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第5章 繋いだ手を離したくない

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 今日、一週間ぶりに達貴に会える。
 それなのに、いつもと変わらないはずの病院が大きく無機質に感じた。そこにいる人も、物も全て色褪せて見える。
 視界に入るものよりも、胸から溢れるものがこらえられないとばかりに静香の意識をさらっていく。

 昨夜届いた、『会いたい』と告げられたメール。

 それを見た瞬間、たったそれだけのメールに涙が込み上げた。
 熱くなる頭の奥を意識しながら、その意味を考える。考えてしまう。単純に喜べない自分がもどかしい。

 元気になったのだろうか?
 少しは気分は良いのだろうか?

 様々な心配がぎりすぐにでも確認したくなったが、結局それはできずにその言葉を見つめるだけだ。

 相手の顔が、表情が見えないから気軽に聞けない。
 心配が重荷になってしまうのも嫌で、でも思っていることは伝えたくて、でも、顔が見れないから、わからないから、うまく伝えることができない。

 最後に会った時は、顔色は悪く一生懸命静香に笑顔を向けてくれていた。
 それが切なくて泣きそうになって、静香もちゃんと笑えていたかどうかわからない。

 刻々と迫る時間ときを意識せずにはいられない。
 繋がれたチューブを意識し、痛々しい注射の跡に目がいかないようにするのに労力を要し、時間を大事にしたい、彼と少しでも長くたくさん話したいのに、空回りしているような気がした。



 ────会いたい。



 静香も会いたい。顔を見たい。

 できるのならば、ずっとそばにいたい。

 それは彼の命の灯火が消えるまで変わらないと思っていた。手を離さない、離したくない、離さないでと願う。
 でも、相手が離してしまったら終わりなのだ。
 ふと、それに気づいた。

 好きだという気持ち以上に、現実が立ちはだかる。
 家族ではない静香ができることには限度があった。
 手術には立ち会えず、彼が本当にしんどい時には遠慮しないといけず、自分の無力さに押し潰されそうであった。

 く思いが駆け回り、今が見れない。
 すごく会いたいのに、会いたくない。
 相反する思いは、静香の中で現実を受け入れることを拒否しているからかも知れない。

 ものすごく会いたいのに触れたいのに、会いに行くのが同時に怖いとも思ってしまう気持ちに戸惑う。
  向き合わないと、達貴の姿を見ることの、一緒にいられることの喜びを感じたいと思うのに、見え隠れして時には手招きしてるかのような暗闇がそうさせてくれない。

 考え出すと胸が苦しく、顔を思い浮かべると愛おしい気持ちに涙が出そうで、一番辛く頑張って闘っている人の前で泣いてしまいそうで怖い。
 手を繋いでいたいと願うほどの強い気持ちは、達貴にとって負担となっていたらと思うとどうしていいかわからない。

 だけど、一度離してしまうともう掴めないかもしれないと思うと、願うことをやめられない。
 どうしても何気なく繋いだ手に、ドキドキして互いにひっそり笑いあったあの初々しい日々を思い出してしまう。

 静香は両手を握り、祈るように額に手を当てた。


 ────少しでも長く、彼を生かしてください。


 祈らずにはいられず、祈りを捧げてしまう現実が虚しく穴がぽっかりと空いてしまったかのようにすうすうした。

 まだ達貴はいる。そして、頑張っている。
 だから、自分も彼と向き合わないと。

 小さく小さく口元に笑みを刻み、顔を天井へと向けた。涙が次から次へと零れ落ち、止まらない。
 まだ、なにも無くしていない。まだ、望みはある。まだ、彼はいる。


 ──まだ、まだ、まだ、だ。


 なのに、何でこんなに涙が溢れるのだろうか。涙なんて流す必要はないのに。
 だから、口元だけは精一杯笑みを浮かべた。

 少しでも悪い方向に考えないように、悪いことにならないように、達貴が自分の手をまだ取りたいと思えるように……。
 笑顔を見たい。自分も笑顔を向けていたい。

 小刻みに震える己の手を見つめる。
 

 怖い、会いたい、会いたい、怖い。



 ────……会いたい。


 
 同じ空気を吸って、目の前にいると確認したい。

 今、いる。
 今、達貴はいる。
 そして、会いたいと言ってくれている。

 彼の前で笑っていられるだろうか。
 笑っていたい。


 ────どうか、笑っているから、この手を離さないで。


 静香は彼に会うまでに、もう一度昨夜のメールを確認し、画面が消えるとともにゆっくりと目と閉じた。



 ────大丈夫。



 ──────きっと、大丈夫だ。



 静香は深呼吸を繰り返し、病室の扉をコンコンと叩いた。




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