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第二部 第一章 新たな始まり

イース薬屋店①

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 ユーグ・ノッジと約束の週末。
 学校から寮は徒歩可能な距離なので困らないが、学園の敷地内といえども広大な敷地の中での移動は大抵が馬車を使わないと非常に不便なため現在馬車で移動中だ。

 からりと晴れた空がぐうぅんと伸び広がり、手に届きそうなほど近く感じる。
 窓から流れる景色も活気に満ち心持ち浮き足立ちそうになるが、一緒にいる相手を思い自重する。

 ──ユーグはどこまで理解を示してくれるのかしら?

 結果がどうあれすることは変わらないが、理解してくれるか否かで気持ちの持ちようは変わってくる。
 それに学園の実みたいなモノのこともあり、あってほしくないけどフラグイベントの可能性を思うと協力体制を取るためにある程度信頼を得ておきたい。

 すべてを知ってもらいたいわけではないが、多少なりともわかってくれる人がいるだけで今後の動き方も違ってくる。
 そうは思ってはいても事が終わるまでは杞憂案件なので、馬車に揺られながら考えすぎないように窓の外の景色を眺めた。

 若者、しかも目の肥えた子息、令嬢の気をひくためにディスプレイを凝らした店が立ち並び、装飾品を扱う店には休日を利用して買い物をしている学生たち、カフェテリアにも人が多い。
 そんな中、看板のみのこじんまりとした佇まいの店の前でゆっくりと馬車が止まる。
 その店は客寄せするためディスプレイに凝ることもなく遮光カーテンも引かれており、外から見える店内はとても薄暗かった。

『イース薬屋店』

 王立学園領地に出店するには審査基準がものすごく高く、出店したら出店したで競争率も激しい場所。そんな激戦区で商売する気を感じさせない微妙な雰囲気。かろうじて用途がわかるそれ。
 そもそも、学園内には保健室、それとは別に総合病院もあるので個人で調達する必要はあまりない。だから、訪れる者も少ない、というか限られていた。

「ノッジ様。ここです」
「……なんていうか、怪しいところですね」
「そうですかね? 質素な感じで私は好きですけど。あっ、遮光カーテンがあると店内わかりにくいですものね。ですが、それは薬剤を扱うからなので、管理は行き届いていますので物や質の保証はします」
「そうですか」

 無表情で店を見直し静かに相槌を打ち、私へと向き直ったユーグの表情からは何も読み取れなかった。
 相変わらずの塩対応であるが、付き合ってくれるだけマシなのだろう。

 なにせ、女性嫌いのユーグである。そんな彼がお付きもいるとはいえ、二人で行動なんて苦痛以外の何ものでもないはずだ。
 これも進歩というべきか。

 目的はあれど多少なりとも私と行動してもいいとの表れ。そう思っておこうと、私は馬車から降りた。
 ふむふむと勝手に相手の心境に納得する理由を見出し、さあこれからだと意気込む私の横で、ユーグは小さく息を吐き出した。

 私はユーグの反応を横目に店の前に立つ。
 休み期間は帰省していたので、ここに来るのは一か月以上空いている。
 カランカラン、とドアを開けると同時に呼び鈴が響き、ひんやりとした室内の空気が肌にまとわりつく。

 想像通りに店内は薄暗かったが、掃除は行き届き清潔であることがわかる。だが、初見の人はそれよりも所狭しと陳列されたものの量に圧倒されるだろう。
 すでにその光景に見慣れた私は、さっと視線を走らせて目的の人物を見つけると親しげに名を呼んだ。

「こんにちは~。ライル。久しぶりですね」

 こちらを背に棚の奥でごそごそと屈んでいた男性は、私の声にすかさず反応すると立ち上がり振り返った。
 私の姿を確認すると、にこにこと満面の笑みを浮かべる。

「リズ嬢。ご無沙汰しております。その方がおっしゃっていた方ですね。これまたルイ殿下とは違った男前な方で、リズ嬢の周囲は美形の宝庫ですね。さあ、お顔を見せてくださいな。どれどれ、顔色は良好。少し目の下に睡眠不足が見られますが概ね合格ですね。それに美しさに磨きがかかっておられるようで、この先がますます楽しみでございます」

 そして矢継ぎ早、顔をぐいっと寄せて私の健康チェックをするライル。
 年齢は二十五歳で、赤茶の髪に頬にはそばかすが散り絶えず笑顔を浮かべ愛嬌の良さが前面に出ている。
 会うたびに勝手に私の健康状態を診断し、調子の悪い時は大げさに休ませようとする。

 その口はよく回り、口を動かしながらもさっさっと視線をずらしながらしっかり目の前のものの状態を把握するライルの観察眼は侮れない。
 そして、いつも過剰に褒めることを忘れない彼の言葉は、もう職業病なのだろうと軽く流すことにも慣れた。

「ありがとうございます。しばらく来られなくてごめんなさいね。ライルは元気にしてました?」
「はい。リズ嬢の姿を拝めないのは寂しかったですが、私はまだ会えるほうなので贅沢を言っていられません。連絡がないのは元気な便りとバンバン売りさばいておりましたよ」
「それはよかったです」

 エリザベスという名に愛称はいろいろある。
 身内や親しいルイなどはエリーと呼ぶが、ライルのようにリズと呼ぶ人もいる。

 仲の良い商人たちにそう呼ばれることが多い。テレゼア領地内や公の場ではエリザベス様と呼ばれているが、普段はリズと愛称だ。
 ここでは身分というよりはビジネスパートナーなのでいちいちかしこまっていたら話が進みにくいということと、自分のことを大っぴらにしたくないと話し合った結果だ。

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