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第一部 第一章 ここから始まる物語
知らなかったですとも②
しおりを挟む「何でって。それはルイ様のせいです」
「僕?」
なぜか気迫負けしそうになったが負けていられないと口を開くと、ふわりさらりと髪を動かしながら、ルイはまた首を傾げた。
──元凶なのに知らないとは言わせないから!
ふわふわと優しげな雰囲気を出してももう騙されてやらないからと、私はぐつぐつと煮える気持ちにぎゅっと拳を握った。
「なぜ、僕のせいなの?」
ふるふると肩を震わせるだけの私に、わからないのだけどと落ち着かせるような優しい声音が落ちてくる。
私は絆されないぞと、ぎっ、と憤りを込めてルイを見た。
「何でもルイ様を誑かす者がこの屋敷にいるとか」
「誑かす、ねぇ。それでエリーはそう言われて何て言ったの?」
「もちろん、知らないと答えました。ルイ様が姉の美しさの虜になっていたとはちっとも気づきませんでしたが、姉の意思も確認せず身内を売るようなことはいたしません」
姉がモテるのは今に始まったことではないし、姉にその気はなくても相手が勝手に寄ってくるのだ。
誑かすなんて身内を悪女のように扱われたことにも、私は怒っていた。
「ちょっと何でそうなるの? 確かにマリア嬢は綺麗だけど、僕はここにはエリーに会いに来ていて、エリーとともに一緒に過ごしてきたはずだけど」
「それは私もあの瞬間まではそうだと思っておりました。だから、気づかなかったと自分の甘さを反省し、本来の目的を隠しておられたのだとその時に悟りました。昔から姉の美貌に目の眩んだ者が、相手にされず私を巻き込もうとするのはよくありましたので」
ぷっすん、ぷっすんと怒りながらも長年の友人に裏切られた寂しさもあって、最後は力なく告げた。
すると私の勢いに合わせるように、ルイの表情は暗くなっていく。
「ああ、そこまで重症だとは思わなかった」
ルイは頭が痛いとばかりに、眉をひそめる。
重症とは意味がわからなしなんだかバカにされているようでむっと口を引き結ぶと、ルイはふっと物憂げな溜め息をついて、あからさまに悲しげな表情を作った。
そっと握っていた手に、もう一方の手を重ね正面から私を見つめる。
「エリー、そう言われて僕が傷つかないと思う?」
「えっ?」
思わぬことを言われ、私は瞬きを繰り返しルイを見た。
「えっ、じゃないよ。僕は純粋にエリーに会いたくてここに通ってきているのに。それを疑われてとてもショックだよ」
「だって、王子であることを隠していた人をどう信じたらいいのか。その上、こちら側が悪いみたいに誑かしていると言われては、信じたくなかったですが裏があるのではと思ってしまいます」
「確かにエリーの話を聞いて、そう思い込む理由もわかるけれどね。でも、違うものは違う。それに、僕は王族であることを積極的に伝えはしなかったけど隠しもしてないよ」
ルイにはっきりと告げられ、私は強張っていた肩の力が抜けた。怒りがわずかに薄れる。
今までの努力が詰まれてしまったこととは別に、ルイに嘘をつかれていたこともものすごくショックだったので、友人として過ごした時間に嘘はないと言われ心底安堵した。
何度も転生を繰り返しておきながら、ルイは今生で初めましての初めての友人であった。
ちょっとばかり行動的な私にお茶会などの会話は窮屈で年頃の仲の良い令嬢はおらず、同じ年で遊べるルイはとても新鮮で貴重だった。
戸惑いながらもわずかな期待を込めて、ルイを見つめる。
「そうなんですか?」
「そうだよ。大体この屋敷の人は知ってると思うけど」
ようやくいつもの私が戻ってきたと感じたのかルイはほっと息をつき、大きく肯定した。
その言葉に私はショックを隠せず、ぐわんと顔を上げると部屋の端で控えるメイドを見た。
「ペイズリーも?」
「はい。知っておりました」
「……嘘でしょう」
もっとも信頼しているメイドに当たり前のように頷かれ、私は頭が真っ白になった。
──えっ、知らなかったのは私だけ?
あまりのことにショックを隠せない。
嘘をつかれたと思ってショックを受け、そのせいで詰んだと思って怒っていたが、こちらの認識のせいだと言われれば頭も真っ白だ。
魂魄が抜けたように呆然と座る私の頬を、ルイはぺちぺちと優しく叩く。
「エリー、こっちに戻っておいで」
「あっ、はい」
ショックが抜けきれないまま瞬きを繰り返し、美しい顔立ちの友人を見た。
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