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第一話
なんでコイツなんかと!
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吉川護は、ブスッと膨れっ面をしたまま撮影所で缶コーヒーを飲んでいた。目の前では、撮影スタッフが機材を用意している。と、その中の一人が護を見て眉を潜めた。
「おい。ここはエキストラが来る場所じゃねーぞっ」
怒鳴られて、護こそ眉を潜めた。
「ADのくせに、主役の顔も知らねーのか」
低い声で言えば、慌てて他のスタッフが飛んできた。護を怒鳴ったADは、顔面蒼白で立ち尽くすという有り様だ。だが、護は内心思っていた。彼が悪いわけではない。活躍してない自分が悪いのだ。
護がデビューしたのは、今から10年前。まだ15歳だった。期待の新人と注目されたものの、これといって活躍はしなかった。街を歩いても誰も振り向かない。監督やプロデューサーには、よく名前を間違えられる。そんな扱いなのだ。
そんな護に、最大のチャンスが訪れた。それは、今流行りのBL映画の主役だ。このチャンスを逃す手はないと、何も聞かずに護は了承した。が、いざ共演者の名前を聞いて大きく落胆した。
(よりによって、藤村尚人が相手役なんて)
藤村尚人。アイドルグループの一人で、今や彼をテレビで見ない日はない。中性的な顔立ちに、バランスのとれたスタイル。歌も躍りも超一流で、演技やバラエティもこなせるなんて。
「不公平すぎる」
デビュー以来、次々と主役級の役をゲットしていく尚人。それに比べて、スタッフに名前も覚えてもらえない自分。
「アイドルはいいよな。簡単に主役が出来るんだから」
「そうでもないですよ」
思わず愚痴れば、後ろから涼しげな声が聞こえてきた。振り向けば、尚人がニコニコ笑って立っていた。
「あ、これは、その…」
「気にしないでください。慣れてますから」
尚人がニッコリ笑って手を差し出す。
「これから3ヶ月。よろしくお願いします」
こうして、映画の撮影はスタートした。人気コミックを原作としている、「シルクのような月」は、冴えないサラリーマンと妖精の恋物語だ。コミカルな描写と切ないストーリーが入り交じり、男性の読者もかなり増えているらしい。
「主人公のサラリーマンは、決してイケメンじゃない。やる気もなく、存在感もない。まさに君にピッタリだな」
ガハハハと無神経な笑い声を響かせる監督に、護は愛想笑いを浮かべた。ここで機嫌を損ねては、いつまたチャンスが巡ってくるかわからない。
「月の指輪をなくし、妖精の国に帰れないというミステリアスな青年。まさに藤村くんそのものだ」
護とは打って変わった誉め言葉。女性スタッフもうんうんと頷いている。確かに、尚人には華がある。大きな瞳と口紅をつけたような赤い唇。イケメンなのに飾らない言動が、男女問わずウケている。
(俺もイケメンだったら、とっくにスターだ)
護だってわかっている。自分は、並みの中というところだ。腫れぼったい目元は、いつも眠そうに見えるし情けない印象を与える。小劇場の頃はその高い演技力が評価されたが、映像の世界では見た目が重視される。この映画でダメなら、俳優はやめよう。護はそう考えていた。
物語は、何も楽しみがないサラリーマンが月夜に妖精を助けるところから始まる。銀色の長い髪に、水色の瞳をしたその妖精をサラリーマンは自宅で介抱する事にする。
「月の指輪を探してください。あれがないと、私は帰れないのです」
仕方なく妖精と暮らすサラリーマンは、次第にその魅力に囚われていく。そして、妖精もサラリーマンに対して好意を寄せていく。だが、住む世界が違う事に2人は迷い傷ついていく。
弱っていく妖精を助けるため、サラリーマンは口づけで自らの生体エネルギーを渡そうとする。
「やめてくださいっ。そんな事をしたら、あなたを…」
「このまま弱っていくお前を、黙って見てはいられない。俺のエネルギーでお前を助けられるなら…」
「これ以上、あなたを好きにさせないで」
泣きながら背中を向ける妖精を、サラリーマンは力一杯抱き締める。顔と顔が近づき…。近づき…。
「カットッ。吉川っ、何してんだっ」
「す、すみません」
「そんなひょっとこみたいな顔してキスする主人公がどこにいるっ」
監督の言葉に、周囲がドッと笑った。結局、その日の撮影は終了。明日へと持ち越しになった。
「はぁ」
誰もいなくなったセットの片隅で、護はガックリと肩を落とした。
またこれだ。数年前も、こんな風にチャンスが巡ってきた。そして、その時もキスシーンがうまくいかなかったのだ。俳優なのだから、人が見ている前でキスぐらいできるはずなのだ。なのに、いざ本番となるとぎこちなくなる。
「そんなに、僕の事が嫌いですか?」
冷たい声に顔を上げれば、尚人が立っていた。普段のニコニコした笑顔が消え、どこか傷ついたような表情に見える。
「だから、キスしたくないんですか?」
「違うっ。いくらお前の事が嫌いだからって…」
言いかけて、護はハッと手で口を押さえた。いくらなんでも、これから3ヶ月仕事をする人物に言ってはならないセリフだった。
「今のは、あの…」
「最初から知ってました。僕の事が嫌いな事は」
尚人は護の横に座ると、持っていた缶コーヒーを渡した。
「アイドルって、損ですよね」
寂しそうに笑う尚人に、護は彼が納戸もこんな経験をしているのだと知った。そもそも、護が嫌悪したのは護への特別待遇であって護にではない。なのに、護に対してどこか壁を作っていた。恋人同士の役なのに、遠ざけていた。
「ごめん。なんか、ごめん」
謝れば、尚人がクスッと笑う。猫のような大きな瞳が、柔らかく細められた。護は、自分がキスシーンに対してトラウマがある事を素直に話した。
「キスした事はあるんですよね?」
「…それなりには」
「だったら、練習あるのみです」
「練習?」
「そ。こんな風にね」
フワッと尚人の顔がアップになった。気がついたら、護は尚人とキスをしていた。
「おい。ここはエキストラが来る場所じゃねーぞっ」
怒鳴られて、護こそ眉を潜めた。
「ADのくせに、主役の顔も知らねーのか」
低い声で言えば、慌てて他のスタッフが飛んできた。護を怒鳴ったADは、顔面蒼白で立ち尽くすという有り様だ。だが、護は内心思っていた。彼が悪いわけではない。活躍してない自分が悪いのだ。
護がデビューしたのは、今から10年前。まだ15歳だった。期待の新人と注目されたものの、これといって活躍はしなかった。街を歩いても誰も振り向かない。監督やプロデューサーには、よく名前を間違えられる。そんな扱いなのだ。
そんな護に、最大のチャンスが訪れた。それは、今流行りのBL映画の主役だ。このチャンスを逃す手はないと、何も聞かずに護は了承した。が、いざ共演者の名前を聞いて大きく落胆した。
(よりによって、藤村尚人が相手役なんて)
藤村尚人。アイドルグループの一人で、今や彼をテレビで見ない日はない。中性的な顔立ちに、バランスのとれたスタイル。歌も躍りも超一流で、演技やバラエティもこなせるなんて。
「不公平すぎる」
デビュー以来、次々と主役級の役をゲットしていく尚人。それに比べて、スタッフに名前も覚えてもらえない自分。
「アイドルはいいよな。簡単に主役が出来るんだから」
「そうでもないですよ」
思わず愚痴れば、後ろから涼しげな声が聞こえてきた。振り向けば、尚人がニコニコ笑って立っていた。
「あ、これは、その…」
「気にしないでください。慣れてますから」
尚人がニッコリ笑って手を差し出す。
「これから3ヶ月。よろしくお願いします」
こうして、映画の撮影はスタートした。人気コミックを原作としている、「シルクのような月」は、冴えないサラリーマンと妖精の恋物語だ。コミカルな描写と切ないストーリーが入り交じり、男性の読者もかなり増えているらしい。
「主人公のサラリーマンは、決してイケメンじゃない。やる気もなく、存在感もない。まさに君にピッタリだな」
ガハハハと無神経な笑い声を響かせる監督に、護は愛想笑いを浮かべた。ここで機嫌を損ねては、いつまたチャンスが巡ってくるかわからない。
「月の指輪をなくし、妖精の国に帰れないというミステリアスな青年。まさに藤村くんそのものだ」
護とは打って変わった誉め言葉。女性スタッフもうんうんと頷いている。確かに、尚人には華がある。大きな瞳と口紅をつけたような赤い唇。イケメンなのに飾らない言動が、男女問わずウケている。
(俺もイケメンだったら、とっくにスターだ)
護だってわかっている。自分は、並みの中というところだ。腫れぼったい目元は、いつも眠そうに見えるし情けない印象を与える。小劇場の頃はその高い演技力が評価されたが、映像の世界では見た目が重視される。この映画でダメなら、俳優はやめよう。護はそう考えていた。
物語は、何も楽しみがないサラリーマンが月夜に妖精を助けるところから始まる。銀色の長い髪に、水色の瞳をしたその妖精をサラリーマンは自宅で介抱する事にする。
「月の指輪を探してください。あれがないと、私は帰れないのです」
仕方なく妖精と暮らすサラリーマンは、次第にその魅力に囚われていく。そして、妖精もサラリーマンに対して好意を寄せていく。だが、住む世界が違う事に2人は迷い傷ついていく。
弱っていく妖精を助けるため、サラリーマンは口づけで自らの生体エネルギーを渡そうとする。
「やめてくださいっ。そんな事をしたら、あなたを…」
「このまま弱っていくお前を、黙って見てはいられない。俺のエネルギーでお前を助けられるなら…」
「これ以上、あなたを好きにさせないで」
泣きながら背中を向ける妖精を、サラリーマンは力一杯抱き締める。顔と顔が近づき…。近づき…。
「カットッ。吉川っ、何してんだっ」
「す、すみません」
「そんなひょっとこみたいな顔してキスする主人公がどこにいるっ」
監督の言葉に、周囲がドッと笑った。結局、その日の撮影は終了。明日へと持ち越しになった。
「はぁ」
誰もいなくなったセットの片隅で、護はガックリと肩を落とした。
またこれだ。数年前も、こんな風にチャンスが巡ってきた。そして、その時もキスシーンがうまくいかなかったのだ。俳優なのだから、人が見ている前でキスぐらいできるはずなのだ。なのに、いざ本番となるとぎこちなくなる。
「そんなに、僕の事が嫌いですか?」
冷たい声に顔を上げれば、尚人が立っていた。普段のニコニコした笑顔が消え、どこか傷ついたような表情に見える。
「だから、キスしたくないんですか?」
「違うっ。いくらお前の事が嫌いだからって…」
言いかけて、護はハッと手で口を押さえた。いくらなんでも、これから3ヶ月仕事をする人物に言ってはならないセリフだった。
「今のは、あの…」
「最初から知ってました。僕の事が嫌いな事は」
尚人は護の横に座ると、持っていた缶コーヒーを渡した。
「アイドルって、損ですよね」
寂しそうに笑う尚人に、護は彼が納戸もこんな経験をしているのだと知った。そもそも、護が嫌悪したのは護への特別待遇であって護にではない。なのに、護に対してどこか壁を作っていた。恋人同士の役なのに、遠ざけていた。
「ごめん。なんか、ごめん」
謝れば、尚人がクスッと笑う。猫のような大きな瞳が、柔らかく細められた。護は、自分がキスシーンに対してトラウマがある事を素直に話した。
「キスした事はあるんですよね?」
「…それなりには」
「だったら、練習あるのみです」
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「そ。こんな風にね」
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