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第一部 第三章 騒動は唐突に降ってくる

sideサミュエル 逃げる令嬢②

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「王子殿下とはいえ、女性に不躾な視線は失礼だと思います。そして、マリア姉様に濡れ衣はやめていただけますか?」
「俺が用事があるのはエリザベス・テレゼア嬢のほうだ」

 目的の人物だとわかって、サミュエルも対人向けの話し方をやめ言い切ってやる。

「……えっ? 私ですか?」
「ここで会ったら話が早い。あなたは王立学園への入学を拒否しているらしいな?」
「拒否も何も、魔力が基準を満たすほどありませんから」

 平然と否定されたが、王族であるサミュエルには嘘を言っているとわかる。そのバケの皮をはいでやろうと、サミュエルは冷たく言い放った。

「嘘はいけないな。そんな見え透いた嘘でルイを困らすのはやめてもらおう」
「ですから、意味がわからない言いがかりはやめてください」

 どこまでもしらを切るつもりらしい。

「なら力ずくで勝負するしかないな」
「……何をするつもりですか?」

 戸惑ったようにそわっと視線を彷徨わせる姿に、サミュエルはやはり何かあるのだろうと強気に出る。

「魔力を測る方法があるのを知らないのか?」
「測る方法?」
「そうだ。試してみるか?」
「……けっ、結構です!!」
 
 ひどく驚くエリザベスを捕まえようと手を伸ばした矢先、横から突風が吹く。その勢いに目をつぶった一瞬の間に、駆け出す足音。
 穏やかな気候にいきなりの突風はおかしい。明らかに人為的なものだ。
 いい度胸じゃないかとちっと舌打つと、サミュエルはエリザベスの後を追った。

 メイドが、「お待ちくださいっ!」と焦り驚いた声を出したが、構わず駆け出す。普段、稽古で鍛えているサミュエルから実力勝負で逃れようとする相手に多少ムキになる。
 他人の敷地であることは気になったが、すぐに捕まえ話し合いに持ち込めば問題ないだろうと思った。

 だけど、意に反してなかなか捕まえることができなない。
 エリザベスの敷地内テリトリーということもあり、驚愕するほど彼女は隠れるのがうまかった。そして、隠れ方が普通の令嬢ではなかった。

 まず最初に姿を見失いどこにいるのかと目を凝らせば、木に登ろうとしているところを見つけ「は?」と大きく口を開ける事態になるほど驚いた。
 見つけたことに気づかれてまた見失ったと思ったら、今度は池に飛び込もうとしていたので、慌てて「おい」と思わず声をかけたらまた逃げられた。
 背の高い草花の間に入って行ったと思えば、なぜか土の上に寝転んでいたりと、彼女との追いかけっこは予想がつかないことばかりで難航した。

「入学しろよ」
「嫌です。無理です」
「それだけの魔力があってなぜ拒否する?」
「魔力? なんのことですか?」

 走りながら会話をするが、話し合いはまとまらない。
 とにかく、エリザベスは足が速く、どこで隠れようとするのかがわからないので、広範囲に視野を広げ追いかけなければならなかった。

 あと一歩で捕まえられるというところで足元に水たまりが出現し、そういうのを何度か繰り返されることで、彼女の魔法によるものであることなどすぐに検討がついた。
 風であったり、さっきまでなかった水たまりを出現させたりと不自然すぎた。

 魔力を改めて測らずともすでに彼女自身があれこれしでかし、王立学園に入学できる基準を満たしていることを教えてくれる。
 ふざけているのか、大真面目なのかわからない。彼女の行動は理解不能で、サミュエルの知る種類の異性とは明らかに違った。
 スカートを躊躇なくなく捲し上げ、いつの間にか裸足になっていて、追いかけるサミュエルの息も荒くなる。

 そもそも、尋ねただけでなぜ逃げられているのかもわからない。サミュエルもなぜこんなに必死になって追っているのかわからなくなってきた。
 相手の逃走姿も逃げる先も、サミュエルの常識としてありえないものばかりだ。
 ここには話し合いに来たつもりで、見極めるつもりで、それだけのはずだった。

 ──一体どうなってるんだ?

 屋敷内に逃げたのでそのまま後を追いかける。
 さすが、由緒あるテレゼア家使用人。令嬢の姿をまあっと見送っていたが、追いかける自分の姿を見てどよめき出したが、落ち着きながら各所に伝達しているようだった。

 目の前で軽やかに動く細い足、ひらひら舞うスカートの裾、ピンクの髪を視界に捉える。
 その彼女の前は行き止まり。もう終わりだと、壁際にやっと追い詰め後ろから肩に手を置き振り向かせると、大きな瞳が驚きに見開かれた。

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