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第4章 繋がる温もり

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「今日調子はいい?」
「まあまあかな」
「じゃあ、涼しいところでゆっくりする?」

 話し出せば、さっきまでのぎこちないと思えた時間さえも愛おしい。気負わず、話題を切り出せたことに安堵しながら達貴を見る。
 すると、一度視線を逸らした達貴がぱっと振り向いたかと思うと、口元にゆっくりと手を運びながらぼそりと告げた。

「…………俺の家、来る?」

 照れくさいのか口元を隠しながら熱い眼差しに訴えられ、静香はその双眸に魅入られるように凝視した。

「……いいの?」
「静香がいいなら来て。まだ離れたくない気分だし。それに、俺の家も静香を連れて来いってうるさかったし」
「うん」

 優しいお母さんに、寡黙なお父さん、そして弟思いのお兄さん。彼らが達貴に向ける愛情に触れるたびに、素敵な家族だと思っていた。
 その絆に触れると、ほんわりとこちらの気持ちまで温かくなる。達貴がこれだけ真っ直ぐで温かいのは、そんな彼らのそばで育ってきたからなのだとすごく納得できた。

 そんな人の家に改めて行くと思うと、緊張する。
 達貴の眼差しに甘やかな色味が増え、そして嬉しそうにキラキラと輝く双眸に、心の中がピンク色に染まっていくかのようにふわふわした気持ちになる。

 彼の家に行くことに、何も抵抗がないわけではないし、必要以上に意識をしてしまう。
 だけど、それ以上に達貴も一緒にいたいと思ってくれたことに、心底安堵した。

 いつものように会話ができたが、達貴の思い、優しい彼が何を思いどう行動するのか、どこかで怖いと思っている自分がいる。
 些細なことなのに、達貴の行動を意識する。
 そんな中、一緒にいたいと思ってくれることが、どれだけ嬉しいか。

 んっ、と以前と同じように出された手に、静香はそっと繋ぎにいった。
 暑い日にさらに手から熱さが増すようだったが、こうしてまた繋げることが嬉しい。

 ゆっくり歩いていると、バスが横切る。すぐそばのバスターミナルでは、降りる人、待つ人、乗る人とでいつもの見慣れた光景がある。
 駅前のコンビニの中は、同じ制服を来た高校生が涼みに入っていた。
 その中には、こちらに気付いた達貴の友人である石杜や吉村が、雑誌コーナーあたりから手を振ってきた。

 静香は小さく会釈をし、達貴はしっしっといった感じで手を振る。
 二人してごそごそと言い合って、ニヤニヤと笑いながらまた手を振ってきたのでこちらの話題が出ていそうだ。

 達貴が苦笑すると、今度は静香と繋いだ手を持ち上げて軽く動かした。
 目を丸くする静香に、達貴が笑う。
 口角を上げて悪ぶろうとしても、照れた様子の彼の姿に、静香も釣られるように照れながら笑った。

 さっきまでくすぶっていた不安が、すべては払拭されたようだ。
 彼が横で笑ってくれるだけで静香は幸せだと思う。

 石杜や吉村も達貴の病気のことを知っている。それでも変わらぬ態度の友人に、ありがたい存在だと達貴は気持ちを吐露したことがあった。
 静香も彼らの存在には救われた。

 変わらぬ存在というのは、どれだけ貴重なことなのか、こうなった今では思うことも多い。
 自分が変わっていないのか、変わっているのかわからないが、周囲が変わらず見守ってくれているということが心強い。

 達貴の笑顔で幸せになれるのなら、静香も笑っていようと思った。
 達貴の友人たちが、静香の友人たちが、笑顔で自分たちを見守ってくれているのなら、きっと大丈夫だ。
 この先も、きっと笑い合える。

 静香は口元に笑みを刻み、コンビニでまだ何か楽しそうにこっちを見て手を振っている二人に手を振った。
 達貴が繋いでいる手に力を込めてくる。静香はその手の強さに安堵し、目を細めて達貴を見た。

「達貴の部屋はテレビある?」
「あるよ。何で?」
「一緒に初めて見た映画DVDで出たよね。それ借りて観ないかなっと思って」
「いいね。じゃあ、帰り遅くなるって連絡お母さんにしといたら? 帰りは送ってくし、夜もこっちで食べたらいいし」
「えっ? 迷惑だよ」
「いや。あっ、ちょっと待って」

 そう言って、携帯を取り出した達貴はタップしてメールの画面を見せた。

「さっき連れてくって連絡したら、ご飯食べてもらったらだって。母さんなら絶対そう言うと思った」

 苦笑しながらも、嬉しそうに笑う達貴に静香は目を丸くする。

「ていうか、いつの間にメールを」
「手を繋ぐ前」
「そうなんだ」

 確かにごそっとしていたが、あの短時間で仕事が早い。
 もしかしてぎこちないと思ってたのは、達貴がそれを言うつもりで緊張していたからもあるのだろうか。

 そうだとすると、必要以上に気を張っているのは自分の方だったのか。わからないが、今ではもう関係ないことだ。
 ふらふらとした気持ちが、いつものようにどっしりとそこにあるのを意識して、静香は笑った。

「静香も今のうちに連絡しといたら?」
「うん。わかった」

 恥ずかしい気持ちもあったが、さくさくと当たり前のように進んでいく物事に、照れる時間もなく母に連絡した。
 すぐさま、グッドの意味のグーのマークが返ってくる。それに苦笑した静香に、達貴が様子を窺う。

「グーだって。あっ」

 そして、また来たメールに静香は笑い達貴に報告する。

「次は我が家だって」
「ああぁぁ。本当緊張するなぁ」
「私だって」

 大きめの声で緊張を解すように告げる達貴に、静香も同じだと訴えながら、絡む視線に二人して双眸を細めた。

「「でも」」
「いいな」
「嬉しいね」

 いろいろあった。それを乗り越えた。それらを、互いの家族が見守ってくれる現実はとても居心地がいい。
 自分たちだけでなく、友人も、そして家族も、すべてが繋がる付き合いに、気持ちが和やかにそして絆が深まる気がした。



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