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願い

思いと願い②

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 腹黒ぉ~。
 俺様ぁ~。

 何度も心の中で文句をたれつつも、理解してくれていることに喜びを感じる。もう、自分もたいがいだ。

「……わかってるんじゃないですか」
「わかっていても、ティアの口から聞きたい。俺も不安ではあったんだ」

 きゅっと手を握られる。
 声音は明るいがその手が意外と力が強く、それがアンドリューの本音だということを知る。

「アンディ」
「…………」

 名を呼んでも、ぎゅっと手を握られあれだけ饒舌であったアンドリューが何も言わない。
 肩にぽすんと顔を埋められて、さらさらとプラチナブロンドが頬をくすぐる。

 私から距離を詰めることにこだわっているらしいから、いまだに身体は少し距離が開いたままだ。
 その仕草に胸の奥がうずき、ぶわりと温かなものが溢れた。

 この思いがどんなものかわからないなんて言わない。ただ、急にアンドリューのことが愛おしくなった。
 届かない、どこまでも遠いところにいると思っていた王子が、本当の意味で自分の言葉を待って不安で縮こまっているのだ。

 嬉しい! 可愛い! 愛おしい!

 腹黒くて意地悪でそして優しくて、不安をあらわにする姿も愛おしくて好きだ。他の誰にも見せないでほしい。
 自分だけのものにしたい。これが、素直な私の気持ちだ。

 そう自分が感じると同時に、たくさんのものを持っているがそれは王子としてであって、本当のアンドリューとして手にできるものはごくごくわずかだということに気づいた。
 そういうことがわかっているようで、わかっていなかった。

 今もすべてがわかるわけではないけれど、これから少しずつ理解し王子としてではなく等身大のアンドリューが求めるのが私であるのなら、それに応えたいと思う。
 ならば、恥ずかしがっているばかりでは駄目だと、私はひとつ息をついて口を開いた。

「その、聞いてもらえますか?」
「……ああ」
「確かに大事にしていきたいものは増えましたが、アンディがいてこそです。もともとほかとは立ち位置が違います。この一か月、というか最後のほうはアンディのことを考えるだけで、なんかちょっとぽややんと締まりがなくて、王太子殿下の婚約者としてはどうなのだろうというくらいの思考でした」

 くっ。ぽややんってなんだって思うけれど、ほかに的確な言葉が見当たらない。

 ──ああ~、めっちゃ恥ずかしい。恥ずかしすぎる!!

 あくまでアンドリューのことを考えているときはとはつくけれど。
 前世も含め初めての恋でそれを自覚してはいても王子にものすごい勢いで迫られながらなので、好きだけど求められることに安心しきっていた部分もあり、恋愛モードがついていけてなかったのだ。

 今まで攻めてこられてそこにあぐらをかいていたから、急に距離が離れてちょっと黒歴史かというくらいの乙女モードを発動してしまっていた。
 それと同時に、もし自分が何も悩まずのんびりと学園で過ごしていたらと思うとぞっとした。

 いつか気づいてぶつかる問題なのかもしれないけれど、今回みたいにあっさりと取り返しができるとは限らない。
 そうなったとしても王子はうまくフォローしてくれるだろうが、私自身がアンドリューのそばに相応しくないと逃げていた可能性もあった。

 それがとても恐ろしいと思ってしまった。そうなったら、アンドリューは本当にひとりになってしまうことに気づいてしまった。
 こんなに切実に自分を求めてくれている人の心に気づけなかったらと思うと、間に合って良かったと、王子が仕掛けてくれて良かったと本気で思う。

 アンドリューが肩から顔を上げ、ぽそりと告げた言葉を繰り返す。

「ぽややん」
「……ううっ。本当にいろいろ考えないといけないときなのに思考がちょっとだったので」
「へぇ。それをぽややん」

 くっ。どんなときでも攻撃の手を緩めない。
 さっきまで可愛らしいと思う態度だったのに、すぐにいつもの自信のある俺様になる。

「いじめないでください」
「いや、嬉しいよ。それだけティアが寂しいと思って俺のことを考えてくれたのだろう?」
「……はい」

 一か月前の私は、王子の役に立ちたい、好きだとは思っていたけれど、何がなんでもアンドリューのそばにいるという気概までは育っていなかった。
 下手をした場合は、許されない場合は、遠くから役に立てればくらい思っていたかもしれない。

 そんな甘いところだらけの私を信じてくれて、強引だけど待ってくれた。
 それは嬉しいだけではなく、誇らしい気持ちにもなった。あと、待つのにも攻めながらとかも、王子らしい。

 そして、仕掛けておいて不機嫌になるところとか、本当は不安だったのだとか、そんな面を見せられて愛おしいが募るのが止められなかった。


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