38 / 44
第5章 繋いだ手を離したくない
38 離したくない
しおりを挟む季節は巡り、静香たちは高校生活三年目を迎えた。
術後の検査でも特に慌てるようなことはなく、その後は嘘のように達貴の調子もよく、二人は時を共に重ねた。
クリスマス、誕生日、バレンタイン、ホワイトデー、イベントごとも世間のカップルと同じようにたまに意見を衝突させながらも楽しく過ごした。
その間に、聡美に彼氏ができた。ずっと好きだった吉村ではなく、一つ下の後輩に猛アタックされ気持ちが動いたようだ。
吉村とは同級生として今まで通り会話を楽しそうにし、彼氏の前では照れたように笑う姿を何度か見かけると、ああ、彼が好きなんだなっと微笑ましい気持ちになる。
ただ、時間の流れと気持ちの変化を目の当たりにして、良いことなのに勝手ながら寂しい気持ちにもなった。
それは、あともう少しで高校生という枠の中での生活が終わるからなのか。
それぞれ進路を明確に見据え進み出す時期であり、静香も行きたい大学を決めた。
達貴は何となくは見えてるが、まだ言えないと言っていた。
目の前に岐路が見える。
それぞれが各々の道を歩む。
その中で、どこまで寄り添っていられるのだろうか。
自分もそして周囲も、この穏やかでふわりとした日々がずっとではないことを意識する。
だけど、今のこの時間がすごく楽しくて、キラキラと輝く愛しい瞬間を駆け抜けているこの時が誇らしくもあった。
繋いだ手の向こうに達貴がいる。
温もりに、笑い合える幸せに、二人して慈しむように時を過ごした。
だが、順調に思えた達貴の体調も梅雨時から崩していき、入退院を繰り返すようになった。そして、その期間は徐々に短くなっていく。
二学期は学校に来た日数を数えるのが早いくらい、来れない日が多くなった。
会いたいのに、会えない日が続く。
気軽に連絡できない日が続き、静香は達貴がいない学校へと通い、みんなと同じように受験の準備をした。
考えることを拒否するように、ただ流れる波に乗っている自分。
ふと我に返ると、先を見ているはずなのに真っ暗に見える時もあった。
達貴が横にいない。
それだけでこんなにも周囲が暗く見え、心がしくしくと泣きその流れが達貴を求める。
でも、彼がいないことを言い訳にはできないと、静香は日々を過ごしていた。達貴だって頑張っているのに、何もしないことの方が嫌だった。
そうやって気持ちの浮き沈みを繰り返し、会えない日が増えていき、年が明けた。
木肌を晒した落葉樹が、冬空へと突き刺すようにそびえ、空は空であるはずなのにそこに寒々とした気配を感じ取り、地上から見る景色は寂しさが増す。
カサコソと音を鳴らしながら、枯葉がたまに地面を転がる。
夜半に寒気が流れ込み、窓の外は凍っているのではないかと思えるような冷え込んだ朝、静香はベッドに座りじっと朝日が登り光が徐々に入ってくるのを眺めていた。
どこかで覚悟みたいなものとともに、絶対大丈夫だと強く言い聞かせながら、心許なくそれらを見つめる。
部屋が光で溢れるとたくさんの思い出が頭に浮かび、楽しい気持ちと慈しむ気持ちに埋め尽くされる。
────大丈夫。
自分たちは、その時その時の日々と向き合い大事にしてきた。これからもきっと大丈夫。
祈る気持ちで自分に言い聞かせ、同じく達貴の病状を心配する母に見送られ、静香は家を後にした。
吹き付ける風が冷たく吐く息が白く色づき、静香はマフラーを口元まで上げて歩き出す。
家から徒歩十五分のところにある最寄駅は地下に設置されているため、下へと降りなければならない。
外界と遮断され、さらに気持ちが内へと向かうようだ。
四本あるうちの一本が終点となり観光地なこともあって様々な人が乗り降りするため、向かう方向もバラバラで人が溢れごった返す。
特に朝はラッシュタイムとなり、誰も周囲の人をじっと見ない。自分のルーティンをこなす。
昼の今は比較的空いているが、それぞれがそれぞれのことをし、人も物も景色の一部になる。
そこにあったな、いたな、じっくり意識して考えてみない限り、記憶に残らない。
自分以外は結局他人なのだ。
誰が何を思い、どんな気持ちを抱えていてもわからない。
苦しくても、寂しいと思う気持ちがあっても、時間は変わらず流れ日は過ぎていく。
電車に揺られながら、静香は心がなくなったのではないかと思うほど無になっていた。
見慣れてしまった病院の最寄り駅、そしてバス停。今までの習慣で足が進み、見知った人と挨拶をする。
大事に、大事に時間を過ごしてきた日々が、特に今日はものすごいスピードで静香の中を駆け巡る。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
【全5話】わたくしの乳母はなんだかおかしい~溺愛が変化するそのとき~
鈴白理人
恋愛
東に位置する大帝国には長い間姫が生まれなかった。
歴史家たちは分厚い史料から、過去に同じ現象があったことを突き止め、皇帝に奏上した。
『姫は時が満ちれば生まれます。かの御方の存在は必ずや国の繁栄をもたらすでしょう』
なぜならば姫は――
-----------------------------
7000文字ほどの小品です。
よくある婚約破棄なので
おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。
その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。
言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。
「よくある婚約破棄なので」
・すれ違う二人をめぐる短い話
・前編は各自の証言になります
・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド
・全25話完結
私は聖女なんかじゃありません
mios
ファンタジー
会ったばかりの王子に聖女だと勘違いされ、求婚されるエミリア。王子は人の話を聞かないし、強引で苦手すぎるので、全力で逃げることにします。
私、ただの平民ですし、全く魔法は使えないし、好きな人いますので、迷惑です。
偶然が奇跡っぽく見えることで、勝手に聖女に崇められていく平民の恐怖の物語。
逃げる間ひたすら幼馴染とイチャイチャします。
本編・表側、懺悔編、王子・裏側の三部構成です。
アンサーノベル〜移りゆく空を君と、眺めてた〜
百度ここ愛
青春
青春小説×ボカロPカップで【命のメッセージ賞】をいただきました!ありがとうございます。
◆あらすじ◆
愛されていないと思いながらも、愛されたくて無理をする少女「ミア」
頑張りきれなくなったとき、死の直前に出会ったのは不思議な男の子「渉」だった。
「来世に期待して死ぬの」
「今世にだって愛はあるよ」
「ないから、来世は愛されたいなぁ……」
「来世なんて、存在してないよ」
星降る夜に君想う
uribou
恋愛
高校生の夏樹(なつき)は、星空を眺めるのが好きな少女。彼女はある夜、都会から転校してきた少年・透(とおる)と出会う。二人は星を通じて心を通わせ、互いの夢について語り合うようになった。
しかし、透には重い病気という秘密があった。余命が限られていることを知りながらも、彼は夏樹との時間を大切に過ごしていた。やがて病状が悪化し、透は入院することになるが、別れを告げずに去ってしまう。後日、夏樹は透からの手紙を受け取る。そこには、彼女への感謝と、星空の下でまた会おうという約束が綴られてあった。夏樹は透の夢を胸に抱きながら、自分の夢に向かって進んでいく決意を固める。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
後は野となれ山となれ
アキヅキナツキ
BL
長きにわたって、描いてたマンガだったんですが、発表するところが無かったので、設定変えて文章にしてみました。だって、二次創作だったもので(笑)昔みたいに、ビッグサイトとかに行けてたら、良かったんだけどな~(笑)三部作にしようとしたんですが、何とか前後編にまとめようと思います。ちょっとだけ長編です。久しぶりに、BLと言うものを書きました・・・昔は、BLばっかり描いてたんです(ちなみに、リサイクル店で扱われてた本は18禁でした・・・そんなにひどかったかな?)表紙は、再録だけど、ちょっと関連があるものですので、使ってみました。主人公のイメージを適度に壊しつつ、新たに考えようとしたんだけど、上手く行きませんでした。次までには、何とかなると思います。面白かったら、後編も見に来てね♪
いらないと言ったのはあなたの方なのに
水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。
セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。
エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。
ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。
しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。
◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬
◇いいね、エールありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる