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第一部 第三章 騒動は唐突に降ってくる
sideドリアーヌ どこが平凡なのよ②
しおりを挟む「文字でも書いたらいいのかしら? でも、どこに?」
どきどきと固唾を呑んで待っていたら、ずっと眉を寄せて悩んでいた彼女が出した答えがそれだった。
――それ、高等技術よね? 水属性あるからってそんなことできる人は限られてるわよ!
緊張しながらも、突っ込みどころ満載の相手にドリアーヌはもうくたくただった。
もう、どうでもいいから終わらせてほしい。
「エリザベス様、もう結構です」
降伏です!
自分がいかに愚かだったかわかった。能ある鷹は爪を隠すのね。
「えっ? それでもダメってこと?」
「違います。エリザベス様が十分な魔力保持者であることはわかりました」
友人のために怒り、規格外の魔力を見せられて対抗意識はさっぱりなくなった。
ここで駄々をこねるつもりもない。これ以上楯突くつもりはない。
「本当に? またいつか足りないとか、いちゃもんつけたりしませんか?」
「もちろんです。身に染みましたから」
「ならいいのですけど」
うーんとこてりと首を傾げると、ピンクゴールドの髪がさらさらと零れ落ちる。
今まで見下していた相手であったから気にしていなかったが、柔らかに輝く優しい色の髪は光を浴び、水球を通して届く光の反射で美しい。
ドリアーヌへの怒りというよりは、己の疑問があって迷っているとばかりに納得いっていないようにまたくるくると球体水を頭上で回すものだから、ドリアーヌの心臓は縮み上がる。
「では、これを片付けてしまっても?」
ドリアーヌがぶんぶんと頭を上下に振って肯定すると、「そうですか」とどこか残念そうにエリザベスは呟いた。
ちらりと球体水に視線をやった後に、ドリアーヌを見て考えるようににこっと笑みを浮かべ首を捻る。
──いやぁぁ、何を考えているのっ!?
いつも大人しいから反抗されないだろうと罪をなすりつけようとしておいて、降参したけでは駄目だったのだろう。
サラ・モンタルティにしたことを誠心誠意謝っていないから、彼女は笑いながら怒っているのかもしれない。
普段は主張しないのに、今はとても意志が宿った菫色の瞳はきらきらと不思議な色合いで輝き、それが輝いて見えるほど不可侵のものを見ているようで恐ろしくなる。
そんな彼女が規格外の魔力を見せながらにこっと笑うと、変な勘ぐりをしてしまう。
今後次第と落とし所はできたが、自分がしたことは自分で一番わかっていた。まずいところを見られて、思わずなすりつけてしまったが相手が悪すぎた。
笑顔が怖い。笑顔だからこそ怖いぃぃ~、とドリアーヌの目頭は熱くなる。
得体の知れない恐怖が支配する。ぷるぷると震えだす身体が止められない。
それ以上に、初めて自らのこの先を心配した。
怒らせてはならない人を怒らせた。
恥だとかそんなことよりも、彼女を怒らせたままでこの先過ごせていけるのかと考えてしまうほどの、怖いという気持ちがこみ上げた。
王子たちに取り入り、この先華やぎと安泰をなんて考えていたことはすっかりと引っ込んでしまう。
恐怖に頭のてっぺんからつま先までくまなく侵食されたその時、エリザベスの美貌に気づいてから妙に艶っぽく見える口角がにぃっと上がっていった。
エリザベスのその笑顔がトドメだった。
大事に大事に育てられたノヴァック公爵家の一人娘、ドリアーヌ。
早くから開花した魔力もあって期待され甘やかされもてはやされ育ってきた彼女には、この状態は限界であった。
生まれてから学園に入るまで、自分の望む通りにやってきたドリアーヌには未知の出来事であった。
「すみません。モンタルティ嬢にしたことは全部私の考えたこと、うっ、です。うぅ、ひっくぅ。う、嘘を言って、え、え、エリザベス様に罪をなすりつけようとしたことを謝ります。ごめんなさ~い、ぃひっく。今は本当に悪かったと思っています。モンタルティ嬢もエリザベス様にも。うぅ、だから、許してくださっぃ」
恥もプライドも捨てて、ドリアーヌは涙を流しながら謝った。
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