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第二章

嫉妬と快楽

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明広が大学に着いたのは、和広よりも1時間近く後だった。
(なんで起こさねぇんだよっ)
もぬけの殻となったベッドを見た時には、言葉にならないほど寂しかった。おまけに母親から今日は上野教授の手伝いをすると言われ、明広は朝食もとらずに飛び出した。
(最初から気に入らなかったんだっ)
大学の入学式。和広が廊下で1人の男にぶつかった。上野智明。テレビで何度か顔は見ている。50代にしては若々しく、元モデルだけあってスタイルもいい。柔和な笑顔には、人の警戒心を解く不思議な魅力があった。得意なジャンルは写実画。主に風景や植物を手掛けている。美人アナウンサーと結婚し、二児の父だ。どこからも隙がないぶん、要注意なのだ。
(ああいう奴に限ってムッツリスケベなんだ。今頃、カズが…)
廊下を何度か曲がり、上野が殆ど私物化している美術準備室の扉を勢いよく開けた。
「カズッ」
中へ飛び込めば、和広と上野が同時に振り向く。机には大量のプリントと修正テープ。
「アキ。どうしたの?」
和広が不思議そうに、だがどこか嬉しそうに聞いてくる。その様子は普段と何ら変わりはなかった。明広は思わずホッと溜め息をこぼす。てっきり、誰もいない教室で和広がセクハラまがいの事をされているのではと思ったのだ。
「君が明広くんか。和広くんから話しは聞いてるよ」
爽やかな見本のような笑顔を浮かべて、上野が明広を見る。馴れ馴れしく「くん」付けで呼んできたのが、なんともいけすかない。明広は失礼とは思ったが、会釈程度にとどめた。
「今度、絵画サークルでイベントを開くんだ。和広くんには、パンフレットの修正を頼んだんだ」
「なんでカズだけなんですか?他にも生徒はいるでしょ」
「アキッ。先輩達は制作作業で忙しいんだ。新入生は僕しかいないんだからしょうがないだろ」
和広が上野をかばうような発言をする。明広の眉間にムッとシワが寄った。
「悪いとは思ってるんだ。だが、どうしても今回のイベントは成功させたくてね」
上野の言葉自体には、下心は感じられない。もしかしたら、自分の思い過ごしかと明広も考えを改めた。
「だったらオレも手伝う」
明広は憮然とした表情で、和広の手からプリントを奪い取った。
「性格は正反対なんだね」
クスクス笑いながら上野が言う。明広の前で、和広が楽しそうに上野と談笑する。人嫌いとまではいかないものの、友人の少ない和広に上野はかなり信頼されていた。明広としては、かなりヤバイ状態だ。
「なかなか器用だね」
和広がパンフレットを持って隣室に入ると、ここぞとばかりに上野が話しかけてきた。
「双子を見るのは、実は初めてなんだよ」
「あ、そう。オレ達の見分けつく?」
明広が挑発的な視線を向けると、上野がフフッと微笑んだ。そして、和広には聞こえないようにスッと唇を明広の耳に近づけた。
「顔も声もそっくりだから、わからないな。もしかしたら、君の背中にもホクロがあるの?」
その瞬間の上野の声は、先ほどまでとは別人のようだった。誠実な仮面が剥がれ、貪欲な素顔が顔を出す。明広は嫉妬と怒りでどうにかなってしまいそうだった。
帰宅後。明広は和広を激しく責めた。
「なんでアイツが、カズのホクロの事を知ってんだよっ」
「そんなの知らないよっ」
両親でさえ、見ただけでは2人の見分けがつかない。丸顔に大きな瞳。栗色の髪はどちらもショート。唯一の違いは、分け目がないのが和広。分け目があるのが明広。これぐらいなのだ。だが、2人しか知らない見分け方が1つだけある。それは、背中のホクロだ。和広の背中のほぼ真ん中に、2つ並んだホクロがある。誰も知らないそのホクロを、上野は知っていた。
「アイツとなんかあったんだろ」
明広の瞳がギリッと細められる。和広は反射的にビクッと肩を竦めた。その反応が、猜疑心に満ちた明広には何かを隠しているように見えたのだ。
「ある訳ないじゃないかっ。上野先生は立派な芸術家なんだよっ。アキこそ、変な事言うなっ」
「…オレより、アイツが大事なのか?」
明広の、怒っているような泣いているような声に和広はハッとした。
「と、とにかく。僕と先生の間には何もないよっ」
和広としては、なんとかその誤解だけは解きたかった。
「じゃあ。証明してみせろ」
「え?」
「脱げよ」
明広は和広の腕を掴むと、浴室へと直行した。父親は仕事でまだ帰らない。そして、母親は友人と外出中で夜まで帰らない。つまり、家の中には2人っきりなのだ。
「やだっ。やめてよっ、アキッ」
洗面所の前で、和広は着ていたコートやセーターを力ずくで脱がされていく。デニムや下着も無理矢理脱がされ、そのまま浴室へと押し込められた。
「なんのつもりだよっ。アキッ」
自分だけが裸という状況に、和広は激しい羞恥を覚えた。こんなじっくりと明るい中で裸体を眺められたのは、もうかなり昔だ。幼い頃は、よく2人で風呂に入ったものだ。泡だらけのタオルで洗いあったり、湯船で遊んだりもした。だが、互いに恋心を抱いているとわかってからは入っていない。明るい場所で明広に裸を見られる事が、和広には耐えられなかったからだ。
「オレ以外のキスマークはない、か」
和広の身体に残るピンク色の跡を、明広が丹念に数える。和広は背中を向けたままブルブルと震えていた。
「前向けよ」
いくぶん落ち着いたのか、明広の声には僅かに優しさが戻った。だが命令口調は相変わらずで、和広は泣きそうになった。これからどんな恥ずかしい思いをするのだろうと、涙が滲んでくる。
「ほら、早く」
促され、和広は前を向く。だが、待っていたのは甘い口づけだった。深く重ねられ、舌で口内を隅々まで愛撫され和広は泣きそうな気持ちが嘘のように晴れた。
「ごめん。カッとなった」
「…アキに、嫌われたかと思った」
和広の瞳が潤み、声は微かに震えていた。明広は何度も抱き締めながら、ごめんと繰り返した。結局、明広も服を脱いでそのまま風呂に入る事になった。
「なぁ。なんで裸見られるの嫌なんだ?」
湯船に一緒に浸かりながら、明広が不満そうに唇を尖らせる。湯船には緑色の入浴剤が入れられ、裸体をハッキリ見る事は出来ない。
「だって、アキとは違って貧弱だから」
中学・高校と陸上部だった明広は、細いが綺麗に筋肉がついている。対する和広は、女の子みたいに手足が細い。胸板もなく、なんの魅力もない。
「そんな事ないよ。ココなんて、すっげぇ魅力的」
ニッと笑った明広が、和広の足の間へと手を伸ばす。モミモミと触られ、和広が真っ赤に頬を染めた。
「やめ…っ、そんなに触ったら…」
「触ったら、何?」
浴槽の端へと和広を追い詰めて、明広がペロッと舌なめずりをする。明広の手の中では、和広の半身が首をもたげていた。
「アキの意地悪っ」
「はいはい」
明広が和広にキスをした瞬間。
「2人とも、風呂に入ってるの?」
予想よりも早く帰宅した母親の声に、和広が慌てて明広を押し退ける。結局、この続きは夕飯後まで持ち越す事になった。
「カズ。もっと腰下げて」
「んっ。あっ、や…っ」
夜。和広は明広からとんでもない行為をリクエストされた。それは、互いの性器を口で愛撫するという。いわゆるシックスナインだ。
(は、恥ずかしすぎる…っ)
足を大きく広げて、明広の顔の上に座るなんて。これまでの行為の中でも、おそらく一番過激なものだろう。
和広は口一杯に明広の分身を含むと、一生懸命舌を動かした。果たして明広が快楽を得ているかどうかはわからないが、とにかく夢中だった。
「んっ、んんっ、んっ」
明広のくぐもった声が、行為を生々しく教えてくれている。
(僕の口の中で、アキが…)
今にも口からはみだしそうな明広自身に、和広は初めての感覚を感じた。与えるのではなく、与えられる喜びを知った。
2人は、ほぼ同時に互いの口の中で果てた。
朝方。
和広のスマホに、上野からあるメールが送られた。

『君達の秘密を知っている。今夜11時。僕のアトリエで待つ』





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