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第4章 繋がる温もり

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 静香と入れ替わる形で自室を出た達貴は黙々と身体を洗いお風呂に入ると、ふぅぅっと大きめに息を吐き出した。
 動くたびにチャプンと揺れるお湯は、さっきまで静香が浸かっていたと思うといろいろ想像してしまいそうで、それはやばいと天井を眺めた。

 だが、すぐに静香のことへと思考が向かっていく。
 仕方がない。だって、自分の彼女である静香は今まさに、自分の家に、自分の部屋にいて、自分を待っている。
 そんな状況の中、考えないということはできなかった。

 静香のさっきの緊張したぎこちない面持ちを思い出し、達貴は両手でお湯をすくうとバシャバシャとニヤける顔を洗うようにかける。
 それでも、興奮はおさまらない。嬉しすぎて、幸せすぎて、鼓動が激しく脈打つ。
 そっと手を当てると引き攣れた感触があり、この傷跡を見て彼女が何も感じなければいいと思う。

 達貴が思う不安を、きっと静香も感じ取っているはずだ。
 その不安を言葉で態度ですべてを払拭することはできないが、共にあることに、鼓動を合わせることに自分を感じて欲しかった。


 ────俺は、今ここにいる。


 それを伝えたかった。

 この鼓動は、静香を思って高鳴る。それを知ってほしい。
 好きなんだ。そして、彼女がすべてを許すのは俺なんだと、自分自身に刻みつけたい。

 この後、そういうことをする。
 繋がるということを、その意思があるということが伝わってのそれは、可愛くて愛おしくて仕方がない。
 自分を待っているということは、手を伸ばしても、触れてもいいということなのだ。

「ああぁぁぁ、ヤバイ」


 ────落ち着け、俺。


 火照りそうになる身体に待ったをかけ、ゆっくりと深呼吸をした。
 達貴も男だ。そういったことに興奮するし、それが好きな彼女なら尚更だ。

 でも、そういった意味だけの興奮ではない。それをちゃんと伝えたい。
 大切にしたいのだ。彼女を、彼女と過ごす時間を。

 がっつかず、優しく丁寧に触れていきたい。
 初めて触れる全ての感触を、忘れることなく覚えていたい。

 好き、なんだ。

 どうして、こんなにも彼女を求めてしまうのだろう。どこまで彼女を好きになれば気がすむのだろうか。


 ────静香に触れたい。彼女とすべてが重なり合えたら、俺は……。


 俺は何だというんだ。その先は思いつかない。

 ただ、ただ、静香に触れたい。
 近づきたい。
 どこまでも境目なく、そばにあると実感したかった。

 自分と違った柔らかな感触を想像するだけで、もうやばい。達貴はもう一度、バシャリと顔にお湯をかけた。
 彼女に触れるんだ。触れてもいいんだ。 
 結局、思考はそこに戻り興奮は収まらず、達貴はパンッと頬を叩くと風呂を出た。

 少し前の学校の帰りにどことなくぎこちなかった二人の空気が、今日は違った意味でぎこちなかった。
 互いに一歩前に進んで向き合うからこそ、距離をまた見つめる。

 そこから先は、どんな気持ちが待っているのだろうか。どれだけ、相手と繋がることができるのだろうか。
 そして……、と唐突に達貴は不安に駆られた。


 ────いいのだろうか。静香の全てを俺のものにしてしまっても。この先が不安定でわからない俺が、彼女を手に入れても……。


 最近、一人になるのが怖かった。
 一人になるとろくなことを考えない。

 経験しているから慣れるのではなく、手術を経験しているから怖い。一度、安堵を覚えたからこそ、またと思うとどしっと気持ちが重くなる。
 だからこそ、それを払拭するように、彼女をもっともっとと求めてしまうのだろうか。


 ──……ああ、また不安に押しつぶされている。


 こんな時に、と達貴は眉をしかめた。
 こんな時にこんな気持ちでは駄目だと思うが、次の検査で何を言われるのかふと不安が押し寄せるのだ。

 今、幸せだから。
 だから、なおさらそれが崩れることが怖いのかも知れない。

 自分の部屋なのに、緊張しながらゆっくりと押し開き静香を視線で探す。すぐに見つけた彼女はベッドの前に座っていた。
 静香は達貴の顔を見て目を見張ると、口元をゆっくりと動かしふわりと微笑んだ。

「達貴、こっち来て」
「…………」

 優しく呼ばれ、達貴は吸い寄せられるように彼女のそばに行く。
 自分は今どんな顔をしているのだろうか。
 静香だって緊張しているのに、求める気持ちは変わらないのに、今は不安が勝りきっとその不安を汲み取られてる。

 横に座った達貴の手を握りながら、静香が顔を覗き込む。
 一度ふるりと睫毛が揺れ、穏やかさと強さを秘めた双眸で達貴を捉えながら、柔らかく丁寧に言い添えるように告げられる。

「部屋で達貴を待ってて、達貴のものに囲まれて、すごく幸せだなって思ってた。そして、達貴を見るともっと幸せ。こうして手を繋いでいられることが、すごく」
「静香……」

 小さく名を呼んだ達貴ににっこり微笑むと、静香が手を伸ばしてそっと達貴の胸の上を触る。

「ドキドキしてるね」
「そりゃ」

 静香の動作に視線が釘付けになりならが、発する一言、一言が耳を通り抜け、涼やかな声が達貴の身体と心に浸透していく。

「私もドキドキしてる。けど、それ以上に達貴をもっと知りたいって思う」

 緊張しながらも、目元を細めて笑う彼女が愛おしい。向けられる気持ちに、胸が熱くなる。

「……触れていい?」
「うん」

 照れながらも視線を逸らさない静香の頬に、達貴はそっと両手を添えてキスを落とし、ゆっくりとずらし唇へと落とす。何度か啄むキスをして下へと下がっていく。
 そうしていくと、ふわりふわりと満たされる。彼女の甘い匂いと空気に癒される。

 ボタンを外し見える白い肌に目を奪われ、柔らかな感触に、ドクドクと脈打つ静香の心音を聞いて達貴の中が彼女でいっぱいになる。
 慈愛に満ちた眼差しが、次第に蕩けていく。

 恥ずかしそうに眉を寄せ、それでも達貴のすることを拒まない。
 達貴だけが求めているわけじゃないと示すように、腕や背中に静香も腕を伸ばし触れてくる。

 その動作にも煽られ、優しく触れたいのに、吸い付くような感触に衝動が抑えられない。
 愛おしくて仕方がなく、どこもかしこも綺麗で、彼女自身も触れたことがないだろう場所も触れていく。

 痕跡こんせきを残していく。

 肌と肌が直接触れ合い、交わる。

 熱と熱が溶け合い、思いも混ざり合う。

 柔らかな感触に、欲する思いが満たされ充足する。

 恥ずかしそうに、だけど情愛を込められ交わる視線。二人だけの空間で、互いに互いを写す。

 不安が愛しさに変わり、胸の中が静香で埋まり、達貴の細胞すべてがこれ以上ないほど静香で満たされていた。
 彼女もそうであったら、俺で満たされてくれたらと、大事に大事に触れ彼女を抱く。

 まなじりに溜まる涙を吸い、さらさらとツヤのある黒髪を撫でる。
 乱れる吐息とともに、鼓動が熱くうねりだす。
 愛おしくて、愛おしくて、達貴は目につく静香の肌にキスを繰り返した。

 こんな時間が、ずっとずっと続けばいい。
 互いに思い合い、満たされる今に、未来を思う。

 彼女を他の誰にも渡したくない。俺がずっとずっと繋ぎとめていたい。


 ──好きだ……。


 どうしてこんなに好きなのだろう……。


 体だけでなく、気持ちまで繋がった感覚。
 好きだからこそ、触りたい。好きだからこそ、繋がりたい。好きだからこそ、知らない反応を自分だけが見れる反応を見ていたい。


 ────好きだ。


 今の時間。この部屋にそれだけが埋め尽くされる。
 彼女の肌と自分の肌がぴったりと重なり、その感触が心地よい。

 とろりと見つめてくる双眸に、達貴は微笑んだ。
 いつまでもこうしていられるようにと願いを込めて、彼女を強く強く抱きしめた。




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