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龍野保育園の譲葉様
しおりを挟む「え?どういう事?」
東の果て、日ノ本国は古来から人々とあやかし…そして神々が共存している。
人とあやかしは互いを尊重し、貴き神々は人とあやかしに敬われ、時には交じりあい長い営みを紡いでいた。
さて、そんな日ノ本には神龍族(じんりゅうぞく)と呼ばれる神々の一族がいる。
あらゆる龍族とそれに連なる存在の頂点に立ち、さらには神々を裁く役割を持つ特殊な神達を神龍族と呼ぶ。
彼らは第一席法帝紅龍閻羅(ほうていこうりゅうえんら)を筆頭に11柱存在しそれぞれの権能と役割を果たしているのだが、今回は愛と歌と狂気を司る歌后黄龍(かこうおうりゅう)のお話。
島根県には神龍族の一柱が経営する保育園と養護施設がある。
そこは地元では評価が高くとても人気な保育園と、多くの孤児を引き取り成人するまで面倒を見る養護施設で色んな意味で有名であった。
元々保育園が少ない地域ではあったが、歌后黄龍が保育園と養護施設を経営し始めてから爆発的な人気になった。
随時更新されていく幼児教育、保護者に対するサポートの徹底ぶり、なにより職員にとってホワイトな職場というのが影響したのであろう。
養護施設も希望すれば大学まで面倒を見るという徹底ぶりもあって、寄付をしてくれる人たちは絶えることはなかった。
ここまで良いのは施設長である彼女が愛を司るが故にとよく言われているが、彼女の本心は本神しかわからないのに人間にとっては知ったこっちゃない話だ。
さて話は逸れてしまったが、歌后黄龍こと龍野譲葉(りゅうのゆずりは)は施設の子どもたちに引き止められて話を聞いていた。
どこか困った様子の幼子たちの様子に気付いたはいいが、どう言えばいいのかわからないみたいな状態ではあったので身を屈めて目線を合わせた。彼女の自慢の長い黄金の髪が地面に触れる。
譲葉が聞いてくれると判断したのか、子どもたちは一斉に話だしたのだ。
「最近ゆうくんがおかしいの!」
「ゆうくんひとりでしゃべってるんだよ!」
「ままがむかえにきたってよくわからないこというの…」
同時に喋りだしたせいで一瞬理解できなかった譲葉であったが、子どもたちを落ち着かせながら考える。
ゆうくん。
赤子の頃から施設に預けられた子なのだが、至って平凡な子である。構ってほしいが故の奇行もないし、誰にでも優しく、大人の言うことはきちんと聞く。むしろお利口さんという位の子で、この年齢でお利口さんすぎるのは心配していたくらいだ。
「そう…なら、先生ゆうくんと話してみるわ」
「うん!!」
子どもたちと別れた譲葉は、そのままゆうくんを探して施設内を歩き回った。
『ひとりで喋って』いて『ままがむかえにきた』と言っているなら、幽霊か怪異が関わっているに違いないと判断できるからだ。
彼女も神龍族の一柱とあって、保育園と養護施設は彼女の神域扱いになっている。
常に清浄な場所となっている為怪異や幽霊といった類は立ち入ることはできない。と言うならば、その幽霊か怪異はゆうくんと敷地外で接触しているはずだ。
多少の焦りが出てきた譲葉は足早に行動していた。途中職員に声を掛けられ、事情を話してゆうくんを探してもらう。
しかしゆうくんは敷地内探しても見当たらない。
まさか敷地外に出たのでは…?と思った時、道路に面した垣根で立ち尽くしている幼児を見つけた。
「ゆうくん!!」
「あ、ゆずりはせんせー」
幼子の特徴である舌っ足らずな口調で反応してくれたゆうくんにほっとするが、すぐに譲葉の中に緊張が走った。
ゆうくんの前、垣根を越えた先に黒いモヤが見えたのだ。
それもかなりはっきりした黒いモヤ。譲葉の双眸にははっきり見えた。
「…ゆうくん、何してるの?」
「あのねーままがむかえにきたの」
嬉しそうに笑顔を向けてくれるゆうくんに安堵仕掛けたが、黒いモヤがこちらに気付いたのかジジッと音を立てて揺れた。
アレは幽霊と妖怪の中間だと悟ると、譲葉の脳内は忙しなく回転する。
(ママって、アレはゆうくんのママの幽霊?でも妖怪の気配もする…姑獲鳥の類かしら…でもなんだか禍々しくてこっちが気持ち悪くなりそう…)
そんな考えを巡らしていると、彼女の足元にあった影が揺らいだ。揺らぎ音もなく2つの形を象った。
「主君、危のうございます」
「アレは歪なものでございます」
「富獄(ふごく)、破嶽(はがく)…」
現れたのは二匹の狛犬たちであった。黒と白を対とした二匹の狛犬達は譲葉の筆頭使令、その二匹は主の危機を察知したのか守るように現れたのであった。
黒いモヤに対して牙を向け唸る富獄と破嶽、状況を理解できずにぽかんとしているゆうくん。
暫く緊張感が空気を支配したが、譲葉は意を決してゆうくんに話しかける。
「ゆうくん、先生は大事なお話があるから来てくれるかしら?」
「だいじなおはなし」
「ええ、とっても大事なお話だからこっちに来て?富嶽、連れてきて」
落ち着かせるように富嶽の頭を撫でると、富嶽はくーんと鳴いてゆうくんの側へと寄った。
ゆうくんは富嶽がすり寄ると困った感じを出しつつ大人しく譲葉の側へと寄ってきた。
黒いモヤは怒ったように強く揺らめく。
しかし譲葉の神域でもある垣根の先から越えられないのか。
ジジッジジッと虫の羽音のような音を出しているだけであった。
どうやら神域に来れないんだなと判断した譲葉は、ゆうくんの右手と手を繋ぎとある場所へと向かう。
その後ろを警戒を緩めない富嶽と破嶽の姿があった。
「せんせー、どこへいくの?」
「ゆうくんにとってとても大切な人が眠っている場所よ」
「??」
養護施設を通り過ぎて、五分ほど敷地内を歩いていく。
小さな森を通り、見事な藤棚を通り抜けた先…それはあった。
そこにあったのは慰霊碑。
ゆうくんはそれを初めて見たらしく、ぽかんとしている。それもそうだ、ここは普段職員すらあまり来ない場所。小さな彼や子どもたちが来れる場所ではない。
譲葉はゆうくんと手を繋いだまま、真っ直ぐと慰霊碑を見つめて話し始めた。
「ここはね、施設にいる子たちのお母様たちが眠っている場所なの」
「まま…?」
「そう、ゆうくんのお母様もここに眠ってらっしゃるの。ゆうくんのお母様は、ゆうくんを産む前から余命宣告…一年も生きられませんって言われていたの。それでもゆうくんを産みたいって決めて、私に助けを求めてきたのね。あの日のことは忘れもしないわ」
目を閉じてかつての光景を思い出す。
やつれながらも自分の腹部を愛おしそうに撫でていた儚げな女性。
ずっと一緒にはいてあげれないけど、この子には生きてほしいと願ったゆうくんの母親。
「せんせー?」
「ゆうくんのお母様はね、命をかけて貴方を産んだの。そして先生にゆうくんを頼みますって言って天国へと行ってしまったのよね…だから先生はゆうくんのお母様のお骨を引き取ってここに安置した」
「うーん?」
「難しいお話でごめんね?でも、ゆうくんのママはここに眠っていらっしゃるのは確かなの。ソレだけは覚えて」
「…じゃあ、あれはままじゃないの?」
悲しげに俯くゆうくんを抱きしめる譲葉。
カタカタと小さな肩が震えているのを感じ、より一層強く抱きしめた。
「ええ、アレは良くないものよ。ゆうくんを食べようとしていただけ」
譲葉は真っ直ぐと前を見据えた。ゆうくんを抱きしめ守るように、力強く前を睨んだ。金の双眸は殺意を抱いていた。
そこにはあの黒いモヤがジジッ、ジジッ…と音を立てて揺らいでいる。
「先生はゆうくんを守る義務があるのよ」
その瞬間、黒いモヤが異形の形をとって二人に襲いかかった。たくさんの虫が集まったようなソレは、二人を飲み込もうと大口を開けた。
しかしソレは実行されることはなかった。
後ろに控えていた狛犬たちがソレに飛びかかったのだ。
ぐしゃり。
歪んだ音が響く、譲葉はそれを聞かせないようにゆうくんの耳を前もって塞いでいた。
ぐちゃり、ぐちゃっぐしゃっ。
狛犬たちはソレを牙で引きちぎっていく。ドロドロとした黒い液体が流れていくが、神域の影響下ではジュッと音を立てて蒸発していった。
譲葉はその光景をただただ見つめていた。
『ずるい』という最期の言葉に聞こえないフリをしたのは、彼女だけの秘密だ。
「へえ、よくそいつ垣根を越えられたな」
「そこが謎なのよね」
保育園職員室の一角にて。
譲葉の実弟である誉は今日検診した保育園児たちのカルテを整理しながら姉の話を聞いていた。
総合医である誉は、この保育園の担当医でもある為定期的にこの保育園と養護施設へとやってくる。今日は保育園児たちの三計測プラス内科検診でもあった為来園したという訳だ。
「藤棚を越えられたって言うなら鬼でもないしなぁ…まあ、何もなくてよかったよ」
「何もなかったというわけではないわ」
「は?」
どこか悲しげな表情を浮かべた姉に誉は首を傾げた。一体何があったというのだ。
「ゆうくん、連れ去られたの」
「はあ!?」
「どうも夜に施設から抜け出して…そのまま行方知れず」
「…まじか」
確かに今日の三計測にはゆうくんを見かけなかったが、体調でも崩したのかな?あとで見ないと…と思っていた矢先の不測の事態。
あまりの事実に困惑する誉をよそに譲葉は悲しげに空を見上げた。
どうやらすぐに警察と神社総合庁で捜索したが、発見できたのはゆうくんが履いていた片方の靴と大量の血痕だけだった。
状況だけで最悪な結末が想像できたのは言うまでもない。
「…ゆうくん」
あとから思えばアレは怪異になりかけていた幽霊であろう。それもあらゆる霊達が混ざりあった融合体。
富嶽と破嶽が滅ぼしたアレは分体にしかすぎなかったのだ。事実アレはあの子を連れ去った。そして……。
結局神域を越えられた理由もわからないまま、彼女は祖父に頼み込んで結界を張ってもらったのは言うまでもない。
守れなかった自分に、譲葉は怒りを抱くしかできなかった。
神であっても、どうすることも出来ないことがあるのだ…と譲葉に思い知らさせた事件。
せめて安らかでありますように。ただソレだけを譲葉は願うのであった。
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