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2-My goddess-【千歳SIDE】
42女神に飢える①
しおりを挟む「あの子がいない」
高塚千歳は飢えていた。名前も知らない彼女が欲しくて、欲しくてたまらなかった。
はじめは、もう一度会いたいなくらいだったと思う。そんなに昔のことではないのに、今の感情に塗りつぶされてはっきりとは思い出せなくなっている。それほど、彼女のことで埋め尽くされていた。
彼女と出会った記憶は色褪せることなく、鮮明に千歳の中に刻みつけられて、次第に溢れ出していった。
そうなると、行動せずにはいられない。
妄想と現実の区別がつけられなくなりそうだった。会えないから、余計に欲しているのかもしれないと思い、このよくわからない状態から抜け出したくて彼女を本格的に探すことにした。
再び彼女に会えば、このよくわからない焦燥感も落ち着くはずだと一縷の望みをかけて。むしろ、幻滅させて欲しいとさえ思い、解放されたくて必死に探した。
彼女に初めて会った時間になると、その場所を歩き回って探してみるが会えない。仲間を通してそれとなく探させたが、彼女の目撃情報は集まらなかった。
すぐに春休みになったことで、学校の方も調べることはできない。休みのため制服を着ていないだろうことで、余計に情報も入らなかった。
日に日に、彼女が気にかかって仕方がなかった。何をするにも、彼女がいるかもしれないを基準に動く。
春休みも終わるころになると、それは執着に変わっていた。妄想することも当たり前で、彼女に焦がれる状態も当たり前。
ただ、そんな状態でも周囲が話すような好きだとかはピンッとこなかった。むしろ、そう言われて鼻で笑って返しただけだ。
ただただ、この手に彼女を手に入れないと落ち着かないところまで来ていることは実感していた。
──彼女が欲しい。会いたい。
とにかく、もう一度会えば。
それがどういった類なのかは、会ってからわかるのだろうと、会えば今の状態が嘘のように意外と冷静になるのかもしれないとも思っていた。
でも、どこかでそんなことはないとわかっていたとは思う。そんな可愛らしく、甘いものではないことを本能でわかっていたのだ。
実際、彼女と再会した千歳は身体と心が求めていたと、半身であるかのように彼女でいっぱいになった。
初めて彼女を見た瞬間、彼女だけしか映らなかった。彼女だけが特別。
他とどう何が違うとか、明確な言葉では言い表せない。ただ、特別なのだと訴えてくるのだ。
ふぅっと息を吐き出し、今日も見つからなかったと手に顎を乗せ瞼を伏せる。彼女はいったいどこの誰だろうか。どこに、いるのだろうか。
もしかして、人間には手の届かない女神ではないのだろうか……。俺ではダメだと言われているようで胸が痛い。
「セン、最近付き合い悪いってこっちまで苦情がくるんだけど?」
そういえば一人ではなかったなと思い出し、千歳はゆっくりと目を開け半眼で相手を見た。
「なら、キョウが相手をすればいい」
「俺は社会人。そんな遊んでばっかりいられません」
昼間はカフェ夜はバーとなる店のカウンター越しに話しかけてくるのは、モデルを始めた時からずっと世話になっているキョウだ。
キョウとはあだ名でモデル時代の活動名でもある。センも同様、千歳の千の漢字をセンと読ませ、便利なので学校の外ではそう名乗っている。
彼が経営するここは雰囲気もよくキャンキャン吠えてマナーがなっていない者は出禁にするので、非常に落ち着た時間が流れる。
現在夜で千歳に酒を教えた張本人は、経営者になってからは未成年はダメだと今更常識を掲げて、出されるものはもっぱらノンアルコールになった。
それでも、千歳はこの空間が好きで通うのであって、提供する側がそういうならと従っている。
「学生の俺もそんなに隙じゃないし。それに4月から三年だから進路もそろそろ本気で見定めないといけない」
「今更?」
「そんな不真面目にしてきたつもりはないけど?」
肘をつきながらちろっと見上げると、長めの髪を無造作にくくったキョウが男の色気を滴らせ、ふっ、と笑い、注文していないのに明太パスタを出してきた。
その際に、肘上までまくったシャツから出る腕は自分のものより逞しく、6つも上の大人なのだと知らしめる。
「勉強もできることはチカコさんから聞いて知ってる。センは昔からなんでも器用にこなして要領良いからな。進路で悩むなんて意外だっただけだ。ほら、冷めないうちに食べな。どうせ何も食わずに来たんだろ?」
「ん。ありがとう。で、勝手に人のこと無敵みたいに言ってるけど、キョウもモデルやめたらチームも抜けてすぐここ始めただろ? そもそも、キョウの顔を立ててしばらく入っていただけだし、俺もそっちは手を引いた。もともと行ったり行かなかったりしてたんだし、やる気があるミヤがトップ張ったらいい。実力も問題ないし」
「センみたいにカリスマ性に欠けるのが問題なんだって。トップ張らなくてもいいから、顔だけたまに出して欲しいってそのミヤ本人に愚痴られる」
「それこそキョウがしたらいいよ。もともと俺は俺のやりたいように動いてるだけだし」
「まあ、センはそうだよな。で、今は人探し? さっき、あの子がいないって言ってたけど。女の子探してるんだって?」
千歳はくるくるとフォークにパスタを絡めながら、肩を竦めた。少しでも情報が欲しいので、もともと隠しもしていない。
大きめに絡ませ、ぱくりと口に入れる。うまい。
かっこよくて、ついでに喧嘩も強くて面倒見がよく、自分の店を持つのが夢だったと当時これから脂が乗るぞという空気だったモデルをあっさり辞めた決断力と行動力、その上料理もできてこの男の弱点はどこだろうか。
「情報が早いな」
「みんなお前に興味津々だからな。高校生の女子だって? というか、お前が制服を着てないと高校生だってことを忘れそうになる」
「学校は今までもちゃんと行ってたけど?」
「そうだけど。その年齢で夜の街に馴染みすぎなんだよ」
「そう言われても。顔立ちがこうなのは今更だし」
「そういう意味じゃないんだけどな。で、その子が見つからないままだとどうするんだ?」
「どうするって?」
「だって、珍しく本気だろ? それがどういった類のものかは知らないが、隠さないということは形振り構わず探してるって周囲に言ってるようなもんだし。でも、気をつけろよ。嫉妬した女がその子をどうするかわからない」
「女ねぇ。俺と関わりもないのに、勝手に騒いで彼女を傷つけると?」
俺の女神に? そう考えるだけでひどくイラつく。思わず、キョウを睨みつけた。
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