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第一話

雨宿りの夜

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それは、見てはならない光景だった。若旦那の部屋の前を通った忠志は、僅かに開いている隙間に小首を傾げた。おまけに、中からはくぐもった声。
(まさか、若旦那様に何か・・・)
幼い頃から身体が弱かった若旦那の誠一郎。もしかすると、体調を崩しているのではと障子を開けようとした瞬間。
「あ・・・っ、んっ」
あまりにも艶めかしい声に、忠志は思わず指を止めた。そして、そっと中を覗いた忠志は瞳を大きく見開いた。そこでは、想像もしていなかった行為が行われていたのだ。
「ん・・・、ぁぁぅっ」
壁に背中を凭れされて座っている誠一郎は、両足を限界まで広げていた。着物ははだけ、乳首や太ももが露になっている。
「く・・・っ」
女性のように細い輪郭に、肩まで伸ばした黒髪。頬をバラ色に染めながら、誠一郎は自身の勃起した竿を熱心に擦っている。
(は、早く離れなくちゃ・・・っ)
忠志は、口を手で押さえそっと障子を閉めようとした。こんな姿を人に見られては大変だと。が、障子を締め切る瞬間。
「ただ・・・し・・・っ、あっ、好き・・・っ」
自身の名を呼びながら絶頂を迎えた誠一郎の姿から、忠志は目を離す事ができなかった。

(俺は、どうしたらいいんだろう)
誠一郎の淫らな姿と切なく縋るような声は、忠志の生活を変えた。つまり、誠一郎は忠志を恋愛対象として見ているという事だ。日頃の誠一郎が凛としていればしているほど、あの時の姿が蘇る。あの、美しくいやらしい姿を・・・。今宵も自分の名前を呟きながら、誠一郎はあんな事をしているのだろうか。
(い、いかん。何を考えているんだ。誠一郎様は、俺が生涯を通して仕える存在。淫らな事を思ってはならない)
忠志が地元で有名な問屋『たちばな』に奉公に出されたのは、わずか6歳の頃だった。覚える仕事も多く、先輩方からの執拗な嫌がらせもあった。それでも耐えてこれたのは、大旦那様や奥さまからの期待を一身に浴びていたからだ。

「将来、お前が誠一郎を支えるんだぞ」

耳にタコができるぐらい言い聞かされた。
数学の才に長けていた忠志は、大人でも難しい計算をあっさりとやってのけた。そろばんを弾くスピードで、忠志に勝てるものはいない。商才もあるらしく、橘夫妻は大いに期待してくれた。

「忠志。僕の部屋で一緒におやつを食べよう」

跡取りである誠一郎は身体が弱く、友達もいなかった。年が近いせいもあり、誠一郎は忠志によく懐いた。どこに行く時も一緒で、時には誠一郎をおんぶして木に登った事もあった。誠一郎の笑顔が、何よりも忠志には嬉しかった。幼いまま時が止まれば良かったと、忠志は何度も思った。成長していくにつれ、誠一郎の態度は変わってきた。忠志が話しかけても素っ気なく、目線を外される事もあった。
(やはり、使用人と主は対等にはなれない)
忠志は誠一郎との距離が離れていく事を感じていた。だが、実際は違った。誠一郎の態度が冷たくなったのは、ひとえに許されない恋心ゆえだったのだ。
(若旦那様・・・)
忠志は、いつしか誠一郎に対して邪な想いを抱くようになっていた。ほっそりとした肩を抱き締めたくなったり、薄く柔らかな唇の甘さを堪能したくなってしまった。それは、あってはならない気持ちだ。忠志は、仕事に没頭する事で誠一郎を諦めようとした。
だが、そんな時に誠一郎に縁談の話が舞い込んだ。二十歳を迎えたというのに、女性に興味を示さない誠一郎を両親が心配したのだ。
「容姿端麗で性格もいい。お前の妻に相応しいのは、彼女だけだ」
最初は断っていた誠一郎だが、結局は両親の意見に従った。トントン拍子に話は進み、婚礼の日にちが決まる。誠一郎への気持ちが恋だと自覚したばかりの忠志にとっては、あまりにも切ない失恋だった。

「忠志。挙式の前に、挨拶回りをしたいんだ」
「わかりました。お供致します」
挨拶回りをする誠一郎に付き添う事になった忠志は、冷静さを装いながらも内心は緊張していた。久しぶりの2人っきりという状況に、無意識に浮かれてしまいそうだった。
「若旦那。足元が危ないですよ」
不安定な場所で忠志が手を差し出せば、誠一郎が少しだけ驚いた顔をした。が、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「ありがとう」
そっと重ねられた手は、細くて華奢で、まるでガラス細工のようだった。うっかりすると壊してしまいそうで、忠志は慎重に支えた。
「今日は、なんだか忠志がとても男っぽく見えるね」
誠一郎が以前と変わらぬ優しい微笑みを向けてくれる。ほっそりとした輪郭が、儚げな印象を抱かせる。忠志は、自分がいかに欲深いかを知った。見ているだけて十分ではないかと言い聞かせても、心が逆らうのだ。いけない事とわかっていながら、誠一郎を抱き締めたくなる。だが、許されるはずがない。たとえ、誠一郎の心が自分に向いていてもだ。

「若旦那。あの・・・」
これからも、こうして側にいたい。それだけでいい。そう伝えようとした矢先、大粒の雨が降り始めた。
「こちらへ」
忠志は誠一郎の手を引くと、まるで廃墟のような納屋へと逃げ込んだ。幸い、小さな薪ストーブが置かれている。
雨は激しさを増していき、初夏だというのにかなり肌寒かった。横では、誠一郎が小さなくしゃみを繰り返している。
「若旦那。早く着物を脱いでください」
濡れた衣服を着ているのはよくないと考え、忠志が誠一郎に言う。誠一郎はかなり戸惑っていたが、言われた通りに着物を脱いでいく。恥ずかしそうに1枚1枚脱いでいく度に、誠一郎の華奢な身体が露になってくる。忠志は慌てて後ろを向くと、誠一郎の裸体が目に入らないようにした。
「忠志も、脱いで」
全裸になった誠一郎が、忠志を背中から抱き締める。180センチの忠志に対して、誠一郎は160センチ程だ。腕が自然と腰に回される。
「わ、若旦那。お止めくださ・・・い・・・」
誠一郎の指が忠志の帯を解く。シュルッという音と共に、足元に紺色の帯が落ちた。
「顔が見たい」
懇願するような声に、忠志は正面を向いた。薄暗い中、白魚のような手が頬に添えられる。
「あの日。見たのだろう?」
「お、俺は何も・・・」
「お前に抱かれるのを、いつも想像していた」
誠一郎の手が忠志の指を握る。そのまま口に含まれ、舌が絡まる。
「・・・っ」
ゾクゾクッとした感触が忠志の背中を駆け抜けた。壁に追い詰められ、着物が左右に広げられる。誠一郎の視線がゆっくりと下へと下りた。
「・・・感じてくれるんだね?」
嬉しそうに囁くと、誠一郎がスッとひざまずいた。そして、まさかと思った時には美しい唇に陰茎が根本まで入っていた。声にならない叫びを上げ、忠志が腰を震わす。
「いけません・・・っ、若旦那っ。そんな事を・・・っ」
だが、あまりの気持ちよさに忠志は抵抗しきれなかった。グッと掴んだ髪を、無意識に引き寄せる。その事によって、誠一郎の喉元まで先端が入った。
「ふ・・・、うっ・・・」
頬を蒸気させながら、誠一郎が熱心にしゃぶる。その舌使いは巧みで、忠志はあっという間に追い詰められた。
「あ・・・っ、んっ」
チラッと薄目を開ければ、誠一郎が美味しそうに自身を頬張っている。舌を動かす度に、白くて小さな尻が左右に揺れた。まるで、その柔らかさや甘さを教えるように。
「早く。お前の味を教えてくれ」
誠一郎の歯が、先端をハムハムと何度も甘噛みする。その刺激に、忠志は呆気なく果ててしまった。
「ずっと、お前が好きだった」
ズルズルと床に座り込んだ忠志の膝に、誠一郎が跨る。中央の欲望の証が、これ以上ない程高ぶっていた。
「私の、1度だけのワガママを聞いてくれないか」
誠一郎の指が、忠志の胸から下へとゆっくりと下りていく。慌ててその動きを止めようとしたが、心の中に生まれた期待と欲望が忠志の動きを鈍くさせた。
「私を、抱いてくれないか」
誠一郎の指が、忠志の性器をゆっくりとなぞる。細い指がやんわりと絡みついた。
「お、お止めくださいっ。若旦那」
忠志は、耳まで赤くなりその刺激に耐えた。先端を誠一郎の指にくすぐられ、熱い吐息がこぼれる。
「お願いだ。明日には、好きでもない女を抱かなくてはならないんだ。1度だけでいいから、お前と繋がりたい」
誠一郎が、この結婚を望んでいない事は知っていた。親同士が決めた、いわば政略結婚だった。
「お前が、欲しいんだ」
口づけされ、忠志の理性が崩れそうになる。だが、義理堅い忠志には大旦那夫妻を裏切れなかった。
「若旦那・・・、俺は・・・」
誠一郎は、落ちていた紺色の帯を拾うと忠志に目隠しをした。
「お前は、黙っているだけでいいよ。これは、私が勝手にした事」
誠一郎は、忠志の指を後ろにそっとあてがった。そして、ツプッと中へと入れる。
「あ・・・っ」
「わ、若旦那っ」
柔らかくて弾力のある肉壁。忠志は、自分が今触れているものの正体を知り動揺した。肉壁は、忠志の指に吸い付き離れない。まるで、誠一郎の口内のように・・・。
「んっ、ぁぁっ」
甘く高い声と同時に、忠志の胸のあたりが濡れる。ハァハァと息を整えながら、誠一郎が忠志の両肩を掴んだ。そして、ググッと腰を沈める。
「あっ、はぁっ、あっ、すごく、いい・・・っ、たまらない・・・っ」
ズッズッと腰を激しく揺さぶる誠一郎に、忠志は我慢ができなくなった。帯を外し、乱暴に誠一郎を押し倒すと主導権を握る。埃が舞う中、忠志は本能のまま誠一郎を抱いた。激しい息遣いも、甘い溜め息も、獣のような喘ぎ声も、どちらのものかはわからなかった。忠志が背筋を震わせ、誠一郎の中へと欲望を放つ。雨の音が響く中、2人は唇を重ね愛していると伝え合った。

「すまない。こんな事をして・・・」
行為の後。誠一郎がポツリと呟く。
「最初は、お前を兄のように慕っていた。両親から、最高の贈り物を貰ったと無邪気に喜んでいた」
忠志は誠一郎の汗で濡れた髪に唇を寄せて、艶めかしい裸体を引き寄せた。
「だが、いつしか気が付いてしまったんだ。私がお前に抱いてしまった。あの感情に・・・」
見つめているだけでは満足できない。思春期を迎えた誠一郎は、毎夜のように忠志の姿を想像しながら欲を満たした。
「・・・雨が止んだな」
あれだけ激しかった雨音が止んだ。まるでそれが合図とでもいうように、誠一郎が身体を離す。その腰を忠志が掴んだ。
「忠志?」
「俺は、ずっと若旦那のものです。心も身体も・・・」
明日は祝言だ。誠一郎を、自分だけのものにはできない。そんな焦れったさは、誠一郎にも伝わった。
「忠志。私の心は、お前のものだよ。お前以外と寝ても、心はお前に抱かれている」
忠志は、誠一郎に口づけした。そして、引き寄せられ再び1つになる。それは、彼らにとって紛れもない契の儀式だった。
雨が、再び降り始めた。まるで、2人を外の世界から守るように。


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