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失恋した元ヤンキーは、元ホストの店員と2度目の恋をする

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ジリリジリリ…と、遠くで目覚まし時計の音がする。橘丈一郎は、うつ伏せの状態で腕を伸ばした。そして、探り当てた目覚まし時計を手探りで止める。「こら。目覚まし時計を止めるな」
呆れたような声と同時に、毛布が剥ぎ取られる。健康的な小麦色の肌が、太陽の下に惜しげもなく晒された。22歳の割には顔立ちは幼く、まだ高校生と言っても良かった。猫のような瞳がゆっくりと開かれる。
「全く。なんでいつもいつも起きれないんだよ」
一緒に暮らす藤村直登は、大抵は目覚まし時計が鳴る前に起きている。既に掃除も洗濯も、朝食の準備を終えてしまった。
「ほら。早く起きろ」
肩まで長い茶髪をゴムでひとまとめにした直登は、容赦なく丈一郎を揺さぶる。スッと通った鼻筋と細い輪郭。アイドルグループにいてもおかしくない容姿をしている。安物のスウェットでさえ、直登が着ているとオシャレ着に見える。
「大人なんだから、朝ぐらい一人で起きろよ」
直登の言葉に、丈一郎はキッと瞳を細めた。怒った顔はますます猫みたいである。丈一郎は、手元にあった枕やぬいぐるみを直登めがけて投げつける。
「誰のせいだと思ってんだよっ。いくら休日だからって、2度も3度もしやがって…っ」
丈一郎が投げた枕を受け止めて、直登がニヤッと笑う。
「あれぐらいで根をあげたのか?案外、根性ないんだな」
「なんだとっ」
全裸のまま丈一郎が直登の胸ぐらを掴む。が、すぐに直登によって唇を塞がれてしまった。
「んっ、んんっ、んっ、ん…っ。ふぁっ」
最初は抗議するように直登の胸を叩いていた丈一郎だが、次第にその巧みなキスにうっとりした表情を浮かべる。
唇を離した直登は、丈一郎をベッドに押し倒し無防備な下半身に指を伸ばした。
「な、直登っ」
慌てる丈一郎に、直登がニッコリ笑う。
「ちょっとだけ、イチャイチャしよっか」
「え?わっ、バカ…ッ。やめ…っ」
直登の強引な愛撫に、丈一郎は朝にしてはあまりにも濃厚な時間を過ごした。
「てめ…っ。許さねぇから…な…っ」
息を甘く乱しなが丈一郎が抗議する。直登は、そんな丈一郎のビンビンになっている場所を指で弾いた。
「どう許さないの?」
「…っ」
「おとなしくしてなさい」
直登はからかうように笑うと、丈一郎の中へと指を挿入した。前と後ろを同時に擦られ、丈一郎が甘い声を上げる。普段の丈一郎が強気であればあるほど、こういう時はかわいいと直登はこっそり思った。
「あれから、1年たつんだな」
「え?」
指と舌でトロトロになっている丈一郎を、直登が愛しそうに見つめる。きっと、今の丈一郎には何を言っても届かないだろう。
1年前。2人は店員と客という立場で出会った。その時には、まさかこんな関係になるとはお互いに思ってもいなかったが…。

「いらっしゃいませ」
その日。直登は、やたらと緊張している少年を席へと案内した。年の頃は、おそらく十代後半。ブランドものの服を着ているが、どことなく違和感を感じる。
「ご注文はどうしますか?」
直登が聞けば、少年が猫のように大きな瞳をパチパチと瞬きする。
「あ、あの。どれを飲んだらいいですか?」
「は?」
なんとも変わった客である。訝しげに直登が首を傾げれば、少年が慌てて説明する。
「実は、これから初デートなんです。こういう時って、何を飲めばいいのか…」
「なるほど」
顔を真っ赤にするその少年が、直登にはとても愛らしく見えた。
「アイスミントティーなんていかがですか?爽やかな味や香りは女の子も好きですし、緊張を和らげる効果もあります」
直登が進めると、少年は小さく頷いた。『ティータイム』には、連日多くのお客様が訪れる。その中でも、少年は特に直登の印象に残った。
「橘くん」
数分後。白いワンピースを着た少女が入ってきた。メイクをしなくても、その透明感がある肌とキラキラとした瞳は人目を引いた。少年は音を立ててイスから立ち上がると、少女の方へと手を上げた。
(ふーん。橘くんって言うんだ)
直登は、なんとなくその『橘くん』が気になっていた。おそらく、少女は生まれも育ちもお嬢様。対して『橘くん』は、育ちはよくない。無理して上品な言葉を使っている感じだ。他のテーブルの接客をしながら、何気なく聞き耳を立てる。
「この間、友達とフランス映画を観てきたんです。橘くんは、フランス映画はお好きですか?」
「は、はい。好きです」
返答までの間で、直登は『橘くん』はフランス映画を観た事がないと判断した。だが、少女はそんな『橘くん』の虚勢には気付かないようだ。テンション高めにフランス映画の感想を語っている。
「橘くんは、どの作品が好きですか?」
「えっ。あ、あの…」
完全にテンパっている『橘くん』が、なんだか見ていられなかった。直登は、別のテーブルに持っていくはずのパンケーキを2人の前に出した。戸惑ったような視線に、ニッコリと営業スマイルを浮かべる。
「新作パンケーキです。先ほど、橘様からご注文いただきまして」
直登はさりげなく『橘くん』にウィンクした。少女の興味はすっかり新作パンケーキに向いていて、フランス映画など忘れてしまったようだ。
(頑張れよ)
アシストはここまでと、直登は自分の業務に戻った。
仕事終わり裏口を出た直登は、直立不動で立つ『橘くん』を見かけた。
「ありがとうござっしたっ」
「へ?」
まるで応援団のような挨拶に、直登は目をパチパチする。
「あのパンケーキがなかったら、完全に嫌われたっす」
「いや、あの、うん。まぁ、良かったな」
あまりの勢いに押され、直登は引きっった笑みを浮かべた。
「オレ、橘丈一郎といいます」
「お、俺は藤村直登」
それが、直登と丈一郎の初めての会話だった。丈一郎は、週に1回店を訪れた。あの少女と共に。そして、直登はなぜか丈一郎が気になって、度々言葉を交わすようになっていた。この日も、休憩時間に丈一郎が通う大学近くの公園で待ち合わせをした。
「真悠子さんは、生まれも育ちもお嬢様で、オレなんかとは釣り合わないってわかってるっす。でも、初めて好きになった人なんで…」
丈一郎は小柄だが、かなりケンカには強いらしい。高校生の頃はヤンキーで、かなりの暴れん坊だったとか。
「大学の図書館で寝てたら、真悠子さんから声をかけてきたんです。それから、なにかと話すようになって…」
「で、お付き合い?」
直登がからかえば、丈一郎が顔を真っ赤にする。
「でも、早く告白した方がいいぞ。真悠子さん、ちょっと鈍そうだから」
「な、なんでそんな事わかるんだよ」
「元ホストの勘」
「へ?」
直登は、『ティータイム』に来る前はホストクラブ『N』で働いていた。容姿も良かったし、口調も柔らかったから人気はそこそこあった。だが、働けば働くほど虚しさだけが募っていった。
「仕事だから、女性客に甘い言葉も言う。王子様みたくもなる。でも、その度に罪悪感が心に溜まってくるんだ」
愛していると囁いた後、別の客には好きだと言う。彼氏みたいな口調で話したり、優しく肩を抱いたりもする。女性客は喜んでくれるが、直登はそんな日々に嫌気が差した。
「そんな時に、『ティータイム』の募集を知ってさ。思いきって転職したんだ。でも、俺には恋愛は難しいみたいだ。彼女の1人もできない」
直登が自嘲気味に笑う。丈一郎が、ひどく真面目な表情で直登を見つめる。
「そうかな。直登なら、きっと素敵な彼女見つかるよ。オレ、応援する」
太陽を背に力強く励ましてくれる丈一郎が、直登には眩しく見えた。
「そっちこそ、頑張れよ」
丈一郎の恋を応援しながら、直登は微かな違和感を感じていた。
(まさか、だよな)
これまで同性には決して抱かなかった感情。それを、丈一郎に対して抱いている。直登は、日に日に増していく丈一郎への気持ちに戸惑っていた。
「直登さん。オレ、真悠子さんに告白するよ」
「そっか。頑張れ」
笑顔で応援しながら、その胸はチリッとしていた。笑顔で話す丈一郎と真悠子の姿が見ていられなくて、直登は視線を外した。と、聞き慣れない声が聞こえる。
「あれ?橘?」
「…田澤?」
田澤と呼ばれたその少年は、丈一郎と面識があるらしい。
「田澤くん。偶然ね」
真悠子がニコニコ笑う。どうやら、田澤は真悠子と同じ大学らしい。親しげに同じテーブルに座り、真悠子と授業について話している。。
「田澤くん。橘くんを知ってるの?」
真悠子の言葉に、丈一郎があからさまに狼狽えた。
「知ってるも何も。うちの高校で一番強いヤンキーだったよ」
「え?」
真悠子の声があからさまに変わった。田澤は、場の空気が読めない男らしい。聞いてもいないのに、ベラベラと丈一郎の武勇伝を語り始めた。やがて、真悠子が椅子を鳴らして立ち上がる。丈一郎が引き止めようと手を伸ばすが、視線で拒絶された。
「ま、真悠子さ…」
「ごめんなさいっ」
真悠子の言葉に、丈一郎が項垂れる。諦めたような表情で…。
閉店を迎えた『ティータイム』。丈一郎は微動だにしなかった。丈一郎が好きなハム玉子サンドを、直登がそっと差し出す。丈一郎は何も言わずに食べ、そして涙を溢した。
「最初から、わかってたんだ」
1人で帰すのが心配で、直登は丈一郎の後ろを歩いた。丈一郎がポツリポツリと呟く。ヤンキーだった自分が、お嬢様育ちの真悠子と合うはずがないと。嫌われて当然だと…。
直登は、丈一郎の震える背中を見つめた。華奢な背中を抱き締めたいと思う気持ちは、間違っているのだろうかと思いながら…。
「バカだよな。オレ」
へへッと笑う顔が、泣いているように見えた。
「失恋から立ち直る方法、教えてやろうか?」
直登の言葉に丈一郎が顔を上げる。その唇にそっとキスをした。あまりの出来事に、丈一郎は声も出ないらしい。
「新しい恋を始める事だよ」
そして、もう一度キス。
丈一郎は『ティータイム』で働く事になり、やがて直登と一緒に暮らすようになった。

「てめぇのせいで遅刻しちまうだろうーがっ」
喚きながら着替える丈一郎に、直登が涼しげな眼差しを向ける。
「丈一郎がかわいく誘うからいけないんだぞ」
バタバタと慌ただしく着替えて、2人揃って『ティータイム』へ向かう。電車に乗り込めば、見覚えがある男女が寄り添っていた。真悠子と田澤だ。何事か囁きながら微笑み合っている。その姿をジッと見つめる丈一郎を、直登が心配そうに見つめた。
「…あの話、本当だな」
「え?」
「失恋から立ち直る方法」
丈一郎が直登を見上げてニッと笑う。満員電車の中、2人は指と指をそっと絡めた。




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