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ほこほこ日和
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しおりを挟む「兄さま、行ってきます」
ぴょんと軽やかに跳ね、いつものように階段をトントンと降りていく。左右に髪を二つくくりした薄い黄色と桃色の和服を着た幼女が、軽やかに階段を降りていった。
「カワジ、そんなに急いだらこけてしまうよ」
兄さまと呼ばれた詰襟の白いシャツに黒いズボンを履いた少年が注意したが、これもいつものように右から左で本人の耳には入っていない。
ここに通う園児たちは部屋で工作をしているため、気兼ねなく飛び出ていったカワジは、ひらりと裾を翻し桜模様を躍らせながら、とんとんとんとんっとあっという間に階下に到着していた。
「兄さま~、今日もお土産楽しみにしていてね」
カワジはくるりと振り返りそう言うと、いつもお土産を忍ばせる若草色の兵児帯をぽこんと叩く。
「ふふっ。楽しみにしてるね。くれぐれも粗相のないように」
「は~い」
大きく口を開けて返事をし、ぶんぶんと嬉しそうに手を振るカワジにつられるように、兄さまも手を小さく振った。
近鉄奈良駅の噴水広場を出て右に折れ、東向商店街のアーケードの途中にある奈良基督教教会と幼稚園。
そこに現在住まう兄さまとカワジであるが、彼らはこの世のものではない。いわゆる、妖という存在だった。ふと気づいたら存在していた。そういうものだったものであり、だから今もここにいる。
そして、好奇心旺盛なカワジは今日も今日とてじっとすることはない。
ただ、今日の行き先は座敷童子の姐さまのところではなかった。流行りのチェックは乙女として大事だという信念のもと姐さまのところに通っていたのだが、衝撃的なことが起こり卒倒してから足が遠のいてしまった。
──だって、怖いんだもの。
先日、人間の大和という名の男に触られて以来、思い出すたびに心臓がドキドキしすぎてしまうのだ。こんなことは初めてで、カワジは混乱していた。
子供ではない人間に認知されることも、触られることも初めてで、壁に追い詰められた時どうしていいのかわからなくなってしまった。
大和と名乗った人間の男はそれはそれはもうふてぶてしい人物だった。眼鏡野獣というやつだ。
あれっ、何か違ったっけ? とそこでカワジは首を傾げた。
いろいろ説明を受けたはずだが、細かなことは衝撃で忘れてしまった。最近、集中力に欠けてる自覚がある。
先日は抹茶だと思って、青汁を飲んでしまった。抹茶じぃとカワジが勝手に呼んでいるおじいさんがいるのだが、なぜだかその日は青汁を持っていたのだ。孫が送ってくれたんだと嬉しそうに友人に話していたから、いつもより美味しいものかと思ったら、びっくりするぐらい苦くてしばらく咳き込んだ。
明らかに確認不足だった。抹茶じぃもふにゅっていつもより顔のシワを寄せて顰めていたのに。
そんなことを考えていたからか、無性に甘いものが食べたくなる。
「あっ、あの餡子が入ったの食べたいなぁ」
思わずぽろりと願望を口にする。
カワジの視線の先には商店街にある創業120年の和菓子屋。お客にわかりやすいように陳列された様々な和菓子を見ていると、お腹が空いてきた。
ふにゅふにゅと考えながらも、どれが一番美味しそうかななんてしっかり吟味しているが、本人的には大真面目に人間のことを考えているつもりだ。
「ああ~、本当なら姐さまのところで食べれてたのにぃ~」
食べ物からも結局その人間のことに繋がるのだから、カワジには一大事だ。
大和は眼鏡をかけてて恋人もいるリア充というやつで、そして何より自分たちと当たり前のように会話をする人間。カワジが食べたいものを先取りしパクパク食べていった。見えていてそうしていたなら、意地悪だっ!!
──食べ物の恨みは怖いんだからっ。
いつかリベンジするもんね~。ただし、このドキドキが収まってからだ、と胸を押さえる。考えるだけでドキドキするからまだしばらく無理そうだ。
食い意地カワジと妖仲間によく言われるが、さすがに初めてのことに食欲減退だった。そう兄さまに言うと、頭をぽんっと優しく諭すように叩かれた。
『五回ほどあるつまみ食いが一回減っただけだけどね』
と、苦笑を交えて告げる兄さまは、決してカワジのことを食い意地が張ってるとは言わない優しさを兼ね備えている。
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