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第五話
シングルファーザーは、愛する家族と幸せの中にいる
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「ねぇ、パパ。ママはどこにいるの?」
夕食後。後片付けをしていた陸に聞かれ、光樹は思わず固まった。保育園に通い始めた日から、いつかなこの質問が来ると覚悟していた。だが、改まって聞かれると答えに詰まる。
「今度、保育園でお遊戯会があるんだ。ママと踊りましょうって」
「そ、そうか。陸には、パパがいるだろ?玲哉だって・・・」
「ママに会いたいっ」
駄々を捏ねる陸の鎖骨に、小さな痣が見える。年々薄くなってきたが、光樹にとっては忘れられない痣だった。記憶の中で、1人の女性が笑う。軽やかに、楽しそうに、嘲るように・・・。
「ねぇ、パパってばっ」
「陸っ。いい加減に・・・」
聞き分けのない陸に、光樹はつい苛立ってしまった。大声を上げた瞬間。
「陸。そろそろ『怪獣さんいらっしゃいませ』が入るぞ」
「はーい」
玲哉の声に、陸は一瞬にして機嫌を直した。そして、最近流行りの恐竜アニメに夢中になっている。玲哉が青ざめた光樹の肩をそっと抱き寄せる。
光樹は、自分が陸に対して大声を上げようとした事実に呆然とした。
「僕は、最低な父親だ」
汗で濡れた額を、玲哉が優しく拭ってくれる。さっきまで、胸の中に渦巻いていた苛立ちは綺麗に消えてしまった。残ったのは、陸への申し訳無さだけだった。
「いつか。こんな日が来るって思ってた」
これまで、陸に母親の話をした事はない。陸も特に聞かなかったから、このままでいいと思ってしまった。保育園に通うようになれば、こうなる事はわかっていたのに。
「あのさ、光樹。俺も、聞いていいか?その、元奥さんの事」
「え?」
「あ、いや。別に、ヤキモチとかじゃないから。違うからな」
玲哉の焦った表情に、光樹は思わず吹き出してしまった。
「わ、笑うなよ」
「ごめん」
グッと抱き寄せられ、互いの肌がより密着する。微かに聞こえる玲哉の心音が、光樹を安心させた。
「彼女と、成瀬真菜さんと出会ったのは合コンだったんだ」
友人に無理矢理連れて行かれた合コンで、光樹は初めて酒を飲んだ。
「気がついたらホテルにいて、その、彼女と・・・」
「ヤッたのか?」
光樹は、顔を真っ赤にして頷いた。酒で朦朧とするなか、覚えているのは真菜が自分に覆いかぶさってき姿だった。
「何がなんだかわからなくて・・・。でも、気持ちよくて・・・」
それから、真菜とは連絡も取らなかった。そんなある日。臨月の彼女が光樹を訪ねてきた。お腹の中の子の父親だと言って・・・。
「なんだよ、それっ。それって・・・」
「シッ。陸が起きる」
真菜から結婚を迫られ、光樹は断れなかった。両家の両親の大反対を押し切って2人は結婚した。そういう形の結婚だったが、光樹は真菜を愛していた。明るく、積極的な彼女に惹かれていた。陸も生まれ、このまま平和な家庭を築けると思ったのだ。だが、甘かった。真菜は、ある日離婚を切り出した。
『好きな人ができたの。だから、別れて』
光樹は、陸のためにも離婚は避けたかった。だが、真菜はとにかく別れたいの一点張りで。結局、光樹は離婚届に判を押した。
「なぁ。光樹、その、言いにくいんだけど。陸とは、本当に親子なのか?」
玲哉の問に、光樹は頷く。
「調べたから、間違いないよ」
真菜は、光樹だけにではなく陸への愛情も冷めていた。光樹が陸を引き取ると言った時も、笑って押し付けてきた。
『助かるわ。彼、子供嫌いなのよ』
そう言って、振り向きもせずに出て行った。光樹は、その時に決めたのだ。陸には、母親の事を話さないと。
「でも、陸だって知る権利はあるよね」
「・・・なぁ。俺達の事も、話した方がいいんじゃないか」
玲哉の提案に、光樹が戸惑ったように視線を彷徨わせる。
「なんて、言うの?僕達の事を・・・」
「大丈夫。俺に任せろ」
玲哉が、慰めるように光樹の背中を抱く。その手が、背中からゆっくりと下へ向かった。
「え?」
「なぁ。もう一回していい?」
玲哉の指をなんなく許した場所を弄られ、光樹は反射的にしがみつく。それから、窓の外が明るくなるまで玲哉と光樹は甘い時間を過ごした。
「この人が、陸のママだよ」
1枚だけ残しておいた真菜の写真を、光樹は陸に見せた。
「ママは、どこ?」
キョトンとしたような大きな瞳に、光樹の胸が痛む。
「パパにも、わからないんだ。ママに、会いたい?」
聞けば、陸は小さく首を横に振った。
「パパとれ―やがいるからいい」
ニッコリとした笑顔に、光樹はホッとした。が、次の瞬間。思わぬ言葉が陸から放たれた。
「れ―やがママになってよ」
「へ?」
これには、光樹も玲哉も固まった。
「れ―やは、髪が長いしキレイだもん」
はしゃぐ陸に、光樹と玲哉は思わず顔を見合わせてプッと吹き出した。玲哉が陸を抱き上げる。
「陸。俺は、陸のママにはなれない。けど、陸とパパを世界中の誰よりも愛してるぞ」
そして、陸と光樹の頬にキスをする。3人だけの秘密。誰にも理解されないかもしれないが、確かに3人は家族なのだ。
夕食後。後片付けをしていた陸に聞かれ、光樹は思わず固まった。保育園に通い始めた日から、いつかなこの質問が来ると覚悟していた。だが、改まって聞かれると答えに詰まる。
「今度、保育園でお遊戯会があるんだ。ママと踊りましょうって」
「そ、そうか。陸には、パパがいるだろ?玲哉だって・・・」
「ママに会いたいっ」
駄々を捏ねる陸の鎖骨に、小さな痣が見える。年々薄くなってきたが、光樹にとっては忘れられない痣だった。記憶の中で、1人の女性が笑う。軽やかに、楽しそうに、嘲るように・・・。
「ねぇ、パパってばっ」
「陸っ。いい加減に・・・」
聞き分けのない陸に、光樹はつい苛立ってしまった。大声を上げた瞬間。
「陸。そろそろ『怪獣さんいらっしゃいませ』が入るぞ」
「はーい」
玲哉の声に、陸は一瞬にして機嫌を直した。そして、最近流行りの恐竜アニメに夢中になっている。玲哉が青ざめた光樹の肩をそっと抱き寄せる。
光樹は、自分が陸に対して大声を上げようとした事実に呆然とした。
「僕は、最低な父親だ」
汗で濡れた額を、玲哉が優しく拭ってくれる。さっきまで、胸の中に渦巻いていた苛立ちは綺麗に消えてしまった。残ったのは、陸への申し訳無さだけだった。
「いつか。こんな日が来るって思ってた」
これまで、陸に母親の話をした事はない。陸も特に聞かなかったから、このままでいいと思ってしまった。保育園に通うようになれば、こうなる事はわかっていたのに。
「あのさ、光樹。俺も、聞いていいか?その、元奥さんの事」
「え?」
「あ、いや。別に、ヤキモチとかじゃないから。違うからな」
玲哉の焦った表情に、光樹は思わず吹き出してしまった。
「わ、笑うなよ」
「ごめん」
グッと抱き寄せられ、互いの肌がより密着する。微かに聞こえる玲哉の心音が、光樹を安心させた。
「彼女と、成瀬真菜さんと出会ったのは合コンだったんだ」
友人に無理矢理連れて行かれた合コンで、光樹は初めて酒を飲んだ。
「気がついたらホテルにいて、その、彼女と・・・」
「ヤッたのか?」
光樹は、顔を真っ赤にして頷いた。酒で朦朧とするなか、覚えているのは真菜が自分に覆いかぶさってき姿だった。
「何がなんだかわからなくて・・・。でも、気持ちよくて・・・」
それから、真菜とは連絡も取らなかった。そんなある日。臨月の彼女が光樹を訪ねてきた。お腹の中の子の父親だと言って・・・。
「なんだよ、それっ。それって・・・」
「シッ。陸が起きる」
真菜から結婚を迫られ、光樹は断れなかった。両家の両親の大反対を押し切って2人は結婚した。そういう形の結婚だったが、光樹は真菜を愛していた。明るく、積極的な彼女に惹かれていた。陸も生まれ、このまま平和な家庭を築けると思ったのだ。だが、甘かった。真菜は、ある日離婚を切り出した。
『好きな人ができたの。だから、別れて』
光樹は、陸のためにも離婚は避けたかった。だが、真菜はとにかく別れたいの一点張りで。結局、光樹は離婚届に判を押した。
「なぁ。光樹、その、言いにくいんだけど。陸とは、本当に親子なのか?」
玲哉の問に、光樹は頷く。
「調べたから、間違いないよ」
真菜は、光樹だけにではなく陸への愛情も冷めていた。光樹が陸を引き取ると言った時も、笑って押し付けてきた。
『助かるわ。彼、子供嫌いなのよ』
そう言って、振り向きもせずに出て行った。光樹は、その時に決めたのだ。陸には、母親の事を話さないと。
「でも、陸だって知る権利はあるよね」
「・・・なぁ。俺達の事も、話した方がいいんじゃないか」
玲哉の提案に、光樹が戸惑ったように視線を彷徨わせる。
「なんて、言うの?僕達の事を・・・」
「大丈夫。俺に任せろ」
玲哉が、慰めるように光樹の背中を抱く。その手が、背中からゆっくりと下へ向かった。
「え?」
「なぁ。もう一回していい?」
玲哉の指をなんなく許した場所を弄られ、光樹は反射的にしがみつく。それから、窓の外が明るくなるまで玲哉と光樹は甘い時間を過ごした。
「この人が、陸のママだよ」
1枚だけ残しておいた真菜の写真を、光樹は陸に見せた。
「ママは、どこ?」
キョトンとしたような大きな瞳に、光樹の胸が痛む。
「パパにも、わからないんだ。ママに、会いたい?」
聞けば、陸は小さく首を横に振った。
「パパとれ―やがいるからいい」
ニッコリとした笑顔に、光樹はホッとした。が、次の瞬間。思わぬ言葉が陸から放たれた。
「れ―やがママになってよ」
「へ?」
これには、光樹も玲哉も固まった。
「れ―やは、髪が長いしキレイだもん」
はしゃぐ陸に、光樹と玲哉は思わず顔を見合わせてプッと吹き出した。玲哉が陸を抱き上げる。
「陸。俺は、陸のママにはなれない。けど、陸とパパを世界中の誰よりも愛してるぞ」
そして、陸と光樹の頬にキスをする。3人だけの秘密。誰にも理解されないかもしれないが、確かに3人は家族なのだ。
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