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気づけば sideデューク③

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「それは当然だ。ルールとして設けられているものに準じているだけのことだろう?」
「…………」

 痛いところを突かれ、デュークは押し黙った。

「貴族の婚約なんて政略結婚が多いのだから大半はそれでいいのだろうが、相手によってはそれだけの対応は義務のようでもの寂しく感じることもあるだろうな。その辺は当事者でないとわからないことだが、デュークの場合は、彼女の寛大さがあるからこそ良好な関係が築けているのを自覚したほうがいい」
「自覚……」
「もちろん、オルブライト嬢がデュークを好きだとわかりやすい事実があり、彼女も満足し幸せそうに見えていたので、私を含め誰も口を挟まなかっただけのこと」

 頭を殴られたような衝撃を受けた。
 じわじわと言葉に重みが増していくようで、デュークは肩を落とした。

「そうですか」
「浮気や遊びと問題行動が多く迷惑をかけるレベルならさすがに苦言を呈していたが、な。朴念仁だが真面目だし、それを彼女が良しとしていたなら他人がとやかく言うようなことではなかったからな」
「……」

 言外に、お前が気づくべきことだと言われ言葉をなくす。

「お前たちの良好な関係は全部オルブライト嬢のおかげだ。この際だから言うが、やっぱりお前はもっと感謝してそれを行動で表すべきだ。愛想を尽かされて捨てられるかもしれないぞ」
「捨てられる!?」

 ぎりりと心臓が引き絞られるかと思った。
 全く考えたこともなかったことだが、現状を思うと軽視できない。先ほどの伯爵令息に笑いかけていたフェリシアの笑顔を思い、デュークはぎゅっと眉間にしわを寄せた。

「あるいは、ほかの男に取られるぞ」
「取られる……」

 さらなるクリストファー殿下の追撃に、自分の顔から血の気がなくなっていくのがわかった。
 先ほどの衝撃で心臓が痛いし、胃の下までもがぎゅっと掴まれたように苦しくなった。手が震えそうになるのを、背後に隠すようにしてぐっと堪える。

 フェリシアが自分以外の男のものになると?
 そんなこと考えたくない。

 ――ああ、俺は今まで何をしていたのだろうか……

 考えていることを表に出すのが苦手で、特に女性だとどんな顔をしていいのか、下にいる二人も男ばかりで女性と何を話せばいいかわからなくて、全部フェリシアに任せていた。
 今までフェリシアの好意にあぐらをかいて自ら変わろうと、相手に合わせようなどと考えたこともなかった。

 いずれこの国の王となるクリストファー殿下を支える一人として、精進することが一番。
 それが国のため家族のため、婚約者のため、誇らしい自分であることが最善だと考えて動いてきた。

 ずっと永遠にフェリシアは自分を好きなのだと思い込み、彼女が自分に合わせて当たり前だといつの間にか考え驕っていたようだ。
 何より自分に見せられなかった笑顔に、会わなかった間に親しげな第三者の存在にデュークは焦った。

「オルブライト嬢の容姿は美しく、性格も謙虚で可愛らしくああいうタイプを好む男は多いぞ。彼女がお前を好きだと全身で告げているから今まで話題に上がらなかっただけで、本来なら引く手あまたな女性だ。しかも財力のある侯爵家の一人娘。デュークは恵まれていることをもっと自覚したほうがいい」
「はい」

 追い打ちをかけられ、デュークは小さく唇を噛んだ。
 ずっと胃の下がしくしくちくちく痛い。
 自分ではどうすることもできなくて、こんなことは初めてでデュークは大きく息を吐き出した。

 今まで気づけばすぐそばにフェリシアがいた。
 休み時間の合間、鍛錬の前、忙しい間のつかの間にひょこっとその可愛い顔を見せ、気持ちのこもった言葉と物を置いてそっと去っていった。

 ――ほんと、彼女の好意に甘えすぎた。

 それがなくなった今、その行為にどれだけ支えられていたのかわかる。
 いつもの鍛錬も彼女が当たり前のように寄り添ってくれていたから、何も考えず安心して集中できていたのだ。

 彼女の無償の愛をただ受け取っていただけの自分。
 考えれば考えるほど、時間が経てば経つほど苦くなる思い。

 クリストファー殿下の言う通り、自分たちの関係はフェリシアありきだ。
 現にフェリシアが会いにこなくなったら、自分たちは顔を合わせる機会も話す機会もほとんどなくなった。
 この一か月、何より熱のこもった視線も向けられることがなくなって心はすぅすぅとして、初めてデュークは危機感を覚えた。

 もし、このままずっとフェリシアが自分を訪ねてこなくなったら?
 当たり前の日常はフェリシアが無理していただけだとしたら?
 好きだから合わせてくれていたけれど、それがなくなったら?

 それを考えるとぞっとした。

 もうすぐ定例茶会の婚約者との逢瀬がある。
 口下手だ、忙しいと言っている場合ではない。自から積極的に話しかけ、できればフェリシアが笑ってくれるように寄り添いたい。

 そして何より、あの美しいエメラルドの瞳に自分を映し出してほしい。もう一度、熱のあるあの眼差しを向けてほしい。
 デュークはそっと振り返り、フェリシアが廊下の角を曲がって見えなくなるまでずっとその後ろ姿を見つめた。


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