102 / 185
第二部 第二章 学園七不思議
わかりやすくお願いします②
しおりを挟む「ちっ」
舌打ちされ、私は眉根を寄せる。
──ちょっ、何なの?
うっわぁ、ガラ悪い。機嫌が悪い。それでも品の良さを感じさせるもので、気分が悪くなるほどのことではないが居心地はよくない。
いったい何なんだとそのまま視線を向けていると、サミュエルは足を組みはあっと息をつくと、足に肘を乗せ私を覗き込んできた。
「なあ、俺に何か話すことはないか?」
「話すこと?」
「ああ」
探るようでいてどこか甘えも含む声音に、全く何も思い浮かばずキョトンと見返す。
すると、サミュエルはまた深々と溜め息をついて黙り込んでしまった。
うーん、話すことと言われても思いつかない。
日常的に会話をしているし、改まってするようなことは特にないはずだ。
いつもはわかりやすいのに何か考え込んでいるような相手の思考なんて読めるはずもなく、どうしようかと眺め困っていると、体格のいい美形集団がぞろぞろと私たちのところにやってきた。
「サミュエル殿下。エリザベス嬢。お先に失礼しま~す!」
「しまーす!」
「こら、その態度」
てしっと友人に頭を叩かれた青年が、慌ててピシッと敬礼する。
「あっ、すみません。失礼します」
「ありがとうございました!」
「エリザベス嬢、また見に来てくださいね」
「うすっ!」
「サミュエル様、次は俺と手合わせお願いします」
「暗くなる前に帰ってくださいね」
ぞくぞくと片付けが終わった青年たちが、口々に挨拶とともに帰宅していく。
サミュエルを王子として敬いながらも、親しみを込めた空気も感じ取れ関係性は良好そうだ。
それに合わせて、サミュエルは軽く顎を引いたり、手を挙げたりしている。
その横で、エリザベスは微笑み会釈を繰り返した。さすがに全員に一つひとつ返すのは無理だ。
それもわかってるのか挨拶を終えた彼らはさっさと自分たちの会話に戻り、「今日は三皿お代わりする」「俺は五皿」「甘いな、俺は十皿だ」とどうでもいいことを競っていた。
とにかく、腹ペコだということがわかる会話だ。なんだか和む。
くすりと笑みを浮かべて、横にいるサミュエルに聞いてみる。
「十皿はさすがに無理ですよね?」
「あいつらなら食べる」
「……冗談ですよね?」
「じゃないぞ」
「………っうそっ!? 人類の神秘」
「なんだそれ」
こちらは軽い冗談のつもりであったのに、サミュエルは疑問も持っていないらしい。
大量の食料が胃袋にしまわれ消えゆくことになんの不思議も感じないなんて。
自分より大きいといってもスラリとした体躯に、何を食べるかにもよるが十皿もの食事が消えるなんて信じられない。思わずまじまじと彼らの背中を見送る。
横にも縦にも丸くない。体に穴も空いてない。うん。普通の青年。
「はあ~、まだまだ知らないことってたくさんありますね」
私がしみじみと告げると、サミュエルは真面目な表情のままかすかに眉を上げた。
「別に他人の胃袋事情を知っていても知らなくても何も問題ないだろう?」
「そうですけど、これって軽くカルチャーショックです」
「全員がそういうわけではないから、カルチャーではないだろう」
「それはわかってるんですけど、でも十杯は…、うえっぷ、考えただけで胃から首元まで何かが這い上がってきそうです」
どうやって消化するのだろう。
想像だけで胸焼けする。
「ふっ、なら考えなければいい」
「まあ、そうなんですけど。……あっ!」
「どうした?」
急に大声を上げた私を訝しむサミュエルを放っておいて、私はおーいと手を振った。
「あっ、あの、ハンカチの人!」
「おい」
視線の先には、現在私のお尻に敷かれたハンカチを貸してくれた人がいて慌てて呼び止める。
立ち上ろうとした際ひらりとスカートがはだけそうになって、サミュエルに落ち着けとばかりにぽんっと肩を叩かれた。
「すみません。会話の途中ですが少しだけ待ってください。ハンカチのお礼を先にしておかないと」
「…………わかった」
説明にしぶしぶ頷き手をしまったサミュエルを眺め、私はもう一度前方に視線をやった。
名前がわからずハンカチの人って呼んでしまったが相手は気づいてくれたようで、ああと口を開くとこちらにやってくる。
──わぁお、やっぱり大きい。百九十センチはあるのではないだろうか。
初めて会った時も思ったが、身長も高く周囲よりもさらにがっしりとした体躯の相手は大きくて、目の前に来られると反射的におしりがずり下がる。
だがすぐさま、礼をしたくて私が呼び止めたのだと姿勢を正し相手を見上げた。
「引き止めてしまってすみません。ハンカチをありがとうございました」
立ち上がりハンカチを取ろうとすると、相手は手を挙げ静止する。
「いえいえ。まだ、サミュエル殿下とお話があるのでしょう? そのままお使いください」
「でも……」
「そのままもらっていただいてもいいのですが扱いに困ると思いますので、後日か、そのまま殿下に返却くだされば」
そこまで言われてしまえば、固辞するのも悪いと私は小さく会釈をした。
「心遣い感謝致します。えっと」
「ああ、失礼いたしました。私はマーク・ヒューズです。二級上でお姉さんのマリア嬢と一緒のクラスです」
「マリア姉様と?」
「はい。彼女とはたまに話すくらいですが顔見知りですよ」
高身長にしっかりした骨格、短髪に眉も目もキリッとしていて美丈夫で迫力のあるヒューズ先輩は、そこでにこっと笑みを浮かべる。
91
お気に入りに追加
627
あなたにおすすめの小説
冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
殿下、そんなつもりではなかったんです!
橋本彩里(Ayari)
恋愛
常に金欠である侯爵家長女のリリエンに舞い込んできた仕事は、女性に興味を示さない第五皇子であるエルドレッドに興味を持たせること。
今まで送り込まれてきた女性もことごとく追い払ってきた難攻不落を相手にしたリリエンの秘策は思わぬ方向に転び……。
その気にさせた責任? そんなものは知りません!
イラストは友人絵師kouma.に描いてもらいました。
5話の短いお話です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
新人神様のまったり天界生活
源 玄輝
ファンタジー
死後、異世界の神に召喚された主人公、長田 壮一郎。
「異世界で勇者をやってほしい」
「お断りします」
「じゃあ代わりに神様やって。これ決定事項」
「・・・え?」
神に頼まれ異世界の勇者として生まれ変わるはずが、どういうわけか異世界の神になることに!?
新人神様ソウとして右も左もわからない神様生活が今始まる!
ソウより前に異世界転生した人達のおかげで大きな戦争が無い比較的平和な下界にはなったものの信仰が薄れてしまい、実はピンチな状態。
果たしてソウは新人神様として消滅せずに済むのでしょうか。
一方で異世界の人なので人らしい生活を望み、天使達の住む空間で住民達と交流しながら料理をしたり風呂に入ったり、時にはイチャイチャしたりそんなまったりとした天界生活を満喫します。
まったりゆるい、異世界天界スローライフ神様生活開始です!
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる