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やっぱり、君を愛してる
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「やめてください…っ。塚田先生っ」
長濱怜は、声を抑えながら目の前の男を睨み付けた。
「ダメだよ。そんな目をしたら、逆効果だ」
女子生徒から圧倒的な人気を誇る塚田が、イヤらしい笑みを浮かべる。ここは、近隣でも評判がいい進学塾。だが、使われていない教室では、かつてないピンチが怜を襲っていた。
「長濱がいけないんだよ?ボクの告白を何度も断るから…」
塚田の言葉に、怜は怒りがこみ上げてきた。
「付き合う気はないと、何度も言ったはずだっ」
怜の言葉に、塚田が不思議そうに首を傾げる。
「なぜ?ボクが男だからじゃないよね?」
塚田の質問に、怜は無言を貫いた。実は、2人はかつて同じ大学に通っていた。その時、怜には同性の恋人がいたのだ。塚田はそれを知っていて関係を迫ってきた。
「ボク、男で興奮したのは長濱が初めてなんだよね」
塚田の息がハァハァと上がっていく。押し付けられた下半身に、怜は嫌悪感が込み上げてきた。そんな怜の反応に、塚田は瞳をスッと細める。
「皆には、知られたくないよね?」
脅しのような言葉と共に、塚田の指がファスナーにかかる。
「やめ…っ」
床に押し倒され、シャツが破かれる。怜は、泣きそうな表情で首を左右に振った。
「そそるなぁ。その表情」
塚田の指がとうとうファスナーを下げる。
「大きな声は出さない方がいいよ。誰かに見られて困るのは、そっちなんだから」
下半身をまさぐりながら囁かれ、怜はとっさに唇を噛んだ。教室の外では、子供達の笑い声が聞こえる。もしこんな姿を見られたらと思うと、自然と怜の身体から力が抜けた。ほんの少しだけ我慢すればいい。そうすれば、塚田も満足するだろう。怜は、床に大の字になった。
「それで良い。すぐに終わるから、ね?」
何が「ね?」なんだと、怜は心の中で塚田を罵倒し続けた。塚田の唇が、顎から頬へ、そして唇へと移動してくる。ゾワゾワッとした悪寒が背筋を駆け上がってくる。
(こんな奴に、身体を好きにされるなんて…っ)
悔しくて悔しくて、怜の瞳から涙が溢れた。その時、いきなりドアが開いた。シルエットで誰かはわからないが、とてもスタイルがいい人物だった。
「その手を離せ」
低くて艶のある声と同時に、涼し気な目元をした青年が近づいてくる。そして、塚田の腕を軽く捻り怜から引き剥がした。その顔に、怜は大きく目を見張る。
(まさか…)
青年の顔に、あどけない笑顔が重なる。この10年、忘れた事がない笑顔。
緊張感が途切れたためか、怜の意識が次第に遠のいていく。
「先生っ。しっかりして、先生っ」
青年の声が聞こえ、身体がフワッと浮き上がる感覚がした。間近に、心配そうな青年の顔が近づく。
(本当に、航希なのか?)
そう聞こうとして、怜は意識を完全に飛ばした。
「・・・ん」
目を開けると、見覚えのある天井が見えた。ここは、塾の更衣室だ。塚田に連れ込まれた事や、無理やり身体を開かされそうになった事は全て夢に思えた。だが、破れたシャツが怜に真実だと教えてくれる。怜が身体を起こすと、すぐに水が差し出される。
「大丈夫?先生」
自分を心配そうに見つめてくる青年の、その右耳のホクロに心が騒ぐ。
「航希、だよね?」
聞けば、航希が嬉しそうに頷いた。
「覚えていてくれたんだ。先生」
強く抱き締められ、怜はオズオズとその背中に腕を回した。かつて、怜は許されない恋をした。
村瀬航希と会ったのは、10年前の事だった。当時、怜は24歳で塾講師をしていた。そこに、小学校6年生の航希が現れた。12歳にしては背が高くて、並ぶと怜の方が低いほどだった。
「先生。今度の休み、ゲーセン行こうぜ」
生徒のなかでも、航希は怜によく懐いてくれた。気がつくと、いつも側にいてニコニコ笑っていた。最初は面倒だと思っていた怜だが、いつしか航希がいるのが当たり前になっていた。
「今日、先生の家に泊めてくんない?」
航希の母親が再婚し、航希は義父と度々衝突していた。怜は、そんな彼の境遇を心配して時々自宅に泊めたりしていた。だが、ある時に気がついてしまった。航希をかわいいと思う気持ちが、恋愛感情から来ている事に。小学校6年生を相手に、だ。
(そんな、まさか…)
ちょうど彼氏と別れたばかりだった事から、怜は航希への気持ちは一時の気の迷いだと思っていたのだ。無邪気に自分に懐いてくれるから、つい勘違いしたのだと。怜は、できるだけ航希と距離を置くようにした。話しかけられても邪険にしたし、会いたいと言われても適当に断っていた。全ては、航希を守るためだった。だが、そんなある日。泣きそうな顔をして、航希が怜の部屋を訪ねてきた。
「先生。なんで俺の事避けるの?」
まっすぐ見つめてくる瞳に、怜は視線を外す事が出来なくなった。笑って誤魔化そうとしたが、それさえ出来ない雰囲気だった。
「避けてなんかいないよ」
「嘘だっ。急によそよそしくなって、目も合わせてくれないっ」
泣きそうな顔で航希が訴えてくる。図体ばかりデカくても、中身はまだまだ子供なのだ。航希が、ギュッと怜にしがみついてくる。その強さに、怜はドキリとした。ほんの一瞬だけ、航希に抱かれる自分を想像してしまったのだ。
「は、離しなさいっ」
慌てて離れようとしたら、グイッとネクタイが引かれる。バランスを崩した状態で、怜は航希とキスをした。柔らかな唇を、しっかりと堪能してしまった。どれぐらい唇を重ねていたのか、先に離したのは航希だった。
「僕、先生が好きなんだ。男の人だってわかってるけど、好きなんだ」
それは、幼いながらも誠実な告白だった。怜は、離れようとする航希の肩を掴むと自分からキスをした。許されないと知りながら、小学生相手に本気の恋をした。
だが、怜にだって理性はある。キス以上の事はしなかった。航希は不満そうだったが、健全な交際は続いた。
「航希が大人になったら、僕の全部をあげるよ」
キス以上の行為を求める航希を、怜は子供騙しのような言葉で誤魔化した。
2人は、誰にも知られないように恋をした。デートをしたり、時々キスを交わした。だが、次第に怜はこのままではいけないという気持ちになった。未来ある航希を、自分との恋愛でダメにしてはならないと。そんな時に、航希の両親がカナダに移住する事を決めた。
「先生。待っていてくれる?」
すがるような航希の言葉を、怜は全身で拒絶した。
「待てるわけがないだろ。オママゴトは終わりだ」
冷たく言い放てば、航希が唖然とした表情をした。そして、泣きながら走り去っていった。とっさに追いかけたくなる気持ちをグッと堪えた。これでいい。これが航希のためだと、怜は何度も言い聞かせた。
翌日。航希は父親の仕事でインドネシアへと旅立った。怜の心に、甘い恋の痛みだけを残して・・・。
「あれから、10年も経ったんだね」
面影を残しながらも、航希はすっかり大人の男性になっていた。航希は、怜の手を取るとその甲に唇を押し当てた。ゾクリと怜の背筋に震えが走る。それは、紛れもない欲望だった。
「早く大人になりたかった。対等に見てもらえる大人に…」
航希の顔が近づいてくる。咄嗟に怜が瞳を閉じると、唇がそっと重ねられた。あの日と同じ感触。柔らかく、しっとりしている。まるで、ジクソーパズルのピースが合うような感覚だった。昔と違うのは、ただ触れるだけではなかったという事だ。ヌルッとした感触と同時に、航希の舌が口の中をかき回していく。息継ぎさえ出来ない激しいキスに、怜哉は頬を赤く染めた。
「どこで覚えたんだ?こんなキス」
「先生とキスするイメトレ、ずっとしてたんだ」
ハァハァと喘ぐ怜哉に、航希が笑ってウィンクする。そのいたずらっ子のような瞳は、あの頃のままだった。
「父さんや母さんは反対したけど、どうしても先生に会いたかった。だから、帰ってきたんだ」
再び重ねられた唇に、怜は目を閉じた。自分を抱き締める逞しい腕の強さに、怜は黙って身を任せた。この10年。彼への恋心は変わらなかった。
あの頃は、小学生相手に心を揺らした自分を恥じた。だが、航希を拒絶してしまったあの日。怜は激しい後悔に襲われた。伸ばされた指を掴めば良かったと思ってしまった。掴んで、彼の想いを受け止めれば良かったと…。新しい彼氏を作る事さえ出来ないぐらい、怜は航希の事が好きだった。
「は、離しなさいっ。航希」
ハッと我に返った怜が、慌てて航希の身体を押し退ける。ここは塾の更衣室。誰が入ってくるかわからない。
「どうして、俺から逃げたの?」
航希の声が微かに沈む。
「俺がインドネシアに行った後、すぐに引っ越したんだよね?電話番号も変えていた」
「それは…っ」
航希は離れようとする怜を容易く捕まえると、強引にキスしてきた。怜は、ダメだとわかっていてもそのキスに夢中になった。気がつくと、航希の背中に腕を回して怜は自分から舌を差し出していた。舌が絡み合う音が、やけに大きく聞こえた。
「考えたんだ。なんで先生が僕から逃げたのか」
ゆっくりとネクタイが外される。抵抗しようとしても、腕に力が入らない。
「もしかして、先生も僕の事が好きだったんじゃないかって…」
航希の手がファスナーを下ろしても、怜哉はもう拒絶しなかった。指が中に入り込み、大事な部分を弄られても嫌ではなかった。塚田にされた時とは大違いだ。もっと触れて欲しい。もっと、もっと…。怜は、自分の欲望から目を逸らす事を止めた。
「先生?」
抵抗しない怜に、航希の方が戸惑いの瞳を向ける。怜は自分からキスをすると、航希の下半身に指を伸ばした。同じように触れれば、あっという間に体積が増す。
「航希とのキスが、忘れられなかった」
告白は、航希の唇の中へと消えた。互いに、言葉にできない感情を身体で教えあった。ほぼ同時に2人は達する。
「続きは、夜ね」
チュッと航希の頬にキスをし、怜は身体を離した。背中を向ければ、すかさず航希の腕が回る。
「嘘みたい。先生と、両想いになるなんて…」
微かに震える腕に、怜は胸が熱くなった。10年離れていた事さえ信じられないぐらい、2人の心の距離は近かった。
そして、その夜。怜の部屋で2人は1つになった。
「先生と、繋がってるんだね」
ギシッ、ギシッとベッドが軋む。怜は、奥を突いてくる航希の逞しさに喘ぎ、夢中でその背に爪を立てた。
「あっ。そんなに、強くしたら…っ、あっ、壊れちゃう…っ」
限界まで広げられた蕾からは、ダラダラと航希の放ったものが流れてくる。
「ごめん。嬉しくて、嬉しくて。止まんない…っ」
「ああ…っ」
怜は、航希の欲望の証を全て受け止めた。だが、離れていた間を埋めるにはまだまだ足りなかった。航希の腰が動くのを合図に、再び2人は交わった。
航希との交際は順調だった。海外の有名大学を飛び級で卒業した航希は、塾でも特別な存在だった。
「航希なら、もっといい働き場所があったんじゃないか?」
「先生と同じ場所で働きたかったんだ」
短絡的な考え方はどこか子供っぽくて、怜はつい笑ってしまった。
「でも、塾内では言動に気をつけろよ」
「たとえば?」
怜の髪をかきあげて、航希がキスしてくる。その顔を、怜は慌てて押し退けた。
「そういう事だよ」
不満そうに唇を尖らせる航希を、怜がキッと睨む。
「塾では、先輩後輩という関係を守るんだ。特に、塚田にバレたら大変だ」
「…あのヘンタイね」
航希は、苦々しそうに唇を噛み締めた。塚田は、あれ以来何もしてこない。それがかえって怜には不気味に感じた。
航希の将来のために、怜はできるだけ距離を置いた。だが、それが裏目に出たらしい。
「長濱先生。村瀬先生を意識してますよね」
昼休み。塚田がニヤニヤしながら聞いてくる。昔から、塚田の語尾が気にくわなかった。
「一体、どんな関係なんですか?」
「別に。関係なんてありませんよ。大体、あの日の事を言われて困るのはあなたでしょう?」
冷たく言えば、クッと塚田が笑う。
「キスマークぐらい、気をつけろよ」
襟元を広げられ、怜は慌てて塚田を突き飛ばした。視線が一気に集中する。感情的になればなるほど、相手の思うツボだという事を怜は失念していた。塚田が楽しそうに笑う。
「やっぱり、アイツと付き合ってんだ。あんな若い男と…」
怜にしか聞こえない声で塚田が囁く。
塚田は、顔色を失くした怜哉を楽しそうに見下ろした。そこに、満面笑顔の航希が入ってくる。
「塚田先生。探しましたよ」
航希の声に、塚田が訝しそうに顔を上げる。航希がスマホを塚田に見せた。途端に、塚田の顔が青くなる。
「甘いんだよ。あんた」
航希は、数枚の写真を塚田に見せた。みるみる塚田の顔色が悪くなっていく。
「な、なぜこの写真を…っ」
「大人しくていた方が、身のためだぜ」
怜には、航希が何をしているのかサッパリわからなかった。声も小さく、何を言っているのかさえはっきりとは聞こえない。ただ、塚田が青ざめたり戸惑っているのはわかった。やがて、塚田がフラフラと部屋から出ていく。
「彼に、何をしたんだ?」
帰り道。航希の部屋に寄った怜は、気になって聞いてみた。すると、航希がスマホを見せてくれる。そこには、塚田が妻や子供と遊んでいる姿が写っている。怜哉を脅した人物とは思えない、穏やかで優しい笑顔だ。
「結婚、してたんだ」
独身だと言っていた事を思い出し、怜が呆れたような声を出す。
「実はさ、この塾に塚田の愛人がいるんだ。彼女からのリーク」
「愛人?」
「そ。高三のね」
違う写真には、制服姿の少女と塚田が寄り添って写っていた。後ろには、ラブホテルのベッド。
怜は、もはや声さえ出なかった。
「ああいう奴は、絶対にまた何か仕掛けてくる。だから、こっちも切り札は持たなきゃね」
抱き締められ、髪に何度もキスをされる。だが、怜は航希の腕から抜け出した。
「…先生?」
「やっぱり、無理だ。この先、もしこの関係を誰かに知られたら…」
離れようとする怜を、航希の腕が阻止する。抱き締められ、額にキスされた。
「先生。そんな事が怖かったら、そもそも告白なんてしてない」
「…航希」
「小学生の時から、覚悟していたよ。誰に何を言われても、先生を離さないって」
気がつくと、怜は泣いていた。あの日、諦めてしまった恋。でも、諦める事なんかなかった。互いの想いが通じていれば、それでいいのだ。
航希の唇に、怜は全てを委ねた。
長濱怜は、声を抑えながら目の前の男を睨み付けた。
「ダメだよ。そんな目をしたら、逆効果だ」
女子生徒から圧倒的な人気を誇る塚田が、イヤらしい笑みを浮かべる。ここは、近隣でも評判がいい進学塾。だが、使われていない教室では、かつてないピンチが怜を襲っていた。
「長濱がいけないんだよ?ボクの告白を何度も断るから…」
塚田の言葉に、怜は怒りがこみ上げてきた。
「付き合う気はないと、何度も言ったはずだっ」
怜の言葉に、塚田が不思議そうに首を傾げる。
「なぜ?ボクが男だからじゃないよね?」
塚田の質問に、怜は無言を貫いた。実は、2人はかつて同じ大学に通っていた。その時、怜には同性の恋人がいたのだ。塚田はそれを知っていて関係を迫ってきた。
「ボク、男で興奮したのは長濱が初めてなんだよね」
塚田の息がハァハァと上がっていく。押し付けられた下半身に、怜は嫌悪感が込み上げてきた。そんな怜の反応に、塚田は瞳をスッと細める。
「皆には、知られたくないよね?」
脅しのような言葉と共に、塚田の指がファスナーにかかる。
「やめ…っ」
床に押し倒され、シャツが破かれる。怜は、泣きそうな表情で首を左右に振った。
「そそるなぁ。その表情」
塚田の指がとうとうファスナーを下げる。
「大きな声は出さない方がいいよ。誰かに見られて困るのは、そっちなんだから」
下半身をまさぐりながら囁かれ、怜はとっさに唇を噛んだ。教室の外では、子供達の笑い声が聞こえる。もしこんな姿を見られたらと思うと、自然と怜の身体から力が抜けた。ほんの少しだけ我慢すればいい。そうすれば、塚田も満足するだろう。怜は、床に大の字になった。
「それで良い。すぐに終わるから、ね?」
何が「ね?」なんだと、怜は心の中で塚田を罵倒し続けた。塚田の唇が、顎から頬へ、そして唇へと移動してくる。ゾワゾワッとした悪寒が背筋を駆け上がってくる。
(こんな奴に、身体を好きにされるなんて…っ)
悔しくて悔しくて、怜の瞳から涙が溢れた。その時、いきなりドアが開いた。シルエットで誰かはわからないが、とてもスタイルがいい人物だった。
「その手を離せ」
低くて艶のある声と同時に、涼し気な目元をした青年が近づいてくる。そして、塚田の腕を軽く捻り怜から引き剥がした。その顔に、怜は大きく目を見張る。
(まさか…)
青年の顔に、あどけない笑顔が重なる。この10年、忘れた事がない笑顔。
緊張感が途切れたためか、怜の意識が次第に遠のいていく。
「先生っ。しっかりして、先生っ」
青年の声が聞こえ、身体がフワッと浮き上がる感覚がした。間近に、心配そうな青年の顔が近づく。
(本当に、航希なのか?)
そう聞こうとして、怜は意識を完全に飛ばした。
「・・・ん」
目を開けると、見覚えのある天井が見えた。ここは、塾の更衣室だ。塚田に連れ込まれた事や、無理やり身体を開かされそうになった事は全て夢に思えた。だが、破れたシャツが怜に真実だと教えてくれる。怜が身体を起こすと、すぐに水が差し出される。
「大丈夫?先生」
自分を心配そうに見つめてくる青年の、その右耳のホクロに心が騒ぐ。
「航希、だよね?」
聞けば、航希が嬉しそうに頷いた。
「覚えていてくれたんだ。先生」
強く抱き締められ、怜はオズオズとその背中に腕を回した。かつて、怜は許されない恋をした。
村瀬航希と会ったのは、10年前の事だった。当時、怜は24歳で塾講師をしていた。そこに、小学校6年生の航希が現れた。12歳にしては背が高くて、並ぶと怜の方が低いほどだった。
「先生。今度の休み、ゲーセン行こうぜ」
生徒のなかでも、航希は怜によく懐いてくれた。気がつくと、いつも側にいてニコニコ笑っていた。最初は面倒だと思っていた怜だが、いつしか航希がいるのが当たり前になっていた。
「今日、先生の家に泊めてくんない?」
航希の母親が再婚し、航希は義父と度々衝突していた。怜は、そんな彼の境遇を心配して時々自宅に泊めたりしていた。だが、ある時に気がついてしまった。航希をかわいいと思う気持ちが、恋愛感情から来ている事に。小学校6年生を相手に、だ。
(そんな、まさか…)
ちょうど彼氏と別れたばかりだった事から、怜は航希への気持ちは一時の気の迷いだと思っていたのだ。無邪気に自分に懐いてくれるから、つい勘違いしたのだと。怜は、できるだけ航希と距離を置くようにした。話しかけられても邪険にしたし、会いたいと言われても適当に断っていた。全ては、航希を守るためだった。だが、そんなある日。泣きそうな顔をして、航希が怜の部屋を訪ねてきた。
「先生。なんで俺の事避けるの?」
まっすぐ見つめてくる瞳に、怜は視線を外す事が出来なくなった。笑って誤魔化そうとしたが、それさえ出来ない雰囲気だった。
「避けてなんかいないよ」
「嘘だっ。急によそよそしくなって、目も合わせてくれないっ」
泣きそうな顔で航希が訴えてくる。図体ばかりデカくても、中身はまだまだ子供なのだ。航希が、ギュッと怜にしがみついてくる。その強さに、怜はドキリとした。ほんの一瞬だけ、航希に抱かれる自分を想像してしまったのだ。
「は、離しなさいっ」
慌てて離れようとしたら、グイッとネクタイが引かれる。バランスを崩した状態で、怜は航希とキスをした。柔らかな唇を、しっかりと堪能してしまった。どれぐらい唇を重ねていたのか、先に離したのは航希だった。
「僕、先生が好きなんだ。男の人だってわかってるけど、好きなんだ」
それは、幼いながらも誠実な告白だった。怜は、離れようとする航希の肩を掴むと自分からキスをした。許されないと知りながら、小学生相手に本気の恋をした。
だが、怜にだって理性はある。キス以上の事はしなかった。航希は不満そうだったが、健全な交際は続いた。
「航希が大人になったら、僕の全部をあげるよ」
キス以上の行為を求める航希を、怜は子供騙しのような言葉で誤魔化した。
2人は、誰にも知られないように恋をした。デートをしたり、時々キスを交わした。だが、次第に怜はこのままではいけないという気持ちになった。未来ある航希を、自分との恋愛でダメにしてはならないと。そんな時に、航希の両親がカナダに移住する事を決めた。
「先生。待っていてくれる?」
すがるような航希の言葉を、怜は全身で拒絶した。
「待てるわけがないだろ。オママゴトは終わりだ」
冷たく言い放てば、航希が唖然とした表情をした。そして、泣きながら走り去っていった。とっさに追いかけたくなる気持ちをグッと堪えた。これでいい。これが航希のためだと、怜は何度も言い聞かせた。
翌日。航希は父親の仕事でインドネシアへと旅立った。怜の心に、甘い恋の痛みだけを残して・・・。
「あれから、10年も経ったんだね」
面影を残しながらも、航希はすっかり大人の男性になっていた。航希は、怜の手を取るとその甲に唇を押し当てた。ゾクリと怜の背筋に震えが走る。それは、紛れもない欲望だった。
「早く大人になりたかった。対等に見てもらえる大人に…」
航希の顔が近づいてくる。咄嗟に怜が瞳を閉じると、唇がそっと重ねられた。あの日と同じ感触。柔らかく、しっとりしている。まるで、ジクソーパズルのピースが合うような感覚だった。昔と違うのは、ただ触れるだけではなかったという事だ。ヌルッとした感触と同時に、航希の舌が口の中をかき回していく。息継ぎさえ出来ない激しいキスに、怜哉は頬を赤く染めた。
「どこで覚えたんだ?こんなキス」
「先生とキスするイメトレ、ずっとしてたんだ」
ハァハァと喘ぐ怜哉に、航希が笑ってウィンクする。そのいたずらっ子のような瞳は、あの頃のままだった。
「父さんや母さんは反対したけど、どうしても先生に会いたかった。だから、帰ってきたんだ」
再び重ねられた唇に、怜は目を閉じた。自分を抱き締める逞しい腕の強さに、怜は黙って身を任せた。この10年。彼への恋心は変わらなかった。
あの頃は、小学生相手に心を揺らした自分を恥じた。だが、航希を拒絶してしまったあの日。怜は激しい後悔に襲われた。伸ばされた指を掴めば良かったと思ってしまった。掴んで、彼の想いを受け止めれば良かったと…。新しい彼氏を作る事さえ出来ないぐらい、怜は航希の事が好きだった。
「は、離しなさいっ。航希」
ハッと我に返った怜が、慌てて航希の身体を押し退ける。ここは塾の更衣室。誰が入ってくるかわからない。
「どうして、俺から逃げたの?」
航希の声が微かに沈む。
「俺がインドネシアに行った後、すぐに引っ越したんだよね?電話番号も変えていた」
「それは…っ」
航希は離れようとする怜を容易く捕まえると、強引にキスしてきた。怜は、ダメだとわかっていてもそのキスに夢中になった。気がつくと、航希の背中に腕を回して怜は自分から舌を差し出していた。舌が絡み合う音が、やけに大きく聞こえた。
「考えたんだ。なんで先生が僕から逃げたのか」
ゆっくりとネクタイが外される。抵抗しようとしても、腕に力が入らない。
「もしかして、先生も僕の事が好きだったんじゃないかって…」
航希の手がファスナーを下ろしても、怜哉はもう拒絶しなかった。指が中に入り込み、大事な部分を弄られても嫌ではなかった。塚田にされた時とは大違いだ。もっと触れて欲しい。もっと、もっと…。怜は、自分の欲望から目を逸らす事を止めた。
「先生?」
抵抗しない怜に、航希の方が戸惑いの瞳を向ける。怜は自分からキスをすると、航希の下半身に指を伸ばした。同じように触れれば、あっという間に体積が増す。
「航希とのキスが、忘れられなかった」
告白は、航希の唇の中へと消えた。互いに、言葉にできない感情を身体で教えあった。ほぼ同時に2人は達する。
「続きは、夜ね」
チュッと航希の頬にキスをし、怜は身体を離した。背中を向ければ、すかさず航希の腕が回る。
「嘘みたい。先生と、両想いになるなんて…」
微かに震える腕に、怜は胸が熱くなった。10年離れていた事さえ信じられないぐらい、2人の心の距離は近かった。
そして、その夜。怜の部屋で2人は1つになった。
「先生と、繋がってるんだね」
ギシッ、ギシッとベッドが軋む。怜は、奥を突いてくる航希の逞しさに喘ぎ、夢中でその背に爪を立てた。
「あっ。そんなに、強くしたら…っ、あっ、壊れちゃう…っ」
限界まで広げられた蕾からは、ダラダラと航希の放ったものが流れてくる。
「ごめん。嬉しくて、嬉しくて。止まんない…っ」
「ああ…っ」
怜は、航希の欲望の証を全て受け止めた。だが、離れていた間を埋めるにはまだまだ足りなかった。航希の腰が動くのを合図に、再び2人は交わった。
航希との交際は順調だった。海外の有名大学を飛び級で卒業した航希は、塾でも特別な存在だった。
「航希なら、もっといい働き場所があったんじゃないか?」
「先生と同じ場所で働きたかったんだ」
短絡的な考え方はどこか子供っぽくて、怜はつい笑ってしまった。
「でも、塾内では言動に気をつけろよ」
「たとえば?」
怜の髪をかきあげて、航希がキスしてくる。その顔を、怜は慌てて押し退けた。
「そういう事だよ」
不満そうに唇を尖らせる航希を、怜がキッと睨む。
「塾では、先輩後輩という関係を守るんだ。特に、塚田にバレたら大変だ」
「…あのヘンタイね」
航希は、苦々しそうに唇を噛み締めた。塚田は、あれ以来何もしてこない。それがかえって怜には不気味に感じた。
航希の将来のために、怜はできるだけ距離を置いた。だが、それが裏目に出たらしい。
「長濱先生。村瀬先生を意識してますよね」
昼休み。塚田がニヤニヤしながら聞いてくる。昔から、塚田の語尾が気にくわなかった。
「一体、どんな関係なんですか?」
「別に。関係なんてありませんよ。大体、あの日の事を言われて困るのはあなたでしょう?」
冷たく言えば、クッと塚田が笑う。
「キスマークぐらい、気をつけろよ」
襟元を広げられ、怜は慌てて塚田を突き飛ばした。視線が一気に集中する。感情的になればなるほど、相手の思うツボだという事を怜は失念していた。塚田が楽しそうに笑う。
「やっぱり、アイツと付き合ってんだ。あんな若い男と…」
怜にしか聞こえない声で塚田が囁く。
塚田は、顔色を失くした怜哉を楽しそうに見下ろした。そこに、満面笑顔の航希が入ってくる。
「塚田先生。探しましたよ」
航希の声に、塚田が訝しそうに顔を上げる。航希がスマホを塚田に見せた。途端に、塚田の顔が青くなる。
「甘いんだよ。あんた」
航希は、数枚の写真を塚田に見せた。みるみる塚田の顔色が悪くなっていく。
「な、なぜこの写真を…っ」
「大人しくていた方が、身のためだぜ」
怜には、航希が何をしているのかサッパリわからなかった。声も小さく、何を言っているのかさえはっきりとは聞こえない。ただ、塚田が青ざめたり戸惑っているのはわかった。やがて、塚田がフラフラと部屋から出ていく。
「彼に、何をしたんだ?」
帰り道。航希の部屋に寄った怜は、気になって聞いてみた。すると、航希がスマホを見せてくれる。そこには、塚田が妻や子供と遊んでいる姿が写っている。怜哉を脅した人物とは思えない、穏やかで優しい笑顔だ。
「結婚、してたんだ」
独身だと言っていた事を思い出し、怜が呆れたような声を出す。
「実はさ、この塾に塚田の愛人がいるんだ。彼女からのリーク」
「愛人?」
「そ。高三のね」
違う写真には、制服姿の少女と塚田が寄り添って写っていた。後ろには、ラブホテルのベッド。
怜は、もはや声さえ出なかった。
「ああいう奴は、絶対にまた何か仕掛けてくる。だから、こっちも切り札は持たなきゃね」
抱き締められ、髪に何度もキスをされる。だが、怜は航希の腕から抜け出した。
「…先生?」
「やっぱり、無理だ。この先、もしこの関係を誰かに知られたら…」
離れようとする怜を、航希の腕が阻止する。抱き締められ、額にキスされた。
「先生。そんな事が怖かったら、そもそも告白なんてしてない」
「…航希」
「小学生の時から、覚悟していたよ。誰に何を言われても、先生を離さないって」
気がつくと、怜は泣いていた。あの日、諦めてしまった恋。でも、諦める事なんかなかった。互いの想いが通じていれば、それでいいのだ。
航希の唇に、怜は全てを委ねた。
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そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない
すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。
実の親子による禁断の関係です。
禁断の祈祷室
土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。
アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。
それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。
救済のために神は神官を抱くのか。
それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。
神×神官の許された神秘的な夜の話。
※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
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