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第二部 第五章 これから

閑話 公爵家の魔法の鍋①

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 ある夜、テレゼア夫妻が不在の公爵家の屋敷で、悲鳴とともにガンガラガッシャンっと大きな物音、そしてなんとも不気味な音がしつこく鳴り響いた。


 発端は今から一週間前に遡る。

 五大貴族であるテレゼア公爵家。
 建国時に貢献し、それからは王家を支える重要なポストに就き、ランカスター王国の繁栄に尽力を注いでいる。
 何百年と続く古くからある一族なので、家には代々伝わる家宝もあれば、曰く付きの話も多々あった。当然、魔道具も多く所持している。

 執事長の話を聞いた私は、わくわくと心を弾ませた。

「初代テレゼア公爵とその友人たちは非常に魔力が多く質もよく、今では考えられないほど様々な魔法を使っておられました」
「魔法はその頃と比べて衰えているというの?」

 ファンタジーの世界でも魔法の使い方はそれぞれで、この世界にもルールがある。

「一部では」
「一部?」
「そうです。もともと魔力は貴族に多いものですので、平民のレベルは変わりません」
「そっか」

 貴族の魔法の質が変わってきたということか。

「全体的に見ると少しばかり魔力は減ったのではと言われております。その分、生活のための知恵が発達していますので、日常を生活する上では断然便利になりました。特に魔力が少ない者たちにとっては喜ばしい環境だと思います」
「魔道具は使う人を選ぶっていうもんね」

 老執事であるじぃの話に、私はふむふむと頷く。

 便利な魔道具ほど使用するのはもちろんのこと、作るのにも時間と高い魔力を必要とする。
 そのため必然的に出回っているのは、少しの魔力、もしくは魔力なしでも動かせるものになる。
 通信器具みたいな高度なものは当然多くの魔力が必要で、利用するのはほぼ貴族だ。

 あとは、まだお目にかかったことがない移転魔法もあるらしいけれど、使える者は数えるほどで緊急時用。
 自分の実力を見誤ると魔力枯渇で倒れることもあり、ハイリスクハイリターンで簡単に使われることはない。
 
 しかも目的地にたどり着かない場合もあるらしく、そんな危険な移動方法よりは地道に馬車で移動するほうが健全だ。
 乗り物があるだけでもありがたい。

「エリザベスお嬢様は賢いですね。じぃは誇らしいです」
「たくさんじぃにもお勉強教えてもらっているもの」
「日頃のお嬢様の努力の賜物です」

 涙を滲ませて、ハンカチを取り出し大袈裟にじぃが涙を拭う。
 これくらいマリアも同じ年齢の時にはわかっていたと思うけれど、末っ子はいつまでも公爵家の中では小さなお姫様扱いだ。

 愛情を持って仕えてくれているのでその気持ちを無下に出来ず、私はえへへっと控えめに笑った。
 ここで認めないと、延々とどれだけ素晴らしいかと本人を目の前にして語られることになるのだ。
 家族に感化されているのか、老執事に限らずここの使用人たちもエリザベスに非常に甘かった。

「それよりもこの屋敷にある不思議な魔道具って?」
「はい。一見、普通の鍋に見えますが、魔力を流しながら使うと短い時間で思い通りのものができるそうです」
「思い通り?」

 おお、ここにきて何やら楽しそうな気配。

「はい。こんなものを作りたいと願うだけで、そこに入れた材料の範囲で一番近いものが作れるとか」
「そこは材料がなくてもというわけにはいかないのね」

 さすが図々しい願いのようだ。

「ないものを作ることはできません」
「そうよね。でも、それだけでも価値があるわ。使い手によって都合よく働いてくれる鍋なんて!」

 是非とも見つけ出して、それで薬品を作りたい。
 こっちが四苦八苦している工程を、鍋がぱぱっと仕上げてくれたらありがたすぎる。有能な助手のようなものだ。

「ですが、先ほども言いましたが、調理場にあるどの鍋かはわからなくなっています」
「印とかは?」
「その鍋は初代公爵様の友人にプレゼントされたというもので、そのご友人はなんともひねくれた方でして、よく出回っていた鍋に似せて作られたようで印も何も残されなかったと。それが、代々引き継がれていくうちにどれかわからなくなって今に至るようです」

 ひねくれ者からのプレゼントということは、鍋にも癖があるのかもしれない。
 魔力を持っている者からしたら、魔道具は魔道具とわかるようになっているのに、それを敢えて気づかれないような魔法を組み込んでいるとかその事実だけで面倒な鍋だ。

「へぇー。じぃにもわからないってこと?」
「さようでございます」
「うわぁー。楽しそう! もしかして普段から使われている可能性もある?」
「それはないと思います」

 あまりにもはっきりと断言されて、私は首を傾げる。

「でも、普段私たちが食べている料理は、料理人がその鍋で作っているうちに美味しく仕上がっているのか、料理人の腕なのかはわからないかもしれないじゃない」
「いえ。魔道具ですので、実際使用して魔力が使われたのか使われていないのかわからない軟弱者はこの屋敷にはおりませんのでそれはないです。ですが、それほどエリザベスお嬢様が美味しいと思ってくださっていることを知れば彼らも喜ぶでしょう」
「うん。いっつも美味しいからそれもありえるかと思ったのだけど違うんだね」

 言われてみればそうだと頷くと、老執事は顔をくしゃりとさせ微笑んだ。

「はい。お嬢様はご存知ないかもしれませんが、魔道具は古くなれば古くなるほど、ごく稀に個性を持つと言われております。作った者の気持ちや使われてきた過程によって、性格みたいなものができあがるそうです。その鍋はどうも最後に使った料理人が気に食わない食材を入れたとかで、ストライキを起こしたらしいのです」
「鍋がストライキ?」
「はい。鍋が嫌がると美味しいはずの食材もまずくなるはで、そのうち使われなくなってしまわれたようですが、それっきり行方がわからなくなって」

 鍋の話をしているのに、どうも人間くさくい。
 そんな鍋を作った初代テレゼア公爵の友人とはどれほど偏屈なのか。

「…………聞き分けのない子供みたい」
「そうですね。何百年ものの魔道具はプライドが高いことが多く、使われていく過程で自分の能力を生かしてくれる者ではないと力を貸さなくなるのだとも聞いております」
「それがこの公爵家に……」

 偏屈でもなんでも夢がある話だ。

「はい。意志があると言っても魔道具なので勝手には出ては行きませんし、波長が合う人物を待っているのではとも言われています」
「へぇー。なら、それは見つけた者が使ってもいいの?」
「左様でございます。テレゼア家の血縁者、テレゼア家に忠誠を誓っている者のみ使用可能だと聞いております」
「ふぅーーーーん」

 ますます気になる。
 偏屈そうだけどそれだけこだわりがあるのはいいことだ。

 その時の私は興味を引かれながら楽しそうな話だと思っていただけだったが、日が経つにつれて気になってくる。
 魔道具にそんな設定があるとか知らなかったし、我が屋にそんなものが存在するなんてことも知らなかった。
 何回も転生を繰り返しているが、毎度毎度ファンタジーな世界だと改めて感じることはあって、まさしくこれもそうだ。

「相手を選ぶっていうのなら、見つけるところから始めてもいいわよね」

 もし見つけることができて私が選ばれなくても、料理人の誰かと波長が合い料理の幅が広がるのは素晴らしいし、この世界にない料理でレシピがわからないものも作ってもらえる可能性だってある。
 というわけで、私は鍋探しを決行したのだった。

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