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第4章 繋がる温もり

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 兄の達宗が夜も遅いからと静香の家まで車を出してくれることになり、達貴は初めて彼女の母親を見た。
 静香みたいな清楚系控えめ美人を想像していたが、見た目はふんわりと可愛らしい感じの人で似ていなかった。ただ、笑ったりするときや落ち着いた空気は似ている気がした。

 簡単に挨拶を交わし、次は来てねーと念を押されながら、静香たちに別れを告げた帰りの道中。
 静香の母に、お土産に持たされた焼きたてのパンの甘い香りが、優しい気持ちにさせる。

 車から流れる景色を見ながら、達貴の意識は数時間前からの繰り返しだ。 
 時おり、ガラス越しに映る自分のニヤけそうになる顔が見えるので、その度に表情を改めてはいるが、気を抜くと口元が緩んでいく。

 車のライト、店頭ライト、街灯、家の灯、それらの違った明かりが夜の濃紺を彩り照らす。
 それと同時に、達貴の胸にもぽわっと灯りがともる。

 自分の部屋で、二人のんびりした時間。時おり触れ合う甘い空気。
 口づけすると照れたように頬を染め見つめてくる双眸。自分の家族の中に静香がいた空間。そして、静香の母から向けられる穏やかな眼差し。
 全て、淡い光が舞い落ちてくるような、ふわりふわりと柔らかな光に包まれじわじわと胸が、身体が、熱を発する。

「達貴、顔」

 兄が苦笑しながら、ミラー越しに達貴の表情を指摘する。
 その意味を察し、達貴は慌てて緩む口元を戻した。

 ふっと笑みを浮かべた兄は、切れ長の瞳を優しげにすっと細める。
 反対車線の車のライトに当てられ、明るくなったり暗くなったりした車内の中、兄が話しかけてくる。

「いい子に出会ったな」
「いい子っていうなよ」
「なら、何て?」
「ああー、何て言えばいいんだろう?」

 改めて問われても達貴にもわからない。
 ただ、何となく子供扱いされてるのが気に食わないだけだが、いい女って言われても嫌だし、いい人もちょっと変だし。やっぱり、兄からしたらいい子なのだろうか。

「だろ? 十歳も離れてるとさ、しかも達貴の彼女となるといい子としかいいようがないよな。俺も彼女の雰囲気とか好きだよ」

 ゆったりと告げる兄の言葉に、達貴は思わず笑う。身内に褒められると、気恥ずかしいとともに誇らしくもなる。

「わかる? 流行りに揉まれすぎてないというか、目が離せない落ち着きと可愛さが」
「うわっ。堂々と惚気てるし」
「先に話振ったの兄貴だろ?」
「まあ、そうだけど。女子高生にしては落ち着いているよな。大人しいとは違って」
「確かに。大人しいには当てはまらないかな。今日知ったばかりだけど、両親とも独特の感性を持った人みたいで。さっきパンもらったけど、彼女のお母さんは若いときから働いていた店を前店主に譲られて頑張ってるみたい。父親は中学三年の時に亡くなったらしいのだけど」
「へえ。それでというか、なんというか」
「なんというか?」
「独特の空気感が出来上がるんだな。とにかく、芯がしっかりしている優しい子で俺は安心してる」

 ミラー越しに目を細められ、達貴は照れくさくもあって口を軽く尖らせた。

「兄貴は時々親父みたいだよな」
「親父って失礼だな。お兄様と言いな」
「じゃあ、お兄様は過保護ですね」
「我が家の親父が無口だからな。その分口出してしまうんだよ。産まれた時から見てるから、可愛い弟のことは気になるに決まってるし」
「ああ、っそ」

 もう、こういったやり取りは定番だ。優しい眼差し、見守るような眼差しは、病気が見つかってから一層深まった。
 心配かけて申し訳ないと思うと同時に、当たり前のように気にかけてくれている家族の存在は心強い。
 闘っているのが一人ではないと思わせてくれる。

「で、最近は大丈夫なの?」
「特には。検査でも何もないし」
「そっか。このまま何もないといいな」
「そう思う」

 ミラー越しの視線が一層優しく細められ、それっきり運転に集中した兄の様子に、達貴も再びガラス越しの景色を眺めた。
 胸の傷が痛むのか、その奥かわからない時がたまにある。それらを伝えることは大げさになるのか、伝えた方がいいのかわからない。

 それらを黙っているのは、一番は余計な心配を増やしたくないからだ。


 ───何もないといいな。


 心のそこからそう思う。
 家族と、友人と、静香と他愛ない会話をして過ごせる今は、平和で優しい時間が流れている。


 ───……何もないといい。


 このまま、動いてくれたらそれでいい。

 そう思い、トンっと喝を入れるように心臓を叩く。


 ───…………ほら、大丈夫だ。


 ちょっとしたことでは俺の心臓は壊れはしない。

 達貴は拳を当て心臓の鼓動を意識しながら、今日という優しく嬉しく気恥ずかしく、そして幸せだと思える日を忘れないように閉じ込めるよう、じっと景色を眺めた。




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