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第七章

美しく完璧な執事は、恋人の心を守りたい

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ザッ、ザッと音を立てながら陽太は玄関近くを竹箒で掃いていた。
「はぁ」
本当はもっといろんな手伝いをしたいのに、智樹はそれを許してくれない。渡されたのは、この竹箒だ。だが、その理由も陽太はわかっている。
(昨日は、5枚。その前の日は、3枚だもんな)
生まれながらに不器用なのか、陽太は何をしてもうまくはいかなかった。皿洗いをすれば、必ず何かしら割ってしまう。水を入れずに米を炊こうとしたり、魚を丸焦げにしたりと。結局、智樹に迷惑をかけている。
(これじゃあ、恋人失格だよな)
陽太の恋人である小野智樹は、生まれながらに執事としての英才教育を受けてきた。動作に無駄は一切なく、立ち居振る舞いは常に紳士然としていた。その智樹と恋人同士となって、はや半年。陽太は、少しでも智樹に追いつきたかった。
「あっ」
竹箒が近くに置いてあったバケツに当たり、中に入れておいた落ち葉が広がる。陽太は、ガックリと肩を落とした。
「勘弁してよぉ」
半べそをかきながら庭掃除をしていれば、不意に足音が聞こえる。
「え?」
「やぁ」
そこには、柔らかな笑みを浮かべた男が立っていた。彫りの深い顔立ちに、紺色の背広。だが、その眼差しに隙はなかった。
「君が、陽太君かな」
いきなり名前を呼ばれて、陽太はドキッとする。だが、ここで怖気づいてはいけないと両足に力を入れた。
「な、なんの御用ですか?」
「ああ。俺は、前原智樹。ここのご主人様に用があってね」
前原は、陽太の全身を上から下まで舐めねぶるように見つめた。まるで、蛇が獲物を睨んだ時のようだと陽太は感じた。
「君の噂は聞いてるよ」
前原が一歩前に出ると、思わず陽太は一歩下がった。前原が楽しそうに陽太を見下ろす。どこかサディスティックなその瞳は、陽太にある人物を思い出させた。
「黒川芳太郎のオモチャだったんだろ?」
陽太の背筋を、冷たい汗が流れた。思った通りの反応だったのか、前原がニッコリと笑う。
「君は、いつまでこの屋敷にいる気だ?」
「・・・え?」
前原の指が、陽太の顎を持ち上げる。
「わからないのか?君がここにいるってわかったら、世間はどう思う?」
陽太の身体から血の気が引いた。総真や智樹の優しさに包まれていて、考えもつかなかった。自分の存在が、智樹達の足を引っ張るなんて・・・。
「君が総真様に恩を感じるなら、早く去る事を進めるよ」
前原は陽太の耳にそう吹き込むと、玄関へ向った。残された陽太は、ただジッと足元を見つめる事しかできなかった。
「前原様」
呼び鈴の音に玄関へ向った智樹は、表情1つ変えずに対応した。
「久しぶりだね。相変わらず綺麗だな」
前原は智樹の横を通り過ぎると、まるで自分の家のように居間へと向った。
「そうだ。庭で陽太君に会ったよ。素朴だけど、どこか色気を感じさせる子だね」
智樹の表情は、一見するといつもと変わらない。だが、その亜麻色の瞳には明らかに焦りの色が見えた。そして、その事を前原は見逃さなかった。
「ご要件はなんでしょうか」
「実は、園村がパーティーを開く事になってね。総真様にもぜひご出席いただきたい」
智樹は、差し出された招待状を一瞥した。
「お伝えしておきます」
智樹の返事に、前原は満足そうに頷いた。ふと真顔になる。
「ところで、いつまであの子をここに置くつもりだ?」
「どういう意味ですか?」
前原は、芝居がかったような仕草で首を横に振った。
「それでも平野家の執事か?黒川芳太郎のオモチャなんかを置いておくなんて・・・」
そう言って顔を上げた和彰は、次の瞬間凍りついた。智樹の亜麻色の瞳に、ユラリと怒りの光が宿ったのだ。
「他に言いたい事はあるか?」
和彰は、まるで両足が地面にくっついたかのように動けなかった。本能的な恐怖からか、作り笑いすら浮かべられない。
(くそっ。この俺が、智樹に負けるだなんて・・・っ)
前原家に生まれた者は、代々秘書や執事として育てられた。幼い頃から秀才と言われた和彰は、周囲からの注目を集める事が前原にとっては最高の喜びだった。が、その注目はある人物の出現によって奪われた。
小野智樹。同い年でありながら、彼の実力は計り知れなかった。6歳にして5ヶ国語を操り、ピアノやヴァイオリンはプロ級。その洗練された動作は、たちまち社交界で話題となった。前原は、その存在感に圧倒された。わざと智樹を挑発するのは、彼に認められたいからだ。
せめて、対等だと知らしめたかった。だが、そうではなかった。そもそも、智樹は前原をライバルだなんて思ってもいないのだ。和彰は、ギリッと唇を噛み締めた。だが、不意に唇に笑みを浮かべた。
「君の恋人に、申し訳ない事をしたな」
ピクッと智樹の眉が動く。
「陽太に何を言った?」
「ちょっと、ね」
前原は詳しく言わずに去って行った。智樹が慌てて陽太を探すと、庭の大きな樹に腰掛けていた。
「陽太っ」
呼ぶと、陽太が慌てて目元を擦った。おそらく、泣いていたのだろう。だが、そんな素振りは見せなかった。
「今、そっちへ行く」
智樹が言えば、陽太が慌てた。
「ダ、ダメッ。来ないでっ」
だが、智樹はスルスルと木を登った。そして、あっという間に陽太の前に辿り着く。大きな瞳は見開かれ、ポロポロと涙が溢れた。何も言わなくても、わかっている。
「ど、うしよう・・・っ。俺、俺・・・っ」
強く抱き締めれば、恐る恐る抱き返してくる。胸に顔を埋めたまま、陽太がしゃくりあげながら叫んだ。
「智樹や旦那様のために、ここを離れなきゃいけないのに・・・っ。できない・・・っ。こんなに、優しい場所、離れたくない・・・っ」
智樹は、何度も何度も陽太の髪を撫でた。どれだけ悩んだのか、どれだけ苦しんだのか。智樹にできる事は、震える身体を抱き締めるだけだった。
その夜。
智樹は、いつも以上に陽太を熱心に愛した。まるで、身体で想いを伝えるように。
「や・・・ぁっ、智樹っ。もういいってば・・・っ」
枕に顔を埋めて、陽太が泣き声をあげる。智樹は、小さな蕾に躊躇いなく舌を差し込んだ。身体で伝えたかったのだ。こうして抱くのは、心から愛しているからだと。ずっと側にいてほしいからだと。
「力を抜いてろ。ゆっくりいくからな」
「う・・・ん・・・っ、あっ、はぁっ」
ズッと太い塊が挿入される瞬間。陽太が背中をのけ反らせる。
「く・・・っ、あっ、はぁっ、あっ、あ・・・ぁっ」
首筋に軽く歯を立てながら、身体のあちこちを愛撫する。
陽太が甘い声を上げながら達すると同時に、智樹も精を放った。
「・・・お前が出ていく事は何もない」
裸の胸に抱き寄せれば、陽太がビクッと震えた。
「でも、俺の過去が明らかになれば・・・」
陽太にとって怖いのは、自分の過去のせいで智樹や総真に迷惑をかける事だ。
かつて、黒川芳太郎という男に身体をオモチャのように扱われた。口で言う事もできないような仕打ちをさんざんされた。細く華奢な身体には、今もその傷が残っている。陽太にとって、忘れたくても忘れられない過去。
「すまない。側にいながら守ってやれなかった」
前原という男の性格を知っていながら、その行動を予測できなかった。智樹は、陽太を安心させるように「大丈夫」と繰り返した。
「お前の過去が周囲に知られたとしても、私や旦那様が傷付く事はない」
陽太は、智樹の腕に抱かれながら少しづつ落ち着いていく自分を感じた。
「やっと寝たか」
スースーと寝息を立てる陽太に安堵し、智樹はそっとその身体を布団に横たえた。先程は陽太を安心させるようにああ言ったが、その胸中には不安と焦りが渦巻いていた。
(・・・前原か)
昔から、智樹は前原が苦手だった。できたら関わりたくない相手だ。だが、愛する恋人を守るためには何か策を練らなくてはならない。智樹は、陽太の寝顔を見つめながら眠れない夜を過ごした。







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