかけられた槍の長さは120センチほど。
 時代劇なんかで見たことがある槍よりは短いな。
 これなら片手で扱えそうだ。
 俺は短槍を手に取り、軽く振ってみた。

「全部金属で出来ているから重いだろ。だがその分威力はあるぜ。5万ゴルドだ」

 重かったのか、これ。
 今の俺は重たさとか感じないんだよなぁ。
 しかし長さは理想的だ。

 両手に持ってまっすぐ突くだけなら俺にもできそうだし。
 よし、購入決定。

 今日はレベルアップに魔法の習得、武器まで手にいれることができた。
 鎧の体にも慣れてきたし、できることが少しずつ増えていくのは楽しい。

 自分の身体を取り戻すという目標に、一歩ずつ近づいているのを感じる。
 異世界に来て俺はやっと、自分の努力とその成果に向き合えた気がした。
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