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第5章 繋いだ手を離したくない

38 離したくない

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 季節は巡り、静香たちは高校生活三年目を迎えた。

 術後の検査でも特に慌てるようなことはなく、その後は嘘のように達貴の調子もよく、二人は時を共に重ねた。
 クリスマス、誕生日、バレンタイン、ホワイトデー、イベントごとも世間のカップルと同じようにたまに意見を衝突させながらも楽しく過ごした。

 その間に、聡美に彼氏ができた。ずっと好きだった吉村ではなく、一つ下の後輩に猛アタックされ気持ちが動いたようだ。
 吉村とは同級生として今まで通り会話を楽しそうにし、彼氏の前では照れたように笑う姿を何度か見かけると、ああ、彼が好きなんだなっと微笑ましい気持ちになる。

 ただ、時間の流れと気持ちの変化を目の当たりにして、良いことなのに勝手ながら寂しい気持ちにもなった。
 それは、あともう少しで高校生という枠の中での生活が終わるからなのか。

 それぞれ進路を明確に見据え進み出す時期であり、静香も行きたい大学を決めた。
 達貴は何となくは見えてるが、まだ言えないと言っていた。

 目の前に岐路が見える。
 それぞれが各々の道を歩む。
 その中で、どこまで寄り添っていられるのだろうか。

 自分もそして周囲も、この穏やかでふわりとした日々がずっとではないことを意識する。
 だけど、今のこの時間がすごく楽しくて、キラキラと輝く愛しい瞬間を駆け抜けているこの時が誇らしくもあった。

 繋いだ手の向こうに達貴がいる。
 温もりに、笑い合える幸せに、二人して慈しむように時を過ごした。

 だが、順調に思えた達貴の体調も梅雨時から崩していき、入退院を繰り返すようになった。そして、その期間は徐々に短くなっていく。
 二学期は学校に来た日数を数えるのが早いくらい、来れない日が多くなった。

 会いたいのに、会えない日が続く。
 気軽に連絡できない日が続き、静香は達貴がいない学校へと通い、みんなと同じように受験の準備をした。

  考えることを拒否するように、ただ流れる波に乗っている自分。
 ふと我に返ると、先を見ているはずなのに真っ暗に見える時もあった。 

 達貴が横にいない。

 それだけでこんなにも周囲が暗く見え、心がしくしくと泣きその流れが達貴を求める。
 でも、彼がいないことを言い訳にはできないと、静香は日々を過ごしていた。達貴だって頑張っているのに、何もしないことの方が嫌だった。
 そうやって気持ちの浮き沈みを繰り返し、会えない日が増えていき、年が明けた。

 木肌をさらした落葉樹が、冬空へと突き刺すようにそびえ、空は空であるはずなのにそこに寒々とした気配を感じ取り、地上から見る景色は寂しさが増す。
 カサコソと音を鳴らしながら、枯葉がたまに地面を転がる。

 夜半に寒気が流れ込み、窓の外は凍っているのではないかと思えるような冷え込んだ朝、静香はベッドに座りじっと朝日が登り光が徐々に入ってくるのを眺めていた。
 どこかで覚悟みたいなものとともに、絶対大丈夫だと強く言い聞かせながら、心許なくそれらを見つめる。

 部屋が光で溢れるとたくさんの思い出が頭に浮かび、楽しい気持ちと慈しむ気持ちに埋め尽くされる。


 ────大丈夫。


 自分たちは、その時その時の日々と向き合い大事にしてきた。これからもきっと大丈夫。

 祈る気持ちで自分に言い聞かせ、同じく達貴の病状を心配する母に見送られ、静香は家を後にした。
 吹き付ける風が冷たく吐く息が白く色づき、静香はマフラーを口元まで上げて歩き出す。

 家から徒歩十五分のところにある最寄駅は地下に設置されているため、下へと降りなければならない。
 外界と遮断され、さらに気持ちが内へと向かうようだ。

 四本あるうちの一本が終点となり観光地なこともあって様々な人が乗り降りするため、向かう方向もバラバラで人が溢れごった返す。
 特に朝はラッシュタイムとなり、誰も周囲の人をじっと見ない。自分のルーティンをこなす。

 昼の今は比較的空いているが、それぞれがそれぞれのことをし、人も物も景色の一部になる。
 そこにあったな、いたな、じっくり意識して考えてみない限り、記憶に残らない。

 自分以外は結局他人なのだ。
 誰が何を思い、どんな気持ちを抱えていてもわからない。
 苦しくても、寂しいと思う気持ちがあっても、時間は変わらず流れ日は過ぎていく。

 電車に揺られながら、静香は心がなくなったのではないかと思うほど無になっていた。
 見慣れてしまった病院の最寄り駅、そしてバス停。今までの習慣で足が進み、見知った人と挨拶をする。
 大事に、大事に時間を過ごしてきた日々が、特に今日はものすごいスピードで静香の中を駆け巡る。

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