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2-My goddess-【千歳SIDE】

52長い休日②

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 * * *


「行かない。離せ」

 知らない女に端的に告げ、千歳は気晴らしにと思って出てきたことをすぐ後悔していた。

 夕方、駅前。この場所を指定したのは、もしかしたらりのと出会う可能性もあるかなと思ってだ。
 家にこもっていても精神的に悪いと思ったし、それなりに楽しく連んでいた仲間たちと久しぶりに遊ぶのも楽しいかと思ったら、関係のない女を連れてきた。最悪だ。

 千歳をどこかで見て、もしかしたら以前にもアプローチがあったのかもしれないが、噂のせいもあってそういうのは頻繁だったしいちいち覚えていない。
 元は悪くないだろうが塗りたくった顔、見せつけるような胸、きつい香水の匂いは不快でしかなかった。

 いろんなことがどうでもいいというか、投げやりのときだったら、大人の付き合いとしてわきまえている者なら気が乗った時に相手をしていたが、今はどんな美人がきてもその気になれない。
 どれもこれもりのとは違って、女に腕を回された時に思わず顔をしかめ、そっと女の腕を外させた。

 りの不足を埋めるために来たのに、女のせいでよけいにりのの不足を実感する。
 この体にはりのの感触しかいらない。それを思い知らされる。今日はりのを抱きしめれないのに、余計なものがついたようで気分が下がる。

 りの、りの。りのはなにをしてる?
 こうして離れている時に、少しでも俺のことを思い出してくれているだろうか?
 こんなに俺はりのでいっぱいなのに、どうしてりのは平気なんだ?

 女を追い払って姿が見えなくなっても、勝手なことをしたハヤテたちにも腹が立って、こんなことなら一人でりののことを考えている方がましだったとスマホを取り出した。

「……………はぁ」

 メールの中にも、着信の中にもりのの名前はない。
 わかっていたことだけど、現実に打ちのめされる。それでも、りののことを考えずにはいられない。

 そろそろ遊び終わってもいいころだよな? 無事帰れてる? ナンパとかされてないだろうな? 
 心配だ。だって、あんなにりのは可愛い。連絡しようかどうしようかとりのの番号を眺めていたところで、着信が鳴った。

「…………」

 一度は無視したが、二度目もしつこくかかってきたので仕方なく通話ボタンを押す。
 無視をするには、相手は世話になりすぎている。はぁっと髪をかきあげ、相手が話すのを待った。

「…………」
『よう。相変わらず、自分から声出さないのな』
「……なに?」
『なんか、機嫌悪い?』
「別に」
『ふーん。まあいいけど。今日店に来ないか? ケントさんがくるし久しびりにセンにも会いたいって』

 センとは自分のあだ名で、学校外ではそう名乗っている。
 さっきの女もそう呼んでいた。だいたいがそう呼ぶ。キョウは俺の本名知っているけれど、知っているだけで呼ばない。千歳も同じ。匤司と言う名を知っているけれど、キョウと呼ぶ。もう癖みたいなものだ。

 千歳と呼んでいいのはりのだけ。家族以外は俺が認めた女だけ。りのだけだ。
 すぐにりのに結び付けてしまう。

 ああ、ダメだ。
 むしゃくしゃしているから、このままりのに連絡すると当たってしまいそうだ。なんで連絡くれないのかって絡んでしまいそうで、そんな格好悪いことはできない。

 俺だけがいつも思っていて、りのはその千分の一も返してくれない。別にいい。いつか伝わればいい。ゆっくりでも思いを返してくれるのなら、頑張れる。
 そう思っているのに、それは本心のはずなのに、薄暗い気持ちに囚われる。

 それ浸ってしまっては危険だとわかっている。そのために、この持て余し気味の気持ちのコントロールが必要で、それが意外と大変で。
 こんな風に狂ってしまうくらい思うことなんて初めてだから、結構千歳も日々、いっぱいいっぱいだったりする。
 
 だったら、多少ケントさんの存在は面倒くさいが、気心知れた相手といるのもいいだろう。じゃないと、りのに電話してしまいそうになるし。スマホばかり気にしてしまいそうになるし。
 彼女から連絡は来たことがないから、一方的になってばかりで、しつこくしないようにと加減が難しい。

「……何時?」
『空いてるんだったら、今からでも来れば?』
「ああー、わかった。これから用事あるから少ししたら行く」

 連絡はやめとこうと思ったけど、やっぱり落ち着いてりのと話がしたい。一言話すだけでもいい。やりとりするだけでもいい。
 なんか、気持ちがぐちゃぐちゃしているから、りのに落ち着かせて欲しい。

 そう考えていたことが、なぜかキョウにバレた。
 正確にはどうするとかまではわからないだろうけど、この前悩んでるの見られてたし弟分のそういうのが楽しいんだろう。

『例の彼女か? そういばハヤテたちが遊んでくれないって言ってたぞ。あと、女も相手してもらいたいの~なんて甘い声あげてたけど。しまいにはお前と関係したとかしてないとかで争ってたりな。モテるやつは違うな』
「そんなの知らないし。あんたに言われたくないんだけど」
『自称お前のオンナが多いだけで、ほとんどがデマだけどな』
「興味ない」

 どうせ、その女たちも俺でなくてもいいし、見目が良くて金払いもよくて美味しい思いができたらそれでいいってぐらいのものだろう。アクセサリー感覚みたいなものか。
 以前は欲を発散できたらそれでよかったし。お互い様だった。けど、今はその欲もりのにしか向いていないから、煩わしいだけだ。
 
 俺はもうりのしかいらない。
 さっきのを思い出しむかむかする。俺に、違う女の匂いがついた。それが嫌で嫌で仕方がない。

『へえー。そういう勘違い女は別として最近マジで遊んでないって聞くけど。まじめになったってな。俺がこっちの世界に誘ったが、あっという間に馴染んで適当に女とも遊び出した時はお前の年齢考えたらちょっとまずかったかなって思ったりはしてたんだけど……。好きな女でもできたか?』

 これはわかってて聞いてるんだろうな。揶揄うというか、そんな感じなのだろうけど、今は流せる気分じゃない。

「好きな女なんていない」

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