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第一部 第四章 ひっそりとうっかりは紙一重
まだ終わりません①
しおりを挟む「エリー。大丈夫だった?」
姉にあらゆる生気を吸われたような気分でげっそりして教室に戻ると、すぐに私に気づいたルイが駆け寄ってきた。
疲れ切った私はこくりと頷くにとどめ、ルイに手を取られ促されるようにちょこんと席についた。
シモンとユーグの関心がいつもより向けられているきがするけれど、実際、囲むように私のそばにいるのだけど、くったりしながらわずかに微笑を浮かべるだけで精一杯。
クラスメイトの関心が向けられているのも感じる。
その内の一人と目が合ってちょっと放っておいてほしいなと力なく笑うと、伝わったのかどうか数名がほぅっと息をついてそれぞれの会話へと戻った。
なんて、気の利くクラス。魔力レベルも高いと察し能力も高いのかと、意外と最高クラスも悪くないとクラスメイトにほっこりものだ。
感謝しながらも、友人と向き合う。エメラルドの瞳でひたと私を捉え、心配そうに覗き込んでくるルイ。
──ああ、癒やしだぁ。
柔らかな空気に爽やかな香り。ルイが近くにいるだけですごく和む。これよ、これっ! この格好いいのに可愛さを兼ね備えた美貌。
何より、優しい存在感。過度な愛情に当てられまくった私は、友情の癒やしに少しばかり気分が上昇する。ほわほわっと縋るようにルイを見つめた。
「ものすごく疲れてるね。もしかして怒られた?」
「ううん。ある程度の成り行きは見ておられたそうなので大丈夫。それよりも、マリア姉様が……」
気遣うように問いかけられ、私はふにゅうと目尻を下げた。
言葉にすると、がっくしとばかりにあちこちが緩みだす。説教はされなかった。だけど、本当に疲れた。
私の言葉と様子に、ルイは、ああ、となんとも言えない表情で神妙に頷いた。
的確に私の心情を汲んでくれる友がいるだけで、すごく救われる。
「それでそんな感じなんだね」
私の髪に視線をとめ、くすっと笑う。その先に、手を伸ばしつぃと私の髪を指に引っかけて梳き流した。
わかってくれるのは嬉しいけれど笑われてぷくぅっと頬を膨らませると、ルイは髪に手をやっていた手をそのまま頬へと滑らせぷにっと押してきた。
「ルイ」
「すごく納得したよ。マリア嬢らしいというか、エリーも大変だね」
そんな二人のやり取りをそばで見ていたサミュエルが、ルイの言葉に頭を捻りながら質問を投げかけてくる。どうやらずっと気になっていたようだ。
「教師に呼ばれたのに、なぜさっきと髪型が変わってるんだ?」
「やっぱり変わってますか? ずっといじられていたのでされるがままというか、諦めたというか。マリア姉様だし変なことにはなっていないと思うのだけど」
指で編み込みされた場所や飾りを探るように触りながら、私はふぅっと息を吐き出す。
「似合ってるよ」
「ありがとう。でも、自分ではどうなっているのかわからないのよね」
すかさず褒めてくれるルイの言葉ににっこりと礼を述べながら、ずどぉんと気落ちする。
久しぶりに姉好みにアレンジされた髪型に、思い出したあれやこれ。姉の愛は重すぎて、やっぱり今生も試行錯誤だ。
「どうしたの?」
どんな時でも機微を察してくれるルイの心配そうな声に、私はちらりと彼を上目遣いで見上げた。
うーん、どうしようかと周囲を見回しながら考える。だけど、また笑われるかもしれないが聞いてもほしい。結局迷って私は口を開いた。
「どうやら密偵がいるらしいのよ」
「……密偵?」
「なんだそれ?」
「…………」
この教室にいるのだと思うとあまり大きな声も出せないので、私はちょいちょいっと手で寄るような仕草をして、四人がわずかにこちらに身体を寄せたのを確認すると小声で告げた。
こそこそと告げる私に合わせて、言葉を返すルイとサミュエルの声も小さくなる。
シモンは考えるように顎に手を当てた。ユーグはただそこにいるだけで、特にリアクションはない。
それぞれの反応を目に留めながら、むっすぅと私は頬を膨らませた。
密偵と言えば弱みを握るためだとか、先を越されないために放つものだ。そんな物騒なものを向けるってどういうことだろうか。
疲れのためか、怒りのためか、ほかもろもろのためか、瞳が潤んでいくのがわかる。
やっぱり妹に密偵っておかしい! と不満がこみ上げてきて私は力説する。
「ほんと、意味がわからないよね。普通、妹に密偵つけるものなのかしら? 世の姉妹ってこんなものなのかしら。何度もそう問いかけていつも儚く散る花びらのごとくよ」
「エリー。ちょっと落ち着いて」
「あっ、ごめん。とにかく、姉の信望者が多分このクラスにいるのよね。私に何かあれば馬のように早く報告がいくことになっているらしいの」
「ああ~、そういう密偵ねぇ。彼女ならありえるね」
「そうなのよねぇ。あれは本気の顔だったから」
ルイと二人してはははっと乾いた笑いを浮かべていると、話が呑み込めないサミュエルがそもそもの疑問を呈する。
「エリザベス嬢の姉君はどうしてそこまで?」
「姉は、……シスコンなんです」
率直な質問に、私は小さな声でぽそりと告げた。
自分が愛でられる対象なのだと自意識過剰な発言は恥ずかしい。だけど、その一言に尽きた。
美しくとも、聖女化していようとも、私にとってのマリアはシスコン以外の何者でもない。
そして、学園に入って落ち着いたかと思われたそれらは、ちっとも変わってなかったことを再確認した今日。
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