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約束 sideイーサン③
しおりを挟むふっと息をつくと、起こさないようにそっと手を解いて身体を起こしミラの肩に毛布を掛ける。
本当はベッドに移したかったけれど、まだひょろひょろの自分では運ぶ事もできないし、起こしてしまうのも勿体なかった。
そして、今度はミラの顔が近くで見られるように寝転ぶと、同じように手を繋ぎ直し眺める。
日が昇るにつれて見える白い肌。こんなにじっと見たことがなくて、部屋が明るくなるたびに髪と同じ赤みを帯びた睫毛が揺れるのに、どんな夢を見ているのだろうかと考えるのも楽しかった。
たまにうっすら口を開けちょっと間抜けに見える寝顔が可愛くて、上唇がぷっくりしていて摘まんでみたいだとか、今まで見れなかった分存分にミラを観察する。
もうちょっとこのまま眺めていたいけれど、いつまでも反応がないのもつまらない。
光によって色味を変える琥珀色の瞳を、その瞳に自分を映すところを見て、彼女の思慕を早く感じたい。
たくさんミラに構われたいし、ミラのことをもっと知りたい。
今までろくに顔を合わせられなかったから、細部まで観察しミラを自分の中に刻み込む。
きゅっ握っていた手に力を入れて、起きたら今度は自分から話しかけようと決意する。
ミラはびっくりするだろうか。喜んでくれるだろうか。
浮き立つ気持ちを胸に、もう少しこの時間が続いていたらいいなという思いと、早く起きてくれないかなとの思いとを行き来しながらその瞼が上がるのを待った。
そしてどれくらい見つめていたのか、ようやくぴくりと睫毛が揺れ、ゆっくりと琥珀色の瞳が現れる。それを鼓膜に焼き付けるようにじっと見つめた。
おはようと挨拶をすると条件反射のように返事をし、あれれ? と次第に驚きに見開かれる目が可愛くて。
手は繋いだまま慌てて身を起こしたミラは赤茶色のウェーブの髪を直していたが、慌てて適切な距離を取ろうと繋いだ手を引こうとされ、離すものかとイーサンはぎゅっと掴み引き留めた。
身体を起こし、何から話そうかと考える。どうすればミラが自分だけを見てくれるようになるのか。
やり方を間違えると大丈夫だと判断され、構ってもらえなくなるかもしれない。それでは駄目だ。
イーサンはミラといたい。
彼女のそばはとても温かくて、そんな彼女が自分を気にかけてくれている。それを失うのは嫌だった。
それだけこの一か月でミラの存在がイーサンを慰め、そして存在を浸透させた。
急だけど、急ではない。なるべくしてイーサンの中に落ちてきた存在をじっと眺める。
ミラの髪が太陽の光に辺り、いつもより赤が際立つ。瞳もひまわりのように鮮やかで、生命を育む太陽のようだと思った。
どれだけ暗いところを歩いていても、明るく温もりを与えてくれるミラがいるなら必ず出て行ける。この温もりがある場所を自分は間違えることがないほど、自分の中にミラが浸透しているのがわかる。
「ミラがいつも手を握ってくれていた?」
「……うん。その、ごめんね」
なぜか謝られる。ずっとイーサンが怯えないように距離を保とうとしてくれていたから、申し訳ないと思ってくれているのだろう。
そんなこと気にならないほど、自分がどうやってミラの関心を留めておこうかと思案していることなど考えもつかないのだろう。
「ふふっ。なんで謝るの?」
「だって、イーサンは距離が近いのは苦手でしょ?」
案の上の返答に、イーサンは小さく口の端を上げた。
話しにくいとベッドに上がるようにお願いし、拒否されることのないまま繋いだままの手の温もりが嬉しくて笑みを浮かべてしまう。
怖くないのかと聞かれ否定しむしろ安心すると告げると、ミラは太陽のような瞳に涙の幕を張った。
「なんで、ミラが泣くの?」
「だって、イーサンが安心するって。それってここが自分の居場所だとイーサンが認めてくれたってことだと思うから」
涙を溜めながら笑う姿に見惚れた。
その笑顔も涙も自分のためのもの。自分にだけ向けられたもの。
「ミラは僕を傷つけない。伯爵家の人たちもずっと優しかった。本当はまだちょっと怖いけど、ミラがずっと僕に話かけてくれてこうして手を握って見守ってくれていたから、ほかの人たちとは違うって信じてみようと思って」
『信じる』と告げるとミラの眦に溜まっていた涙が頬を伝い、それからはらはらと零れ落ちた。
――ああ、欲しい。
健気に自分を気にかけてくれる少女。その双眸は今は伏せられているけれど、ずっと自分だけを見ていてほしい。
先ほどよりも強い衝動に揺さぶられながら、綺麗な涙を親指で拭った。
「僕、これからいっぱい食べて身体を鍛えて、ミラを守れるようになるね」
それから逞しい男のほうが好きだと告げるミラに、約束だと繋いでいない手のほうの小指を差し出した。父は背が高く体つきも良かったのでいけるはずだ。
イーサンが宣言すると、ミラは顔を綻ばせながら同じように小指を差し出し絡めてくれる。
「だったら、イーサンが頑張るたびに私はご褒美をあげる」
「ご褒美?」
「私にできることは少ないけど、イーサンが望むことを叶えるお手伝いをするの」
ミラと一緒にいるために頑張ることにご褒美がついてくるという。イーサンは喜んだ。
ご褒美を与えるということは、自分のやっていることを見ていてくれるということ。見ていないとご褒美なんて判断できない。
ミラからの申し出が嬉しくて、イーサンは喜色を浮かべて両手でミラの手を掴みぶんぶんと振った。
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