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願い

閑話 隊長王都へ sideアンドリュー①

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 数年前は管理が行きわたらず荒れた土地が目立っていたハインリヒ王国の北部も少しずつ活気付き、新たな町づくりとして復興している場所も増えてきた。
 フロンティアのおかげで農作物の収穫量も上がり、毎年冬になると餓えと魔物の出没で命を落とす者が多出していたのが徐々にその推移は下がっていった。

 転移魔法を使用しながら王都や他領へと行き来し、今回の目処が見えてきた。
 最後の仕上げは残るがようやく息をつくことができる。側近たちも気が休まらない日々にピリピリしており、そろそろ騙し合いや駆け引きの始末をつけなければならないだろう。

 なにより、フロンティアに一か月も触れることができておらず、ましてやろくに話もしていないのでアンドリューのフラストレーションも溜まっている。
 魔道具のおかげで揺れや音が遮断され心地よく揺れる馬車の中で、光の加減か薄い色のアンドリューの双眸の光彩が外の景色を見ているだけなのに直視できないくらいに怪しげに揺らめく。

「殿下、気を抑えてもらえませんか? そんなに早く帰られたいのでしたら、わざわざロードウェスター領に寄らなくてもいいのでは?」

 話しかけられ前の席に座るラシェルに視線を投じれば、にやにやと楽しそうにこちらを見ていた。
 以前は右側だけ伸ばしていた前髪は切られすっきりしている。

 よくよく見ると金茶の瞳は右と左で若干色味の差がありそれを本人も気にしていたが、今は堂々とその瞳を晒していた。
 普段はレイジェスか頭脳派に見せて護衛も兼ねているオズワルドがこのような場合同行することが多いが、彼らには王都でしてもらうことが残っているので、今回の同行者はラシェルとなった。

「早く会いたいのは山々だが今から帰ったところで授業中だろう。それに寄ったほうがいいと俺の勘が言っている」

 なんとなく、王家とも関わりがあったからか神獣の魔力に呼ばれているように感じた。
 野菜たちの行動が目立つが、シュクリュもたいがいフロンティア主義であるので、彼女に関する可能性がある限りこのような勘には逆らわないほうがいい。違ったら違ったで、様子を確認しておくのは悪いことではないはずだ。

「王家の血的な何かですか?」
「そのようなものだ。それに野菜たちの様子を見ておくと、ティアと楽しい絡みができるだろうしな」

 秘匿であるから口には出せないが、神獣であるシュクリュの様子も気になるところだ。
 フロンティアの魔力を気に入ったはずの神獣が、フロンティアの拠点が王都に移ってもそのまま伯爵領にいるつもりなのかも気になる。
 伯爵領だけでなく、徐々に神獣の恩恵はティアの願いとともに北部の領土にも浸透していると思われ、王家としても神獣の動きは把握できるのならしておきたい。

「楽しい絡みとはずいぶん意味深ですね。んー、そんな爽やかに笑うくせに考えていることは爽やかじゃないのってどうなの? 腹黒いとまでは言えないような気もするけど、いや、普段は政治的には黒いときすっごい黒いけど。ご令嬢に対しては誘うような綺麗な色に見せかけて、実は違う色でした感がすごいっていうか」

 話しているうちに、ラシェルは二人きりのせいか学生のときのように気安い言葉遣いになった。
 浮ついた時期が長かった分、公では気をつけていても周囲に誰もいないと出てしまうようだ。

 以前のラシェルのままであったら、公がどうだとか知らないと反骨精神でチャラさを出す場面がもっとあっただろうが、実際は今の恋人と付き合うようになって変わった。
 アンドリューとしては能力を買っていたのでそれを発揮さえしていれば文句はなく、言葉遣いや態度は本人が苦労するだけなので業務に支障がでないのならどっちでも良かった。

 だけど、変わった。でも変わらない部分もある。
 側近の変わらない部分と変わった部分に、密かにアンドリューは笑いを噛み殺す。

 学生のときのようなやり取りはほんの少し懐かしみと楽しさもあって、アンドリューは少し考え足を組み直す。ぴんとくる言葉を探し、首を捻るラシェルのほうへと身体を向けた。

「その色も綺麗だったら問題ないだろう?」
「綺麗かどうかは知らないけど、相手にとっては過激な色をしてそうだなぁって」

 ふっと笑い、おちょくるような視線を向けと、ラシェルは小さく肩を竦めた。

「嫌だったら触らないはずだ。思った色じゃなくても、それが気になるから触れるのだろう? こちらも触れていいと思っているから触らせる。互いに気持ちが一致した結果だ」
「まあ、そうなのでしょうけど」
「それはラシェルにも言えることだ」
「俺ですか?」

 目をぱちくりして自分を指差すラシェルに、アンドリューは大げさに頷いた。

「そうだ。過去がどうあれ、立場がどうあれ、誰がどう言おうと今のお前はよくやっている。お前は俺の側近なのだから、そろそろ自信を持て」
「なぜ、殿下の話から自分の話になるんですか?」
「いつまでも恋人のままで、ルーシー嬢と婚約しなくてもいいのか?」
「…………」

 沈黙がラシェルの気持ちを物語っている。アンドリューはじっと反応を見つめながら続けた。

「彼女には今回世話になったからな。二人の問題は二人で考えたらいいが、踏み切れない理由が自分にあるのはわかっているだろう? それに、元遊び人となると、彼女の父親は心配で仕方がないようだ。最近、縁談話が増えてきたと言っていた」
「そんな話聞いてませんが!」

 自分の場合は、見せる相手はしっかり選んでいる。
 だが、ラシェルは根が深い分、うまくやっているようでアンドリューからすれば不安定さが目につく。
 ここしばらく落ちついてはきたが、家が絡むと逃げ腰になる。

「それは言えないだろうな。警戒心だけはやたらと強いお前に言ったら、急かしていると思われるだろうし。彼女はお前の過去を知っているからこそ、余計に言えないのだろう。わかっているだろう?」
「………………ご忠告ありがとうございます。この話は俺なりに一度考えてみます」
「そうしろ」
「……って、なんで俺の話題に変わってるんですかね?」
「さあな」

 互いに、ということが伝わっていればいいが、これ以上は本人が答えを出さないと意味がない。そして、フロンティアと己のことは、自分たちだけしかわからない。
 そうこうしているうちに、伯爵領へと入った。

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