ちかすぎて

橋本彩里(Ayari)

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ちかすぎて③

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「…………えっ? 何してるの?」

 カチンコチンに固まりながらあわあわと声を出す咲良と違って、賢二はむすぅっとしながらも平然と答えた。

「咲良がどうしても潜っていたいみたいだから、俺も入る。さっきので身体冷えたしな」
「知らないし。家に帰って暖まりなよ」
「あいにく、話は終わってないから」
「はぁぁ? こっちにはないって。本当、放っておいてほしい」
「だって、お前、泣いてるだろ? しかも、俺が関係してるっぽいし」

 そこに気づいたのなら、なおさら放っておいてほしい。
 今は賢二の優しさが痛すぎる。

「関係ないって言った」
「態度がそういってないし。ああ~、寒。お前、あったかいな」

 そう言って、賢二が腕を回してぴたりとくっついてくる。
 仲が良い幼馴染みではあるが、こういうのは今までさすがになかった。どうした、賢二? というか、もう心臓がもたない。
 きゅぅぅっと胸が引き絞られ、冷たいはずの賢二の身体に熱を上げられる。

「で、彼女が何だって?」
「……三組の前田さんと付き合うって聞いた」

 ここまできて、というかされて何も言い逃れなんてできない。
 賢二は決めたことは徹底的にやり通す男だ。それが幼馴染としても男としても頼もしかったが、今はすごく残酷だ。

 賢二の口から付き合っている言葉なんてまだ聞きたくない。
 無駄な足掻きだとわかっていても、今の気持ちはそうなのだからとそれだけ言って咲良はきゅっと目をつぶった。

「前田? そんな話してないけど?」

 だけど、賢二から返ってきたのは呆気ない言葉。
 驚いて思わず賢二のほうに向くと、やっとこっち向いたなと笑う賢二の柔らかな眼差しとかち合う。

 ――何、その表情……。

 甘い空気にキュン死しそうになりながらも、ばくばくと期待する気持ちを抑えきれず咲良は澄んだ瞳でこっちを見る賢二に確認するように訊ねた。

「えっ? だって昨日前田さんがわざわざ来て付き合うから邪魔しないでと言いに来たけど。それにその後歩いてるところ見た」
「ん? それはバイト紹介してもらえるっていうから話を聞くのに移動してただけだろ」
「えっ? でも前田さんが……」

 付き合うって、邪魔するなって言っていた。

「咲良~。お前はあまり知らない女と俺の話どっち信じるんだ?」
「賢二」
「だろ? 前田の意図はよくわからないが、何か担がれたとかじゃない? そもそも俺好きな奴いるし」

 どきりと胸が跳ね上がる。ぎゅうぅっと今までになく絞られるような感覚に、声が思ったように出ない。

「……そう、なんだ」
「誰とか聞かないんだ?」

 なだめるように背中をぽんぽんと叩かれて、身体が溶けそうだ。
 賢二が女子に気安くスキンシップをとるタイプではないと知っている。だとしたら、もしかして……?

 さっきまでどん底だったのに、今はぎゅうんと気持ちが急上昇する。ジェットコースターのように、高低差がひどくて心臓がもたない。
 バクバクバクと鳴る音、見つめられる視線。すべてが夢みたいで現実味もないのに、伝わってくる熱が、この近さが、夢じゃないと教えてくる。

「聞いても、いいの?」
「聞けよ。それに俺が怒ってるってわかってる?」

 眉間にしわを寄せ、ぱちんとデコピンされる。

「それは、……メール無視したから」
「やっぱり無視かよ。他には?」
「先に帰ったから」

 明確な約束をした記憶はないけれど、用事がない限り一緒に登下校が当たり前だった。用事があるときは必ず連絡しあっていたので、賢二が怒り心配したのはわかっている。
 ごめん、と謝罪を添えると、はぁっと賢二が溜め息をついた。

「まあ、それもだな」
「それも? それだけしか思い当たらない」

 首を捻り考えてみるけれど、一生懸命考えてみるが私の過失はこの二点のみ。
 わからないと首を振ると、今度はぐりぐりとおでこを親指で押さえられた。痛い。

「はあ? 戯言に騙されて、すぐに俺を諦めようとしたのを怒ってるんだけど。しかも、無視とか。勝手に泣くとかも許さねえ」
「許さないって……」
「だって、咲良は俺のことが好きなんだろ? 俺に彼女ができたと思って泣くくらい」
「……もっと遠慮した言葉とか、配慮とかないの?」

 こんなにもこっちは緊張と期待とであわあわしているのに、ずけずけといたって平然にしている賢二が恨めしい。

「言葉変えても一緒だろ? それに俺怒ってるって言ったよな? 咲良の気持ちは俺に彼女できたくらいで諦めるような気持ちなんだ?」
「違う」

 そんな簡単な気持ちなら、一晩泣いていない。諦めなければと思いながら諦められないって、心が苦しいって悩んでいない。

「違わないだろ? 現に諦めようとしてたから泣いてたんだろ?」
「だって、祝福しなきゃって思うじゃない。賢二が決めたら実行する人だって誰よりも知ってるから。なら、それを応援できるようにしなきゃって。しようと思ってたとこでなのになんで責められてるの?」

 もうただ悲しいだけではなくてすごく期待もしてしまっていて、その中で怒りを向けられて咲良の感情はぐちゃぐちゃだ。
 自分でも何をしたいのか、なんでこんなにぐだぐだなのか訳がわからない。

 この全ての感情は幼馴染みに起因していて、それを治められるのもこいつしかいなくて。
 腹が立つけれど、やっぱり頼もしくて好きなのだ。

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