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第ニ話
素直じゃない美しき魔法使いと純朴な騎士見習い
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まるで、妖精のようだ。騎士見習いのエディは、目の前に立つ人物に一瞬にして心を奪われてしまった。
金色に輝く長い髪と瞳を持ち、スラリと伸びた手足。肌は白く、まるで透き通るような輝きを放っている。彼が月から来たと聞いても、きっと誰も驚かないだろう。
「紹介しよう。我が国で最高の魔法使いであり、親友のローレンスだ」
師匠であるバトラーの言葉さえ、エディは上の空だった。エディの方を見たローレンスがフワッと微笑む。
そのあまりの美しさに、エディは時が過ぎるのも忘れた。強くなる事しか知らないエディにとって、それは初恋だった。ローレンスが自分と同じ男だとわかった時には、もう後戻りが出来ないところまで来てしまっていた。
「夜分遅くに失礼します」
重い木の扉を開けてエディが声をかければ、暗かった室内がフワッと明るくなる。見れば、光蝶達がパタパタと飛び交っていた。奥の部屋から、薄いガウンを羽織っただけのローレンスが現れる。絹の衣は薄く、ローレンスの裸体がうっすらと見えた。エディは慌てて視線を逸らす。
「何かあったのか?」
ローレンスの声は、まるで氷のようだった。透明で美しく、それでいて抑揚がない。
「あ、あの。バトラー様は来ていませんか?」
「バトラーなら、ショウと共に隣町まで行ったぞ」
「えっ」
聞いていなかった。エディの顔色が一気に青くなる。
「失礼しますっ」
「待ちなさい」
ローレンスの細い指が、エディの引き締まった頬に触れる。
「あ、あの…」
「魔物と戦ったな」
頬にかすり傷をつけたエディの顔に、ローレンスが瞳を細める。
「は、はい」
「こっちに来なさい」
いつになく厳しいローレンスの言葉に、エディは背筋を伸ばした。前を歩くローレンスの、左右に揺れる腰や臀部がエディの若い性を刺激する。
(な、何を考えてるんだっ。俺はっ)
エディは、自分の頬をつねって理性を保った。
「魔族から受けた傷は、そうそう治るものではない。何があった?」
「は、はい。魔族が暴れていたので、仲間と共に討伐を…。その時に、魔族の矢を受けました」
「魔族から受けた傷は、魔法草でしか治せないんだ」
ローレンスは手短に説明すると、治療室を開けた。
「エディ。こちらへ」
「は、はいっ」
室内には、(エディにとって)得たいがしれない液体が入ったビーカーや、見た事もない植物が飾られている。そして、中央には簡素なベッドが置かれていた。シーツは乱れ、何があったのかを雄弁に物語る。エディの胸がズキッとした。
(ここで、ローレンス様は誰かと…)
以前、バトラーに聞いた事がある。魔力を大量に消耗した魔法使いは、手っ取り早く回復するために魔力を持つ者と性交を行うと。おそらく、ローレンスも…。
「そこに座って」
「は、はい」
複雑な気持ちでベッドに腰かければ、ローレンスが身を乗り出す。
「じっとしてるんだよ」
間近に迫ったローレンスの美しい顔にドキドキしていれば、頬の傷に薬が塗られる。ガウンの隙間からはローレンスの鎖骨や乳首が見えて、うっかりすると触れてしまいそうだ。
「終わったよ」
「あ、ありがとうございますっ」
ローレンスが立ち上がろうとした瞬間。エディは無意識にその細い腕を掴んでいた。驚いたようなローレンスに、エディは高ぶる気持ちを告げた。
「俺、ローレンス様の事が好きです」
一世一代の告白に、エディはこれ以上ないほど緊張した。そもそも、告白をするつもりなどなかったのだ。ただ、ローレンスの温もりを離したくなかったのだ。
「悪いが。相手なら間に合っている」
ローレンスの言葉に、エディの心が一気に現実に戻った。
「数時間前まで、ここにバトラーがいた。意味はわかるな?」
エディは、自分の心が氷るような気分だった。バトラーとローレンスは幼馴染みにして親友。その仲の良さは有名だ。
(俺、馬鹿だな。なんだ、そうか…)
2人が特別な関係だって変ではない。エディは立ち上がると、フラフラとそのまま帰っていった。
「かわいいな、エディは」
エディの背中を、ローレンスは愛しげに見つめていた。ナチュラルブラウンの柔らかな髪と瞳、ガッシリとした身体はとても頼もしい。そして、何よりもその心のまっすぐさや誠実さが素晴らしい。だが、だからこそエディの気持ちは受け入れられない。
「悪い魔法使いを好きになってはいけないよ」
エディが向けてくれるまっすぐで暖かな愛。かつてのローレンスなら、その愛を喜んで受けただろう。だが、今のローレンスにとってエディは眩しすぎた。
「優秀な魔法使いになど、なるものではないね」
ローレンスは、その美しさから多くの王族や騎士に慕われた。魔力で心が読めるローレンスは、知ってしまったのだ。彼らは、いつしかローレンスを道具としてしか扱わなくなった。
ある者は、強大な魔力を利用しようとした。
ある者は、まるで装飾品のようにローレンスを連れ歩いた。
心が読めるローレンスは、彼らの本性を知り傷ついた。だが、魔力を回復するためには彼らと交わらなければならなかった。
先の大戦では、何人と交わったかさえ記憶にない。彼らを責めながら、彼らと同じ事を自分もしていたのだ。
ローレンスが森の奥に引っ込んだのは、そんな自分が嫌になったからだ。魔力を補う行為も、もう数年はしていない。
(私に残されているのは、多少の魔力のみ)
現在のローレンスは、体力的にもほとんど限界に近い。もし魔物が現れても、おそらく敵わないだろう。
ローレンスは寝台に横になると目を閉じた。エディの笑顔を思い出しただけで、胸がざわめく。
この気持ちは、紛れもなく恋だ。年下の青年に、叶わぬ恋をしている。
「いい加減にしないか。ローレンス」
野太い声に目を開ければ、バトラーが上から睨み付けていた。
「帰ったのか」
ローレンスが不満気に唇を歪める。
「ショウから聞いたぞ」
「なんの事だ?」
気だるげに起き上がれば、バトラーの大きな手が肩を抱く。
「いい加減、魔力を補給しろ」
「…断る。誰がお前なんかと寝るか」
冷たく言えば、バトラーの頬がカッと赤くなる。
「オレじゃないっ。オレは…」
「わかってる」
ローレンスにとって、バトラーは幼馴染みで親友で、兄弟のような関係だ。身体の関係など持ちたくない。それに、バトラーには想い人がいる。まだ幼く、あどけない想い人が…。
「もう嫌なんだ。人を利用するのも、されるのも」
魔力を補給するために、ローレンスはこれまで何人もの男女と性交してきた。時には、甘い言葉で誘惑した事もある。そして、その度に激しい自己嫌悪に陥るのだ。
「私は、もう戦わない。ショウにも、魔族とは無縁で過ごして欲しい」
ローレンスの瞳がバトラーを軽く睨む。子供のいないローレンスにとって、15歳の弟子・ショウはかわいい存在だった。彼に、こんな思いはさせたくない。ローレンスの眼差しの意味を察したバトラーがコホンッと咳払いをする。
「明日は、大丈夫なのか?」
「ああ。吸魔草の駆除は私の役目だ」
吸魔草は、ある魔法使いが造り出した厄介な魔草だ。根がなくても成長し、自らの意思で獲物を求める。対魔族用に考案されたものだが、魔法使いもその餌食となってしまう。まさに諸刃の剣なのだ。
「明日迎えに来る。体力を補っておけよ」
バトラーが去った後、ローレンスはショウに頼んでいくつかの薬草を運ばせた。
「ローレンス様、大丈夫なんですか?」
いつもより青ざめた表情のローレンスに、ショウが気遣わしげな視線を寄越す。思いやり溢れるその心に、ローレンスは穏やかな笑みで応えた。バトラーやエディには決して見せない、慈愛に溢れた微笑み。
「平気だ。今日は、楽しかったかい?」
聞くと、ショウの頬が微かに赤くなった。
「は、はい。とっても」
まるで宝物のようにショウが話す。
(あんな武骨な男のどこがいいんだ?)
ショウは、昔からバトラーに想いを寄せていた。密かにローレンスとバトラーの仲を疑うほど。
(かわいいな)
恋に夢中になっているショウやバトラーが羨ましかった。
「えっ。俺が、ですか?」
バトラーからの頼まれごとに、エディはつぶらな瞳をパチパチとさせた。バトラーは銀色の甲冑に身を包み、葡萄色のマントを翻した。
「ああ。急に王から呼び出されてな。吸魔草の駆除の手伝いが出来なくなったんだ。お前は魔力は強い方だ。万が一の時には、ローレンスの介抱を頼む」
言われて、エディは真っ赤になって俯いた。
「あ、あの。でも…、バトラー様が行かれた方がいいのでは?」
しどろもどろと断るエディに、バトラーが不思議な顔をした。
「なぜだ?」
「あ、いや。やはり、恋人同士の方が…」
「恋人?誰と誰が?」
「は?」
エディは、ローレンスから聞いた話を伝えた。途端にバトラーが大爆笑する。
「オレとあいつが?ありえねーっ」
ゲラゲラと笑い続けるバトラーにエディは困惑した。が、不意にバトラーが真顔になる。
「あいつの魔力は、もう殆ど残ってないはずだ。頼むぞ」
「は、はいっ」
走り出したエディを、バトラーが複雑な笑みで見送った。
「好きな男相手なら、拒めないだろ?ローレンス」
心が読めなくても、ローレンスがエディに惚れている事は一目瞭然だった。おそらく、エディも…。バトラーはマントを翻すと、城へ向かって歩きだした。ひねくれ者の親友に出来る事はここまでだった。
(バトラーの奴、余計な事を…)
恐縮しまくりのエディから事情を聞いたローレンスは、心の中だけで文句を言った。
「あの、ローレンス様はなぜあんな嘘を…」
エディの疑問に、ローレンスは観念した。
「お前の気持ちは知っている。私を好いていてくれる事も…」
「だったら…」
「だから、遠ざけたかった。私などを好いても、お前のためにならない」
ローレンスは、包み隠さず過去を告白した。魔力を得るために他者を利用した事。魔力のために利用された事…。
「お前が思っている以上に私は汚れているんだ」
ローレンスは淡々と告げると背中を向けた。
「待ってくださいっ。ローレンス様っ」
追いかけてきたエディがローレンスの肩を掴む。その瞬間。エディの気持ちがローレンスに流れてきた。
『過去なんて関係ない。あなたを、愛している』
ローレンスの心が揺らぐ。そして、その一瞬の隙が吸魔草を引き寄せてしまった。
「え?」
ザザッという音にエディが振り向く。そこには、数本の蔓がウネウネとうねっていた。
「な、んだこれ…っ」
「エディッ、離れてろっ」
「ローレンス様っ、下がっててくださいっ」
ローレンスを守るため、エディが剣を構えて吸魔草へと立ち向かう。が、蔓は剣先に絡み付いた。
「うわ…っ」
蔓は剣先からエディの魔力を吸い取ろうとしていた。
「エディッ」
ローレンスがエディの方へ一歩踏み出した瞬間。吸魔草がターゲットを変えた。
「あぁ…っ」
蔓はローレンスの全身に絡み付き、一気に魔力を吸い取り始めた。ローレンスの手から、駆除するための秘薬が零れ落ちる。
「ローレンス様っ」
「あっ、ふぁ…っ、あっ、んっ、あ…っ」
蔓はローレンスの衣服の中へと入り込み、身体のあちこちに絡み付いてく。ローレンスの頬が赤くなり、息が荒くなっていく。
「エディ…ッ、頼みがある…っ」
「は、はいっ」
絡み付く蔓に右往左往しているエディに、ローレンスは懇願した。
「このまま、私を抱いてくれ…っ」
エディはゴクッと生唾を飲み込むと、ローレンスの身体を抱き締めた。元より、エディはこのために来たのだ。
「早く…っ」
青ざめていくローレンスに、エディは深々と口づけた。そして、貪るように舌を絡める。ローレンスは、まるで砂漠に取り残された旅人のようだった。
「ん…」
エディの唾液がローレンスの唇の端から零れる。
「俺の全てを、あげます」
エディがローレンスの衣服を乱暴に剥ぐ。白く滑らかな裸体には、黒緑の蔓が縦横無尽に這い回っている。
エディは素早くローレンスの蕾を指で解すと、自身の性器を押し込んだ。
「はぁっ、あっ、あぁっ」
ユサユサと揺さぶり、エディはローレンスの中へと欲望を吐き出した。次の瞬間。ローレンスの金色の瞳が輝き、吸魔草は弾けとんだ。
「懐かしいな」
小瓶に詰めた吸魔草を眺めて、ローレンスが微笑む。後ろから、裸のエディが抱き締めてくる。ここは、ローレンスのベッドの上。シーツは、これ以上ないほど乱れていた。
「あの日は、介抱のつもりで抱きました。あなたを、助けたかったから…。でも、今は…」
壁を背に座ったエディと向き合うような形で、ローレンスは深く交わった。互いの身体には赤い痣が咲き乱れ、太ももやふくらはぎには互いの放った精液がこびりついている。
「あなたに、俺の愛を伝えたい」
「…私が、信じないと言ったら?」
「あなたが信じるまで」
ニッと笑ったエディが、ローレンスの細い腰を揺さぶる。粘膜が擦れ合う音が室内に響いた。
素直じゃないローレンスの気持ちを、エディは誰よりも理解していた。
金色に輝く長い髪と瞳を持ち、スラリと伸びた手足。肌は白く、まるで透き通るような輝きを放っている。彼が月から来たと聞いても、きっと誰も驚かないだろう。
「紹介しよう。我が国で最高の魔法使いであり、親友のローレンスだ」
師匠であるバトラーの言葉さえ、エディは上の空だった。エディの方を見たローレンスがフワッと微笑む。
そのあまりの美しさに、エディは時が過ぎるのも忘れた。強くなる事しか知らないエディにとって、それは初恋だった。ローレンスが自分と同じ男だとわかった時には、もう後戻りが出来ないところまで来てしまっていた。
「夜分遅くに失礼します」
重い木の扉を開けてエディが声をかければ、暗かった室内がフワッと明るくなる。見れば、光蝶達がパタパタと飛び交っていた。奥の部屋から、薄いガウンを羽織っただけのローレンスが現れる。絹の衣は薄く、ローレンスの裸体がうっすらと見えた。エディは慌てて視線を逸らす。
「何かあったのか?」
ローレンスの声は、まるで氷のようだった。透明で美しく、それでいて抑揚がない。
「あ、あの。バトラー様は来ていませんか?」
「バトラーなら、ショウと共に隣町まで行ったぞ」
「えっ」
聞いていなかった。エディの顔色が一気に青くなる。
「失礼しますっ」
「待ちなさい」
ローレンスの細い指が、エディの引き締まった頬に触れる。
「あ、あの…」
「魔物と戦ったな」
頬にかすり傷をつけたエディの顔に、ローレンスが瞳を細める。
「は、はい」
「こっちに来なさい」
いつになく厳しいローレンスの言葉に、エディは背筋を伸ばした。前を歩くローレンスの、左右に揺れる腰や臀部がエディの若い性を刺激する。
(な、何を考えてるんだっ。俺はっ)
エディは、自分の頬をつねって理性を保った。
「魔族から受けた傷は、そうそう治るものではない。何があった?」
「は、はい。魔族が暴れていたので、仲間と共に討伐を…。その時に、魔族の矢を受けました」
「魔族から受けた傷は、魔法草でしか治せないんだ」
ローレンスは手短に説明すると、治療室を開けた。
「エディ。こちらへ」
「は、はいっ」
室内には、(エディにとって)得たいがしれない液体が入ったビーカーや、見た事もない植物が飾られている。そして、中央には簡素なベッドが置かれていた。シーツは乱れ、何があったのかを雄弁に物語る。エディの胸がズキッとした。
(ここで、ローレンス様は誰かと…)
以前、バトラーに聞いた事がある。魔力を大量に消耗した魔法使いは、手っ取り早く回復するために魔力を持つ者と性交を行うと。おそらく、ローレンスも…。
「そこに座って」
「は、はい」
複雑な気持ちでベッドに腰かければ、ローレンスが身を乗り出す。
「じっとしてるんだよ」
間近に迫ったローレンスの美しい顔にドキドキしていれば、頬の傷に薬が塗られる。ガウンの隙間からはローレンスの鎖骨や乳首が見えて、うっかりすると触れてしまいそうだ。
「終わったよ」
「あ、ありがとうございますっ」
ローレンスが立ち上がろうとした瞬間。エディは無意識にその細い腕を掴んでいた。驚いたようなローレンスに、エディは高ぶる気持ちを告げた。
「俺、ローレンス様の事が好きです」
一世一代の告白に、エディはこれ以上ないほど緊張した。そもそも、告白をするつもりなどなかったのだ。ただ、ローレンスの温もりを離したくなかったのだ。
「悪いが。相手なら間に合っている」
ローレンスの言葉に、エディの心が一気に現実に戻った。
「数時間前まで、ここにバトラーがいた。意味はわかるな?」
エディは、自分の心が氷るような気分だった。バトラーとローレンスは幼馴染みにして親友。その仲の良さは有名だ。
(俺、馬鹿だな。なんだ、そうか…)
2人が特別な関係だって変ではない。エディは立ち上がると、フラフラとそのまま帰っていった。
「かわいいな、エディは」
エディの背中を、ローレンスは愛しげに見つめていた。ナチュラルブラウンの柔らかな髪と瞳、ガッシリとした身体はとても頼もしい。そして、何よりもその心のまっすぐさや誠実さが素晴らしい。だが、だからこそエディの気持ちは受け入れられない。
「悪い魔法使いを好きになってはいけないよ」
エディが向けてくれるまっすぐで暖かな愛。かつてのローレンスなら、その愛を喜んで受けただろう。だが、今のローレンスにとってエディは眩しすぎた。
「優秀な魔法使いになど、なるものではないね」
ローレンスは、その美しさから多くの王族や騎士に慕われた。魔力で心が読めるローレンスは、知ってしまったのだ。彼らは、いつしかローレンスを道具としてしか扱わなくなった。
ある者は、強大な魔力を利用しようとした。
ある者は、まるで装飾品のようにローレンスを連れ歩いた。
心が読めるローレンスは、彼らの本性を知り傷ついた。だが、魔力を回復するためには彼らと交わらなければならなかった。
先の大戦では、何人と交わったかさえ記憶にない。彼らを責めながら、彼らと同じ事を自分もしていたのだ。
ローレンスが森の奥に引っ込んだのは、そんな自分が嫌になったからだ。魔力を補う行為も、もう数年はしていない。
(私に残されているのは、多少の魔力のみ)
現在のローレンスは、体力的にもほとんど限界に近い。もし魔物が現れても、おそらく敵わないだろう。
ローレンスは寝台に横になると目を閉じた。エディの笑顔を思い出しただけで、胸がざわめく。
この気持ちは、紛れもなく恋だ。年下の青年に、叶わぬ恋をしている。
「いい加減にしないか。ローレンス」
野太い声に目を開ければ、バトラーが上から睨み付けていた。
「帰ったのか」
ローレンスが不満気に唇を歪める。
「ショウから聞いたぞ」
「なんの事だ?」
気だるげに起き上がれば、バトラーの大きな手が肩を抱く。
「いい加減、魔力を補給しろ」
「…断る。誰がお前なんかと寝るか」
冷たく言えば、バトラーの頬がカッと赤くなる。
「オレじゃないっ。オレは…」
「わかってる」
ローレンスにとって、バトラーは幼馴染みで親友で、兄弟のような関係だ。身体の関係など持ちたくない。それに、バトラーには想い人がいる。まだ幼く、あどけない想い人が…。
「もう嫌なんだ。人を利用するのも、されるのも」
魔力を補給するために、ローレンスはこれまで何人もの男女と性交してきた。時には、甘い言葉で誘惑した事もある。そして、その度に激しい自己嫌悪に陥るのだ。
「私は、もう戦わない。ショウにも、魔族とは無縁で過ごして欲しい」
ローレンスの瞳がバトラーを軽く睨む。子供のいないローレンスにとって、15歳の弟子・ショウはかわいい存在だった。彼に、こんな思いはさせたくない。ローレンスの眼差しの意味を察したバトラーがコホンッと咳払いをする。
「明日は、大丈夫なのか?」
「ああ。吸魔草の駆除は私の役目だ」
吸魔草は、ある魔法使いが造り出した厄介な魔草だ。根がなくても成長し、自らの意思で獲物を求める。対魔族用に考案されたものだが、魔法使いもその餌食となってしまう。まさに諸刃の剣なのだ。
「明日迎えに来る。体力を補っておけよ」
バトラーが去った後、ローレンスはショウに頼んでいくつかの薬草を運ばせた。
「ローレンス様、大丈夫なんですか?」
いつもより青ざめた表情のローレンスに、ショウが気遣わしげな視線を寄越す。思いやり溢れるその心に、ローレンスは穏やかな笑みで応えた。バトラーやエディには決して見せない、慈愛に溢れた微笑み。
「平気だ。今日は、楽しかったかい?」
聞くと、ショウの頬が微かに赤くなった。
「は、はい。とっても」
まるで宝物のようにショウが話す。
(あんな武骨な男のどこがいいんだ?)
ショウは、昔からバトラーに想いを寄せていた。密かにローレンスとバトラーの仲を疑うほど。
(かわいいな)
恋に夢中になっているショウやバトラーが羨ましかった。
「えっ。俺が、ですか?」
バトラーからの頼まれごとに、エディはつぶらな瞳をパチパチとさせた。バトラーは銀色の甲冑に身を包み、葡萄色のマントを翻した。
「ああ。急に王から呼び出されてな。吸魔草の駆除の手伝いが出来なくなったんだ。お前は魔力は強い方だ。万が一の時には、ローレンスの介抱を頼む」
言われて、エディは真っ赤になって俯いた。
「あ、あの。でも…、バトラー様が行かれた方がいいのでは?」
しどろもどろと断るエディに、バトラーが不思議な顔をした。
「なぜだ?」
「あ、いや。やはり、恋人同士の方が…」
「恋人?誰と誰が?」
「は?」
エディは、ローレンスから聞いた話を伝えた。途端にバトラーが大爆笑する。
「オレとあいつが?ありえねーっ」
ゲラゲラと笑い続けるバトラーにエディは困惑した。が、不意にバトラーが真顔になる。
「あいつの魔力は、もう殆ど残ってないはずだ。頼むぞ」
「は、はいっ」
走り出したエディを、バトラーが複雑な笑みで見送った。
「好きな男相手なら、拒めないだろ?ローレンス」
心が読めなくても、ローレンスがエディに惚れている事は一目瞭然だった。おそらく、エディも…。バトラーはマントを翻すと、城へ向かって歩きだした。ひねくれ者の親友に出来る事はここまでだった。
(バトラーの奴、余計な事を…)
恐縮しまくりのエディから事情を聞いたローレンスは、心の中だけで文句を言った。
「あの、ローレンス様はなぜあんな嘘を…」
エディの疑問に、ローレンスは観念した。
「お前の気持ちは知っている。私を好いていてくれる事も…」
「だったら…」
「だから、遠ざけたかった。私などを好いても、お前のためにならない」
ローレンスは、包み隠さず過去を告白した。魔力を得るために他者を利用した事。魔力のために利用された事…。
「お前が思っている以上に私は汚れているんだ」
ローレンスは淡々と告げると背中を向けた。
「待ってくださいっ。ローレンス様っ」
追いかけてきたエディがローレンスの肩を掴む。その瞬間。エディの気持ちがローレンスに流れてきた。
『過去なんて関係ない。あなたを、愛している』
ローレンスの心が揺らぐ。そして、その一瞬の隙が吸魔草を引き寄せてしまった。
「え?」
ザザッという音にエディが振り向く。そこには、数本の蔓がウネウネとうねっていた。
「な、んだこれ…っ」
「エディッ、離れてろっ」
「ローレンス様っ、下がっててくださいっ」
ローレンスを守るため、エディが剣を構えて吸魔草へと立ち向かう。が、蔓は剣先に絡み付いた。
「うわ…っ」
蔓は剣先からエディの魔力を吸い取ろうとしていた。
「エディッ」
ローレンスがエディの方へ一歩踏み出した瞬間。吸魔草がターゲットを変えた。
「あぁ…っ」
蔓はローレンスの全身に絡み付き、一気に魔力を吸い取り始めた。ローレンスの手から、駆除するための秘薬が零れ落ちる。
「ローレンス様っ」
「あっ、ふぁ…っ、あっ、んっ、あ…っ」
蔓はローレンスの衣服の中へと入り込み、身体のあちこちに絡み付いてく。ローレンスの頬が赤くなり、息が荒くなっていく。
「エディ…ッ、頼みがある…っ」
「は、はいっ」
絡み付く蔓に右往左往しているエディに、ローレンスは懇願した。
「このまま、私を抱いてくれ…っ」
エディはゴクッと生唾を飲み込むと、ローレンスの身体を抱き締めた。元より、エディはこのために来たのだ。
「早く…っ」
青ざめていくローレンスに、エディは深々と口づけた。そして、貪るように舌を絡める。ローレンスは、まるで砂漠に取り残された旅人のようだった。
「ん…」
エディの唾液がローレンスの唇の端から零れる。
「俺の全てを、あげます」
エディがローレンスの衣服を乱暴に剥ぐ。白く滑らかな裸体には、黒緑の蔓が縦横無尽に這い回っている。
エディは素早くローレンスの蕾を指で解すと、自身の性器を押し込んだ。
「はぁっ、あっ、あぁっ」
ユサユサと揺さぶり、エディはローレンスの中へと欲望を吐き出した。次の瞬間。ローレンスの金色の瞳が輝き、吸魔草は弾けとんだ。
「懐かしいな」
小瓶に詰めた吸魔草を眺めて、ローレンスが微笑む。後ろから、裸のエディが抱き締めてくる。ここは、ローレンスのベッドの上。シーツは、これ以上ないほど乱れていた。
「あの日は、介抱のつもりで抱きました。あなたを、助けたかったから…。でも、今は…」
壁を背に座ったエディと向き合うような形で、ローレンスは深く交わった。互いの身体には赤い痣が咲き乱れ、太ももやふくらはぎには互いの放った精液がこびりついている。
「あなたに、俺の愛を伝えたい」
「…私が、信じないと言ったら?」
「あなたが信じるまで」
ニッと笑ったエディが、ローレンスの細い腰を揺さぶる。粘膜が擦れ合う音が室内に響いた。
素直じゃないローレンスの気持ちを、エディは誰よりも理解していた。
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