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第二部 第二章 学園七不思議
噂②
しおりを挟む「メーストレ様。エリザベス様に気安く話しかけないでくださいますか? エリザベス様、大丈夫ですか?」
きっ、とニコラを睨みつけ、続いて私に心配そうな眼差しを向ける女性は、ドリアーヌ・ノヴァック公爵令嬢。
水球事件以降すっかり懐かれており、ニコラが現れると私に近づかせまいと盾になるように立ちはだかる。
「ええ、大丈夫です」
「エリザベス様。涙が……、これをどうぞ」
「ありがとう。サラ」
頼もしいドリアーヌににっこりと笑みを浮かべると、もう一人のクラスメイトがハンカチを差し出してきた。
ハンカチの持ち主は、サラ・モンタルティ男爵令嬢。
白のレースをあしらっただけのそれは、控えめなサラらしいものだ。
「エリザベス様を苦しめるなんて」
「そうですよ。メーストレ様はもう少し自重なさってください」
不満を隠しもせず告げるオリビアとミア。
二人とも婚約者がいて、あちこちの女性と遊んでいるニコラの印象は良くないようだ。
「先日また振られたって聞きましたけど、もう彼女ができたんですね」
「本当ですよ。なのに、毎回毎回エリザベス様に付きまとって」
ほかにも数名クラスメイトがいて、私を擁護する言葉が飛び交う。
二人を含め良い友人関係を築かせてもらっており、少なくとも彼女たちは王子たちに媚びることがないので、気兼ねなく関われる令嬢ばかりだ。
自重するニコラの想像はできないが、ニコラには姉への情報操作をお願いしているためそれなりに仲良くする必要があった。
理由は公にできないのでクラスメイトたちには言えないが、一方的にニコラが付きまとっているわけではない。
いわば、ニコラのこれも仕事みたいなものだ。
なのに、そんなふうに言われてもにこにことニコラは笑みを浮かべている。どうやら本人は何も弁解する気はないらしい。
ちらりと彼を見ると笑みを返され、私は嘆息した。
ニコラのチャラい掛け合いは本当に挨拶なのだ。
そして、彼なりのコミュニケーションの一環で、本人に深い意図はない。きっと話を引き出しやすくするための手段の一つくらいだろう。
そして、今も情報という精査をしに来ていることを私は理解している。
仕方がないので、ニコラが弁明しないなら自分が誤解を解くしかないのだろうと、私は口を開いた。
「皆さま。言い過ぎです。ニコラにはニコラの良さがあるのですから、女性問題は当人同士の問題であって何も知らない私たちが言及するべきではありません。それに彼に口説かれたこともないので、これはただの会話です。みなさんもそんなに彼を責めないでください。さっきだって、私が驚いて勝手にむせただけですから」
いや、本当、吐き出さなくてよかった。
この調子だと、もし吐き出していたらニコラはもっと責められていたことだろう。
「もう。エリザベス様は優しすぎます」
「そういうのではないですよ」
「いいえ。エリザベス様は本当に素晴らしいです!」
ドリアーヌを筆頭にきらきらとした瞳でエリザベスを見る令嬢たち。
うっ、その眼差しが眩しい。
本当、どうしてここまで崇めてくれるようになったのか。
嫌われているよりはいいのだろうと、深く考えることをだいぶ前に止めているためわからない。
特に彼女たち対して何かしたつもりもないのだが、気づけば彼女たちの眼差しがこうだった。
身分が上だとか(同じ公爵家でもテレゼア家は四大貴族の一つ)、王子たちと友人だとか、そういった意味合いとは別のものを感じる。
もろもろこうなった出来事はいくつか浮かぶ。
その内の一つは、合同授業の時にやたらとふざけて授業の邪魔をする他クラスの男子生徒に腹が立って、風魔法でズボンのホックを取ってみたことだ。
そこまでするつもりはなかったのだけど、見事にズボンがずり下がり、ハートのパンツを曝け出したのにはびっくりした。
ちょっと外れたら動きにくいだろうくらいの気持ちだったのに、不運としか言いようがない。
その男子生徒は、授業内容に紛れて女生徒のスカートを風で浮かそうとしていた。
あっちこっちでキャァーという声が上がり、原因が誰か気づいた私の出来心。女性の気持ちを知ればいいと、下には下事情と思ってのことだ。
それがいけなかった。
すごく小さな声で詠唱を唱えたつもりだったが、すぐに私がやったのがバレてルイたちに怒られた。
『エリーてば。あんなことできる人物は限られているでしょう? 言ってくれたら手伝ったのに』
『ふふっ。それでバレないと思っているところがエリザベスだよね。やっぱり、その魔法を唱える時の声は耳に入りやすいから、しかも、『ホッホッホ~ク』てそのままだったし。どれだけ小さくても声を拾ってしまうよね』
『あんなもの見る価値もないから見るな』
『もっとほかにやりようがなかったのですか?』
と、ルイ、シモン、サミュエル、ユーグの順に何を怒られているのかわからない説教をくらった。
しかも、しっかり詠唱も聞き取られていた。恥ずかしい。
それに腹が立っていたとはいえ、男性のズボンのホックを外すって恥ずかしい行為であった。
だが、脱がす気はなかったからギリセーフということにしておこう。
脱げてしまったことは不可抗力です。パンツの柄まで責任は持てない。
ついでに、ルイたちに注意されているところを見られてしまったので誰がやったか知られ、女生徒は困っていたからスカッとしたと喜ばれた。
なかにはいまだに定まらない魔法を使う時の掛け声に、『詠唱の言葉、一緒に考えさせてください』なんて一緒に頭をひねろうとしてくれる女生徒も現れた。
それでいろいろ出てくるのだが、まだしっくりくるのは見つけられていなかった。
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