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婚約と俺様王子

王宮に呼び出されました①

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 伯爵領から王都に戻ってきた二週間後。
 精一杯の作法を心がけなるべく清楚に見えるようにふふっと笑みを浮かべ、私はアンドリューに呼ばれて王宮にやってきていた。

「うっわぁ」

 初っ端、永遠と続いているのではと思われるほど広く美しい宮殿のあまりのすごさに小さくその声を上げてしまったが、その後はしっかり笑顔をキープし足を進めていく。
 ただ、気持ちは大いに荒れている。ばっくんばっくんと周囲に誰もいなければ一度大きな声を出して落ちつきたいところである。

「…………」

 知らない方と視線が合ったので、にこっと笑み浮かべながら頭を下げつつも、脳内は騒がしいままだ。
 だって、伯爵領からの帰りの馬車のあとのアンドリューとの初顔合わせ。平静でいろというほうが無理である。

 さすが大人向け乙女ゲームの元攻略対象者。行きと比べものにならないほど帰りは攻められた。
 それでも婚約者未満の対応だとのたまっていたが、やたらと爽やかな笑顔でぐいぐいくるアンドリューに言葉や態度で迫られた。

 あれやこれやと思い出すだけで顔から火が吹くレベルで、それはもういろいろ巧みで、私は流されっぱなしで……、うぅぅ~、だめだめ。
 これから王子に会うのに思い出すのはよろしくないと、お野菜たち、ほっこりお野菜たちと脳内で繰り返す。

 ──ああ~、隊長たちに会いたいっ!

 磨かれた回廊を何度か曲がり元攻略対象者であるラシェルに案内され、初めての王宮でどうなることかと思ったけれど、戸惑う暇もなくあれよあれよと案内された場所は意外なところだった。
 
 てっきり室内のどこかの部屋かと思えば外。
 たどり着いたところは、周囲を取り囲むように美しい薔薇が咲き誇り、甘さと華やかな香りから、フルーティーな香りまでとてもうっとりするような庭園であった。

「綺麗なところ」

 ひらひら、ふわふわっと蝶が舞い、頬を撫でる涼やかな風に目を細める。
 座って待ていいと言われたけれどしばらくそのままそれらを眺めていたら、数分もしないうちに背後から声をかけられ抱きしめられた。
 薔薇の匂いのなかにふわりと爽やかな香りとともに、覚えのある体温が私を包み込む。

「ティア、よく来たね」

 まさか背後から現れるとは思わず、口からぽわんと魂魄が飛び出るかと思うくらい驚いた。
 姿を現わすときは、正面からわかりやすく来てほしい。

 ただでさえアンドリューに会うのに緊張していたのに、不意打ちに遭って会ったときの心構えとか吹っ飛んでしまった。
 周囲は草木や花に囲まれているのにどこからやってきたのか。心臓に悪いったらない。

「殿下」
「久しぶりだな。ティア。会いたかった」

 当然のようにちゅっと頬にキスを受けたが、頬キスくらいで騒いでいたら先が持たない。
 私はゆっくりと顔を背後に向け、身体は固定されて動けないので目線だけ下げて挨拶を返した。

「お招きいただきありがとうございます」

 ううぅ、王子の秀美な顔が、目と鼻の先と非常に近すぎる!

 あと、やっぱりほっぺにちゅは恥ずかしいと、キスされた部分が熱を持ったような気がして気になって仕方がない。
 私は内心の戸惑いを隠しながら、取り繕うようににこりと笑顔を浮かべた。

「ここには俺しかいないから、堅苦しいのはいらない」
「わかりました。その、お元気でしたか?」

 私から腕を離しベンチ式の大きな長椅子に一緒に座ると、アンドリューは私の髪に優しく触れてくる。
 まるで会わなかった時間を埋めるかのように密着され、触れていたいんだとばかりの距離感が心の奥底がむずむずして落ちつかない。

「ああ。ティアも元気そうでなによりだ。今日は会えるのを楽しみにしていた」
「私もです。伯爵領ではとてもお世話になりました。このたびは大事な話があるとか?」
「そうだ。待たせてしまったな」
「いえ。殿下はとてもお忙しいでしょうし、こうして時間を割いていただいただけでもありがたいです」

 高貴な人物らしく爪先まで整えられ美しくも男らしい指が、くるくると私の猫っ毛の髪を絡めて遊びだす。
 優しくときおり引っ張られるのをくすぐったく感じながら、私はされるがまま王子を見上げた。

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