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魔力検証
徐々に確実に②
しおりを挟む暖かい風にそよそよと吹かれながら、私はなんとも言えない気持ちでふぅっと息を吐き出した。
ここ数日ですっかり慣れた王子の手の大きさや温もりが、困るのに嬉しいと感じているとともに、この近さにはなかなか慣れない。
横でふっと爽やかに笑うアンドリュー。その姿はとてもリラックスして見えて、胸が熱くなった。
王都では会う時間が取れないくらい忙しかったみたいだし、気苦労も多いだろうし、この時だけでもくつろいでほしいと思う。
「いいところだな」
「はい。自慢の領地です」
野菜たちが動くようになって活気づき今ではとても賑やかな領地であるが、そもそも領民が大らかで人が良いからこそ、和気藹々とした空気が流れてうまくやってこれたのだ。
すべてが繋がっての今。この地を代々守ってきた伯爵家、領民たちを誇りに思うと同時に、これからも大切にしていきたい。
アンドリューが覗き込むように私を見た。さらさらと金に輝く髪と同じく長い睫毛がゆっくりと間近で上下する。
その際に足と足がくっつきそのことに意識する前に、王子が口を開いた。
「ティアはこの伯爵領に魔物が現れないことをどう思う?」
「土地も痩せていたので単純に旨味がないからと思っていたのですが、違うのでしょうか?」
私が首を傾げながら王子を見ると、柔らかく細められた鮮やかな碧色の瞳がじっと見つめてくる。
「不思議には思わない?」
「そういえばそうですね。ずいぶん土地の状態も良くなり状況は変わりましたけど、魔物の話はこの領では出たことがないです。隣の領ではたまに現れるとは聞いてますが……」
生まれてから過ごしてきた場所がずっとそうだったからそういうものと深く考えてこなかったけれど、言われてみればこの土地だけ被害がまったくないというのは不思議である。
しかも今は土壌が改善されおり、魔物の種類や個体で何を好むか違うらしいが、魔力を帯びた野菜たちもいるのにすぐそばの領に出てここだけ出ないというのも幸運だけで済む話なのだろうか。
のどかな風景を改めて眺めながら、改めて話題に出すということは話したいことと関係があるのかと思案する。
「もしかして、それは偶然でもなく理由があるのですか?」
「ああ」
王子が眩しそうに目を眇め、ゆったりと笑う。
あまりに甘く穏やかなその眼差しに見つめられるたびに、名前はもうあるのにはっきりと落とし込むには曖昧な感情がこみ上げてくる。
この陽気のようにぽわっと身体も火照ってくるようだ。
「な、なんでしょうか?」
むずむずする気持ちを押し込めながら問うと、掴まれていた手にきゅっと力が込められる。
「ティアが可愛いと改めて思っていたところだ。聡くて、それでいて心根がまっすぐなのがいいのだろうな」
「…………っ」
真面目な顔をして言われ、ぼっと顔に熱が集中するのがわかった。
エロさを出さない王子はそれはそれで心臓に悪い。
掴まれていた手を離され向き合うと、そっと頬を包まれて上向かされる。
すべてを見透かすような澄み渡る空の色の瞳はとても力強く、私は吸い込まれるように視線を合わせた。
「ティア。真面目な話だ。この話をする前に改めて言っておきたいことがある」
「はい」
王子の改まった空気が伝わり、姿勢を正してゆっくりと頷いた。
こくりと息を呑み、何を言われるのかとどきどきしながら王子を見つめる。
「俺はティアとの婚約の話も本格的に王都に帰ったら進めるつもりだ」
「殿下」
「否は聞かない。必ず惚れさせるし、俺はティアしか欲しくない。まだ気持ちがついてきていないのは承知の上だが、脈がないわけでもないだろう? このままずっと俺だけを見ていろよ」
力強い瞳に射貫かれて、視線が外せない。
くそぉっと悔しくもあるけれど、その強引さが嫌いではない。それを認めるのも悔しくて、ぽそぽそと抵抗にもなっていない言葉を吐いた。
「………………自信ありすぎじゃないですか」
「自信というよりはティアは俺のものにすると決めてるからな。俺が全力をで幸せにするから、安心してこの腕に抱かれていろ」
そう言って、そのままぐっと抱きしめられる。
ひゃぁぁぁー。
俺様発言出たーっ!!
あと、やっぱりスキンシップはあるんですね。完全に油断していた。
それでも、決して権力を振りかざさず、気持ちは常に大事にしてくれるような発言が頼もしくて前よりも嬉しいと思う。
ぎゅうぅーっとしばらく抱きしめられていたが、大事な話の前置きだったのですぐに離される。
俺様だけど立場ある相手はメリハリが効いていて、それでいて隙あらばスキンシップしかけてくる。対応するのに精一杯で、事前に察知するとか無理。
相手が王族だとか、羞恥まみれになる未来を思うととっても不安だ。
きっとその時々でああだこうだと逃げたくなるのだろうけど、気持ちの上では捕まっている自覚はあった。
だって、この立場をほかの誰にも渡したくない。
「……あまり急なのは心臓に悪いです」
今すぐはいとは言えなくて、今はこれが精一杯だ。
「ああ。徐々に確実にな」
くいっと顎を持ち上げられ、アンドリューの美しい顔が近づいてくる。
その端整な顔を眺めていたが、触れる瞬間に私はそっと瞳を閉じた。
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