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第二章
完璧で美しい執事は、溺愛する使用人を誰にも渡さない
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大きな物音と同時に扉が壊れた。部屋の中では、怒りに肩を震わせた大男が暴れている。
「どうなさいましたっ。芳太郎様っ」
駆けつけた使用人達が怖々と声をかけると、恰幅がいいその男がギロリと周囲を睨み付けた。
「まだ陽太は見つからないのかっ」
黒川芳太郎。黒川家の一人息子で、その気性はかなり激しい。
側近が怖々と口を開く。
「それが、まだ見つかっていません。方々探しているのですが・・・」
「何をやってるっ。早く連れてこいっ」
芳太郎は、ギリギリと歯軋りをした。たまたま見かけた陽太を気に入った芳太郎は、大金を積んで自分のものにした。どんなひどい扱いをしても、決して屈しなかった陽太を芳太郎は気に入っていた。泣かせて、喘がせて、屈服させたかったのだ。
3ヶ月前。陽太はどうやってかわからないが、この屋敷から逃亡した。すぐに見つかるだろうと思っていたのに、なかなかその消息はわからなかった。芳太郎の苛立ちは頂点に達しようとしていた。
「陽太の奴っ。オレ様から逃げられると思うなよっ」
芳太郎の低い声が、屋敷中に響き渡った。
平野家の朝は早い。
空がほんのり明るくなってきた頃、この家の執事である小野智樹は目を覚ます。燕尾服に着替え、鏡の前で身だしなみをチェックし銀の懐中時計を用意する。
やや長めの亜麻色の髪と、黙っていると無機質な亜麻色の瞳。その容姿は女性的ではないものの、とても美しい造形をしていた。届いた新聞にアイロンをかけ、奥の部屋にいる主へと届ける。
「旦那様。朝刊をお持ちしました」
そっとふすまを開け、恭しく新聞を中へと差し込む。人が動く気配に、智樹はホッと胸を撫で下ろした。かなりの資産と影響力を持つ平野家は、周囲から常に注目されていた。
主の聡真は、度重なる裏切りに心を塞いでしまった。執事として仕える智樹にさえ、その姿を滅多に見せてはくれなくなったのだ。
「今朝の体調は・・・」
智樹が言いかけた時、台所の方からけたたましい音が聞こえてきた。智樹が小さく溜め息を吐く。
「失礼いたします。陽太がまた何やらしでかしたようです」
智樹が台所へ向かう音に、聡真はクスクスと笑った。
「陽太?」
台所では、割れた皿を拾い集めている陽太がいた。漆黒の短い髪と、大きくつぶらな瞳がとても印象的な少年だ。ヨモギ色の着物が白い肌によく映えている。
「またやったのか」
静かに言えば、ハッと陽太が顔を上げた。前髪の隙間から、怯えたような瞳が智樹を見つめる。
3ヶ月前からこの家で使用人として雇われている陽太だが、かなりの不器用らしく、何をしてもドジばかりだ。それでも一生懸命に智樹の手伝いをしようとしている姿に、智樹は愛おしさを感じている。
「後は私がやろう」
「いいって、あっ」
陽太の指を陶器の破片が掠める。ツッと一筋の血が流れた。
「大丈夫か?」
智樹が心配そうに指に触れる。それだけで、陽太の心臓がドキリと跳ね上がった。
「平気、平気。こんなの舐めときゃ治るよ。えっ」
陽太が驚いた声を上げた。智樹が陽太の傷ついた指を口に含んだのだ。
「あっ」
傷に舌が触れる度に、陽太の胸がドキドキする。舌は、傷を労っているだけなのだが妙に官能的だ。昨夜、陽太の身体は隅々まで智樹の舌に愛されたのだ。自分では直接見たことがない場所まで、智樹の舌に愛撫され、感じた。舌が動く度に、昨夜の記憶がどんどん蘇ってくる。陽太の中に、欲望という名の熱が生まれた。
「い、いいよ。そんなこと、しなくても」
やがて、智樹の舌は傷以外の場所にも触れてくる。ゾクゾクとした感覚が背筋を襲い、たまらずに陽太は目を閉じた。
「まだ、慣れないのか?」
小さく笑みを浮かべて智樹が尋ねる。恋人同士となり、既に肌も合わせている。なのに、まだ陽太は智樹に触れられることに慣れていないらしい。智樹が触れる度に、耳まで真っ赤になっていた。智樹は、そんな陽太が可愛くて仕方ない。
「昨夜の陽太は、いつもより色っぽかったな」
「言うなっ、てばっ、あっ」
「とても、綺麗だった」
ゆっくりと口づければ、智樹の腕の中で陽太が微かに動く。逃げようとする腰を強く抱き締め、智樹は小さく柔らかな舌を味わった。やがて陽太もその動きに答え、恋人同士は甘い時間を過ごすことを選んだ。智樹の、白い手袋を履いた手が陽太の着物を脱がせようとした時。
ゴホンッという咳払いが、甘い空気を一瞬にして壊した。
「あー、お取り込み中悪いんだけど」
そこには、彫りの深い顔立ちをした男が立っていた。手には小豆色の包み紙を持っている。
「涼雅」
智樹はムッと顔をしかめると、陽太を背中に隠した。
深山涼雅は、智樹の数少ない友人の1人だ。表向きは「蜜月堂」という和菓子屋を営んでいるが、本業は別にある。
「これ、芋羊羹。旦那様、好きだろ?」
「芋羊羹?」
陽太の瞳がキラキラと輝く。
「美味いぞ」
陽太に向って、涼雅がニカッと笑う。
「部屋の中だ。その野暮ったい帽子を脱げ」
「はいはい」
涼雅が帽子を脱ぐと、フワッと金色の長い髪が広がった。
「わぁ・・・っ」
陽太は、涼雅の金色に輝く髪の美しさに思わず声を上げた。
「俺の父親は異国のもんでさ。珍しいだろ?」
涼雅が問えば、陽太がコクコクと頷く。
「今度、店に遊びに来いよ。うまいあんみつ食べさせてやるからさ」
「あんみつ?」
「知らねーのか?キラキラしていて甘くて、とってもうまいんだぞ」
「へぇ」
陽太が楽しそうに涼雅の話に耳を傾けていると、智樹が小皿に芋羊羹を盛り付けて戻ってきた。小皿には、綺麗に切られた芋羊羹が二切れ乗っている。
「陽太。旦那様の所に運んでくれ。もう1つはお前の分だよ」
「はーい」
陽太は智樹に言われて、芋羊羮とお茶を運んで行った。
智樹が涼雅に向き直る。
「椿さんは元気か?」
「元気だよ。心配ない」
涼雅は、ニヤニヤと智樹の澄ました顔を見つめた。
「なんだ?」
「いーや。お前でもあんな甘々な顔するんだな。俺はさ、お前には性欲なんてないって思ってたぜ」
涼雅の言葉に智樹は、コホンッと小さく咳払いをした。自分でも驚いているのだ。これまで、智樹は性欲というものとは無縁だった。なのに、陽太の事は抱きたいと毎日思ってしまう。
「それで。なにかわかったんだろ?」
智樹が声を潜めると、涼雅の表情もガラリと変わった。
「ああ。お前の考え通り、黒川の手下が隣街まで来てた」
「やはりそうか」
智樹は、忌々しげに爪を噛んだ。黒川芳太郎は、執念深い男だと聞く。陽太の事を、諦めたとは思えない。
「早く、なんとかしなければ・・・」
口では言わないが、陽太はいまだに黒川芳太郎の影に怯えている。少しでも陽太を安心させたくて、密かに黒川の動きを探ってもらったのだ。
「どうする?」
「旦那様に相談してみる。悪いが、また頼むかもしれない」
「へいへい。相変わらず、人使いが荒いな」
涼雅の言葉に、智樹は思わず眉を潜めた。
「それがお前の仕事だ」
「はいはい」
「はいは一回にしろ」
「・・・うるせーな」
涼雅の仕事は、平野家を陰から支える事だ。特に、情報収集をしたら天下一品だ。
「で、どうすんだ?陽太に教えるのか?」
「しばらく様子を見ることにする」
いたずらに教えて陽太を動揺させたくない。智樹は、できるだけ早くこの問題を解決することを決めた。
敷地から出てはならないと言われている陽太だが、庭先は許されていた。ホウキで掃除をしていれば、呉服屋の主人が訪ねてきた。
「こんにちは」
丁寧に挨拶をすれば、主人がジロジロと陽太を見つめた。
「あの、俺の顔になにかついてますか?」
「あ、いえね。さっき、人探しをしている男に声をかけられたんだよ。お前さんによく似てると思ってね」
ドクンッと心臓が跳ね上がる。
「黒川家の奴らでね。騒がしいったらないよ」
陽太は、血の気がサーッと引いていくの感じた。
「まるで女の子みたいな子だったよ。お前さんは、違うな」
主人はカッカッカッと豪快に笑うと、そのまま玄関へと向かった。陽太は、足をガクガクと震わせながら母屋へと向かった。が、途中でその足を止める。
(奴らはきっとこの屋敷にも来る。あんな奴らが来たら、旦那様は?智樹は?)
陽太は、誰よりも黒川芳太郎という男を理解しているつもりだ。自分が欲しいものは、力づくで手に入れる。
もし、ここにいれば間違いなく聡真や智樹がケガをしてしまう。だが、陽太がここを逃げ出したところで、智樹達の安全はわからない。
陽太は、踵を返すとそのまま駆け出した。智樹や聡真と離れたくはないけど、2人が傷つくのはもっと嫌だった。2人を守るためなら、なんだってすると陽太は決めた。
「陽太っ。陽太っ」
呉服屋の主人から大体の話を聞いた智樹は、慌てて家を飛び出した。そこには、倒れたホウキがあるだけだった。おそらく、黒川芳太郎の元へ向かったのだ。
(私達を巻き込まないために・・・)
智樹は、内なる怒りを鎮めて聡真の部屋へと向かった。
「旦那様。これから、涼雅と共に陽太を迎えに行ってまいります。しばらくの留守をお許しください」
閉められた襖に向かって頭を下げれば、スッと1枚の便箋が流れてくる。聡真にも、大体のことはわかったらしい。
『後のことは私に任せなさい。遠慮することはないからね。必ず陽太を連れて戻っておいで』
「わかりました」
再び頭を下げた智樹が顔を上げた時、その瞳には怒りの光が宿っていた。
その頃、陽太は馬車に揺られていた。横には、芳太郎が満足そうに笑みを浮かべている。
「しばらく会わないうちに、ますます艶っぽくなったな」
「や・・・っ」
着物の上から身体をまさぐられ、陽太は怯えたように身をよじった。嫌悪感に冷や汗が流れてくるが、陽太はじっと耐えた。
「お前がいけないんだぞ。俺から逃げようとするから。だが、自分から出てきたってことは、やっぱり俺の身体が忘れられなかったんだな」
芳太郎が、分厚い唇を陽太に押し当てる。ゾワゾワとした悪寒が陽太の背筋を這い上がった。
「今夜が楽しみだな。久しぶりにお前の身体を堪能できる」
ニヤニヤと笑いながら、芳太郎が陽太の頬や首筋を舐める。
「どうだ?感じるだろう?」
陽太の襟元を寛げた芳太郎は、小さな乳首を力任せに摘まんだ。痛みに涙を滲ませながらも、陽太は耐えた。だが、芳太郎の指がピタッと止まる。
「な、んだ。これはっ」
陽太は、ハッと襟元を合わせた。
そこには、まるで花びらのような鮮やかな痕がいくつもついていた。智樹が昨夜つけた、愛の印だ。
「てめぇ、男ができたなっ」
芳太郎は、狭い馬車の中で陽太の頬を叩いた。そして、嫌がる陽太の帯を解き前を左右に開いた。痕は内股の辺りにも広がっている。
「やめっ、嫌だっ」
逆らえば容赦なく頬が叩かれ、性器を乱暴に掴まれた。
「痛っ、やだっ」
「この着物にしても、ずいぶん高級なもんだ。言えっ、どこの誰と寝たっ」
だが、陽太は決して言わなかった。こんな男に智樹が傷つけられるのは、絶対に嫌だったのだ。
芳太郎は、ニヤリと笑うと小瓶の液体を無理矢理陽太に飲ませる。
「ゲホッ、ゴホッ」
甘ったるい味に、陽太は激しくむせた。
「久しぶりだろ?屋敷につく頃には効いてくる」
陽太は、この液体の正体を知っている。外国から取り寄せたという媚薬で、陽太は何度も使われた。
(嫌だっ。智樹以外となんて、絶対に嫌だっ)
馬車の窓に視線を移す。そろそろ、大きな川にさしかかる筈だ。脱出のチャンスはその時だと、陽太が唇を噛み締めた時。
ガクンッと音がして、馬車が急に止まった。
「な、なんだっ」
驚いた芳太郎が陽太から手を離す。陽太の身体がぐったりとドアに凭れた。
ドアが開き、長い腕が陽太を抱き上げる。恐る恐る目を開ければ、そこには泣きそうな顔で微笑む智樹がいた。
「智樹。ダメだ、よ。逃げて」
弱々しい声で陽太が言えば、智樹の腕にはますます力が込められた。その光景を見ていた芳太郎が怒り狂ったように叫んだ。
「貴様っ。貴様だなっ、俺の陽太に手を出した奴はっ」
「俺の?」
芳太郎の言葉に、智樹の表情が険しくなる。冷たい視線が芳太郎を捉えた。
「ただで帰すと思うなっ」
芳太郎が合図をすれば、数人の男達が智樹と陽太を囲む。
「智樹っ」
青ざめた陽太が智樹を見上げた。芳太郎が雇っているのは、街のごろつきで百戦錬磨ばかりだ。だが、智樹はとても落ち着いていた。いつものように・・・。
「陽太。目を閉じていなさい」
「え?」
「大丈夫だ。私が、お前を守ってやる」
力強い声に、陽太はギュッと目を閉じた。智樹がそう言うなら、なんの問題もない。両手でしがみつき、安心した表情を浮かべた。
すると、ものすごい速さで智樹が動いたのがわかる。陽太の耳に怒号や悲鳴が聞こえてきた。やがて、バタバタと大きな音がして、怯えたような芳太郎の声が響いた。
「ひ、平野っ。貴様、平野家の者なのかっ?」
「わかっていただけましたか。当主は今回のことでかなり怒っております。どうかご覚悟を」
智樹が、表情1つ変えず言えば芳太郎がガタガタと震えだした。
「頼むっ。許してくれっ」
追いすがる芳太郎に、智樹は氷よりも冷たい視線を向けた。
「私の陽太を傷つけたこと、たっぷりと後悔するといい」
芳太郎を一瞥すると、智樹は陽太を連れてその場を離れた。
「もう大丈夫だ。陽太」
いつもの穏やかな智樹の声に、陽太がそっと目を開ける。そこには、穏やかな智樹の笑顔があった。陽太は、智樹の胸に顔を埋め、声もなく泣き出した。
「智樹」
どこからともなく涼雅が現れ、気遣わしげに陽太を見た。彼は、陽太の頭をくしゃっと撫でると、茶封筒を智樹に渡す。
「悪いな」
「そういうこと言うなって。じゃな、陽太」
涼雅が走り去った後、智樹は陽太の身体を大切に抱き締めながら、屋敷への道を進んだ。
身体が、熱い。屋敷に戻って数時間後。陽太は、下半身に集まる熱に唇を噛み締めた。芳太郎に飲まされた媚薬が、少しづつ効果を発揮した。先程から陽太の性器は触れてもいないのに硬く反り返り、蕾はヒクヒクと震えている。智樹に、こんな浅ましい姿を見られる訳にはいかない。陽太は、何よりも智樹に嫌われることが怖かった。
「寝たのか?」
陽太が布団を被って震えていれば、智樹の声がした。
「陽太?」
智樹が部屋に入ってくる音に、陽太は慌てて寝たフリをした。だが、そんなことは智樹にお見通しだ。布団が強引に剥ぎ取られる。
「見ないでっ、見ないでっ」
全身に汗をかきながら、陽太が懇願する。智樹は、陽太を抱き上げてギュッと抱き締めた。
「何をされたんだ?」
陽太は、芳太郎に媚薬を飲まされた事を告げた。
「大丈夫。ジッとしてれば、すぐにおさまるから」
笑おうとして、失敗した。陽太は、唇を噛み締めると俯いた。
「大丈夫だ。そのままジッとしていろ」
智樹の指が、陽太の帯をスルッと外す。咄嗟に陽太は、その指を押しのけた。
「や・・・っ。俺、いつもと、違う。嫌われたく、ない」
「言ったろ?乱れるお前は綺麗だと」
「・・・え?」
口付けは、いつもよりも静かで深いものだった。
「はあっ、あっ、んっ、あっ」
浴衣を脱がされ、布団の上に寝かされた陽太の身体を、智樹が丁寧に愛撫していく。プクッと立ち上がった小さな突起を指でクニクニと捏ねられ、鎖骨を舐められる。それだけなのに陽太はイッてしまった。行為が始まって僅か5分足らずのことだった。おまけに、性器には触れられてもいないのだ。
「は、ずかしい・・・っ」
太ももを伝う生暖かい感覚に、陽太は両手で目元を覆った。触れられたところが、すべて性感帯になったみたいだ。
「お願い・・・っ。嫌いにならないで・・・っ」
いくら媚薬のせいとはいえ、こんな自分を智樹は軽蔑するだろう。そう思うと哀しくて仕方なかった。だが、智樹は優しく額に唇を当てる。
「最初の時にも言っただろう。恥ずかしいことじゃないと」
「うっ、うん」
智樹が浴衣を脱ぎ捨てる。
「私だって男だ。お前の姿を見ればこうなる。これは、自然なことなんだよ」
陽太は、やっと身体から力を抜いた。智樹に触れられたい。感じたいと思うのは、とても自然なことなのだ。媚薬の力など関係なく、心から智樹を求めているのだから。
「智樹が、欲しい」
恥ずかしがりながらも陽太が言えば、智樹がすぐに願いを叶えてくれた。
「あぁっ・・・っ、あっ」
智樹に貫かれ、揺さぶられ、やがて、なにも考えられなくなった。
「あっ、あっ、智樹っ。好き」
舌ったらずな口調が、普段よりも陽太を幼く見せる。そんな陽太の姿は、智樹の独占欲を刺激した。
「愛してるっ。誰にも、お前を汚させたりしない」
智樹の両腕がグッと陽太の腰を引き寄せた瞬間。陽太の中に智樹の精が解き放たれ、陽太もまた絶頂を迎えた。
恋人同士の激しく熱い夜は、しばらく終わりそうになかった。
数日後。新聞に黒川の名前があった。漢字が得意ではない陽太は、なんて書いてあるのかを智樹に尋ねる。
「黒川芳太郎は、事業の都合で外国に行くそうだよ。もう日本には戻らないらしい」
「そうなんだ」
心から安堵したように陽太が微笑む。
(本当は、違うがな)
黒川芳太郎は、外国に自国の情報を売ったとして国外追放になったのだ。涼雅が調べてくれた情報のおかげだ。
「智樹?」
「なんでもない。さぁ、早く庭掃除してきなさい」
「はーい」
それを、陽太に知らせる必要はないと智樹は思った。
一番見たかった陽太の笑顔を見ながら、智樹は黙って微笑んだ。
「どうなさいましたっ。芳太郎様っ」
駆けつけた使用人達が怖々と声をかけると、恰幅がいいその男がギロリと周囲を睨み付けた。
「まだ陽太は見つからないのかっ」
黒川芳太郎。黒川家の一人息子で、その気性はかなり激しい。
側近が怖々と口を開く。
「それが、まだ見つかっていません。方々探しているのですが・・・」
「何をやってるっ。早く連れてこいっ」
芳太郎は、ギリギリと歯軋りをした。たまたま見かけた陽太を気に入った芳太郎は、大金を積んで自分のものにした。どんなひどい扱いをしても、決して屈しなかった陽太を芳太郎は気に入っていた。泣かせて、喘がせて、屈服させたかったのだ。
3ヶ月前。陽太はどうやってかわからないが、この屋敷から逃亡した。すぐに見つかるだろうと思っていたのに、なかなかその消息はわからなかった。芳太郎の苛立ちは頂点に達しようとしていた。
「陽太の奴っ。オレ様から逃げられると思うなよっ」
芳太郎の低い声が、屋敷中に響き渡った。
平野家の朝は早い。
空がほんのり明るくなってきた頃、この家の執事である小野智樹は目を覚ます。燕尾服に着替え、鏡の前で身だしなみをチェックし銀の懐中時計を用意する。
やや長めの亜麻色の髪と、黙っていると無機質な亜麻色の瞳。その容姿は女性的ではないものの、とても美しい造形をしていた。届いた新聞にアイロンをかけ、奥の部屋にいる主へと届ける。
「旦那様。朝刊をお持ちしました」
そっとふすまを開け、恭しく新聞を中へと差し込む。人が動く気配に、智樹はホッと胸を撫で下ろした。かなりの資産と影響力を持つ平野家は、周囲から常に注目されていた。
主の聡真は、度重なる裏切りに心を塞いでしまった。執事として仕える智樹にさえ、その姿を滅多に見せてはくれなくなったのだ。
「今朝の体調は・・・」
智樹が言いかけた時、台所の方からけたたましい音が聞こえてきた。智樹が小さく溜め息を吐く。
「失礼いたします。陽太がまた何やらしでかしたようです」
智樹が台所へ向かう音に、聡真はクスクスと笑った。
「陽太?」
台所では、割れた皿を拾い集めている陽太がいた。漆黒の短い髪と、大きくつぶらな瞳がとても印象的な少年だ。ヨモギ色の着物が白い肌によく映えている。
「またやったのか」
静かに言えば、ハッと陽太が顔を上げた。前髪の隙間から、怯えたような瞳が智樹を見つめる。
3ヶ月前からこの家で使用人として雇われている陽太だが、かなりの不器用らしく、何をしてもドジばかりだ。それでも一生懸命に智樹の手伝いをしようとしている姿に、智樹は愛おしさを感じている。
「後は私がやろう」
「いいって、あっ」
陽太の指を陶器の破片が掠める。ツッと一筋の血が流れた。
「大丈夫か?」
智樹が心配そうに指に触れる。それだけで、陽太の心臓がドキリと跳ね上がった。
「平気、平気。こんなの舐めときゃ治るよ。えっ」
陽太が驚いた声を上げた。智樹が陽太の傷ついた指を口に含んだのだ。
「あっ」
傷に舌が触れる度に、陽太の胸がドキドキする。舌は、傷を労っているだけなのだが妙に官能的だ。昨夜、陽太の身体は隅々まで智樹の舌に愛されたのだ。自分では直接見たことがない場所まで、智樹の舌に愛撫され、感じた。舌が動く度に、昨夜の記憶がどんどん蘇ってくる。陽太の中に、欲望という名の熱が生まれた。
「い、いいよ。そんなこと、しなくても」
やがて、智樹の舌は傷以外の場所にも触れてくる。ゾクゾクとした感覚が背筋を襲い、たまらずに陽太は目を閉じた。
「まだ、慣れないのか?」
小さく笑みを浮かべて智樹が尋ねる。恋人同士となり、既に肌も合わせている。なのに、まだ陽太は智樹に触れられることに慣れていないらしい。智樹が触れる度に、耳まで真っ赤になっていた。智樹は、そんな陽太が可愛くて仕方ない。
「昨夜の陽太は、いつもより色っぽかったな」
「言うなっ、てばっ、あっ」
「とても、綺麗だった」
ゆっくりと口づければ、智樹の腕の中で陽太が微かに動く。逃げようとする腰を強く抱き締め、智樹は小さく柔らかな舌を味わった。やがて陽太もその動きに答え、恋人同士は甘い時間を過ごすことを選んだ。智樹の、白い手袋を履いた手が陽太の着物を脱がせようとした時。
ゴホンッという咳払いが、甘い空気を一瞬にして壊した。
「あー、お取り込み中悪いんだけど」
そこには、彫りの深い顔立ちをした男が立っていた。手には小豆色の包み紙を持っている。
「涼雅」
智樹はムッと顔をしかめると、陽太を背中に隠した。
深山涼雅は、智樹の数少ない友人の1人だ。表向きは「蜜月堂」という和菓子屋を営んでいるが、本業は別にある。
「これ、芋羊羹。旦那様、好きだろ?」
「芋羊羹?」
陽太の瞳がキラキラと輝く。
「美味いぞ」
陽太に向って、涼雅がニカッと笑う。
「部屋の中だ。その野暮ったい帽子を脱げ」
「はいはい」
涼雅が帽子を脱ぐと、フワッと金色の長い髪が広がった。
「わぁ・・・っ」
陽太は、涼雅の金色に輝く髪の美しさに思わず声を上げた。
「俺の父親は異国のもんでさ。珍しいだろ?」
涼雅が問えば、陽太がコクコクと頷く。
「今度、店に遊びに来いよ。うまいあんみつ食べさせてやるからさ」
「あんみつ?」
「知らねーのか?キラキラしていて甘くて、とってもうまいんだぞ」
「へぇ」
陽太が楽しそうに涼雅の話に耳を傾けていると、智樹が小皿に芋羊羹を盛り付けて戻ってきた。小皿には、綺麗に切られた芋羊羹が二切れ乗っている。
「陽太。旦那様の所に運んでくれ。もう1つはお前の分だよ」
「はーい」
陽太は智樹に言われて、芋羊羮とお茶を運んで行った。
智樹が涼雅に向き直る。
「椿さんは元気か?」
「元気だよ。心配ない」
涼雅は、ニヤニヤと智樹の澄ました顔を見つめた。
「なんだ?」
「いーや。お前でもあんな甘々な顔するんだな。俺はさ、お前には性欲なんてないって思ってたぜ」
涼雅の言葉に智樹は、コホンッと小さく咳払いをした。自分でも驚いているのだ。これまで、智樹は性欲というものとは無縁だった。なのに、陽太の事は抱きたいと毎日思ってしまう。
「それで。なにかわかったんだろ?」
智樹が声を潜めると、涼雅の表情もガラリと変わった。
「ああ。お前の考え通り、黒川の手下が隣街まで来てた」
「やはりそうか」
智樹は、忌々しげに爪を噛んだ。黒川芳太郎は、執念深い男だと聞く。陽太の事を、諦めたとは思えない。
「早く、なんとかしなければ・・・」
口では言わないが、陽太はいまだに黒川芳太郎の影に怯えている。少しでも陽太を安心させたくて、密かに黒川の動きを探ってもらったのだ。
「どうする?」
「旦那様に相談してみる。悪いが、また頼むかもしれない」
「へいへい。相変わらず、人使いが荒いな」
涼雅の言葉に、智樹は思わず眉を潜めた。
「それがお前の仕事だ」
「はいはい」
「はいは一回にしろ」
「・・・うるせーな」
涼雅の仕事は、平野家を陰から支える事だ。特に、情報収集をしたら天下一品だ。
「で、どうすんだ?陽太に教えるのか?」
「しばらく様子を見ることにする」
いたずらに教えて陽太を動揺させたくない。智樹は、できるだけ早くこの問題を解決することを決めた。
敷地から出てはならないと言われている陽太だが、庭先は許されていた。ホウキで掃除をしていれば、呉服屋の主人が訪ねてきた。
「こんにちは」
丁寧に挨拶をすれば、主人がジロジロと陽太を見つめた。
「あの、俺の顔になにかついてますか?」
「あ、いえね。さっき、人探しをしている男に声をかけられたんだよ。お前さんによく似てると思ってね」
ドクンッと心臓が跳ね上がる。
「黒川家の奴らでね。騒がしいったらないよ」
陽太は、血の気がサーッと引いていくの感じた。
「まるで女の子みたいな子だったよ。お前さんは、違うな」
主人はカッカッカッと豪快に笑うと、そのまま玄関へと向かった。陽太は、足をガクガクと震わせながら母屋へと向かった。が、途中でその足を止める。
(奴らはきっとこの屋敷にも来る。あんな奴らが来たら、旦那様は?智樹は?)
陽太は、誰よりも黒川芳太郎という男を理解しているつもりだ。自分が欲しいものは、力づくで手に入れる。
もし、ここにいれば間違いなく聡真や智樹がケガをしてしまう。だが、陽太がここを逃げ出したところで、智樹達の安全はわからない。
陽太は、踵を返すとそのまま駆け出した。智樹や聡真と離れたくはないけど、2人が傷つくのはもっと嫌だった。2人を守るためなら、なんだってすると陽太は決めた。
「陽太っ。陽太っ」
呉服屋の主人から大体の話を聞いた智樹は、慌てて家を飛び出した。そこには、倒れたホウキがあるだけだった。おそらく、黒川芳太郎の元へ向かったのだ。
(私達を巻き込まないために・・・)
智樹は、内なる怒りを鎮めて聡真の部屋へと向かった。
「旦那様。これから、涼雅と共に陽太を迎えに行ってまいります。しばらくの留守をお許しください」
閉められた襖に向かって頭を下げれば、スッと1枚の便箋が流れてくる。聡真にも、大体のことはわかったらしい。
『後のことは私に任せなさい。遠慮することはないからね。必ず陽太を連れて戻っておいで』
「わかりました」
再び頭を下げた智樹が顔を上げた時、その瞳には怒りの光が宿っていた。
その頃、陽太は馬車に揺られていた。横には、芳太郎が満足そうに笑みを浮かべている。
「しばらく会わないうちに、ますます艶っぽくなったな」
「や・・・っ」
着物の上から身体をまさぐられ、陽太は怯えたように身をよじった。嫌悪感に冷や汗が流れてくるが、陽太はじっと耐えた。
「お前がいけないんだぞ。俺から逃げようとするから。だが、自分から出てきたってことは、やっぱり俺の身体が忘れられなかったんだな」
芳太郎が、分厚い唇を陽太に押し当てる。ゾワゾワとした悪寒が陽太の背筋を這い上がった。
「今夜が楽しみだな。久しぶりにお前の身体を堪能できる」
ニヤニヤと笑いながら、芳太郎が陽太の頬や首筋を舐める。
「どうだ?感じるだろう?」
陽太の襟元を寛げた芳太郎は、小さな乳首を力任せに摘まんだ。痛みに涙を滲ませながらも、陽太は耐えた。だが、芳太郎の指がピタッと止まる。
「な、んだ。これはっ」
陽太は、ハッと襟元を合わせた。
そこには、まるで花びらのような鮮やかな痕がいくつもついていた。智樹が昨夜つけた、愛の印だ。
「てめぇ、男ができたなっ」
芳太郎は、狭い馬車の中で陽太の頬を叩いた。そして、嫌がる陽太の帯を解き前を左右に開いた。痕は内股の辺りにも広がっている。
「やめっ、嫌だっ」
逆らえば容赦なく頬が叩かれ、性器を乱暴に掴まれた。
「痛っ、やだっ」
「この着物にしても、ずいぶん高級なもんだ。言えっ、どこの誰と寝たっ」
だが、陽太は決して言わなかった。こんな男に智樹が傷つけられるのは、絶対に嫌だったのだ。
芳太郎は、ニヤリと笑うと小瓶の液体を無理矢理陽太に飲ませる。
「ゲホッ、ゴホッ」
甘ったるい味に、陽太は激しくむせた。
「久しぶりだろ?屋敷につく頃には効いてくる」
陽太は、この液体の正体を知っている。外国から取り寄せたという媚薬で、陽太は何度も使われた。
(嫌だっ。智樹以外となんて、絶対に嫌だっ)
馬車の窓に視線を移す。そろそろ、大きな川にさしかかる筈だ。脱出のチャンスはその時だと、陽太が唇を噛み締めた時。
ガクンッと音がして、馬車が急に止まった。
「な、なんだっ」
驚いた芳太郎が陽太から手を離す。陽太の身体がぐったりとドアに凭れた。
ドアが開き、長い腕が陽太を抱き上げる。恐る恐る目を開ければ、そこには泣きそうな顔で微笑む智樹がいた。
「智樹。ダメだ、よ。逃げて」
弱々しい声で陽太が言えば、智樹の腕にはますます力が込められた。その光景を見ていた芳太郎が怒り狂ったように叫んだ。
「貴様っ。貴様だなっ、俺の陽太に手を出した奴はっ」
「俺の?」
芳太郎の言葉に、智樹の表情が険しくなる。冷たい視線が芳太郎を捉えた。
「ただで帰すと思うなっ」
芳太郎が合図をすれば、数人の男達が智樹と陽太を囲む。
「智樹っ」
青ざめた陽太が智樹を見上げた。芳太郎が雇っているのは、街のごろつきで百戦錬磨ばかりだ。だが、智樹はとても落ち着いていた。いつものように・・・。
「陽太。目を閉じていなさい」
「え?」
「大丈夫だ。私が、お前を守ってやる」
力強い声に、陽太はギュッと目を閉じた。智樹がそう言うなら、なんの問題もない。両手でしがみつき、安心した表情を浮かべた。
すると、ものすごい速さで智樹が動いたのがわかる。陽太の耳に怒号や悲鳴が聞こえてきた。やがて、バタバタと大きな音がして、怯えたような芳太郎の声が響いた。
「ひ、平野っ。貴様、平野家の者なのかっ?」
「わかっていただけましたか。当主は今回のことでかなり怒っております。どうかご覚悟を」
智樹が、表情1つ変えず言えば芳太郎がガタガタと震えだした。
「頼むっ。許してくれっ」
追いすがる芳太郎に、智樹は氷よりも冷たい視線を向けた。
「私の陽太を傷つけたこと、たっぷりと後悔するといい」
芳太郎を一瞥すると、智樹は陽太を連れてその場を離れた。
「もう大丈夫だ。陽太」
いつもの穏やかな智樹の声に、陽太がそっと目を開ける。そこには、穏やかな智樹の笑顔があった。陽太は、智樹の胸に顔を埋め、声もなく泣き出した。
「智樹」
どこからともなく涼雅が現れ、気遣わしげに陽太を見た。彼は、陽太の頭をくしゃっと撫でると、茶封筒を智樹に渡す。
「悪いな」
「そういうこと言うなって。じゃな、陽太」
涼雅が走り去った後、智樹は陽太の身体を大切に抱き締めながら、屋敷への道を進んだ。
身体が、熱い。屋敷に戻って数時間後。陽太は、下半身に集まる熱に唇を噛み締めた。芳太郎に飲まされた媚薬が、少しづつ効果を発揮した。先程から陽太の性器は触れてもいないのに硬く反り返り、蕾はヒクヒクと震えている。智樹に、こんな浅ましい姿を見られる訳にはいかない。陽太は、何よりも智樹に嫌われることが怖かった。
「寝たのか?」
陽太が布団を被って震えていれば、智樹の声がした。
「陽太?」
智樹が部屋に入ってくる音に、陽太は慌てて寝たフリをした。だが、そんなことは智樹にお見通しだ。布団が強引に剥ぎ取られる。
「見ないでっ、見ないでっ」
全身に汗をかきながら、陽太が懇願する。智樹は、陽太を抱き上げてギュッと抱き締めた。
「何をされたんだ?」
陽太は、芳太郎に媚薬を飲まされた事を告げた。
「大丈夫。ジッとしてれば、すぐにおさまるから」
笑おうとして、失敗した。陽太は、唇を噛み締めると俯いた。
「大丈夫だ。そのままジッとしていろ」
智樹の指が、陽太の帯をスルッと外す。咄嗟に陽太は、その指を押しのけた。
「や・・・っ。俺、いつもと、違う。嫌われたく、ない」
「言ったろ?乱れるお前は綺麗だと」
「・・・え?」
口付けは、いつもよりも静かで深いものだった。
「はあっ、あっ、んっ、あっ」
浴衣を脱がされ、布団の上に寝かされた陽太の身体を、智樹が丁寧に愛撫していく。プクッと立ち上がった小さな突起を指でクニクニと捏ねられ、鎖骨を舐められる。それだけなのに陽太はイッてしまった。行為が始まって僅か5分足らずのことだった。おまけに、性器には触れられてもいないのだ。
「は、ずかしい・・・っ」
太ももを伝う生暖かい感覚に、陽太は両手で目元を覆った。触れられたところが、すべて性感帯になったみたいだ。
「お願い・・・っ。嫌いにならないで・・・っ」
いくら媚薬のせいとはいえ、こんな自分を智樹は軽蔑するだろう。そう思うと哀しくて仕方なかった。だが、智樹は優しく額に唇を当てる。
「最初の時にも言っただろう。恥ずかしいことじゃないと」
「うっ、うん」
智樹が浴衣を脱ぎ捨てる。
「私だって男だ。お前の姿を見ればこうなる。これは、自然なことなんだよ」
陽太は、やっと身体から力を抜いた。智樹に触れられたい。感じたいと思うのは、とても自然なことなのだ。媚薬の力など関係なく、心から智樹を求めているのだから。
「智樹が、欲しい」
恥ずかしがりながらも陽太が言えば、智樹がすぐに願いを叶えてくれた。
「あぁっ・・・っ、あっ」
智樹に貫かれ、揺さぶられ、やがて、なにも考えられなくなった。
「あっ、あっ、智樹っ。好き」
舌ったらずな口調が、普段よりも陽太を幼く見せる。そんな陽太の姿は、智樹の独占欲を刺激した。
「愛してるっ。誰にも、お前を汚させたりしない」
智樹の両腕がグッと陽太の腰を引き寄せた瞬間。陽太の中に智樹の精が解き放たれ、陽太もまた絶頂を迎えた。
恋人同士の激しく熱い夜は、しばらく終わりそうになかった。
数日後。新聞に黒川の名前があった。漢字が得意ではない陽太は、なんて書いてあるのかを智樹に尋ねる。
「黒川芳太郎は、事業の都合で外国に行くそうだよ。もう日本には戻らないらしい」
「そうなんだ」
心から安堵したように陽太が微笑む。
(本当は、違うがな)
黒川芳太郎は、外国に自国の情報を売ったとして国外追放になったのだ。涼雅が調べてくれた情報のおかげだ。
「智樹?」
「なんでもない。さぁ、早く庭掃除してきなさい」
「はーい」
それを、陽太に知らせる必要はないと智樹は思った。
一番見たかった陽太の笑顔を見ながら、智樹は黙って微笑んだ。
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